Never End 1章/RUNAWAY 〜交錯〜



「じゃあアレ、アルフォンス君だったんですか?!」
フュリーの言葉に、ロイが目を閉じて頷く。
アルフォンスが立ち去ってから30分。時間は夕刻になっている。追っ手として出払っていたメンバーも、皆既に執務室に戻ってきていた。
「そうか・・・アイツだったらあんな真似もできますね・・・」
ブレダが顎に手を当てて考え込む。
「しかしアイツ大将と身長かわりませんでしたよ。15歳にしちゃ結構小さい方ですよね。16歳でアレな大将よりはマシでしょうが・・・」
「それについては情報不足だった、仕方がないだろう。取り戻した身体が失ったときのまま10歳の姿だったとしても、歳相応に15歳くらいの姿だったとしてもおかしくは無いからな。想定のしようがない」
そういったロイはコーヒーに口をつけた。ロイの机はまだ粗大ゴミの姿のままそこにある。
「大将は、もうセントラルを出たんスかね?」
「アルフォンスの言うことを信用するならそういうことになるな」
裏づけの無い話をそのまま信用するのは愚かなことだ。軍人であれば誰でも知っている常識だが。
「簡単に撒けるにも関わらず長時間引っ張りまわされたこと、逃げ回った経路を考え合わせれば、アルフォンスが囮をやっている間に鋼のはセントラルを離れたと言うことでつじつまは合う。信用できる証言だと考えていいだろう」
「・・・それで、どうするつもりなんスか?」
目を伏せたままのジャンの問いかけに、ロイはコーヒーをサイドデスクに置いた。
「アルフォンスはまだセントラルにいるはずだ。必ずアレは鋼のと合流する。ブレダ、尾行して鋼のの居場所を突き止めろ」
「分かりました」
「ファルマン、お前が駅を離れてから撒かれるまでの間にセントラルから出た列車の行き先は分かるか」
「8本ほどありますが。申し上げましょうか」
「ああ」
「出発時刻順に申し上げますと、ウェストシティ行き、ダブリス行き、ノースシティ行き、ゼノタイム行き、リオール行き、アクロイア行き、サウスシティ行き、リゼンブール行きです」
「リゼンブール行きが出発してから撒かれるまでに何分ある」
「8分です」
「充分だな。おそらくリゼンブールだ」
立ち上がったブレダの横で、ジャンが中空に視線を固定したまま口を開いた。
「大佐。その机、アルフォンスがやったんスよね」
「・・・そうだが?」
何を今更、という様子のロイにジャンが振り返った。
「いくらガキ二人って言っても、そんな力持ってる奴二人相手にして、俺らが捕まえるのはいくらなんでも無理ッスよ」
ジャンの目は笑っていない。暗に、追うのを諦めろ、と言っているのはロイにも伝わったが。
「・・・鋼の錬金術師に出頭命令拒否として追っ手をかける。イーストシティの軍にも連絡しろ」
「大佐?!」
ぎょっとしたリザに、ロイが視線を向けた。
「中尉、君にも追っ手に加わってもらいたいのだが」
「お断りしますと何度も申し上げているはずです」
「軍務だぞ」
「私に本当は出頭命令拒否などではないと報告書を書いて欲しいのですか?」
どうしても首を縦に振らないリザにロイがため息をつく。
「何故そこまで嫌がるんだ。何も連れ戻した後に監禁しようなどと言っているわけではないんだぞ。これまで通り、国家錬金術師を続け、務めを果たせと言っているだけだ」
「それは、私にではなく昨日の時点で脅したりなどせずにエドワード君に伝えるべき言葉だったのではないのですか?では新しい机の手配をしなければなりませんので、失礼します」
リザは意図的に勝手に話を終了させ、執務室を出た。
「中尉!」
声を掛けられてリザが振り返ると、ジャンがいた。
「どうかしたの?」
「いや・・・ちょっと、聞きたいことがあるんスけど、いいっスか?」
「答えられることなら。わざわざ部屋の外で声を掛けてきたと言う事は、あまり周りに聞かれたい内容ではないのでしょう?」
「ハハ・・・流石ッスね。資料室までちょっと付き合ってもらえますか?」
「分かったわ」
資料室なら滅多に人は寄り付かないし、鍵も掛けられる。
連れ立って資料室に入った後、しっかり鍵をかけた。
「それで、聞きたいことって言うのは何?」
「・・・中尉が、大将に追っ手を掛けるのに、最初から反対してた理由は・・・何なんすかね」
少し言いにくそうなジャンの言葉に、リザは質問で返す。
「大佐に同じように質問をされて答えなかったことはちゃんと見てたわよね?大佐は『最初から』とは言わなかったし、・・・貴方が止めておいた方がいいんじゃないかと思っていることは私も見ていたけれど」
暗に『聞きたいなら手の内を晒せ』という意味を含めて言ったのを、ジャンは正確に受け取ったらしい。お手上げ、のポーズをとる。
「・・・昼ごろになんですけど、ちょっと大将と話、したんすよ。その時大将が言ってたことがあんまりにもアレだったもんで・・・」
「・・・どういうこと?」


「エドワード君が、そんなこと言ってたの・・・」
ジャンから聞かされた会話の内容に、リザは目を見張った。リザの想像より、エドワードの周囲は混沌としていたらしい。
「だからなのね。アルフォンス君があんなにも強気だったのは・・・」
「やっぱり相手ってアルの奴ッスかね」
「それ以外にエドワード君がそういう言い方をする相手は居ないでしょう。ウィンリィちゃんだったら応えられないかもなんて悩むことも無いでしょうし」
「そうっすね・・まぁだから、聞きたかったことってのは・・・大将を無理矢理連れ戻したところで、大佐と上手くいくわけないって最初から分かってて中尉は反対したのかな〜とか思ったんで・・・」
ジャンは困惑気味だ。エドワードの言葉が、かなり予想外だったのだろう。
「そうね・・・それはその通りだとも言えるし、そうじゃないとも言えるわ」
「・・・はい?」
「貴方、エドワード君が大佐のことを嫌っていると思ってその質問をしているでしょう?それは違うわ。でも、無理矢理連れ戻しても上手くいかないとは思っていたわ」
「嫌って・・・ない?でも・・・」
訝しそうなジャンに、リザは少し苦笑してヒントを与える。
「でなければ、エドワード君がアルフォンス君に銀時計を預けるわけが無いもの」
ジャンがしばし考え込む。・・・が、すぐに頭を振った。
「スンマセン、俺馬鹿なんでもうちょっと直接的に言って欲しいんスけど・・・」
「でも貴方、エドワード君の追っ手に入るんでしょう?これは、大佐に私たちが言ってはいけないことなのよ」
「言うなって言うなら言わないッスから教えてくださいよ。このままじゃストーカーの手伝いしてるみたいで気分悪くて・・・」
「知ったところでその状況は変わらないとは思うけど。・・・大佐はね、エドワード君に『アルフォンス君を傷つける』と言ったのよ?そんなことを言った嫌いな人間のところに、当のアルフォンス君を使いによこすかしら?」
「あ・・・」
ジャンがしばし逡巡した後に口を開いた。
「でも、背に腹は変えられないってことじゃないんスか?大将が大佐の前にまた出てきたら間違いなくとっ捕まるから・・・」
「そもそも銀時計ってそこまで無理に返さなきゃいけないものじゃないでしょう。銀時計を持ったまま姿をくらましても、一年間査定のレポートを提出しなかったら本人不在のまま資格剥奪、で終わりなのよ」
「た、確かに・・・じゃあ、何でそこまでして・・・」
「少なくとも、何を言っても結局大佐がアルフォンス君を本当に傷つけたりしないとエドワード君が考えたことは間違いないわね。ただ・・・アルフォンス君が大佐にケンカを売るとは思ってなかったんじゃないかとは思うけれど」
見事な啖呵を切って見せたアルフォンスを思い出し、リザは苦笑した。
「・・・そういえば、そのエドワード君の言葉、大佐には?」
「言えないッスよいくらなんでも!!言ったらどんな暴走するか・・・」
「そうね。エドワード君はきっと貴方が大佐に伝えるだろうと思って言ったんでしょうけど・・・」
「はぁ?!」
ジャンがぽかんと口を開いた。
「みっともないわよ。口を閉じなさい」
「あ、はぁ・・・じゃなくて、何でですか?!俺もう訳わかんないんスけど!!そこまでして大将が大佐に銀時計返そうとしたのも、大佐にひでーこと言おうとしたのも!嫌いだからじゃないって言われても・・・」
「貴方、よく振られるんでしょう?分からないの?」
とたんにジャンが撃沈した。
「中尉・・・それは・・・あんまりッス・・・」
「あら、ごめんなさい。たとえ話のつもりだったのだけど」
「は、はは・・・それで、何でッスか・・・?」
「貴方、恋人に振られるときに『これからも良いお友達でいてください』って言われてそれまでと全く変わらない態度を取られるのと、『貴方なんか嫌いです』って言われて距離を置かれるの、どちらが良い?」
「それは・・・それは、前のはいくらなんでもあんまりでしょう。利用されてるみたいじゃないッスか」
「そういうことよ。エドワード君は、大佐に自分のことをきちんとあきらめさせたいの」
「・・・ああ、そういう・・・。けど、だとしたらちょっと大将は大佐の感情を軽く量りすぎじゃないっすか?そんなことで諦めるくらいなら、とっくに諦めてますよね。逆効果ッスよ」
ジャンの言葉に、リザは苦笑して肩をすくめた。
「エドワード君だけじゃないわ」
「へ?」
「アルフォンス君も大佐を見くびっているし、大佐もエドワード君の感情やアルフォンス君の能力を見くびっている節があるわ。賭けてもいいわよ。大佐はリゼンブールにエドワード君が居ると言っていたけど、エドワード君は絶対にリゼンブールには居ないわ」
「大佐が大将をリゼンブールだって判断したのは、故郷だから・・・ってだけじゃなくて、予想できる範囲の中で一番最後に出た列車だからッスよね?大将を逃がすために囮をやってたって言うなら、大将さえ逃げたらすぐに囮を止めるだろう、って」
「それが出来過ぎなのよ。少なくとも、全く情報がない状態だったら最初にリゼンブールに網を張るだろうと言うことに気がつかないほどアルフォンス君は愚かではないわ。つまり、アルフォンス君が、『エドワード君さえ逃げたらすぐに囮をやめる、と大佐が考える』ということまで予測している可能性が高いということ」
「あっ・・・」
ジャンがはっとして顎に手を当てた。
「中尉、それ大佐に言わないんスか?」
「私は大佐の味方はしないと言ってあるもの。貴方こそ報告しないの?」
ジャンはロイに逆らう気は無かったはずだ。その意味を含ませて問いかければ、ジャンはしばし逡巡した。
「俺は・・・」
ジャンが手を組んで、強く握り締め、俯く。
「・・・大将と話ししたとき、なんすけど」
酷く声のトーンが落ちたジャンに、リザは無言のまま、視線で先を促した。
「アルフォンスに好かれてたのが嬉しい、って言った大将が・・・すげぇ良い表情して笑ったんスよね。なんか、アレ見たら・・・大将のことこんな風に笑わせられるのって大佐じゃねーんだな、って・・・」
ジャンが手を組んだまま、額に押し当てる。
「俺は中尉みたいに大佐に逆らったりできねーし、でも・・・俺らが無理矢理大将捕まえて大佐のトコに連れ戻したら、きっと大将はあんな風には笑わなくなっちまうって思ったら、どうしたらいいのか分からなくなっちまったんスよ」
ジャンの様子は、まるで懺悔でもしているようだった。いや、実際懺悔でもあるのだろう。エドワードを苦しめることに対しての。
「ハボック、貴方エドワード君のこと好きなのね」
リザの言葉に、ジャンが勢いよく顔を上げて立ち上がった。
「ちちちちちち違うッスよ?!俺の好みはこうボインなオネエチャンで、ちょっと笑顔が可愛いだけのあんな小豆、いやそもそも男の大将になんか全っ然興味ねーし大佐に燃やされたくないし!!」
一気にまくし立てたジャンに、リザは呆然とした。
「私・・・そう言う意味で言ったのではないのだけど・・・」
単純に、兄貴分としてとかそう言った意味だったのだが。
リザの言葉にはっとしたらしいジャンが取り繕った笑顔を浮かべた。
「あ、はは、はははは・・・そ、そうっすよね!!そりゃーそうだ・・・」
「とにかく、それでは貴方はどうするつもりなの?」
今の話は聞かなかったことにしよう。リザは心の中で堅く決心して、話を元に戻した。
「どう・・・どうすれば、いいんでしょうかね」
「私が決めることではないわ」
リザがあっさりと突き放せばジャンは苦笑した。
「ちょっとくらい相談に乗ってくれたっていいじゃないっすか」
「だから今乗っているでしょう?私ができるのは情報の提示だけよ。決めるのは貴方。誰かの指示に従うことも、自分で考えて行動することも、全て自分がそうするのだと決めることだもの」
リザをしばし凝視したジャンが、目を伏せる。
「俺は・・・」
「好きなように行動しなさい。大佐に従うのも、追った先でわざと手加減するも、貴方の意志で」
「でも、それじゃ!!ただでさえ皆思うままに動いて収拾つかなさそうな状況になっちまってるのに・・・!」
「大丈夫よ」
きっぱりとリザが言い切ると、ジャンが怪訝な顔でリザを見た。
「誰がどう動こうと、もう収拾はつかないわ。このままでは、誰かが不幸になるしか道はないけれど」
リザは、そこで一旦言葉を切って、窓に視線を向けた。
「一人だけ、誰も不幸にならない方法で事態を収拾できる人が居るのよ」


「今日はもう一泊、か」
宿に戻ったアルフォンスは、荷物をまとめつつため息をついた。
できれば早く兄を追いかけたいところだが、もう時刻は夕暮れだ。今から列車に乗ったら列車の中で夜を明かすことになる。
鎧のころはそれでも平気だったし、エドワードも大したことはないと言っていたが、そうした次の日は少し身体が痛そうだった。
無理をする必要の無いときでも無理をして体を壊すのはエドワードだけでいい。アルフォンスまでそうなったら旅などできない。
・・・本当は、エドワードにもそういうことは止めて欲しいのだが。小言を言って聞く相手なら、苦労もない。
「兄さん、ちゃんと大人しくしてるかなぁ〜・・・」
目を離すのがこれほど心配な人間もそうは居ないだろう。エドワードの場合、エドワードの身の安全だけではなく、もしかするとエドワードに絡んでいるかもしれないどこかの赤の他人の身の安全も心配しなくてはならない。
アルフォンスが鎧の姿で隣に居たときは、まだ見た目はアルフォンスが保護者に見えただろうが、今のエドワードは子供の一人旅にしか見えないだろう。その分、変な奴に絡まれやすいかもしれない。
どこぞの馬鹿に引っかかって、勢いあまって吹っ飛ばしたりしていないだろうか。
「頼むよ・・・兄さん。兄さんが自分から目立っちゃったら意味無いんだから・・・」


エドワードはイラついていた。
列車の同じ車両の中。
コンパートメントじゃないというのに、酒盛りをやっている馬鹿共が居るのだ。
しかもいい加減出来上がってきていて、周囲の乗客にまでちょっかいをかけ始めている。
先刻から「色気が足りない」だの「女連れて来い」だの大騒ぎしていて迷惑極まりない。
あんまりにも酷いため、女性客は皆他の車両に移っていった。エドワードも退避しようかとちらりと思ったが、こんな連中のために車両を移動するのもなんだか負けのような気がしてやめた。
先刻車掌がこの車両に顔を出したが、見てみぬふりをして通り過ぎていった。それもエドワードのイライラを加速させた。
大体、騒いでいる奴はあきれるほどブ男ばかり揃っている。頭の中身も足りなそうだ。これがいい男で金や権力も持ってそうな男なら、酔っ払いでも相手する女くらい居たかもしれないが。
・・・例えば、ロイ・マスタングのような。
アレくらいなら侍る女は腐るほど居るだろう、と自分で想像しておいて、エドワードは更に不愉快な気分になった。
とにかく、車両は移動しないまでも、席だけでも離れた場所に移動しようとエドワードが立ち上がると。
「なーんだ、女じゃねぇやぁ!ひゃはははははは」
腐れ酔っ払いに、いきなり尻をつかまれた。
「誰の尻を掴んどるんじゃゴルゥゥァアアア!!!!」
瞬間的にぶちきれて、エドワードは腐れ酔っ払いの腕を掴んで投げ飛ばした。
「グギャアッ!!」
床に叩きつけられた酔っ払いが、妙な悲鳴を上げて床に伸びる。
「ああ?何だこのクソガキャア」
一緒に酒盛りをしていたアホどもの目に、不穏な色が走った。
「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあさっきからウルセーんだよこの腐れヤロウどもがっ!!」
「何だとぉ?俺は南方司令部の大尉なんだぞ大尉!軍人への暴行現行犯でぶち込むぞ!!」
「大尉がどうしたってんだ!俺は国・・・」
・・・家錬金術師は辞めたんだった。
「た・・・」
・・いさにチクれるわけもないし。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しまった!!
今アルフォンスが隣にいたなら頭を押さえていることだろう。目立つなとアレだけ言われたのにも関わらず自分から軍人にケンカ売ってしまった。
ヤバイヤバイヤバイ、どうにかしてごまかさなければ、とエドワードが思案していると、相手が挑発する笑いを浮かべた。
「おう、何だよ?言ってみろよおチビさん」
「誰が視界にも入らんほどのミジンコどチビかーーーーーーーーーっ!!」
禁句を発した軍人に、エドワードの華麗な飛び蹴りが炸裂した。









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・・・あれ?
ハボック・・・?
(プロットではこの段階ではハボエドは入らない予定だったのに、兄さんが勝手に籠絡してしまった)
どどどどどうしようこの後のプロット書き直し○| ̄|_
もういろんな人が入り混じって大・混・乱☆(←死んどけ自分)ですね
アハハハハハハハ○| ̄|_

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