Never End 2章/wander 〜出口のない迷路〜



「じゃあ、アルもそのうち来るの?」
ウィンリィの問いかけにエドワードは頷いた。
ここはラッシュバレー、ウィンリィの働いている工房だ。アルフォンスとここで落ち合う約束をしている。
「多分2、3日遅れるとか言ってたけどな」
「ふぅん・・・でも、良かったじゃない、アルが元に戻って!アタシもアルの顔見るのが楽しみだわ〜」
我が事のように喜んでくれるウィンリィに、エドワードも笑顔を浮かべる。
「ああ、まぁようやくってトコだな」
手近な椅子に腰をおろしたエドワードに、ウィンリィがジュースを差し出した。そのジュースを受け取って、エドワードはストローに口をつける。
「けど、せっかく元に戻ったってのに落ち着いて暮らせないなんてあんまりよねぇ」
「そう・・・だよな。やっぱ」
アルフォンスには関係ないことなのに、完全に巻き込んだ形になっていると思うと、どうしてもこのままでいいとは思えない。
「アルを置いて、オレだけで逃げようかっても思ったんだけどな・・・」
「止めときなさいよ。アンタが居なくなったらアルがくたばるわよ。じゃなきゃ軍を恨んでテロリストに一直線」
さらっと言い放ったウィンリィに言葉が詰まる。アルフォンスに引き止められたとか告白されたとかは教えてないのにどうして分かるのか。
いや、しかし。アルフォンスは昔からエドワードのことが好きだったと言った。もしかして・・・知っているのか?
だが『アルの好きなヤツがオレだって知ってるのか?』なんて訊けるはずもなく。そんなことを訊いてもし知らなかったら大惨事だ。
「そ・・・そのよ、ウィンリィ?」
「何よ」
「お前、その・・・アルの好きなヤツが誰かって知ってるのか?」
ウィンリィがエドワードを怪訝そうな顔で見る。なんだか居たたまれなくてエドワードはストローに口をつけた。
「何、告白でもされたの?」

ブーーーーッ!!

「うわ、汚い!ちょっとやめてよもう!!」
「いや・・・おま、おま、おま・・・」
思いっきりジュースを吹きだしたエドワードに、ウィンリィが眉をひそめる。だが、エドワードにはそれどころではなかった。
「知ってんのかよ!!」
「アンタが鈍いのよ。今更でしょ」
手に持っていたスパナをテーブルに置いて、ウィンリィが椅子に座る。
「で?」
「で、って何だよ」
「だから、アンタはアルになんて答えたのよ」
「何て、って・・・別に返事くれって言われたわけじゃねーし・・・」
どうにも恥ずかしくて、エドワードは視線を逸らしたままぼそぼそと呟いた。
「ハァ?!だからって何もナシで放っておいていいってことはないでしょ?!」
「ンなこと言ったってどうすりゃいいのかわかんねーんだよっ!!」
吐き捨てるように言ったエドワードにウィンリィがため息をつく。
「アンタねぇ・・・。ま、そう言いたくなるのも分からない訳じゃないけど、ちゃんとどういう形でけりつけるのか考えなさいよ?何の返事もないまま、ただ待たされるのは、酷だわ」
それはエドワードだってわかっている。けれど、はっきりと結論を出してしまえば、今までどおりの関係ではいられなくなる可能性も高い。
「・・・けどさ、はっきり断ったってそれでも追っかけて来るようなヤツだって世の中には居るわけで・・・」
もしも状況が変わらないのであれば、アルフォンスとの間に変な溝を作りたくない。そう言い掛けたエドワードの言葉をウィンリィがさえぎった。
「その断っても追いかけてくるっていうの大佐のこと?」
ぎくっとして固まったエドワードの手からグラスが滑り落ち、床で砕け散る。
「ああ!ちょっと!何壊してるのよ!!」
「わ、悪ぃ!直す!」
慌てて両手を合わせて床のグラスの破片に手を触れる。グラスが元の形を取り戻すのを見ながら、ウィンリィがため息をついた。
「分っかりやすい反応するわねぇ・・・」
「ウィンリィ、お前何をどこまで知ってるんだ・・・?」
今更取り繕っても仕方がないと覚悟を決め、エドワードは単刀直入に問い掛けた。いい加減、心臓に悪い。
「どこまでっていってもね。アルがこどもの頃からアンタのこと好きだったとか?マスタング大佐とアンタが付き合うようになってアルが私に泣き言ぐちぐち言ってたとか?どうやら別れたらしい後も大佐はアンタのこと諦めてないっぽいってアルがぶつぶつ愚痴言ってきたとか?そういうこと?」
「ああああああああああんのバカアルがぁぁぁぁぁっ!!!!」
エドワードは頭を抱えてうずくまった。全部筒抜けではないか。
「しょうがないじゃない。アイツにしてみれば、他にそんなこと話せる相手居ないのよ。アルはアンタみたいに無駄に内に溜め込んだりしない性質だから」
微妙になじられてるような気がして顔を上げれば、ウィンリィはやや呆れ顔だ。
「どうせ本当は大佐とのことだってもっと色々あるんでしょ?アンタがただ逃げ出してくるなんておかしいし。そんなことアンタに訊いたって正直に答えるわけないってのも分かってるけどね」
復元したグラスを床に置いて、エドワードは少しうつむいた。
エドワードには全ての心情を吐き出してしまうような真似は出来ない。
けれど、ウィンリィの呆れたような言い方はわざとで・・・、本当は心配していることも分かった。
「・・・本当は、国家錬金術師続けたってよかったんだ。アイツが上に行くために力になって欲しいって言われたんなら、続けることも考えたと思う」
それだったならアルフォンスをリゼンブールに帰し、エドワードはセントラルで国家錬金術師を続けるという選択肢も考えただろう。それでアルフォンスがエドワードと離れるのが嫌だと言ったら、きっと一緒にセントラルに住むという選択だってあった。
「でもアイツが欲しがったのは『鋼』としてのオレじゃない。それを・・・受け入れるわけにはいかねーんだ」
列車の中で馬鹿な軍人を投げ飛ばしたことをふと思い出す。ああいった連中の排除も含め、この国を変えていくためにロイは上を目指しているはずで、エドワード一人に拘っている場合ではない。
だからこそ、エドワードはロイの傍に留まることはできなかった。
「・・・そっか」
ウィンリィはそれ以上突っ込もうとはしなかった。
「なぁ、ウィンリィ」
「なによ」
「アルは・・・」
アルフォンスがウィンリィに色々相談していたのだというなら・・・ことアルフォンスの恋愛、と呼べる感情についてはエドワードよりウィンリィの方が詳しいだろう。
「アルは、大佐とのこと何か言ってたのか・・・?」
「なにか、って何よ?」
「今さっき言ってたじゃねーか。オレと大佐のことで泣き言言ってたって」
「ああ・・・まぁ、ね」
ウインリィはそこで一旦言葉を切って、椅子の背もたれに寄りかかった。
「でも、寂しいとかそんなことよ。別に反対しようとは思ってなかったみたいだから」
「え・・・?!な、なんでだよ?!」
「それどころか、良かったって言ってたわ」
言われた意味がわからず、エドワードは少し眉をひそめる。その様子を見て取ったウィンリィが、大きなため息をついた。
「アンタは、アルのことを気遣っていつもなんでもかんでも我慢しちゃうから。アンタが我慢しないで自分が幸せになることを考えてくれたのが嬉しいって言ってたわ」
予想外の言葉に、声が出なくて息を飲む。
「アンタがアルの気持ちに気づいたら、きっと罪悪感から無条件に受け入れてしまうから、絶対に鎧の身体でいる間は気持ちに気づかれちゃいけない、大佐と一緒にいるときに、アンタの重荷が少しでも軽くなってるならそれでいい・・・ですって」
ウィンリィの言葉は、静かだ。けれどエドワードはそれに一言も返すことが出来ない。
「アイツはアンタが応えてくれることなんか最初から期待してないわ。アルにとって重要なのは、アンタが幸せであること、アンタと一緒にいられることの2つだけよ。それだけは、忘れないでやって」



ウィンリィに少し散歩をしてくる、と言い残し、エドワードは工房をでた。
既に日は暮れ始めていたが、ラッシュバレーは高度に機械化された街である。街灯に次々と灯りがともり、昼とはまた違った趣を見せていた。
ゆっくりと、町外れに向って歩を進める。あまり騒がしいところに居たい気分ではなかった。
次第に街灯の数が少なくなり、建物もまばらになっていく。
坂を登り、雑木林を抜けるとラッシュバレーを一望できる場所に出た。
光の海を眼下に眺め、エドワードはため息をついて草むらに腰をおろした。
「アルフォンス・・・」
風がびゅう、と木立を吹き抜けて木々を揺らした。
眼下の街はきっとにぎやかなのだろうが、エドワードの周囲には風の音と木々がざわめく音しかない。
「何で、オレなんだよ・・・」
呟いた声には返事はない。
アルフォンスには幸せになって欲しい。エドワード自身が幸せな落ち着いた家庭を作れなくてもそれは構わない。けれど、アルフォンスには幸せでいて欲しいのだ。
それこそ、エドワードの為にアルフォンスが苦しむことなどあってはならない。
「どうすればいい・・・どうすれば、お前は幸せになれるんだ・・・?」
アルフォンスがエドワードの幸せを望むなんてしなくていいのだ。アルフォンス自身の幸せだけを考えていればいい。
アルフォンスに好かれていること自体は嬉しい、だがそのためにアルフォンスが幸せになれないというのならはなしは別だ。
距離をおけば傷つける、けれどずっと傍にいたはずの間も苦しめつづけていた。
自分は、アルフォンスを幸せにすることが出来ない。
「・・・情けねぇ・・・」
それどころか、落ち着いた生活すらさせてやれていない現実。アルフォンスには関係のないことに巻き込んで、危険に晒して。
離れた方がいいことは分かっている。けれど、そうすれば酷く傷つけることが分かっているからその選択をすることが出来ないのだ。
そして一緒に居れば居たで苦しめる。堂堂巡りだ。
膝を抱えて、額を膝にうずめる。
答えのない問い。出口のない迷路。けれどどうにかして正解を導き出さなければ、不幸になるのは他でもないアルフォンスだ。
自分が苦しいなら、どうということはないのに。
どうしてアルフォンスを苦しませなくてはならないのだ。
日はもうすっかり暮れて、夜の帳が下りていた。









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やっと2章に入ったのにしょっぱなから暗いです(^^;
お互いを大事に思ってるのに・・・というより、
お互いを大事にしすぎて兄弟はすれ違っちゃってます。
それに気づかない限り迷路から抜け出せない・・・んでしょうね。

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