Never End 1章/RUNAWAY 〜誰が為の愛〜
アルフォンスが目を覚ますと、隣にエドワードの寝顔があった。
寝てる間に居なくなったら嫌だと駄々をこねて、繋いで眠った手は今でも繋がったままだ。
無防備な寝顔に、思わずアルフォンスの顔に微苦笑が浮かぶ。
確かに手を繋いで寝たいと駄々をこねたのはアルフォンスだが、それを受け入れてしまうエドワードもどうかと思う。
あれほどはっきりと告白したと言うのに、どうしてこうも無防備なのか。自分に懸想する男と同じベッドで寝ると言う事は、ともすればどんな事態が起きるか分からないはずはないのに。
繋いだ手はそのままで、もう片方の手でエドワードの髪を漉く。
「襲われるかもとか思わないのかな。それともホントに全然相手にされてないだけ?」
「アホ」
返事が返ってくるとは思っておらず、目を丸くすると、エドワードの目がぱちりと開いた。
「起きてたの?」
「今起きた」
「ごめん、起こし・・・ふがっ」
突然エドワードに鼻をつままれ、アルフォンスは顔をしかめた。
「襲われる心配なんかしてねーし相手にしてないわけでもない」
「ふぇ?」
「お前はオレが嫌がることを無理強いしたりしないと思ってるだけだ。あの無能相手だったら一緒に寝たりしねーよ」
アルフォンスが見開いた目をますます丸くしていると、エドワードは繋いだ手を放してさっさと起き上がった。
「あー結局昨日出れなかったけど・・・逃げんなら早くしないと向こうも色々やってくるだろうから急がねーとな」
うーんと伸びをしたエドワードを見てアルフォンスも起き上がる。
「兄さんそれなんだけどさ・・・あ」
提案しようと思ったことを口に上らせようとして、ベッドサイドの窓の外に視線が止まった。
「何だ?」
「外にフュリー曹長がいるよ」
「何?」
エドワードも窓に近寄って外を見る。2Fの部屋からだと見下ろす形になり、新聞で顔を隠していてもフュリーだとはっきり確認できた。
「もしかして見張りかな」
「多分な。ケッ動きの早いこった」
「だね。流石13歳に手を出しただけのことはあるよ」
とたんにエドワードがずっこけた。
「・・・アル」
「え、何?」
「お前がアイツとオレのことを知ってたのは分かった。でもな・・・でも、そういうことを言うんじゃねぇ!!」
「え?何で?だってもう終わってるんでしょ?」
「いや、終わってるけど!!そらもう完膚なきまでに終わってるけど!!それとこれとは別だ!!」
「そう?まぁボクも別に大佐のコトなんて好き好んで話したいわけじゃないし、別にいいけど」
肩をすくめてアルフォンスは再びフュリーに視線を戻す。見られていることには気がついていないようだ。
「そんなことはどうでもいいんだよ。それよりボク、提案があるんだ。安全にセントラルを出るための作戦」
「・・・って言うのはどう?」
アルフォンスの説明した『作戦』に、エドワードは顔をしかめた。
「待てよ。それじゃお前が危ないだろうが!!」
「大丈夫だよ。あの人たちの目的は兄さんの『確保』なんだから、この作戦をやってる間は銃とかは絶対使ってこないよ」
「けど!それに大体その話じゃセントラル出てるのオレだけじゃねーか!お前は!?」
「ボクは兄さんがセントラルを出た後に、大佐のトコに銀時計を返しに行って、すぐに追いかけるよ」
「それこそ危ねぇだろ!!」
どんなときでもエドワードはアルフォンスの身の安全を最優先に考える。アルフォンスはそんなエドワードを安心させるように微笑んだ。
「大佐がボクに危害を加えるかも、って?それも大丈夫。この作戦が上手くいって、兄さんが足取りを全くつかませずにセントラルを離れることに成功してれば、大佐にとって兄さんを追う手がかりはボクしかなくなる。ボクに危害を加えるってコトはその最後の手がかりまで自分の手で無くすことになるからね。いくらなんでも、そこまで馬鹿じゃないでしょ」
「でも・・・」
エドワードが俯く。何を考えているかはすぐに分かる。エドワードは、アルフォンス一人を危険な目に合わせたくないのだ。
「兄さん、あのね。普通に二人で力ずくで逃げるより、この方が安全だよ。兄さんだけじゃなくて、ボクもね。無理矢理逃げて下手に戦闘になったら、その方が危ないだろ?」
「けど・・・」
エドワードは悩んでいる。理屈ではおそらく分かっているのだ。けれど、感情の踏ん切りがつかないのだろう。少し時間を置いた方がいいかもしれない。
「兄さん、とりあえず署名してくれる?先に旅の資金を引き落として、列車の切符買ってくるよ。それまでに、どうするか・・・考えておいて。ボクの作戦で行くか、それとも他の手段を考えるのか」
エドワードは少し逡巡したのちに頷いた。
手帳を取り出して署名をするエドワードを見ながら、アルフォンスは服を着替える。着る服は、いつもの兄とおそろいの服ではなく、新しく練成した白いシャツにブラウンのジャケット、ベージュのパンツ。
更にハンチング帽をかぶると、エドワードが心配そうな顔で署名を差し出した。
「本当に、大丈夫か?」
「大丈夫、気づかれる理由が無いし。・・・っと、そうだ、兄さんこれ掛けてみて」
「へ?」
薄い水色のガラスで練成した眼鏡を差し出すと、エドワードは戸惑いながらも受け取って眼鏡を掛けた。サングラスというほど濃い色のガラスではないから、あからさまに怪しい雰囲気にはならない。
「うん、役に立ちそう。目の金色が違う色に見える」
「あ・・・」
エドワードから眼鏡を受け取って、今度はアルフォンスが眼鏡を掛ける。それを見て、エドワードが頷いた。
「うん。眼鏡越しに見れば違う色に見えるな」
「これも掛けて行くから、安心して待ってて」
「ああ・・・」
金の瞳というのはあまり多くはない。だから、エドワードの外見を説明する場合は大抵「チビ・金髪・金瞳」といわれることをアルフォンスは知っていた。と、なれば当然それをごまかす手段を講じるのは当たり前だ。エドワードだけでなく、アルフォンスの金の瞳も。
「じゃぁ、行ってくるから。兄さん、ボクが居ない間に騒ぎとか起こしちゃだめだよ?」
「わ、分かってるよ!」
「うん。・・・と、それからもう一つ」
「ん?」
「どうやって逃げるか、考えておいて、って言っただろ。それについてなんだけどさ」
「それがどうかしたのか」
「もし、力ずくで逃げることにして、戦いになったとしたら。仮にも軍人の集団が相手なんだから、手加減して戦って逃げ切るなんて芸当は無理だと思うよ。・・・兄さんは、大佐に命令されただけで見張りに来てる皆を相手に、本気で攻撃する覚悟はある?そのことも考えておいてね」
背後でエドワードが息を飲んだのを聞きつつ、アルフォンスは宿の部屋を後にした。
「・・・!」
アルフォンスが宿の階段を降りると、ロビーのソファでジャン・ハボックがタバコをふかしていた。
内心の動揺を押し殺して、その横を素通りする。
アルフォンスに特に意識を向ける様子の無いジャンに、予定通りだとアルフォンスは内心ほくそえんだ。
自分達兄弟がが軍に関わりを持つようになったのは、アルフォンスが鎧の身体になって以後。ならば、彼らの頭の中には生身のアルフォンスの姿は存在していない。元の身体になった今、一目でアルフォンスを判別することができるわけが無いのだ。
隣にエドワードがおらず、エドワードと同じ格好もせず、喋らず、錬金術も使わない。それでアルフォンスは『その他大勢』の中に紛れ込むことができる。
スカウトにリゼンブールを訪れたロイとリザでさえ、生身のアルフォンスを見たことは無い。仮にピナコの家に張ってあった写真を見ていたとしても、取り戻した身体はちゃんと成長している。兄は当然としてピナコやウィンリィ、師匠たちなど、鎧になる以前から深い付き合いのあった人間にはそれでも分かるだろうが、写真で一度見たきりの子供が成長して現れて、アルフォンスだと判別できるとは思えない。
そう言って、先刻エドワードを説得したのだ。アルフォンス一人で出歩くことを渋るエドワードに、一人のほうが安全なのだ、と説き伏せた。
実際、ジャンはアルフォンスに気が付かなかった。ジャンはアルフォンスを見かけると必ず声を掛けてくる。ロイとエドワードが対立状態にある現状を差し引いても、アルフォンスに気がついたなら表情一つ変えずに無反応と言うことは無いだろう。
何事も無く宿の入り口を出て、アルフォンスは自信の笑みを浮かべた。
これなら、さっき立てた作戦は上手くいく。
確かに直情直行型のエドワードに対してだけの包囲網ならこんなものでもいいだろう。
だが、アルフォンスは違う。その計算力や知性が基本的に錬金術にしか反映されない兄とは違い、アルフォンスは日常の冷静な判断力に知性を活用することができる。
こんな包囲網では、アルフォンスにとってはザルも同然だった。
アルフォンスは身を翻し、駅に向って歩き始めた。
国家錬金術師機関から金を下ろすのは一番最後だ。これから長期間旅をすることを考えれば、今のうちに高額を手に入れておく必要がある。だが、それだけの金額を現状のエドワードが引き落としたことがロイに伝われば、何のための資金かはすぐに気づかれるだろう。引き落としが済んだらできる限り速やかに逃走を開始しなくてはならない。
そのためには、引き落としの前にできることは全て片付けておく必要がある。『作戦』をより効率よく安全に実行するための準備も必要だ。アルフォンスの提案にエドワードは頷かなかったが、アルフォンスが戻る頃には納得しているはず。
エドワードが一度内に入れた人間と本気で闘うことなど出来はしないことは、アルフォンスは誰よりもよく知っていた。だから、あんな念を押した。
駅に向う道すがら、ふと思い立って雑貨屋に寄った。良くも悪くも目立つエドワードと言う人間のことを考えれば、いくら作戦を実行しても宿から駅までの道を歩かせるのは危険すぎる。ならば、絶対に人に会わない場所を歩いてもらう方がより安心できる。
アルフォンスはランプとマッチと地図を買い求め、雑貨屋を出た。
一通りの準備を終わらせ、後は国家錬金術機関で金を下ろすだけ、という状態になったときだった。
エドワードの待つ宿の近くを通り過ぎようとしたとき、アルフォンスは聞き覚えのある声に突然呼び止められた。
「ねぇ、ちょっと君!さっきそこの宿から出てきたよね?」
振り返ってギョッとする。呼び止めたのはフュリーだった。
まさか、ばれた?!とアルフォンスがうろたえかけると、フュリーが慌てて胸の前で手を振った。
「あっ・・・軍人に急に声かけられたからびっくりしちゃった?別に悪いことしようとか、そう言うんじゃないから安心して」
やっぱりこの人って人がいいなぁ、とアルフォンスは内心で苦笑する。
どうもばれたわけではないらしいが、ならばそれはそれでアルフォンスは口をきくわけにはいかない。アルフォンスが困って少し首をかしげると、フュリーが懐から白い封筒を取り出した。
「あのね、あの宿にエドワード・エルリックとアルフォンス・エルリックって言う兄弟が泊まってるの知らないかな?その、アルフォンス君にこの手紙を渡して欲しいんだ」
いや、それボクですけど。
とも言えず、アルフォンスは手紙を受け取ってあいまいに頷いた。それを見たフュリーがホッとしたように笑う。
「僕は仕事でココから離れるわけにはいかなくて。ゴメン、よろしく頼むね!」
元の場所に戻っていくフュリーに会釈して、アルフォンスは再び歩き始める。何ともないような表情を作って歩みを速め、曲がり角を曲がったところで大きくため息をついた。
驚いた。心臓が飛び上がるほど驚いた。
人のいいフュリーだから気づかれなかったが、相手がもっと勘がいい人間だったらアルフォンスの挙動不審さに気がついたかもしれなかった。
アルフォンスはぶるぶると頭を振って、前を見据えた。
こんなことでうろたえていては駄目だ。自分は、もっともっと強くならなくては。そうでなくては、兄を守れない。
これからはこんな程度ではなく色々なことがあるはずだから。
気合を入れなおして、更に歩みを速める。
大総統府の国家錬金術師機関の建物に入り、アルフォンスは周囲を見回した。
特に普段と変わった様子はない。それに、ロイの関係者もいないようだった。
「・・・?」
普通に考えればここはマークされていそうなものなのだが。逃亡しようとする人間を捕まえようとするなら、普通はまず逃走するための資金を押さえようとするはずだ。それとも既に軍全体に手を回していて国家錬金術師の研究費も押さえてあるとでも言うのだろうか?
「すいませーん」
悩んでいても仕方ない。アルフォンスは受付の女性に声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
「あの、エドワード・エルリックの使いで研究費を引き出しに来たんですけど」
「はい。では銀時計と署名の提示をお願いします」
「・・・はい」
全くいつもと対応の変わらない職員に、先刻預かった銀時計と署名を差し出す。
「はい、確かに。ではおかけになって少々お待ちください」
拍子抜けしながら示されたソファに腰をおろす。もしココで力ずくでかかって来られたら、こちらもそれ相応の対応をする覚悟で来ていただけに、静けさが不審ですらあった。
「あ、そうだ。手紙」
白い封筒の裏を返すと、差出人はフュリー本人のサインになっていた。
「・・・大佐からですらないわけ?ボク宛ってだけでも妙なのに」
いぶかしく思いながらも、封を切る。手紙を開くと、ちまちまとした字で手紙は書かれていた。間違いなく、フュリーの字だ。
「・・・」
周囲への最低限の警戒を解かないまま、アルフォンスは手紙の内容に視線を走らせる。
ざっと目を通したアルフォンスは、大きくため息をついた。
手紙に書いてあったのは、エドワードが軍部を訪ねたときにあったことの詳細。そして、ロイが言ったというエドワードを軍に縛り付ける理由。最後に、ロイに悪気は無い、エドワードのことを心配しているのだというフュリーらしい好意的な解釈の上で、エドワードにロイと話し合って仲直りするように勧めて欲しいという頼みが書かれていた。
人がいい、を通り越してお人よしだ。それとも、ロイのことは無条件に信用するからこういうことになるのだろうか。
ロイとエドワードの過去の関係を知っていたかどうかはこの際棚に上げるとしても、本気で国家錬金術師で居る方が安全だと思っているのだろうか。テロがあったり戦争があれば任務として駆り出される、それさえ除けば安全だなどとは片腹痛い。軍に追われるよりはマシだなどと、そんなものは詭弁だ。
そもそもエドワードとアルフォンスは、人体練成という罪を犯している。これは、倫理がどうという問題ではなく国家錬金術師法違反なのだ。それが露見すれば国家錬金術師の資格を保持していようがいまいが追われる立場になる。軍の近くにいればそれが露見する可能性はその分高くなるわけで、結局どちらを選んだところで、身の安全という観点から考えれば五十歩百歩だ。
こんな子供だましの屁理屈にだまされる辺り、フュリーはお人よしだとは思うが、それを不快だとは思わない。逆にこんなお人よしで軍人としてやっていけるのかと心配にさえなってしまう。
けれど。
「コトがコトでさえ、無ければね」
フュリーが心配しているということは分かる。だが、今度の件だけはそれを受け入れるわけには行かない。
壊されそうになったのは、エドワードの幸せだ。
ロイがエドワードを奪っていくことでエドワードが幸せになれるというのなら、まだ我慢もできる。
が、幸せにするどころか不幸にしそうになり、あまつさえそのお陰でアルフォンスはエドワードに捨てられそうになった。
冗談じゃない。誰がそんな無能に愛する兄を渡すものか。
「・・・」
アルフォンスは無言で手紙を破いた。細かく千切り、更に錬金術まで使って再現不可能なまで破壊していると職員が戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらがご指定の金額になります」
渡された札束をざっと確認して、頷く。
「確かに受け取りました。ありがとうございます」
「お気をつけてお帰りください」
札束を紙袋に仕舞って、アルフォンスは大総統府を後にした。
フュリーの頼みを聞き入れるわけには行かないが、あの手紙のお陰でいくつか分かったことがある。
まず、ロイは軍人としてエドワードを確保しようとしたのではなく、間違いなくロイの個人的な目的で確保しようとしたのだということ。
正式な軍務ならばあんな屁理屈をこねる必要はないのだ。
エドワードにいくら問うても、思い当たっている様子はあるのに歯切れが悪かったことを考えると、エドワードとの間に何らかの取り交わしがあったと考えるのが妥当だろう。ロイとの関係を知っていたと言った後に聞いても答えてもらえなかったのも考慮すれば、大体どんな内容なのか想像はつく。
そして相手の目的が分かれば、相手の手の内も見えてくる。
ロイの目的がエドワードを自分の傍に置いておくことだとすれば、エドワードを犯罪者に仕立て上げて軍を上げて追いかけるような真似は出来ない。確保した後にエドワードが投獄されて引き離されるようでは意味がないのだ。
国家錬金術師機関が封鎖されていなかったのはそれが一つの理由になる。詮索されずに口座を封鎖できるほど軍はちいさな組織でもなければ、ロイもそこまでの権力は持っていない。
そうなるとロイがエドワードの確保のために使える手ごまはまさに腹心の数名のみ。それ以外の人間を下手に関与させればロイの目的を阻害してしまう。
その人数で逃げようとするエドワードを捕まえる気なら余計な場所に人員は裂けない。必ずエドワードが現れる場所を特定し、そこに集中的に駒を配置することになる。だから大総統府はマークする場所から外れたのだ。
更に言えば長期戦も出来ない。駒の交代要員が確保できない。
「にしても、大佐も甘い。敵にこんなこと教えちゃう人、野放しにしちゃ駄目だろ」
この情報はエドワードサイドには切り札となりえる。敵の全貌が分からない状態では打てる手も限られるわけで、逆にいえば本気でやりあう気なら自分達の手の内は絶対に相手にさらしてはならないのだ。
いや、相手がエドワード一人だったならこれでもいいのかもしれない。なんだかんだいってもお人よしの兄のことだ、ロイがどうかはともかくとしても、フュリー達が心配しているなどと知ったら罪悪感に駆られるだろう。
まして元々親しい人間と戦ったり出来ない人だ。包囲網が親しい人間ばかり、しかも自分を心配してくれているなんて言われて暴れられるわけがない。そして相手が自分に好意を持っていることを切り札に出来るほど歪んでもいない。
しかし、エドワードにはアルフォンスがいる。エドワードには出来なくとも、アルフォンスには出来る。ロイはそのことを失念しているとしか思えない。
もしくは、アルフォンスのことをなめているか。
「・・・」
その可能性の方が高そうだ。
鎧の身体の間は、ずっと兄の後ろに控えるように気をつけていた。下手に目立って空の鎧であることを周囲に気づかれるわけには行かなかったから。
あの通り目立つ兄であることも相まって、軍部の中ではアルフォンスは『兄に従順なおとなしい子供』と評されていたらしいというのを聞いたことがある。
ロイの中でアルフォンスの印象がその通りだったとしたら、エドワードさえ押さえればアルフォンスについては心配ないと考えるのも無理はないだろう。
自分がロイの立場でエドワードを引きとめようとするならどうするだろう、とアルフォンスは考える。
あんなことを言われてエドワードがじっとしているわけはない、だがアルフォンスの命を懸けてロイに逆らうなど出来るはずもない。
となるとエドワードはまずアルフォンスの安全を確保しようとする。強制されて素直に頭を垂れるタイプではない。
エドワードは今回、自らが逃亡することでそれをやろうとした。
それを包囲網で潰す。エドワードが逃げるのは無理だと判断するまで。なんなら逃げようとするたびにアルフォンスに攻撃を加えてもいい。部下達の目を気にしないならば、だが。
その後はエドワードが悩み始めたところで、エドワードと親しい人間に慰留させるつもりだろう。道理で宿の周りに配置されたのがジャンとフュリーなわけだ。あの二人はロイの部下の中でもエドワードと親しい。
アルフォンスの存在のファクターさえ除けば、充分勝算のある作戦だ。エドワードの行動をよく読んでいる。
エドワードが逃亡と言う手段を使うとはアルフォンスでさえ思っていなかった。どちらかと言えばアルフォンスを逃がした後にロイを殴りに行きそうだと思う。
それをロイが読んでいたのだとすれば、悔しい話だがロイはアルフォンス以上にエドワードの行動を理解していると言うことだろう。いずれにせよ、エドワードが話し合いなんて手段をとらず強行突破するだろうこともわかっていて、包囲網を作っているのは確かだ。
口で言って聞く人間ならもっとまともな手段もあるのだろうが、納得するまで行動してからじゃないと人の話なんて聞きはしないのだ。それでも話を聞いてもらおうとするならとんでもないパワーを使わせられる。
昨夜のことを思い出し、アルフォンスは思いっきりため息をついた。
何はともあれ、アルフォンスがなめられているのは今は好都合だ。ロイはエドワードの行動は読めても、アルフォンスの行動を読むことは出来ない。アルフォンスが行動の主導権を握っていれば、ロイの裏をかくことが可能だ。
エドワードと二人で旅をしている間、何もアルフォンスはただエドワードの後ろを付いて歩いていたわけではない。
ずっと、エドワードを守りたいと思っていた。守るための力が欲しいと思っていた。
そしてその力を身につける努力もしてきた。
本気で親しい相手を攻撃する覚悟はあるのか、とエドワードに問うた言葉。
問いかけた本人であるアルフォンスには、その覚悟がある。
それ以外のことでならばきっと自分もそんなことしたくないと言うだろう。
けれどエドワードを守るためだと言うのならば迷いはしない。
手を汚すことだって厭わない。
空の鎧の中、暗い闇のうちで密かに研ぎ澄ましていた力は獣の爪と牙。
愛する人を守るためにひとたび表に出したならば、迷うことなく敵を血に染める。
それをやれば他でもないエドワードが傷つくから、最後の手段ではあるけれど。
必要とあればロイだろうがロイの部下だろうがこの手にかけてみせよう。
そのために研ぎ続けてきた牙なのだから。
全ては愛する人にだけ繋がっている。
アルフォンスの居ない宿の部屋で、エドワードは窓枠に肘をついてため息を吐く。
窓から見えるフュリーは、時折宿の入り口に目を向けながらもずっと変わらずそこに立っていた。
「気の毒にな。こんなことに巻き込まれて」
先刻腹が減って食事に出ようとしたら、宿のロビーにはジャンまで居た。別に食事に出て戻ってくるだけなのだから、それこそ一声掛けて出かけても良かったのだが。
アルフォンスが出掛けに残していった言葉がずしりと胸に残っていて、彼らと言葉を交わす気にはなれずに部屋に戻った。
戦う。彼らと。
ふざけ合って殴るのとは違う。
立ちふさがられたら、本気で傷つけなければならない。
彼らは巻き込まれただけなのに。
いや、ロイについていくことは彼らが決めたことなのは分かっている。そう決めたから、理不尽な任務にも応じるのだと。それで怪我を負うことがあっても彼らは後悔もしないし誰かを恨んだりもしないのだろう。
でも。それでも。
対立したくて資格を返上する道を選んだわけではないから、尚更・・・
傷つけたくなかった。
「何だって、こんなこと・・・」
ロイがここまでやるとは思っていなかった。
ロイの中でエドワードに対する執着が消えていないことは気づいていた。
だが、ロイには目的がある。エドワードがアルフォンスの身体を取り戻すために全てを捨てていたのと、同じくらい強い思いを抱いている目的が。
こんな馬鹿なことに時間を割いている場合ではないだろう。
「アンタだって、分かってるはずだろ・・・?」
2年前のあの日、関係を絶つことを宣言したのはエドワードでも、そうしなくてはならないことをエドワードに気づかせたのはロイだ。
馴れ合う関係ではない、互いに自分の道を自分の足で歩く者同士だったからそうすることを選んだはずだ。寄り添って生きることは出来ないのだ、と自分を納得させた。
それを、何故今更こんな形で。
「・・・納得いかねぇ!!」
勢いよく立ち上がり、エドワードは力いっぱい部屋のドアを開けた。
転がるように階段を駆け下りて、宿の電話に向かう。
電話の前に立ち、受話器に手を伸ばしかけたところで、エドワードはぴたりと動きを止めた。
納得はいかない、でも今それをあの男に問うて何になる?
納得して別れたはずだ、などと指摘したところで、あの男は手を引くまい。こんな強引な手を使っている時点で彼の頭の中では結論が出ているのだ。一度決めたことは意地でも曲げない、そういう男だ。
必ずエドワードを手に入れると、そうあの男が決めたのだとしたら。エドワードが彼にしてやれることはやはり一つしかないのだ。
「大将!!」
「うぎゃ!?」
物思いにふけっているときに後ろから声を掛けられ、エドワードは飛び上がった。
「あ、ハ、ハボック少尉・・・」
「電話しねーのか?」
いつも通り咥えタバコのジャンが、あごで電話をしゃくる。エドワードは延ばしかけた手を下ろしてかぶりを振った。
「いや、やっぱり止めた」
「ふーん。どこに電話掛けようとしてたんだ?」
「っ・・・アンタに関係ねーだろ」
そのまま踵を返して部屋に戻ろうとすると腕をつかまれた。
「っんだよ!!」
思いっきりその手を振り払う。普段ならジャン相手にこんな態度をとったりはしない。けれど、状況が状況だけにまともな態度は取れなかった。
「何で怒ってるんだよ。俺お前を怒らせるようなことしたかぁ?」
飄々と言うジャンに苛立ちが募る。何故自分の方ばかりこんなに悩まなくてはならないのか。
「アンタがここにいる理由考えりゃ想像つくだろ!!」
噛み付くように怒鳴るとジャンが少し目を見開いた。
「大将に会いに来たんだよーん、とか言っても信用しねーか?」
「馬鹿にしてんのか?!もう昼も過ぎたってのに朝から居るだろーが!!」
「なんだ、知ってたのかよ」
指摘されても悪びれもしない。こういうところは上司に似たのか、こういう性格をしていないとあの男にはついていけないのか。
「けどお前と話したいって思ってたのは確かだぜ。部屋に引きこもってるみてーだったからどうしようかと思ってたんだけど」
「オレはアンタらと話すことなんか何もない」
「まぁ待てって。腹立てるのは分かるけど、そうケンカ腰になるなよ」
別に腹を立てているわけではない。ただ、居たたまれないだけだ。顔をそむけると、ジャンがため息をつくのが聞こえた。
「あのよ、大将。大佐は悪気があってあんなこと言ったんじゃないんだぜ?」
それは何をもってして悪気とするかによる。それに。
「悪気がなけりゃ何やってもいいのかよ?」
口に上らせてから、全く同じ台詞を過去にロイに吐いた事があるのをエドワードは思い出した。結局あの男はあの時から何も成長していないのだ。オッサンだから最早老化するばかりで成長は出来ないのかもしれない。
「何やってもいいとは言わねぇけどよ。お前らみたいな目立つ奴ら、目の届かないところに居られると心配だからあんなこといったんだろ?」
「ああ?」
「だからよ。大佐の手の届くところにいりゃ、何かあったときに守ってやれるって思ってるんだよ、あの人は。そばに居たら守ってやれたのにって後悔するのが嫌なんだろ」
「オレは守ってもらわなきゃならないほど弱くない!」
「それは分かってるし、お前がそう言うってのも分かってたからこういうやり方になったんだろうが。相手が強いって分かってたって、それでも心配になるのはしょうがねぇだろ。相手のことを大事に思ってりゃ思ってるほど、何かと不安になるもんだ」
まるで言い聞かせるような言い草のジャンの言葉に、少しむっとしながらも言われた内容に引っ掛かりを覚えた。
それではまるで、ロイがエドワードに惚れているとでも言うような。
いや、間違ってはいないのだが。何故、ジャンがそんな言い方をする?どうやら気づいていたらしいアルフォンスならばともかく。
エドワードは嫌な予感がしつつも恐る恐るジャンに尋ねた。
「ちょっと待てよ、少尉。その・・・大佐が、オレを、どう思ってるって・・・?」
するとジャンは事も無げに答えた。
「振ったんだろ?」
「何でアンタがそれを知ってるんだーーーーーッ!?」
「いや、そこはまぁ大人の事情で。つーか中尉も知ってるし」
「皆知ってんじゃねーかぁぁぁぁぁぁ!!」
頭を抱えて身をよじったエドワードに、ジャンが肩をすくめる。
「いやー、あの人が自分を振った相手をそれでも守りたいなんて考えるほどに惚れこんでるのは見てて面白くてなぁ」
「面白くねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
床に手をついてへこんでいるエドワードを、ジャンがしゃがんで覗き込んだ。
「まーそいつはともかくだな。ケンカしねーで大佐といっぺん話してみろや。なんだったらヨリ戻してくれると、こっちもこういうことに巻き込まれないで済んで助かるんだけどなぁ」
「ざけんな!ンな真似できるかぁぁぁぁ!!」
やけくそで怒鳴るエドワードにジャンが苦笑する。
「でも大将、お前大佐のコト嫌いじゃねーだろ」
「んなわけあるかーーーーっ!!大佐なんか大ッッ嫌いだっつーのっ!!!」
「イヤヨイヤヨも好きのう・・・」
「本っっっ気で殺されたいらしいな?」
右手を剣に練成したエドワードに、ジャンが口をつぐむ。賢明な判断だ、それ以上続けられたらエドワードも悩まず切りかかれる。いや、いいのか悪いのか。
右手を元に戻して、一つため息をつく。じゃれあってる場合じゃないのだ。
「大佐に悪気は無いって言ったよな」
「ああ、言った」
「大佐がそう言ったのか」
エドワードはジャンの目を真っ直ぐに見据えた。何と言おうとも嘘やゴマカシを言ったら話しはココで切り上げてやる。エドワードのそんな意思が伝わったのか、ジャンは数瞬エドワードの目を見返したあと、ゆっくりと口を開いた。
「全くそのまんまってワケじゃないけどな。お前が心配だから、ってニュアンスは分かった」
「言ったまんまじゃねーのか?」
「そういうのよっぽどじゃない限り口に出す人間じゃないのはお前も知ってるだろ。こっちもいい加減あの人の部下やって長いんでね」
「そんでオレを説得しろとでも言われたのか」
「言われてねーよ。部下に取り成しを頼むほど殊勝なタマか」
それもそうだ。あれで案外真剣なときは口下手になる傾向があるロイに、黙ってみてても片付かないと判断して口を挟んだと言った所か。ロイの部下をやって長いと言うだけのことはある。
「じゃあアイツの部下やって長いって言うアンタに訊くけどな」
「ん?」
「その『オレが心配』ってのは、どのくらい真剣だと思う?」
「は?冗談で言うわけねーだろ」
「ああ、言い方が悪いか。だからさ」
自分が庇護対象だと思われていること、それ自体にも不満はあるが、その感情にかんして言えば悪意ではないしそういった思いもあるのだろうというのは分かる。しかし。
「オレをその・・・守りたいとか思ってるの以外の目的は無いと思ってるか?」
じっと目を見れば、ジャンは暫く逡巡したのち目を逸らした。
「・・・じゃあ話はコレで終わり」
ムッとして踵を返せば慌てたジャンがエドワードの前に立ちふさがった。
「あわわわわっ!待て待て待て!!勝手に終わりにすんな!」
「欺瞞や誤魔化しの話に付き合う気は無ぇんだよ」
「分かったよ!多分あわよくばヨリを戻したいとか、それが駄目でも守りたいとか差っぴいても近くに居て欲しいって思ってるってそういうことだろ?!」
「やっぱり分かってんじゃねーか」
フン、と鼻を鳴らすとジャンががっくりと肩を落とした。
「つーか自覚有りかよ。こうさ、そこまで想われちゃって〜とか心動かされたりしないわけ?」
「誰がんなどこぞの小娘みたいな発想をするか」
「またまた〜」
冷やかすような声を出したジャンをじろりと睨むと、ジャンは肩をすくめて口を閉じた。
「勝手に想われて勝手に尽くされたって迷惑なだけだろ」
「酷ぇなオイ。お前普通に女の子に告白されてもそういう気か?大佐以上の最低男として名を馳せるぞ」
「勝手に言えばいいだろ。オレはアルが居ればそれでいい」
きっぱり言い切ったエドワードにジャンは呆れたような顔をした。
「相変わらずブラコンだなぁお前。でもよ、アルって元の身体に戻ったんだろ?これからはそのまんまじゃいられないだろうが」
「何がだ?」
「ほら、アイツだって生身になったんだったらこれからは彼女欲しいとか色々あんじゃねーの?そろそろいつまでも兄弟べったりって歳でもないだろ」
言われた言葉を、エドワードは鼻で笑い飛ばした。
「アルはオレから離れねーよ」
「分かんねぇぞー?今はブラコンでも彼女できたとたんにパタッとな。彼女出来たら兄弟なんかウザイだけだしな」
「アンタと一緒にすんなこの色ボケ少尉」
「色ボ・・・お前なぁ!!」
口では完全否定しながらも、心の中では昨夜のアルフォンスとの会話を思い出していた。
自分だって、アルフォンスはそうあるべきだと思っていたはずだ。けれどアルフォンスはエドワードを好きだと言った。
その想いに応えてはならないと思った。応えられないと伝えた。アルフォンスは悲しそうに、それでも笑って見せてそれでいいと言った。
なのにどうして今、ジャンの言葉をこんなに必死で否定しているんだろう?
カラン、と宿のドアが開く音がして、ジャンの向こうのドアに目をやるとアルフォンスが入ってきた。ドアに背を向けているジャンには見えていない。エドワードの姿を見とめたアルフォンスは、一瞬目を見開いた後人差し指を立てて口に当てた。
『気づかないふりをして』
声がなくともアルフォンスとなら分かり合える。
エドワードのことを誰よりも理解できるのはアルフォンスで、アルフォンスのことを誰よりも理解してやれるのはエドワードだと思うから。
そうだ。アルフォンスだから、なのだ。
「少尉、さっきの訂正するよ」
「さっきの?」
「『勝手に想われて勝手に尽くされたって迷惑なだけ』ってヤツ」
ジャンの背後を静かに通り過ぎようとしたアルフォンスが、ぴくりと肩を震わせたのが見えた。
「迷惑なのは大佐だからだ。そんな風に思ってくれることを、嬉しいって思える相手もいる」
「大将・・・?」
いぶかしそうなジャンの向こう側で、アルフォンスはすっかり立ち止まってしまっている。内心動揺しているのだろう。必死で無表情を保っていても、エドワードには分かる。
エドワードは微笑んだ。
「何よりもオレを大事にしてくれて、誰よりもオレの気持ちを理解してくれる。オレの意志を大切にしてくれる」
胸に温かいものが湧き上がってくるような感じがして、エドワードは左手で胸を押さえた。
「オレはその気持ちに応えられるかわかんないけど。でも、ずっと愛されてたこと・・・てか今も愛されてることは、素直に嬉しいって思えるんだ、ソイツなら」
告白されて戸惑ったのは事実だ。でも、嬉しかった。世界で一番自分を知ってる人間が、自分を愛してくれていたこと。その気持ちは、外見だけ見て勝手に気持ちを押し付けるような類いのものではない。エドワードを本当に理解した上で、それで好きだと言ってくれた。
止まることなく胸に湧きつづける温かい気持ちに、目を閉じる。
「だからソイツに愛されるのは迷惑だなんて思わない。ソイツに愛してもらえたことは、オレの・・・誇りだ」
ゆっくりと目を開けると、アルフォンスと目が合った。呆然としていたらしいアルフォンスは、はっとしてまばたきを2、3繰り返すと口を押さえて階段を登っていった。
視線を上げてジャンを見れば、戸惑った表情をしている。
「けど、大佐の気持ちは迷惑以外の何物でもない。守りたいとか、ヨリ戻したいとか、せめて傍にいれたらとか。全部ひっくるめて迷惑だ」
「大将・・・」
「大佐がオレにそう言う気持ちを持ってる限り、オレは大佐の傍には居られない。誰が何を言おうと、何があろうとオレはその意志を曲げるつもりはない」
何かを言おうとしたらしいジャンが口を開くが、そのまま言葉を飲み込んだ。
「話は終わりだ。じゃーな」
エドワードが横をすり抜けて階段に向っても、今度はジャンは引き止めなかった。
エドワードが部屋に戻り、鍵を閉めていると背中から抱きすくめられた。
「アル?」
エドワードの肩にアルフォンスの額が押し当てられている。少し顔を動かすと、アルフォンスの前髪がエドワードの頬をくすぐった。
「何だよ。甘えてんのか?」
左手でアルフォンスの頭をぽふぽふ叩くと、アルフォンスの腕の力が強まった。
「・・・大好き・・・」
「昨日も聞いたぞ」
苦笑交じりに返事を返せば、エドワードの服を握り締めていたアルフォンスの手がぐっと寄せられる。
「迷惑じゃ、ない・・・?」
「おまえ、さっき下でオレが言ったこと聞こえてなかったのか?」
「アレ・・・ボクのコトだって、自惚れてもいいの・・・?」
「それ以外に誰が居る。自慢じゃないがオレは今まで生きてきて二人からしか告白されたことは無い」
エドワードのそれより少しだけ癖のある髪に指を通し、漉いてやる。
「応えられるかは分からない。でも、その気持ちそのものは嬉しいって思ったぜ?」
「っ・・・兄さんっ・・・」
更に強く抱きしめられて、エドワードの口からぐぇ、と変な声が漏れた。
「アルッ・・・、く、苦しい・・・」
「あっご、ごめん!!」
アルフォンスが慌てて手を離し、エドワードはふう、と息を吐く。振り返ってアルフォンスを見れば、視線が中空を彷徨っていた。
「アル?」
「あ、あの・・・えっと・・・あのね、兄さん」
「ん?」
「えっと、えっと、その・・・兄さん」
「何だよ」
「えーと、だからその、あの・・・あの、兄さん」
「だから何だっつーの」
アルフォンスは胸の前で人差し指同士を合わせてもじもじしている。
「その、お、お願いがあるんだけど・・・」
「何だ」
「その、その・・・あの、あのね」
「だーーーーっ!!ハッキリしろっハッキリ!!!!」
「キキキキスしていい?!」
一瞬何を言われたのか分からず、エドワードの思考が停止する。まじまじとアルフォンスを見るとアルフォンスははっとして後ずさった。
「あ、あ、ごごめんやっぱり嫌だよね今のなしっ気にしないでっ」
あからさまに視線を逸らしたアルフォンスが早口で言葉を紡ぐ。
「そうだよねいくらなんでも調子に乗りすぎだよねごめんね気持ち悪いよねそんなの」
「おい、アル」
「冗談だからホント気にしないでホントごめん」
「アル!!」
強い調子で呼ぶと、アルフォンスはびくっと肩をすくめて押し黙った。
「一人で勝手に結論出して勝手に傷つくなよ。しょうのないヤツだな」
俯いているアルフォンスを、腰に手を当てて覗き込むと、アルフォンスは恐る恐るといった体で上目づかいにエドワードを見た。
その仕草はまるで飼い主に叱られた子犬のようで、エドワードは思わず苦笑する。
「・・・いいぜ?」
別に減るものでもなければ、キスの意味も知らないほど幼い頃に、アルフォンスとしたこともある。
「ほ、ホント!?」
「ああ」
「ホントのホント?!」
「だからいいって言ってんだろ」
「ホントのホントのホ・・・」
「それ以上聞くなら止めるぞ」
「は・・・へ・・・は、ハイッ」
アルフォンスが慌ててエドワードの両肩を掴んだその力の強さに、アルフォンスががちがちに緊張しているのが分かった。
アルフォンスは10歳の時に鎧の身体になり、身体を取り戻したのはつい先日だ。当然家族と以外とのキスなんて経験は無いだろう。緊張するのもまあ仕方ないともいえる。いや、実際は今向き合っているエドワードも家族ではあるのだが・・・
近づいてきたアルフォンスの顔に、エドワードは目を閉じた。
が。
「がっ」「んぐっ」
次の瞬間、歯に衝撃を感じてエドワードは口を押さえた。
目を開ければ、アルフォンスも同様にしている。どうやら緊張のし過ぎで勢いあまったアルフォンスが、思いっきり歯と歯をぶつけてしまったらしい。
「お、おまえなぁ・・・」
「ご、ごめんなさい・・・」
アルフォンスが泣きそうな顔をしているのは痛みのせいではないだろう。
「ごめんなさい・・・」
謝る声も消え入りそうだ。
「その、まぁ初めてなんだからヘタクソなのは仕方ねぇだろ。気にすんな」
フォローを入れたつもりが。
「ヘタクソ・・・」
アルフォンスを更なる泥沼に沈めたらしかった。
「あ、その・・・おい、アル?」
床に座り込んでしまったアルフォンスが膝を抱えてどんよりしたオーラを漂わせている。これは、マジへこみだ。
「ほ、ほら、こういうのは経験だし、これから練習すればいいだろ?」
「どうやって・・・?」
「ど、どうやってってその・・・」
「そうだよね・・・兄さんはボクより断然経験値あるもんね・・・ボクは兄さん以外となんかする気無いし、上手くなるはずなんか無いよね・・・」
「け、けどそのあんまり上手いのも遊んでるみたいだし、な、ほら」
「そっか・・・大佐は上手かったんだ・・・そうだよね・・・ボクみたいにかっこ悪いわけないよね・・・遊び人だもんね・・・」
「アールゥー・・・」
抱えた膝に顔をうずめて完全にいじけモードのアルフォンスに、エドワードは困って後ろ頭を掻いた。
別に下手でもそれはそれで可愛くていい、とさえエドワードは思うのだが。流石にそれを言ったらトドメを刺すことになりそうだ。
「そんなに上手くなりてーのかよ?」
ため息混じりに問いかけると、アルフォンスは涙目でエドワードを見上げた。
「だ、だって・・・」
それから、俯いて小さな声で呟く。
「せ、せめて兄さんに相応しいくらいかっこよくなりたいって言うか・・・」
見下ろしたアルフォンスをまじまじと見れば、首筋や耳まで赤い。
初々しい、と言うのも変な言い方だろうか。照れや緊張を隠せないアルフォンスが、可愛いと思った。
自然と笑みがこぼれて、エドワードはアルフォンスの頭に左手を乗せた。
「分かった。じゃあ教えてやる」
「・・・え?」
エドワードを見上げたアルフォンスの丸い瞳が、更にまん丸に見開かれている。
「オレが教えてやる。だからへこむな」
「まままままままって!!そそそそそそそれってど、ど、どどうやって?!」
「そりゃ、えっと・・・実技?」
「じじじじじ実技?!マジで?!ホントに?!」
「嫌ならやめるけど」
とたんにアルフォンスは首を勢いよく左右に振った。
「いいいいいいやじゃない!!是非!お願いします!!」
がばっと立ち上がったアルフォンスの勢いに、一瞬気おされる。
「じゃ、じゃあそこに大人しく立て」
「うん!」
急激に浮上したアルフォンスに少し苦笑して、エドワードは肩をすくめた。
しかし、教えるとは言ったものの、エドワードとてされたことは数あれど自分からキスしたことは、実は無い。
改めてこうやって自分からするとなると緊張するな、と思いながら目の前のアルフォンスに手を触れると。
きつくきつく目を瞑ったアルフォンスが、先刻以上にがちがちに緊張しているのが分かった。
その様子が、逆にエドワードの緊張を解して余裕を生む。
「おまえなぁ、緊張しすぎ。もうちょっと力抜けよ」
「う、う、う、うん」
苦笑交じりのエドワードの言葉に答えるアルフォンスは、さっぱり緊張が解ける様子は無い。
強張っているアルフォンスの頬を少し撫でた後、エドワードはアルフォンスに唇を重ねた。
2、3度押し当てるだけのキスをしても、緊張しすぎているアルフォンスの口が開かない。
顔の角度を傾け、尖らせた舌で唇をなぞり、下唇を軽く音を立てて吸うと、身じろいだアルフォンスが僅かに口を開いた。
それを見計らって頬に触れていた手を滑らせ、アルフォンスの頭を抱え込む。唇の重なりを深くして舌を滑り込ませれば、アルフォンスの手がエドワードの腰の回された。
ゆっくりと舌で歯茎をなぞり、やはり硬直しているアルフォンスの舌に舌を這わせる。誘うように舌先でちょんちょんとつつけば、アルフォンスもおずおずと応えた。
少し舌を絡み合わせたのち、唇を離す。最後に音をたてて触れるだけのキスをもう一度落として、エドワードは目を開いた。
「・・・どうだ?」
アルフォンスの肩に腕をかけたまま問いかけると、アルフォンスはうっとりしたように目を開いた。
「気持ちいい・・・」
「そうか」
自分からしたことはなかったから、どんな風にされたかを思い出してやってみたが上手くできたらしい。
「でも・・・」
「ん?」
「息できない・・・」
「鼻でするんだよ鼻で」
「フンー」
鼻息で答えたアルフォンスにエドワードは吹き出した。
「鼻息荒くしろとは言ってねーよ!」
「ご、ご、ごめん」
「まったく、色気もクソもねーなー」
クックッと笑いながら額をあわせ、上目遣いでアルフォンスを見れば、アルフォンスはまだ真っ赤なままだった。
「まぁいいや。やり方わかったか?」
「う、うんっ」
「じゃーやってみろ」
すると途端にアルフォンスが固まった。
「や、や、や・・・え?!」
「いやだからやり方分かったんだろ?」
「わわわ分かったけど!そ、そ、その、していいの?!」
「だーかーらーしてみろってんじゃねーか。おまえ人の話きいてっか?」
至近距離からじっと見つめてやると、アルフォンスは戸惑いながらもこくりと頷いた。
それを確認して、ゆっくり目を閉じる。
数秒のち、唇に柔らかい感触が押し当てられて、エドワードは薄目を開いた。
アルフォンスの長いまつげが、かすかに震えている。
アルフォンスのキスは優しいを通り越して恐る恐るに近い。こんな触り方ではシャボン玉だって壊れまい。
丁寧に丁寧に唇を舐めて、ようやく舌が入ってきても、じれったいほど大人しくてエドワードは内心苦笑した。
自ら顎を出して、唇の重なる角度を深くする。アルフォンスが一瞬戸惑った気配がしたが、すぐにアルフォンスのほうから強く唇を押し当ててきた。
「ふ・・・ん」
軽く舌を吸ってやれば、アルフォンスの鼻からくぐもった吐息が漏れる。
ようやく動き出した舌に応えると、背中に回されていた腕がきつくエドワードを抱きしめた。
何度か角度を変えながら吐息を混じり合わせる。唇を離すと、アルフォンスはエドワードの肩に顔をうずめた。
「兄さん・・・」
「ん?」
「その・・・」
「何だよ」
「・・・ありがとう・・・」
抱きしめる腕を解かないままにアルフォンスがつぶやいた。
「何がだよ」
笑い混じりに問い返せば。
「その・・・い、色々だよ・・・」
アルフォンスははっきりとは答えなかった。
「色々かよ。じゃーどういたしまして、とでも言っておくか」
エドワードも抱きしめた腕を解かないまま、アルフォンスの頭を撫でた。
腕の中にいるのはずっと捜し求めていた大切な温もり。
それはようやく取り戻したけれど、それで全てが終わりと言う訳ではない。
これから自分が歩いていくのは、愛しい弟を守るための道になる。
それについては、今までもこれからも変わる事は無いのだ。
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アルフォンス・・・
折角途中までは微妙に黒かったのに
最後のキスシーンで全て台無し!!
つーかコレこの時点じゃエドアルですか?っていわれても否定できませんねあははははは
○| ̄|_
つ、次の話は絶対リベンジで!
エドの前に居なければもうちょっとかっこ良くなるはず!(アレ?)
それにしても人が入り混じってぐちゃぐちゃですねー
なのにロイ視点が無いからロイがただの悪役(笑)
ロイにはロイなりの理由が、ちゃんと色々あるんですよー
一応・・・。
そこらへんはいずれと言うことで・・・
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