秋の涼しい風がようやく吹き始めるころになったが、残暑の温度がまだそこはかとなく
潜んでいる時期だというのに、毛皮の帽子をかぶって現れた女性にアルヴィは思わず
声をかけた。

「ランカ!それは暑いんじゃないの?」

「心頭滅却すれば火もまた涼し」

ランカと呼ばれた女性は古臭いことわざをしれっと一言、そのまま黙々と荷造りを進めた。
隣で自分のレグールに荷を背負わせていたエルメーネがランカに代わってアルヴィに答えた。

「ランカさんの帽子はバルセールの今年の夏バザールで激戦の末に競り落としたものなんですよ。
 すごかったんですよぉ!最後はランカさんとヴァレイの帽子工房の人との一騎打ちで、
 帽子情熱愛・バーサス・職人探求魂!という具合で、タマシイの戦いだったんです。
 競り勝負はバザールの華ですね!勉強になりました」

「いいなぁ、私も行きたかったわ」

アルヴィは羨ましそうに、邪魔をしないように、ランカの帽子を撫でた。
帽子本体は濃グレーの上質の毛皮で、アクセサリーとして金毛の狐の尻尾がつけられている。
まるでランカ本人の髪の毛のように艶やかな金色だった。
シンプルなデザインだからこそ、素材の良さが仕上がりに影響していた。
アルヴィは今年はバルセールへの隊商の護衛隊には入れてもらえなかった。
それどころか、ずっとフェルミナの街の内勤ばかりで、外へ遠征することが無くなっていた。
父でありフェルミナ市長である父の差し金だった。アルヴィはそのことに腹を立てていたので、
父親と同じ食卓に着くことを頑なに拒否してストライキを起こしていた。
今回も同じく、北方への偵察隊への編成を希望したが、却下されてフェルミナ待機を
言い渡された。ランカとエルメーネはその偵察隊へ組み込まれていた。
ため息をついたアルヴィに、ランカは自分の帽子を脱いで、被せた。
耳に毛皮のつやつやした感触がくすぐったかった。

「アルヴィさんが被ると、尻尾が二つあるみたいですね!」

エルメーネが楽しそうに笑った。
アルヴィは帽子を左右に回転させ、尻尾の位置をずらしてみせた。

「わぁ、被り心地もいいわね。重すぎず緩すぎず。やっぱりランカは目が利くわね。
 この帽子は相当の上物よ。どうもありがとう」

アルヴィは超短髪で寒そうなランカの頭に帽子を戻した。

「彼を知り己を知れば百戦殆からず」

ランカはそう言うと、帽子を瞳の辺りまで深く下げた。
エルメーネも、季節はずれなボアの垂れがついた帽子を真正面に被った。
二人とも荷を積み終わったので、レグールの枷を外し、小屋の外へと連れ出した。
アルヴィが厩舎に閂をかけて後に続いた。
外ではすでに旅装束を調えたニルニレムとマルヴェクがそれぞれの騎馬と共に待っていた。

「お嬢、お見送りに来てくれたの?」

ニルニレムがゆったりと自慢の髪を手櫛で梳きながら自分の顔が一番整って見える角度を
アルヴィに向けた。

「そうよ。優秀な隊員たちがこぞって行っちゃうんだから、寂しくなるわ」

マルヴェクがニルニレム隊のエンブレムを女性二人に手渡した。
二人はそれぞれの帽子のフェルミナの紋章の隣に取り付けた。
鈍色の鳥のエンブレムがキラリと輝いた。

「今回は偵察だから、すぐに帰ってきますよ。むしろ、帰ってからが大変になるんじゃ
 ないかナ?」

語尾を上げて、ニルニレムは首をかしげた。

「凍土の森まで行って帰ってくるのは『すぐ』なんて言いませんよ、隊長」

マルヴェクが不平を述べたが、声色はどこか楽しそうだった。
騎馬魔術師、ニルニレム・マー。
特殊工作ニンジャ、ランカ・ランカン。
北方の白騎士、エルメーネ・パスグライネン。
海辺のアーチャー、マルヴェク・メイガン。

今回の偵察部隊は全員が遠征を好み、遠征に適している者たちであった。
軽装で動ける少人数で、凍土の森が魔物の巣窟になったという噂の真相を探りに行く。
その報告次第では、確かにその後の対応が大変になるだろう。
速やかに対応できるように手はずを整えておくこともアルヴィの仕事のひとつであった。
大切な仕事だとは分かっていたが、アルヴィも街の外を旅することが好きだった。
楽しそうに語らうエルメーネとマルヴェクの姿に、心が意地悪くざわついた。
そんな彼女を見透かしたように、ランカが一言ポツリと言った。

「成らぬ堪忍、するが堪忍」

「……そこまで人間ができてないわ、私」

アルヴィはそっぽを向いて答えた。ランカは黙ってアルヴィの頭を二回軽く叩いた。
ニルニレムが再び小首をかしげ、ストールを巻きなおしながら言った。

「お嬢なら人の上に立って人を采配できる器だと、お父上が考えての配属なんだヨ?」

「違うわ。私がお父様の娘だからよ。市長の娘だからってだけの、配属よ……」

自分で言っていて情けなくなってきた。
ニルニレムはストールの先を独創的な型でファッショナブルに巻きつけた。

「そんなことないよ、アルヴィ。そんな風に思うヤツらがいるのなら、僕らの報告を
 鮮やかに捌いて実力を見せつけてやればいいじゃない」

「プレッシャーかけてくれるじゃない、ニール」

アルヴィはむくれて彼を睨んだ。
ニルニレムは答えず、自分の最高の営業スマイルを浮かべてアルヴィを一瞥し、
号令をかけた。隊員の三人は素早く自分のレグールに騎乗し、次の号令を待った。

「それじゃ行ってきます、アルヴィ殿」

ニルニレムは気障なウィンクをわざとらしく投げ、レグールの腹を蹴って勢いよく駆け出した。
残りの者もそれに続いた。
エルメーネはアルヴィをちらりと振り返って片手を振った。
彼女の腰で、夏のバルセールで買ったばかりの新しい剣が重たそうに揺れていた。
四騎が市門を通り抜け山々の合間に隠れてしまうまで、アルヴィは腕を組んで見送った。

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「ウーウーウウー♪ウウウウー♪ウーウーウウー、ウウウウウ〜♪」

ホノカの半開きの口からハミングが漏れていた。今日の彼女は機嫌がすこぶるいいようだ。
違う。
開き直って不機嫌な要素をわざと無視しているのだ。
その証拠にグリムグラムが心配そうにホノカを十呼吸に一度は盗み見をしているのだが、
彼女はそれを徹底無視していた。
エクレスは長いため息をついた。一度では物足りなかったので、深呼吸をしてから
もう一度、長く長くため息をついた。

「は〜……秋だ〜……」

物思いするにはちょうどいい季節だった。
エクレスは隊列の先頭を歩くエレオノーレを眺めた。
当然、顔は見えないが、背中からでもぴりぴりした気配がうかがえた。
ゼレスに到着する直前に貧血を起こして以来、ずっとあんな感じだった。
彼女の髪飾りが風に揺れて蝶々のようにひらめいていた。
隣にはゼレス管理局のR・Rが付き添っていた。
市の関所まで案内と護衛のためについてきてくれることになったのだ。
二人のすぐ後ろにティモアが続いていた。三人は時々何かを喋っていたが、
堅苦しい騎士独特の喋り方をしているように聞こえた。
これがホノカが無視をしたいモノ、其の一。

エクレスは両手を頭の後ろで組んで、思いっきりのけぞってみた。
脚は止めずに、歩きながら真後ろに二つ折りになってみせたので、イガーナが目を白黒させた。
最後尾を務めるワイズと、彼に並ぶフェルフェッタも、二人でなにやらヒソヒソと
話をしながらぴりぴりとした気配を出していた。
この二人はシュウガが用意してくれたゼレスでの宴席にも現れなかった。
これがホノカが無視をしたいモノ、其の二。

(シーテ先生、痩せたなぁ)

ワイズは確実に一回り小さくなっていた。エクレスは夏バテだろうと思っていた。
ヴァレイとゼレスの気候はかなり違う。荒地の夏は魔術師には堪えたのだろう。
エクレスは体を起こした。先頭三人より二歩後ろをあるくエルヴァールを見た。
前の騎士たちを気にしている様子がよく分かる。頭がふらふら左右に揺れてるのだ。
エクレスはクスリと笑いを漏らした。

「ね〜ぇ?」

ホノカがハミングを止めてエクレスに声をかけた。

「エクレスって、まだエルヴァールに未練があるのォ?」

エクレスはドキリとした。ホノカを見ると、彼女は帽子の下から目を細めてこちらを
見上げていた。

「そんな風に見える?」

「ンふふ、見える見える。あたし、ハズしてない自信があるんだけど?」

エクレスは腕を前に組みなおして、肩をほぐしながらう〜んと唸った。

「うん、ハズレじゃないよ。嫌いで別れたわけじゃないし」

「そうでしょうね。でなきゃいっしょの所で働けないでしょ?二回も!
 う〜ン、なんで別れたのか聞いていい?」

エクレスは自分の腕をさすりながら、もう一度う〜んと唸った。
そう、未練があるからこんなところまで旅してきたのだ。
心の柔らかい部分がチリチリと痛んだ。
ホノカは『喋りたくないならこの話はここで終わりよ』といった態度を取り、
再びハミングを始めた。エクレスはさっきと違い、とても短いため息をついた。

「エルはね、誰にでも優しいんだよ……」

ポツリと呟いた。ホノカはハミングを止めなかった。

「私がアカデミーを中退した後も、変わらずいっしょにつるんでくれたとか。
 アカデミーを出たのに料理人になりたいって言い出すところとか。
 ……いっしょにいると気がすごく楽になるのね、だから付き合って欲しいって
 私から言い出したんだけど」

ホノカはハミングの曲を変えた。ヴァレイで一昔前に流行った恋の歌だ。

「別れようって言い出したのも私。あいつは優しいからね、断りきれなかったんだと
 思う。付き合ってってお願いも、別れてってお願いも」

「優柔不断なだけじゃないの?」

ホノカはバッサリと言い切り、ハミングを続けた。
エクレスは前髪を指で触った。

「誰にでも優しいんだよ。私へも、私じゃなくても。そんなところが好きなんだけど……
 ………………………………
 ………………
 …………」

私にだけ優しくして欲しかったな……

小さな囁き声だったが、ホノカの耳にはちゃんと届いた。
エクレスがどれだけ彼を想っているか。
ホノカはハミングを止めてエルヴァールを見た。

「エレオノーレちゃんに優しくするのも、あいつが『優しいヤツ』だからかもよ?」

ホノカは違うと分かっていることを口にした。
エクレスはゆっくりと首を振った。

「そうじゃないってことくらい、見てれば分かる。分かりやすい人だからね……」

エクレスがそこまで理解しているなら、ホノカはこれ以上口出しをすることはできなかった。
だが、ただ抱いた感想だけは述べることにした。

「でもさ、あたしはあの二人はお互いに勘違いしてると思うな。エレオノーレちゃんには
 エルヴァールみたいに甘やかす人は向いてないし、エルヴァールにはエレオノーレちゃんみたいに
 クソ真面目な子は合わないと思う」

むしろエルヴァールみたいにひとつ抜けてる男にはエクレスのような女のほうが相性がいい。
無論、そこまではホノカは言わずにハミングをまた歌い始めた。

「ウウウーウーウーウー♪ウーウーウーウーウーウウー♪」

聞きなれないがどこか懐かしく、どこか寂しくなるようなメロディに、エクレスは心から聞き入った。

後方から聞こえてくるメロディにエレオノーレは顔を上げた。
すると目がチカチカした。最近は下ばかり見ていたようで、曇り空でも眩しく刺さった。

「はぁ……もう秋ですね……」

団長は重たげに呟いた。
その次には冬が来る。
現在、騎士団は南アクラルを目指してレイラス大地を東に進んでいる。もう数日でレイラントの街へと
辿り着くだろう。

「んんんーんーんーんー♪んーんーんーんーんーんん〜♪」

隣を歩くR・Rがホノカに合わせて鼻歌を歌い始めた。彼の音が低パートを担当し、
見事なハーモニーを奏でていた。

「有名な曲なんですか?」

団長はR・Rに尋ねた。R・Rは歌を飲み込むように止めた。

「私がセキグチさんに教えて差し上げた曲です。アクラリンドの古い曲です」

「アクラリンドの?」

「そうです。私の家系は元々はアクラリンドの出身でして、自分で言っておいたほうが嫌味じゃないでしょう、
 アクラリンド四元名家と呼ばれる古い家系なのです」

「…………聞いたことがある。最も属性に祝福された血があると。風のソルド家、火のスチャ家……」

ティモアがひっそりと会話に加わった。

「七勇者の六つの家系に次いで、古い血族だと言われてますね」

R・Rは口元に手を当ててフフフと楽しそうに笑った。

「ですが、ジョカミの当代はR・R殿だとうかがいました。なぜ、アクラリンドではなくリオンの地に
 いらっしゃるのですか?お館もキングリオンに構えてらっしゃったでしょう?」

「いい質問ですね」

団長の問いにR・Rはますます楽しそうに目を細めた。

「ジョカミの家系はずっと昔にアクラリンドを御使いと共に出たんですよ。御使いが導いたからか、
 御使いに追われたかはご想像にお任せします。その後、大陸を縦断して戦地に辿り着いたというわけです」

「…………統一戦争の最中に、わざわざ激戦のこの地を訪なったのですか?」

「すごくいい質問です」

今度はティモアの問いに、R・Rは本当に嬉しそうに笑った。

「我々は御使いからあるモノを探すように預言を与えられていたのです。ヒントとしましては物であり者です。
 そいつは混乱が好きなやつだったので、戦乱の地のほうが遭遇しやすいと考えたんでしょうね」

「物であり者……」

ティモアは眉を寄せた。R・Rの今の一言は、どこか危険な予感をさせるものだった。
R・Rはそんな彼を横目で見た。実に楽しかった。

「ところで、エヴァンス団長?」

ようやく目が慣れてきたので、団長は彼を見上げた。
R・Rの笑顔は裏表が無く、楽しくてたまらないという笑顔だった。

「もし、ご自身が不老不死だったらいかがしますか?」

「は?」

唐突な質問に団長は面喰らった。

「だって、貴女は精霊に選ばれて戦いを続ける運命を背負われた。……大丈夫、私は市の上層部から
 流星騎士団の真の目的を伝えられている立場にあります。予言によりますと、百年間、
 貴女と貴女の部隊は戦い続けなくてはいけません。貴女お一人では成しえることなどできますまい。
 子孫にその宿命を負わせることになります」

R・Rの話に聞き入ってる団長の頭の上で、フィニーが眼を揺らめかせた。

「でも。あなたが不老不死であったなら、百年の時を貴女自身が団長を務めることが可能です」

R・Rの愉に満ちた瞳に、エレオノーレの姿が映りこんでいた。
その瞳を団長は覗き込むように見ていた。

「なるほど……」

団長は腕組みをした。耳と髪の間を涼しい風が通り抜ける。

「一理はあります。己に課せられた役目を己で果たすことができる。不老であるなら、常に
 皆の盾となることも可能でしょう。不死者の長が率いる騎士団、永く守りとなることが
 できるでしょう。ただ……」

少しの間、瞼を閉じて次の言葉を探した。
答えを見つけて瞳を開いた団長の横顔を、ティモアはじっと見つめていた。
目線が合わなければという条件で、ようやく彼女の顔をまっすぐ見ることに慣れてきた。
伸び気味の髪と同じ色で縁取られた彼女の瞳の色。
昼と夜の境に、わずかな間だけ見える空と同じ色だ。
地下都市育ちのティモアが始めて日没を見たときに、その美しさに見惚れたあの空の色だった。

「不老不死、人生の峠を持たない身となった者は、人間と言えるのでしょうか?
 心や魂が人であっても、姿見が人に似ていても、どんなに自身が人であると訴えても。
 人間が人間として認めてくれるでしょうか?」

答えながらエレオノーレは思い出していた。
親友そっくりの紅い髪の精霊と、長い耳を持つ島の過去の将を。

「輪を外れたら、ローテーションできなくなったら、人間ではない、と。フムフム。いい答えです。
 ですが、私の先ほどの質問の回答ではありませんよ?貴女はどうしますか?」

「私は、人間の力でアクラルを守り抜きたい」

団長はきっぱりと言った。
ティモアは慣れていたはずなのに、団長の顔が急に見れなくなった。
R・Rはとびっきりに嬉しそうに歯を見せて笑顔になった。
中年には見えない、少年のような笑顔だった。

「素晴らしい。青春です。貴女のような方が精霊に選ばれてよかった!その答えを拝聴できて
 私も嬉しいです。あんまり嬉しいので、今後に役立つマル秘情報をお教えしましょう」

R・Rが背を丸めて、団長の耳の位置に口元を持ってきた。

「スクーレの闇組織で不老不死の研究の成果があったそうです。気をつけなさい。
 人間が最もタチの悪い誘惑者なんですよ。あなたに御使いのお導きがあらんことを」

そう言うと、R・Rは団長の手を取り手袋越しに甲に口付けた

「ぅぁっ!」

後方からあがったのエルヴァールの声に、決定的瞬間を見逃したティモアが振り返った。
エルヴァールの向こうに、噴出しそうな顔をしたホノカと呆れ顔のエクレスが見えた。

(分かりやすい子たちだな。いいキャラが揃っているのに、別れなくてはいけないのが勿体無い……)

団長の手を丁寧に離しながらR・Rは後ろに目を向けた。
隊の一番後ろをあるくワイズの顔色はあまりよくないように見えた。

(人間ではないと、君の団長は言ったぞ。さて、どうするつもりかお手並み拝見、シーテ博士)

そうは言っても、この目で追うことができないのがとても残念に思うゼレス市魔法管理課職員の
R・R・ジョカミであった。


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