Never End 2章/wander 〜支える手〜

「まかれただと?!」
ロイの声が執務室に響き渡り、書類を見ていたジャンは顔を上げた。
「・・・いや、いい。リゼンブールには現れていないという話、裏は取ったんだな?・・・だったら一度戻って来い」
ロイが受話器を置く。
「・・・ブレダからッスか?」
出てきた単語から当たりをつけて問えば、ロイは忌々しそうに椅子に身を預けた。
「ああ。弟に撒かれたらしい」
「本命の方の動向はどうだったんで?」
「・・・リゼンブールには姿を現していない、らしいな」
ロイが窓の方を向く。ロイがジャンに背を向ける形になっている隙にジャンはリザに視線を投げた。が、リザは眉一つ動かさない。
「ハボック少尉。ホークアイ中尉。何か知ってるようだな?」
「へっ?!」
背を向けたままであるはずのロイの言葉にぎくりとすると、リザが大きなため息をついた。
「そうやって背を向けて安心させておいて、窓ガラスに映った相手の動向を見るのが本当にお好きですね」
「げっ」
なんという趣味の悪い。恨めしく背中に目を向けると、ロイが振り返った。
「こそこそなにやらやっているからだろう。ハボック、修行が足らんな」
「そういう性格だから振られ逃げられ・・・」
「何か言ったかハボック」
「いーえなーんにも」
へらへら笑って首を振ると、ロイがにやりと笑った。
「で、お前は何を知っている?」
適当にお茶を濁して逃げようと思ったのだが、どうもそれは通りそうにない。
「いや、大したことでは・・・」
「大したことかどうかは私が決める。お前は知っていることを言えばいい」
こういう時この男は本当に厄介だ。それが上に立つものである、と言えばそれはそうなのだろうが。
しかし先日リザと話した内容を伝えてもいいものかどうか。アルフォンスの動向を予測したリザの言葉をそのまま伝えれば、ひいてはエドワードの不利益に繋がるのではないのか?
今更、と言われるかもしれないが、エドワードにこれ以上辛い思いをさせたくないのだ。
アルフォンスと居ることで幸せになれるというのなら、そうすべきだと思うのだ。
ジャンは大きく息を吸った。
あんたは、諦めるべきだ。
「・・・アルのヤツが、大将に告白したらしいッスよ」
エドワードが、ジャンに取った態度は正しい。ロイは諦めなくてはならない。
「・・・ほう。それはいつの話だ」
だがやりすぎれば更にむきにさせるだけだ。ジャンは慎重に言葉を選んだ。
「実際いつ言ったのかまでは分かりません。俺がそれを聞いたのは大将がセントラルから出た日の昼頃です。ちょっとだけ話す機会があったんで」
「・・・」
「なんて返事したのかまでは聞きませんでしたけど」
探るようにじっとジャンを見ていたロイの目が、リザに向けられる。
「君もその話を?」
「私は大佐が出頭命令をかけたときにハボック少尉から聞きました。エドワード君が完全に拒絶していたなら、アルフォンス君だけリゼンブールに戻り、エドワード君が姿を消すと言うこともありえるかと思いましたが・・・」
そこでリザは言葉を切って、すっと目を細めた。
「アルフォンス君がブレダ少尉を撒いた後にエドワード君の下に向かったと言うならば、エドワード君は拒絶しなかったと言うことでしょうね」
ホークアイ中尉、すげぇ。ジャンは心底リザを尊敬した。
ジャンのごまかしをフォローしたばかりか、上手く嘘を織り交ぜて気付かせたい話題の方向へ上手く誘導している。
「何故すぐに言わなかった?」
「私は大佐の味方はしませんと」
「君ではない。ハボック、お前だ」
「へっ!?」
いきなり話を戻されてぎくりとする。そこは考えていなかった。
「ああ〜・・・い、言いそびれたというか・・・」
こんな風に追い詰められなければ言う気も無かったのも事実だが。
「何かまだ隠しているな」
問い詰めるロイは容赦ない。そしてジャンには上手く嘘をついて誤魔化す度量もない。
「少尉はエドワード君がアルフォンス君の気持ちに好意的だったので、大佐に伝えると動揺するのではないかと考えているんですよ」
口を挟んだリザにジャンはぎょっとした。その話は言わないほうがいいとリザも言っていなかったか?
「ちゅ、中尉?!その話はっ・・・」
「ここまで言ってしまったら今更その部分だけ伏せても意味がないでしょう?少し考えれば分かることだもの」
「ほう」
「伝えていいものかどうか相談されましたので、私が口止めしました。大佐がアルフォンス君に対抗意識を燃やして職務に支障をきたすようでは困りますから」
また嘘が入り混じっている。が、ここはリザに任せて自分は黙っている方が良さそうだ。きっと何か考えがあるに違いない。
「私はそんなに信用がないかね?その程度のことで今更取り乱したりはしないよ」
「だといいのですが。ここ数日の大佐の行動を拝見する限り、とてもそうは思えませんでしたので」
リザの言い分にロイが苦笑する。
「やれやれ、そうまで言われてしまっては今日くらいまじめに仕事をするか」
「今日だけではなく、常日頃からまじめに仕事をしてください、大佐」
「ああ、分かった分かった。君は全く持って優秀な副官だよ」
ロイがお手上げ、のポーズをとって立ち上がる。
「言ってる傍からどちらへ行かれるおつもりですか?」
「ははははは・・・・見逃してくれたまえっ!!」
「大佐!!!」
言うなり、ロイが執務室からダッシュで逃走する。いつもならここで銃に手をかけるリザが、今日は何もせずに見送ってため息をついた。
「中尉・・・放っておくんスか?」
「仕事の話に持っていけばすぐにああやって誤魔化すと思ったから仕事の話に持って言ったのよ」
あっさりと言い切ったリザにジャンは唖然とした。あのロイが完全に手のひらの上で転がされている。
「こりゃ中尉を味方につけた時点で大将の勝ちだな・・・」
「勝ち負けじゃないでしょう。それよりハボック、貴方隠し事があるときは口を開かない方がいいみたいね」
「うっ・・・スンマセン・・・」
リザの助け舟が無ければ全部吐かされていただろうことは容易に想像がつく。
「でも、リゼンブールには居ないと予想したこととその根拠を隠し通したことは正解ね。大佐がアルフォンス君を見くびっているというのは、現状彼らの切り札になっていることだから」
そこで、ふとリザは言葉を切った。
「・・・貴方、結局誰の味方をするつもりなの?さっきはエドワード君を庇ったんでしょう?」
「・・・別に大佐に敵対する気もないですよ」
どうかと思う行動もないわけではないが、ロイ・マスタングを大総統にするという目的にいささかの変更もない。
だから、敵対するというと語弊があるのだ。
「大佐がこの国を上り詰めるのについていく、その気持ちには変わりないッス。でも、大将の件に関しては大佐の行動はどうなのかとも思うんで」
「・・・そう」
リザはそれ以上問おうとはしなかった。もしかすると、リザも同じ気持ちで行動しているのかもしれない。
「大佐のことも大将のことも、同時に支えてやれるようだったらいいんスけどね」
するとリザは苦笑してため息をついた。
「本当にそう思うわ」


「ウィンリィ!!」
「あ、アル!!」
アルフォンスがウィンリィの工房に到着したのは、夕刻だった。
「本当に元に戻ったのね・・・良かった、本当に良かった」
「わ、う、ウィンリィ?!泣かないでよ!!」
天才の誉れ高いエルリック兄弟も、この幼馴染にだけは弱い。
アルフォンスがおろおろと慰めていると、エドワードが入ってきた。
「アル!」
「兄さん!良かった、ちゃんと無事だったね」
「馬鹿、そりゃこっちの台詞だ」
エドワードの掌がアルフォンスの頬に触れる。
「怪我は無いか?」
アルフォンスは、エドワードの左手の上にそっと手を重ねた。
「大丈夫だよ。どこも怪我してなんかない」
エドワード目がすっと細められる。
「・・・顔色が悪いな」
「大丈夫だってば」
本当は、ピナコに疲労が溜まっているようだから気をつけろといわれた。
けれどそれをエドワードに言う気は、アルフォンスには無い。
「それより兄さん、出発の準備して。できる限り早く、ここを離れなきゃ」
「ええっ?!もう行くの?!少しくらいゆっくりしていったらいいじゃない!!」
目をこすったウィンリィの言葉に、アルフォンスは横に首を振った。
「ダメだよ。追っ手は撒いて来たけど、それで向こうが諦めなかったら僕たちの知人に片っ端から当たるはずでしょ?ウィンリィのトコなんか、きっと真っ先に来るよ。その前に早く行かなきゃ」
「でもお前、疲れてるんじゃないのか?!少しくらい休まなきゃダメだって」
「兄さん、それはここを離れて潜伏先を見つけてからだよ。とにかくここはダメ」
頑として首を縦に振らないアルフォンスに、エドワードとウィンリィが顔を見合わせる。
「ねぇ、アル。一晩泊まるくらいはいいんじゃないの?何も、一週間泊まれなんて言ってる訳じゃないのよ?」
「お前、リゼンブールでも殆ど休んでこなかったんだろ?列車の中では動き回らないって言ったって、そんなに何度も乗り降りして移動続きじゃしんどいだろうが」
「平気だって。それにそんなこと、今まで兄さんもやってただろ」
「そりゃ俺は慣れてるけど・・・」
エドワードが困った顔をして首を傾げる。
「いいから、早く荷物を取ってきてよ、兄さん。急がないと列車がなくなっちゃうよ」
アルフォンスが更に押すと、エドワードはため息を一つ吐いた。
「・・・分かったよ」
エドワードがゆっくりとアルフォンスの頬から手を放す。
「あ、そうだ!ねぇ、アル!」
「え?・・・っ」
急にウィンリィに呼ばれ、アルフォンスが振り返ると視界がぐらりと歪んだ。
「アルッ?!」
すぐ傍らに居たエドワードが、倒れる前にアルフォンスを抱きとめる。
「だっ・・・大丈夫?!」
「へ、平気、平気だから・・・ちょっと眩暈がしただけ・・・」
「平気じゃねぇだろう!!いいからお前ちょっと横んなれ!!」
近くにあったベンチに導かれ、アルフォンスは素直に腰をおろした。
「寝ろってば!!」
「けど・・・」
「お前いい加減にしろよ!?そうやって身体壊すのも気にしないでどうしてもすぐにここを出るって言うんなら、オレはお前を置いて一人でいくからな!!」
「な、何それっ・・・!大体自分だって今まで散々無茶ばっかりして、身体壊すのなんか気にもしなかったくせにっ・・・!」
「うるさい!今すぐ選べ!!横になるかオレに置いていかれるのか!!」
エドワードの剣幕に押され、アルフォンスはしぶしぶベンチに横になった。
「・・・なんか、変な選択肢よねぇ。その二択」
「ほっとけ!」
ウィンリィに茶化されて、エドワードがフンと鼻を鳴らす。少し頬が赤い。
「私、濡れタオル取ってくるね」
「おう。頼むわ」
ウインリィが部屋を出て行くのに横目で視線を送りながら、エドワードはアルフォンスにコートをかけた。
「・・・無理はするな、って言っただろうが」
エドワードがアルフォンスの傍らに膝をついて、アルフォンスの頭をゆっくりと撫でる。
「だって・・・だって、さ・・・」
「なぁ、アル」
頭からゆっくりと顔のラインをたどって、エドワードのひとさし指がアルフォンスの頬をくすぐった。
「確かに、今逃げることを第一に考えるなら今すぐここを出るのがベストの選択肢だってのはオレも分かってる」
それから、ゆっくりと手のひらで頬を包み、そのまま親指で撫ぜる。
「けど、ここで無理をしたせいでもっと肝心なときにお前が倒れてしまったらどうだ?それはベストなんかじゃないだろ」
「・・・うん・・・」
「何も逃げないって言ってるわけじゃない。でも今は、逃げる為にはベストじゃなくても後々疲労が響いてこないベターな選択をするべきだ。違うか」
「分かってる・・・分かってた・・・んだけど」
「ん?」
「兄さんの顔見たら、絶対大佐になんか渡すもんかって思った・・・」
「アホか」
エドワードが苦笑してアルフォンスの額をぺチンと叩いた。
「それに、ちょっと疲れてるけど無理なんかしてないつもりだったんだ」
「身体戻ったばっかりで、ちょっと感覚が鈍いのかもな。気をつけろよ?」
「うん。ごめん」
ウィンリィがタオルと水を張った洗面器を持って戻ってくる。それを受け取ったエドワードは、アルフォンスの額に絞ったタオルを乗せた。
「お前は1時間くらい寝てろ。オレは色々手配してくるから」
「兄さん、手配って・・・?」
「明日ラッシュバレーを発つとしても、さすがにここに泊まるのは避けた方がいいだろ。宿取ったりとかな」
「アルが起き上がらないように私が見張っておくから、さっさと行って来なさいよ」
ウィンリィの言葉にアルフォンスは苦笑した。
「そこまでしなくたって素直に寝てるよ。兄さんじゃあるまいし」
「それもそっか」
「オイ!!何で納得すんだよ!!」
ムッとしたエドワードにアルフォンスとウィンリィが声をそろえて笑う。
その様子に苦笑いして肩をすくめたエドワードが、再び口を開いた。
「ウィンリィ、ラッシュバレーで一番高級な宿ってどこか分かるか?」
「え?それだったら駅の東側の・・・公園の前に大きな建物があるじゃない?あれだけど。でも、どうして?」
「今日の宿はそこに取る」
「はぁ?!」
エドワードの言葉に驚いてアルフォンスは飛び起きた。
「寝てろっつーの」
「い、いやちょっと待ってよ兄さん!!何でそんなトコ?!今はお金引き落としたばっかりだからそりゃたくさんお金持ってるけど、これからは引き落とせないから節約しなきゃなんだよ?!それに今までの旅だってそういう宿に泊まったことなんてなかったじゃないか!!」
「もしもこの街を出る前に追っ手が来たとしたら、そう言うところに泊まってる方が都合がいい。高級宿ってのは信用が第一だからな、宿泊客のこと聞き込みされてもおいそれとは情報ださねぇだろ。それに追いかけてくる方もそんなところに泊まってるとは思わねぇから、無理に権力動かしてまで聞き込みしたりしないだろうし」
エドワードの言葉に、アルフォンスとウィンリィがぽかんとする。
「何だよ?」
「兄さんって根っからの錬金術バカで、そういうことに気が回らないタイプだと思ってた・・・」
「オイ!」
「同感・・・」
「オイ!!!」
エドワードが舌打ちして後ろ頭を掻いた。
「・・・まぁいい。とにかくお前は寝てろ、アル。行ってくるから」
「うん。いってらっしゃい」


「あ」
逃走した部屋のヌシが未だ戻らぬロイ・マスタングの執務室で、未処理の書類の整理をしていたジャンは一枚の書類に目を留めた。
しばし思い悩んで、その書類を抜き取る。
「・・・間違いない、な」
その書類をじっくりと見直した後、ジャンは書類を元の位置には戻さず、手に持ったまま執務室をでた。
「ハボック少尉?どうかしたんですか?」
自分の席に戻ったジャンに、フュリーが声を掛けてきた。
「どうもしねーよ」
適当に誤魔化して、新しい煙草に火を灯す。ふーっと煙をはいて、ジャンは再び書類に視線を向けた。
『○月×日ダブりス行きの列車内にて
南方司令部所属国軍大尉に対し暴行事件発生。
犯人は金色の長髪に金の瞳の少年。年齢は14〜5歳と思われる。
錬金術を使用し、危険人物であると判断した。
犯人逮捕のため中央より人材の派遣を希望する』
「・・・な〜にやってんだか」
書類の内容に苦笑する。日付から考えればこれはエドワードの方のしでかしたことだろう。
日付が無くても、アルフォンスが意味もなくこんなタイミングで暴行事件を働くとも思えないが。
逃走中だというのについうっかりこういう足跡を残すあたりがエドワードらしい。
「・・・」
これに間違いが無ければ、あの兄弟は10中89、現在南方に居るということになる。
そしてこの書類はロイが脱走した後に執務室に持ち込まれたものだ。と、言うことはロイは確実にこの書類を見ていない。
これを見れば、すぐさま南方に追っ手を差し向けることだろう。
ジャンはおもむろにペンを取り、書類に返答を書き込んだ。
『件の少年は”鋼”の名を冠する国家錬金術師である。
本来であれば被害者を名乗る大尉官を調査・更迭する案件であるが
件の国家錬金術師が希望しないため不問に処す。
今後気をつけられたし』
人を派遣するということになればロイのサインが必要だが、書類を突っ返すならジャンのサインで充分書類として成立する。ロイがエドワードの資格返上手続きを渋ってやろうとしないのが意外なところで役に立った。
そして、ロイより先にジャンがこれを見つけたのも運がよかった。
書類を封筒に入れ、きっちりと封をする。
いつもならこのまま南方司令部行きの手紙をまとめておく箱に放り投げておくところだが、それだとロイの目にとまらないとも限らない。ジャンは封筒を持って物資輸送管理部へと足を向けた。直接輸送部のポストに入れておけば、絶対にロイの目には入らない。
輸送部のポストに封筒を投函しながら、ふと、自嘲の言葉が口をついた。
「支えてやりたいなんて言っても、俺の立場じゃこんなことくらいしかしてやれないんだよな」









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今回はちょっとハボックよりでした。
いやー伏線って張りすぎるとどこで回収する予定だったか忘れますね!!(←しっかりしろ)
なんかまだまだ長くなりそうな気がします・・・

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