Never End 1章/RUNAWAY 〜脱出〜
「ああ、やべーやべー」
条件反射で酔っ払い一味を全て気絶させてしまってから、エドワードは全員を簀巻きにした。
折りよく次の駅に止まったので、意識を取り戻さないうちに駅に放り出してしまったのだ。
今は、予定外の事態になるのは避けたい。ただでさえ、アルフォンスに無理をさせている。
アルフォンスはまだ身体を取り戻したばかりなのだ。体力だって相当落ちているだろうに。
・・・身体を取り戻した直後の食事は、アホみたいに大量に食べていたから案外大丈夫な気もするが。
それにしても、ろくでもない軍人達だった。自分達が中心、他人の迷惑など考えない。都合の悪いことには権力を振りかざす。車掌が見て見ぬふりをしていたのは、奴らの権力が怖かったのだ。
まともな軍人だっている。軍の狗をやっていたエドワードには軍人の知り合いが一般人よりはるかに多い。リザ・ホークアイや、マリア・ロス、ジャン・ハボックもこういう状況じゃなければいい人だ。
・・・ロイ・マスタングについては現状保留しておく。
それはともかく。まともな人間も少なからず居るが、まともじゃない人間も結構多い。そしてまた、往々にして悪い部分の方が人の目に良くつくのだ。だから一般的には軍人の評価と言うのはあまりよくはない。
賄賂や裏金なんかの悪習もいたるところに蔓延っている。それを全て消し去るためには、ただトップを挿げ替えるくらいでは駄目だ。改革を強烈な意志で推し進められるトップと、それを強力にバックアップできる補佐役が必要不可欠。
「・・・やめた」
思うところがないわけではない。けれど今のエドワードがそれについて考えても仕方がないのだ。国家錬金術師の資格を手放した以上、それに拘り続けるのは不毛でしかない。
もう軍とは関係ない。軍から離れて今後どうやって生活していくかの方が、今やもっと重要な問題のはずだ。
しかし、国家錬金術師を止めた後は、依頼を受けて練成する市井の錬金術師として暮らすつもりでいたのに、追っ手がかかってしまってはそれもままならない。
しかし、軍の手が及ばないほど遠く・・・それこそ他国にまで行くような真似は、アルフォンスまで巻き込んでやるのは気が引けた。
アルフォンスは・・・例えそうなったとしても、迷わずついてくると言うのだろうが。
だからこそ選択を誤るわけにはいかないとも思う。エドワードの選んだ道はアルフォンスの人生に直結してしまうから。
降りる駅に列車が滑り込んだのを確認して、エドワードは席から立ち上がった。
なにはともあれ、まずはアルフォンスのことを報告しなければならない相手が居る。
ずっとずっと、自分達兄弟を心配してくれていたのだから。
宿に一泊した明け方、アルフォンスは黒の上下に紅いフラメルのコートを身につけた。
長い髪を一つに縛り、帽子をかぶる。更に色の濃いサングラスをかけた。
「うわっ、あーやしー・・・」
鏡に映った自分の姿に苦笑して。
アルフォンスはトランクに荷物をまとめ、宿をチェックアウトした。
そのまま真っ直ぐ駅に向かい、列車の切符を買い求める。
誰かが尾行してきているかどうかは分からなかった。
本気で尾行すればこんな風に全く発見されずに尾行できるというスキルを持っているのかもしれないし、実は尾行していないのかもしれない。
でもそれはどちらでも良かった。そのどちらにでも対応する手段は考えてある。
駅の購買に寄って、サンドイッチと小説を買ったあと、東部行きの列車に乗り込んで、アルフォンスは座席に腰を下ろした。
列車の窓からホームを見回してみても、見知った顔はない。しばらくホームを眺めたあと、アルフォンスは一つため息をついた。
別に今見つけなくちゃいけないわけではない。目的地に着けばおのずと分かることだ。
「とにかく念には念を入れて動くしかないってことかな・・・」
大丈夫だろう、なんて甘い考えで後で失敗しました、では洒落にならない。
アルフォンスは首を振って考え事を頭から追い出し、サンドイッチにかぶりついた。
なにはともあれ、まずは腹ごしらえだ。ぐだぐだ悩みながらでは消化にも良くない。ちゃんと食べて体力をつけなければこの先持たない。エドワードのお荷物になることだけはごめんだ。
ただでさえ、ずっと自分はエドワードの負担になってきたはずだった。本人にそういっても絶対に頷かないのは分かっている。そしてそれをエドワードに問うこと自体がさらなる負担になることも分かりきっていたから、出来る限り気にしていないふりをして、エドワードに守られる弟でいることがエドワードを支えることになると理解して、必死で耐えていた。
どれほど自分が鎧の身体になったのはアルフォンスにも責任があると伝えても、エドワードがその言葉に頷いてくれても。エドワードは心の奥ではそれを否定していることも知っていた。アルフォンスがそう思われるのが嫌だというから表面上は納得したふりをしていただけだ。
だから、絶対にアルフォンスの気持ちを気づかれてはならなかった。もしもアルフォンスが鎧の身体のころに、アルフォンスの想いにエドワードが気づいていたら。エドワードは苦もなくアルフォンスを受け入れただろう。ただ、罪悪感のみで。それだけは、何があっても嫌だった。それでは、アルフォンスはエドワードを傷つけ、苦しめるだけの存在にしかなれないから。
「いや、今でも負担は・・・かけてるかな・・・」
そもそもアルフォンスを人質になどとられた時点で迷惑をかけている。更に言ってしまえば、実の弟に愛の告白なんかされていくらなんでも嬉しいばっかりということはないだろう。アルフォンスの身体に対する罪悪感はなくなってる分、無条件に受け入れるような真似させずにすんだことだけは良かったが、せっかくその罪の意識が消えたと言うのに新たな重荷を背負わせてしまっているのでは意味がない。
本当に、一生伝えるつもりなどなかったのだ。切羽詰って口が滑ったようなものだ。
それでも、ああとでも言わなければエドワードはアルフォンスを置いていっただろう。エドワードはアルフォンスを傷つけることを極端に嫌がる。それを楯にとるしか、引き止める手段が見当たらなかった。アルフォンスの命を楯に取るか、精神を楯に取るか・・・ロイのやっていることとアルフォンスのやっていることは、実は大して差がないのかもしれない。
「・・・はぁ」
再び暗い思考にループしていきそうになった考えを、アルフォンスは無理矢理頭から追い出した。
エドワードが隣に居ない。ただそれだけで、アルフォンスの世界は全ての色を失い、奈落の底へと姿を変える。
ほんの2、3日だと言うのにこのざまだ。鎧の身体だったときでさえ・・・エドワードさえ隣に居れば、こんな風にはならなかったのに。
エドワード・エルリック。ただその唯一の存在だけが・・・アルフォンスの生きる意味なのだ。
列車に揺られること数時間。ようやく目的地に到着し、アルフォンスは駅のホームに降り立った。
「リゼンブール〜。リゼンブールだよっと」
いつもどおりの仕事をしている駅長に声をかける。
「おじさん、ただいま!」
「おう、おか・・・ってアルフォンスか?!」
「そうだよ。元に戻ったんだ」
「そりゃあ良かったなぁ!!・・・けどその怪しいサングラスはどうしたんだ?」
「はは、ちょっとね」
「ところで、エドのヤツは一緒じゃないんだな。一体アイツどうしたんだ?軍から出頭命令が着てたぞ」
「えっ?!」
おそらくロイだ。まさか本気で軍を動かしてくるとは。
「ココにも、軍の人来てるの?」
「ああ、その出頭命令の連絡に来た人がいる筈だが・・・そういやどこいった?」
「そっか・・・おじさん、教えてくれてありがとう!」
「お、おう」
駅長の前をすり抜けて、駅舎の外に出る。
久しぶりに故郷の風を肌で感じて、アルフォンスは大きく伸びをした。
この町は、良くも悪くも変わらない。
まばらすぎる建物、ゆったりと流れる時間。
そして・・・何よりアルフォンスが最も地の利を生かせる場所。
僅かに口元に笑みを佩いて、アルフォンスは歩き出した。
どれほど尾行が上手くたって、この町ではそのスキルは絶対に生かせない。何せ、駅をちょっと離れると建物と言ったらせいぜい牛舎羊舎と民家くらいしかない。しかもその建物の間の距離は下手をすれば数百mに及ぶ。そもそも身を隠せる場所というのが全然ないのだ。
駅舎から随分離れてから、アルフォンスは歩き続けながら肩越しに背後の様子をうかがった。
ブレダがいる。やはり、ロイはアルフォンスに対して尾行を仕掛けてきた。
それも、予定通りだ。アルフォンスは特に振り返ることもなく、そのまま歩きなれた道をたどった。
「ばっちゃん!」
呼び鈴も押さずにピナコの家のドアを開けると、ピナコが振り返って目を丸くした。
「ア・・・アルかい?!」
「そうだよ、ばっちゃん」
「ああ、本当にアルだねぇ・・・」
ピナコに笑いかけて、アルフォンスがドアを後ろ手に閉めるとピナコが怪訝な顔をした。
「エドはどうしたんだい?」
「それがさ。ちょっと今、軍に追いかけられちゃってて」
「軍に?何をやらかしたんだい」
少々あきれたような声を出したピナコに、アルフォンスは苦笑して首を振った。
「違うよ。兄さんはいつも色々やらかすけど、今回は兄さんは悪くないんだよ。兄さんが国家錬金術師辞めたいって言ったんだけど、軍の方は兄さんを手放したくないらしくて、それで」
「そうなのかい・・・。じゃあ、今エドはどうしてんだい?」
「兄さんだけ先に逃げてもらって、ボクは後から合流することになってるんだ。まずは、軍の尾行を撒かなきゃいけないからさ」
窓に歩み寄って、身を乗り出さないように外の様子を窺うと、ブレダがある程度の距離で立ち止まっているのが分かった。ロックベル邸はやや小高い場所に位置している上に周囲には一切建物がないため、見えないように近づくことが不可能なのだ。
「ボクさ、兄さんが国家錬金術師続けたいならそれでもいいとは思うんだ。でも、それは兄さんが続けたいって思ってるなら、なんだよ」
窓の横の壁に寄りかかって、ピナコを振り返る。
「兄さんがやりたくないのに無理矢理続けさせようとするのは許せない。兄さんがそれに抵抗しようって言うならボクも協力したいんだ」
「・・・そうかい」
ピナコは反対しない。それが危険なことであるのは知っているだろう。けれど、兄弟やウィンリィが真剣に考えて出した結論に、ピナコが反対したことは一度もなかった。
「それでさ、ばっちゃん。ちょっとだけ手伝って欲しいことがあるんだけど・・・」
寄って来てアルフォンスを見上げたデンの頭を撫でるためにアルフォンスがしゃがみこむと、ピナコがため息をついた。
「・・・何やらそうってんだい?」
「まずいな、こりゃ」
尾行しているのならば、尾行対象が建物に入ったら近づいて建物内部を確認しなければならない。常識だ。だが、あの家に近づこうとしたら中から姿が丸見えだ。ブレダは顎をさすって考え込んだ。
既に尾行に気付かれている気もするが、はっきりとした確証もないのにこちらから動くのもまずい。しかしだんだん日も暮れてきている。
これはココで野宿か、と覚悟を決めたとたん、当の家のドアが開いた。
「ちょっと!そこのあんた!」
ドアから出てきた老女は迷わずブレダに呼びかけた。
「あんた、アルのこと追いかけてきたんだろう?もうそろそろ日も暮れるし、中に入ったらどうだい!」
やはり、気付かれていたか。まぁ、セントラルみたいに人も建物も多い場所なら気付かれない自信もあるが、流石にリゼンブールみたいな場所では難しい。
「じゃあお言葉に甘えて入らせてもらうとしますかね」
尾行しているのが気付かれている以上、外で待機するメリットはない。中に入って監視させてもらう方がよほど有効というものだ。
老女の後について家の中に入る。
するとそこには・・・、黒い化け物がいた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁイヌゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「ワン?」
「なんだい、軍人のくせにあんた犬がだめなのかい」
「軍人と犬は関係ない!よっよよよ寄るなぁぁぁぁぁっ!!」
「デン、ちょっかい出すんじゃないよ。2階いってな」
「きゅうん」
大人しく黒い化け物が階段を登っていく。
アレか、この婆さんも中尉と同じで猛獣使いの類か。言い得て妙だ。中尉が大佐をコントロールしてるって言うなら、この婆さんはエドワードやらアルフォンスやらを手なずけているわけだから。
「っと、そういえばアルの奴はどこですかね」
「2階だよ」
「うっ・・・」
化け物の上っていった先だ。
「よ・・・呼んで来てもらえませんかね?」
自分ではどうにも近づけないので、老女に頼むと老女はため息をついて階段に身を乗り出した。
「アル!!ちょっと降りてこないかい!?」
「嫌だよ!!兄さんを裏切った人たちの顔なんか見たくもない!!」
聞き慣れたアルフォンスの声だ。少し感じが違うのは肉声になったためだろう。
老女がブレダを振り返る。
「・・・ってことらしいんでね。さて、これから晩飯にするんだが食べるだろ?あんたがアルを見張ってるってんなら、3キロ先の駅前の宿まで戻るわけにはいかないんだろうから」
ブレダに対する悪意も感じられない老女に、ブレダは首をかしげた。
「婆さん、オレがアイツを見張ってることに対して何もないのかい?」
アルフォンスを思うのであれば、ブレダに対し好意的な行動をとる理由がない。
「あんたはアルに『エドを裏切った』って言われてなんとも思わないのかい?」
逆に質問で返されて返答に詰まった。ふと、ロイにはっきりと反対したリザや、それとなくたしなめる言い方をしたジャンが頭をよぎる。
「・・・仕事、だからな」
そうとしか答えられない。
「アタシも医者だからだよ」
煙管に火をつけた老女が、上手そうに煙を吐いた。
「医者だから家の目の前で野宿なんかされて、風邪ひかれたりしたら気になっちまうのさ」
「・・・全く、なんてことをやらせるんだい、お前は」
「はははっ、でも流石ばっちゃん」
テーブルには料理が空になった皿がならび、ブレダが突っ伏している。
「慣れてるからねぇ。エドがどうしても検査やなんかを受けたがらないときはこうやって一服盛ったもんさ」
「はは・・・」
乾いた笑い声を上げながら、アルフォンスはピナコとウィンリィにはやはり血のつながりがあるのだなぁとしみじみと思った。目的のためなら手段を全く選ばないところなんてそっくりだ。
「それにしてもデンが意外なことで役にたったねぇ。ボクブレダ少尉が犬嫌いなの忘れてたよ」
デンが尻尾を振りながらアルフォンスの脚にまとわりつく。
「まぁ、無理矢理入ってこようとしても立てこもるつもりだったんだけど。デンのお陰で穏便に済んじゃった」
「そいつはいいが、お前今日はどうするんだい」
「思ったより時間かかっちゃったからなぁ、今日の最終列車もう出ちゃってるよねぇ」
「少なくとも明日の10時ぐらいまではぐっすりだろ。今日はお前も泊まって行きな」
ピナコの言葉に少し考え込んで、アルフォンスは頷いた。
「そうだね。明日の始発で発つよ」
「そうかい。じゃあそこに座んな」
「へ?何で?」
「お前、身体が戻ってから医者に行ってないんだろ?ちょっと診てやるから」
「えっ、別にいいよ!特に具合悪いとかないし!」
「いいからおすわり!」
するとアルフォンスの隣でデンがおすわりした。
「お前に言ったんじゃないよデン。ほら、アル」
「・・・はい」
まぁ確かに診てもらっておいたほうが安心ではある。
ピナコからお墨付きを貰って、それをエドワードに伝えたらきっと喜んでくれるだろう。
「ばっちゃん、起きなくても良かったのに」
6時半の始発に乗るためには5時起きしなくてはならない。見送りに家の外まで出てきたピナコにアルフォンスは苦笑した。
「そう言うもんじゃないよ。次は本当にいつ戻れるか分からないんだろ?」
「・・・そうだね」
別にセントラルで尾行を撒いても良かったのに、わざわざリゼンブールを訪れたのは安全策のほかにもう一つ、ピナコに顔を見せておきたかったからだ。
本当はエドワードと一緒に戻ってこれたら一番良かったのだろうが。
「でも、多分一生逃げつづけるってことにはならないと思うよ。向こうが諦めたら戻ってこれるから」
「ああ」
「ボクがもう出たってわざわざ言う必要はないけど、ブレダ少尉に聞かれたら嘘ついたりする事はないからね。それでばっちゃんまで軍に目をつけられるようなことになったら嫌だから」
「まぁ、こっちはこっちで上手くやるよ。お前も、エドのことちゃんと支えておやり。どうもアイツは危なっかしくてね」
「うん、そのつもり。じゃあ、ボクもう行くね」
「ああ、気をつけて」
「ばっちゃんも元気でね」
ピナコに手を振って、アルフォンスは歩き出した。
ようやく1章終了です。
恋愛がろくに進展してません・・・
2章に期待と言うことで・・・