Never End 1章/RUNAWAY 〜慕情〜


「・・・ル。アル。起きろ」
呼ばれる声に、アルフォンスは急激に意識を浮上させる。眠い目をこすって重い瞼を開けると、エドワードがベッドサイドに立っていた。
「んぅ?兄さ・・・ん?」
もう朝か、と一瞬考えたが、周囲は真っ暗闇だ。鳥の声も聞こえない。何年も夜を独りで過ごしたアルフォンスには、周囲の状況からまだ深夜の3時頃であることがすぐに判断できた。
「アル」
再度呼ばれてエドワードをまじまじと見れば、何故かコートを着てトランクを持ったいでたちをしていた。
「兄さん?どうしたの、その格好・・・」
まるでどこかに旅立とうとでもしてるみたいだ、という言葉を飲み込んで、アルフォンスは身体を起こした。
「アル。オレは・・・」
エドワードが視線を逸らして唇をかみしめる。数秒の沈黙ののち、エドワードは意を決したように再度口を開いた。
「オレは、旅にでる」
「兄さん・・・」
エドワードの真意を測りかねて・・・否、うすうす感じてはいてもそれを信じたくは無くてアルフォンスは眉を顰めた。
「旅にでるって、どこへ?」
「分からない。とにかく、アイツの手が及ばないところだ」
アイツ、とは当然ロイ・マスタングを指しているのだろう。嫌な予感が強くなり、アルフォンスはベッドから立ち上がった。
「どうしてこんな時間に言うの?もっと早く言ってくれないと、ボク何も準備してないよ」
エドワードが何を考えているのか既に予測は出来ていたが、それを言われるのはどうしても嫌で。敢えて質問すべきことを一つ飛ばした。
けれど、悲しい微笑みを浮かべたエドワードは、残酷にあっさりとそれを宣告する。
「お前は、置いていく」
「兄さん!!」
「静かにしろ」
大声を出したアルフォンスをエドワードが咎めるが、そんなことはアルフォンスには関係なかった。
「なんで?どうしてボクを置いていくなんて言うの?今までの旅だってずっとずっと一緒に居たのに!!」
「今までの旅とは違う。軍から逃げるんだ、リゼンブールにも戻れなくなるし、親しい人間に会いに行くことも出来なくなる。おまけに終わりも無い」
「そんなの・・・そんなの!!家を焼いたときに故郷を捨てたも同然なんだ!今更そんなこと」
「家を焼いたってウィンリィにもばっちゃんにも会えなくなったワケじゃない。今度は本当に全部捨てなきゃならないんだ。オレのせいで・・・お前をそんなことに巻き込むわけにはいかない」
エドワードの手がそっとアルフォンスの両肩を掴んだ。真っ直ぐに見つめるその悲しい瞳に浮かんでいたのは決意の色。
「オレさえ居なくなれば、お前が狙われることも無いだろう。だから・・・一人で行くよ」
「嫌だ!!」
「アル・・・」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!絶対に嫌だ!!」
エドワードが困惑の表情を浮かべている。アルフォンスは力いっぱいエドワードの細い肩を掴んだ。
「狙われたっていい!危なくたっていい!!どんなに大変な旅だってかまわないよ!!だから、だから兄さんと一緒に居させてよ!!」
必死に頼み込んでも、エドワードの瞳に灯った決意は揺らぐことが無く。エドワードがそっと肩を掴んだままのアルフォンスの手首を掴んだ。
「アルフォンス。お前はもう生身の身体なんだよ。オレに縛られることは無いんだ」
「兄さんっ・・・」
「もう、普通の人と同じに生活できるんだ。普通の家に住んで、普通の暮らしをして、それこそ彼女なんか作ったりして、いずれ結婚して家庭を作って・・・全部もう不可能なことじゃないんだ。幸せになれるんだよ」
エドワードの手が、そっと肩を掴んだままだったアルフォンスの手を外す。
「お前は、幸せになれよ・・・。アル」
その言葉に、背を向けたエドワードに。アルフォンスの中の何かが壊れた。
「ッボクを捨てていくって言うなら!今この場で!!ボクを殺して行ってよーッ!!!」
ぎょっとした様子のエドワードが振り返る。アルフォンスは自分の目からぼろぼろと涙が落ちていることを自覚してはいたが、ぬぐう気にもならなかった。
「幸せになれ?!兄さんが居ないのに?!ボクが幸せになれるって?!本気で思ってるの?!」
「お、おいアル・・・」
アルフォンスの涙を手袋をはめた指でぬぐおうとしたエドワードの手を強く振り払う。呆然とした様子のエドワードが振り払われた自分の手とアルフォンスを見比べた。
「兄さんの隣に居ることがボクの幸せなのに!!兄さんが居なかったらボクは生きる意味さえ無くすのに!!鎧の身体の時だって兄さんが居てくれたからボクは不幸なんかじゃなかったのに!!身体が戻ったせいで兄さんを無くすって言うならボクはこんな身体なんかいらない!!」
「ア・・・ル・・・」
エドワードの目が見開かれる。酷いことを言っている自覚はあったが、もう止められなかった。あふれ出てしまった想いは、ずっと隠してきた激情を、殺してきた慕情を、次々に言葉に変えていく。
「大佐のせいで兄さんを失うって言うなら!!ボクは兄さんが居なくなったら大佐を殺しに行くから!!捕まろうがなんだろうが死刑になったって関係ない、生きる意味なんか無いんだから!ボクはボクから兄さんを奪う奴を赦しはしない!!」
「アル、落ち着けよ!お前自分が何言ってるのか分かってるのか?!」
アルフォンスの寝巻きの袖を掴んだエドワードをきつく抱きしめる。胸が締め付けられるようで、喉の奥が痛くて。アルフォンスはエドワードの肩に顔をうずめてしゃくりあげた。
「・・・ボク、ボク、はっ・・・」
エドワードの手が背中に回され、さすってくれているのを感じる。アルフォンスは目を閉じて抱きしめる腕に更に力を込めた。
「ボク、は・・・兄さん・・のこと、が・・・・好き、なんだ・・・」
「・・・オレもお前のこと好きだよ。大事な弟だ、当たり前だろ」
「そうじゃ、なくってっ・・・ボクの『好き』は、兄弟のっ・・・スキ、じゃ、無い、んだっ・・・」
背中を上下していたエドワードの手が止まる。
「ずっと、ずっとっ・・・子供の、ころからっ・・・!ボク、は、兄さんだけっ・・・兄さんしか、見て、無かったっ・・・」
エドワードが耳元で息を飲んだのが分かった。
「一生・・・言うつもり、無かった。兄さんを、困らせて、苦しませる、だけだ、からっ」
「アル・・・」
「一生、黙って、兄さんが幸せになるのを、隣で、見てようってっ・・・そう、思ってたっ・・・」
背中に触れたままだったエドワードの腕に力がこもった。抱きしめられている、とアルフォンスは感じた。
「・・・それで、お前幸せなのか」
「兄さんの、隣に、いら、居られなくなるくらいならっ・・・それで、いいんだっ」
少しずつ、エドワードの温もりに涙が収まってくる。
「兄さんの笑顔には、兄さんの幸せには、代えられないからっ・・・傍で、兄さんの笑顔を見て居られるなら、それで、いいって、思えた」
再び背中をさすり始めたその手の優しさが、愛しくて愛しくて。
「大佐とのことも、ボク、知ってた。兄さんが、隠そうとしてたのも、分かってたから、気づかないふり、してた。寂しくて、悲しかったけど、兄さんが幸せなら、って必死で我慢した」
「なんだって?!」
ぎょっとしたエドワードは、本気で気づかれていないと思っていたのだろう。リザも気がついていたし、二人でこっそりそういう話しもしていたのだが。
「だから、兄さんが泣いて帰ってきたときは、本気でぶっ飛ばしに行こうかと・・・」
「オイオイ」
「思ったけどそれやると気づいてたのもばれるから我慢した」
抱きついているから顔は見えないが、エドワードが苦笑したのが気配で分かる。アルフォンスはすん、と鼻をすすった。
「兄さん・・・ボク、気持ち悪くない?」
「何でだ」
「だって、ボク・・・弟だから」
「バカ。つーかそりゃオレが先に聞く台詞だろ。オレは兄貴なんだぞ、って」
突如力ずくで身体を離され、ぎょっとする。あからさまに顔をゆがめたアルフォンスにエドワードが苦笑して、おでこを指ではじいた。
「濡れタオル取ってくるだけだよ。お前、涙で顔ぐちょぐちょだ」
部屋の戸に向かったエドワードが、コート掛けからアルフォンスのコートを取ってアルフォンスに投げてよこす。
「風邪引くぞ!もう生身の身体なんだから気をつけろ!」
「誰のせいだと思ってるんだよ・・・」
アルフォンスがむっとして呟いた言葉に、エドワードはハハハと笑って部屋を出て行った。一応上着を羽織るものの、なんだか力が抜けてしまってアルフォンスはそのままその場にへたり込んだ。


「・・・びびった・・・」
部屋を出るなり、エドワードは廊下の壁に背中を預けてため息をついた。
とにかく何もかもに驚いた。
アルフォンスからの告白は勿論。
アルフォンスがあれほどの激情を持っていたことも。ロイとの関係を知っていたことにも驚いた。
そしてアルフォンスの持つ愛情の深さにも。
けれど、そうだといわれれば納得がいくこともある。ロイと関係があった頃、イーストシティでアルフォンスをごまかして別行動しようとするときに、あまりにもあっさりアルフォンスがごまかされてくれていたのはそのためだったのだ。
頭を振って、洗面所に向かって歩き出す。あまり長い時間かかると、アルフォンスに無意味な不安を与えることになるだろう。
軍の宿は金額の割には設備がいい。洗面所には自由に使えるように綺麗なタオルが設置してある。タオルを手に取りながら、エドワードは先ほどのアルフォンスに思いをはせた。
あれほどの思いを抱えながら、ずっとずっとエドワードの隣に居たアルフォンス。
嘘をついてまでロイの元へ向かう自分を、あの時どんな気持ちで送り出していたのだろうか。
そのうちに苦悩を秘めたまま、エドワードのために気づかないふりをするのにどれほど苦しんだだろうか。
おそらくアルフォンスは、何故エドワードが隠そうとしたのかも気がついているのだ。そうでなければ気づかないふりをする理由が無い。男同士だから、なんてそんな陳腐な理由ではない。肉体の無いアルフォンスを置いて、自分ひとりが他人と情欲を交わすことに少なからず罪悪感があったからだ。だから、アルフォンスに知れたなら、『あんなこと』が無かったとしてもすぐに別れるつもりでいた。それでどれほど辛い想いを抱えることになったとしても。
手袋を外し、洗面台の脇に置く。タオルを濡らしながら、エドワードは右手の機械鎧に目を留めた。
アルフォンスと引き換えにした右手。当然のことだが、そのくらいアルフォンスを愛している。けれど、それは弟としてであって、今まで恋愛対象として意識したことなど一度も無い。考えたことすらない、それも当然といえば当然だろう。
が、これからも絶対にそう見ることがありえないか、と問われれば「分からない」としか答えられない。
過去、男に口説かれて戸惑いつつほだされつい受け入れてしまった経験がある身としては、危険な気もしている。
何せあの男は嫌いだったのだ。それに比べればアルフォンスはスタートラインが断然手前にあるのも明白。その分、「弟である」という障害も背負ってはいるが、逆に先刻のように大泣きされてしまっては放っておけないとも思ってしまう。
「参った、なぁ・・・」
タオルを絞りながら、一人ごちる。
エドワードが居なければ、とアルフォンスは言うが、だからと言ってその想いを受け入れてアルフォンスが幸せになれるとは思えない。男同士のみならず実の兄弟。本人が気にしなかったとしても、世間の風当たりは強いでは済むまい。
更にアルフォンスは子供が好きだ。しかし、エドワードとの間では何をどうやっても子供は望めないわけで。
エドワードとの間には、不幸になる要素ばかりが横たわっているのだ。
アルフォンスが普通に女性を愛するようになれば全て解決する。が、あんな風に泣き喚かれてはアルフォンスを置いて姿を消すなんて真似はエドワードには難しい。となるとエドワードは傍に居てやりつつアルフォンスの気が変わるのを待つと言うのが一番いい手段になりそうだが、それはそれまでにエドワードは絶対にアルフォンスにほだされてはならないということだ。生真面目なアルフォンスのことだ、誰かと交際している間に他の人間に目移りするわけが無い。が、しかし。
はっきり言って、ほだされる自信がある。大有りだ。自慢にもならないが。
「はぁ・・・」
ため息を一つ落として、両の手を合わせる。絞ったタオルに触れて、濡れたタオルを蒸しタオルにした。
「あちち・・・」
とりあえず今はこれ以上思い悩んでも結論は出るまい。片付けられる問題から一つ一つ片付けていくしかないのだ。
湯気の出るタオルを持って、エドワードはアルフォンスの待つ部屋へと引き返した。


「何で床に座ってんだ、お前」
床で膝を抱えて座っているアルフォンスを見てエドワードが苦笑した。
「兄さ、わ、ぶ・・・」
アルフォンスが顔を上げると、顔に熱いタオルが押し当てられた。そのままガシガシと顔をぬぐわれる。
乱暴なくらいに動いていたタオルがようやく取り除かれ、目を開くと、目の前には床に膝をついたエドワードが居た。
「戻って・・・こないんじゃないかって、思ったっ・・・」
不安を言葉にしてしまうと、急に視界がぼやけた。
「濡れタオル取ってくる、って言っただろうが。つーか折角顔拭いたのに泣くなよお前はー」
苦笑したらしいエドワードがアルフォンスを抱き寄せる。後ろ頭をぽんぽんとあやすように叩かれて、アルフォンスはエドワードにしがみ付いた。
「兄さん、兄さん・・・傍に居させて・・・ボクから兄さんを奪わないで。兄さんの隣に居る資格を取り上げないでっ・・・」
ぎゅうぎゅうとしがみ付けば、エドワードの手もアルフォンスの背に回される。
「なぁ、アル」
耳元で囁かれた呼び声は、とても穏やかで。けれど、やはりその中に強い決意を感じさせる音で、アルフォンスは身を固まらせた。
「な・・・に・・・?」
声がかすれた。エドワードが何を言おうとしているか、本当は知るのが怖かった。言ってはならない言葉、告げてはならない想いを伝えてしまったアルフォンスに、エドワードが何を言おうとするのか、想像するのも怖かった。
「旅を取りやめるわけにはいかない。脅されて言いなりになるなんてしたら、いつまでたってもお前を人質に取られ続けることになる。それは駄目だ。それから、オレはアイツの手に墜ちるわけにもいかない」
アルフォンスの背に回されたエドワードの手が、ぐっとアルフォンスの上着を掴んだ。
「さっきも言ったけどな、これからの旅は、今までよりキツイ旅になる。多分、追っ手もかかる。追われるってのはおちおち休息も自由に取れなくなるってことだ。それが、ずっと続く」
目の前が真っ暗になったような気がした。やはり自分では兄を引き止めることは出来ないのか、とアルフォンスは絶望の淵に追いやられた。
「・・・っ」
「だから」
そこでエドワードは切って、一つ深呼吸した。
「そんな旅でも、お前はついて来る覚悟があるのか?」
囁くように問われた言葉を一瞬反芻して、アルフォンスははっとした。慌てて身体を離してエドワードを見ると、エドワードも真剣な瞳でアルフォンスを見ていた。
「・・・どこまででも、何があっても!!兄さんの傍以外にボクの居場所は存在しない!!」
「オレは・・・オレは、お前の気持ちに答えられないかもしれない。それでもか」
その問いは既に自分の中で幾度と無く繰り返され、そしてその答えに納得できていた。だから、アルフォンスは迷うことなくその回答を告げることができた。
「最初から答えて欲しいなんて思ってないよ。一生、言わないつもりだった気持ちだから」
それは、想像するととても悲しい気持ちになるけれど。それでもエドワードを失うことに比べれば大したことではない。
アルフォンスは微笑んだ。その気持ちを、信じてもらうために。
「ボクの望みは、兄さんの隣で兄さんの幸せを見守ること。兄さんの想いを、望みを守り、その力になること。それ以外のものなんて望まない」
「アル・・・」
視線を逸らさず、微笑みを崩すことなく。エドワードを見つめる。
「傍に、居させて。兄さん。・・・兄さんを無くしたら、ボクはボクの生きるための目的を失ってしまう。ボクの、魂が死んでしまう」
すると、エドワードがそれは綺麗に微笑んだ。
「分かった。一緒に・・・行こう」



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おかしい・・・アルがカッコよくなるはずだったのに泣いて駄々こねて終わってしまった・・・
足りない子ではなくなったけどやっぱり微ヘタレじゃない・・・激ヘタレに・・・(汗)
次こそ!次こそリベンジです!!

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