Never End 2章/wander 〜瞳を閉じて〜
ウィンリィとガーフィールへの挨拶もそこそこに、エドワードとアルフォンスは工房を出、宿屋へと移動した。
「うっは。こりゃすげぇや、高いだけのことはある」
通された宿の一室を見回し、感嘆の声をあげるエドワードに、アルフォンスは視線を向けた。
「って言うか、兄さんもしかしなくてもここスィートじゃないの?!」
「おう」
「おう、じゃないって!ココの宿に泊まるのは分かるけど、何もスィートにする必要はないだろ?!」
お金が、と言いかけたアルフォンスの額をエドワードが強く押す。
「いいから、お前はまず寝ろ!!」
「いやでもっ」
更に抵抗しようとしたアルフォンスの腕を、エドワードが掴んでベッドに向って投げた。
「うわわっ!?」
キングサイズのベッドにひっくり返ったアルフォンスをよそ目に、ソファーに腰をおろしながらエドワードがため息をつく。
「さ・か・ら・う・な。馬鹿たれが」
「何か理由があるって言うんだったら教えてくれるくらいいいでしょ!?」
「理由を聞くのが目的なら文句を言うより先に理由を問え」
あまりに的確に切り返されてアルフォンスは口をつぐんだ。それを見たエドワードがさらに大きなため息をつく。
「部屋から電話が出来て、さらにフロントを通さずに外部と電話ができる部屋ってのがココしかなかったんだ。この宿のフロントが比較的信用できると言っても、どこから話が漏れるか分かったもんじゃない。外部との接触は最小限にして情報はすばやく得られるようにしておくべきだろ」
身長の割に長い足を組んで、エドワードがソファの背もたれに寄りかかった。
「最低2日は安静にしろって言われたしな。ま、間違いなく追いつかれるだろうが、とりあえず見つからなきゃいい」
「・・・ゴメン」
「何を謝ってるんだよ」
謝るようなこと何も無いだろ、とエドワードが笑ったが、アルフォンスにはそうは思えなかった。
「ボク、・・・やっぱり足手まといかな」
顔を見られたくなくて、アルフォンスはベッドに寝転がったまま手首を額の前で交差した。
「兄さんを守りたくて、・・・そのために強くなりたいって思ってるのに・・・ボク、全然だめだ・・・」
「・・・アル」
「ごめんなさい・・・」
だんだん本気で悲しくなってきて、アルフォンスは唇を噛んだ。エドワードが再びため息をついた音が聞こえる。
「仮に、だ。お前が本当に足手まといだとして・・・オレがお前を置いていくって言ったらお前は納得するのか」
「嫌だ!!!」
飛び上がるように跳ね起きて叫ぶと、エドワードが苦笑した。
「だったら、そんなこと考える意味が無いだろ。後悔は足を止める為にするものじゃない。同じ失敗を繰り返さない為にするもんだ。違うか」
「違わない・・・」
「なら、悩むな。失敗したと思うならそれを今後に生かせ。オレは、お前ならそれが出来ると思っている」
「兄さん・・・」
エドワードがソファから立ち上がり、アルフォンスのベッドに腰を下ろす。そして左手の指先でアルフォンスの額を押した。
「ほら、もう寝ろ。休むと決めたときはちゃんと休んで回復しないとダメだぞ」
「うん・・・うん、兄さん」
素直にベッドに入りながら、エドワードの手を掴む。
「どうした?」
「ボク、兄さんの隣に居てもいい・・・?置いていったりしない?」
エドワードがふっと微笑を浮かべた。エドワードの手がアルフォンスの手を包み込む。
「お前が、それを望む限りはな。・・・ほら、こうしててやるから今は寝ろ」
「・・・うん・・・」
にいさん。兄さんの傍にボクが居るのは、ボクが望んでいるからなの?
望んでいるのはボクだけなの?
兄さんの気持ちはどこにあるの?
一緒にいるかどうか、その選択を兄さんに任せたら、兄さんはボクを捨ててしまうの?
問いたくてもその疑問を投げかけてしまえば、自分は二度と立ち直れなくなってしまいそうで。
アルフォンスは言葉を全て飲み込んで、瞳を閉じた。
「・・・では、フュリーはイーストシティ周辺の人間を当たれ」
「はい」
「ファルマンはラッシュバレーに向かってロックベル嬢のところに」
「ハッ」
「ブレダはラッシュバレーまで同行し、あの二人が居なければもっと南まで足を伸ばしてあの二人の師匠という人物に聞き込みをして来い」
「うす」
「では、行け!」
「あの〜大佐〜」
ロイ・マスタングの執務室、次々と部下に鋼の錬金術師探索指令を出す司令官に、ジャンは手を上げて自己主張した。
「何だハボック」
「俺はどこにも行かなくていいんスか?」
「全員が席を外しているわけにはいかんだろう?」
「そりゃ、そうなんスけど・・・ブレダなんか戻ってきたばっかりだってのに、何で俺・・・」
そこまで言って、ジャンは口をつぐんだ。
ロイが突き刺さるような視線をジャンに向けている。
「・・・そういうこと、か・・・」
もしもジャンがエドワードを見つけたら、ロイに報告せずに逃がすのではないかと思われているのだ。
「大佐も大変ッスね〜。手駒が足りなくて!!」
「・・・お前が言うな」
「俺が信用できないっつーのは大佐が勝手に決めたことっしょ」
煙草を取り出して、火をつける。先日見た書類から察するに、あの兄弟はラッシュバレーに向かったはずだ。
まだ滞在しているか、それともさっさと移動しているか。それは分からないが、少なくともラッシュバレーに追っ手を全て集結されるよりは現状マシなはずだ。ただ・・・あえて言うならもしもまだラッシュバレーに居るなら早く逃げろと警告できればいいのだが。
電話をすればいいのだろうが、ジャンはウィンリィの工房の電話番号を知らないし、仮に知っていたとしても現状でエドワードがジャンの言葉をどれだけ信用してくれるかも疑問だ。
・・・まぁ、自分が口を挟む必要も無いかもしれない。周囲が考えるより、あの兄弟は遥かに策略事に知恵が回る。
ジャンは煙を勢いよく吐き出した。
「・・・ハボック」
「はい?」
「お前は何故この件に反対している?」
問いかけられた意味が分からず、ジャンは煙草の灰を灰皿に落としながらロイを振り返った。
「何がッスか?」
「アレが軍から離れるより手元に居る方が、何かあったときに手助けしてやりやすいのはお前も納得していたはずだ。アルフォンスと上手くいきそうだから・・・というのもつじつまが合わない。それならばそもそも鋼のが逃げようとする意味がない」
「へ・・・?な、何でッスか?」
「鋼のが逃げているのは私からプライベートな理由で離れたがったのがそもそもの発端だ。私が入り込めないほど恋人と上手く行っているのだ、などというならば逃げるよりそれを見せ付けようとする方が自然だと思うのだがな」
真剣な顔をしているロイに、ジャンは煙草を灰皿に押し付けた。頭に血が上っているのかと思いきや、かなり冷静に分析している。
「そんなに・・・」
「ん?」
「そんくらい冷静に分析できるなら、今やってるようなことを続けて本気で大将を取り戻せるかどうか、分からないんスか」
非難の色が混じった言葉に、ロイが苦笑を浮かべる。
「・・・そうだな」
「だったら」
「だが、もう引けない」
「大佐!!」
「ここで引けるくらいなら・・・最初からあんな子供に手を出しては居ない」
滅多に本心を見せることの無いロイが滲ませた僅かな狂気に、ジャンは声を失った。
「今に始まったことではない。アレは今までに一度も私を求めたことは無い。いつだって執着しているのは私だけだ」
「・・・大佐・・・」
「笑って構わんぞ。私だって可笑しいくらいだ。あまりの自分の愚かさがな」
ロイはそこで言葉を切って、狂気の焔が灯った黒い瞳を閉じる。
「アレは私に執着しない。執着したことが無い。だからこそ私に『自分に執着するな』などと言えるのだろう」
「・・・!大佐、ソレ知って・・・!」
それだけは知られてはならない、と思っていたことをあっさりと告げられて、ジャンは驚愕した。
一体何をどこまで知っているのか、と問おうとするとロイが地の底を這うような声を出した。
「やはり、か」
ジャンは慌てて口を押さえた。だが滑って出てしまった言葉は既に回収することが出来ない。
「分かって、たんスか。大将がそう言った事」
「予測はしていた。お前がこの件に反対し始めた頃からな」
ゆっくりと開かれたロイの瞳には、もう狂気の焔は宿っていなかった。
「お前が理由もなく逆らうとは思っていない。お前を今回残したのはお前が何を考えて行動しているのかが読めなかったからだ。・・・お前や中尉が鋼のに同情的なのは理解はできる」
何を言えばいいのか分からず、ジャンは新しい煙草を取り出した。だが指が滑ってなかなかライターに火がつかない。舌打ちしそうになると、横から飛んできた火花が煙草に火を点した。
「・・・どうも」
ロイが発火布の手袋を外す。
「鋼のの居場所が分かって追っ手を向けるときは、お前にも行ってもらう。いいな」
ロイの目に見据えられ、ジャンはため息をついた。
「俺、大将をわざと逃がすかもしれませんよ?」
「お前は他の者と組んで行動しているときでも平気で私を裏切ると?」
揶揄した言葉を逆に揶揄されて言葉に詰まる。
他の者の目、それはイコールロイの目だ。公然とロイに逆らうのか?そう言われている。
ロイはジャンがそれは出来ないことを知っている。いや、出来ないことを確認するためにこんな問いを吹っかけてきたのだ。
もう、否という余地は残っていない。
「了解ッス」
自分の言った回答をかみしめながら、ジャンは瞳を閉じた。
寝息を立てているアルフォンスの髪をゆっくりとなでながらエドワードは目を細めた。
数年間、アルフォンスは睡眠も食事も取っていなかった。
本当ならこんな慌しくではなく、もっとゆっくり休ませてやらなくてはならないのだ。
高級宿のスィートを選んだのは、アルフォンスに告げた理由ももちろんあるが、それ以上にできる限り良い条件下でアルフォンスを回復させてやりたかったからに他ならない。
セントラルを離れるのを遅らせるのも、手としてはあった。アルフォンスが回復するのを待ってからでも、おそらく形態としては同じ結果を得られたであろう。・・・すなわちロイの傍を離れ、アルフォンスと二人で追っ手を掛けられる、と言う状態には全く代わりがなかったはずだ。その間にロイとアルフォンスの内面にどんな変化が起きるであろうかは別として。
アルフォンスは、きっと今以上に足手まといになっていると悩んだだろう。アルフォンス自身に何ら非があることでは無いと言うのに。
ロイは、そのときにはどうしただろうか。エドワードはアルフォンスを取り戻したら直ぐにロイの元を放れると宣言していたし、ロイもそれを忘れてはいない。それをアルフォンスのために遅らせると言ったならどういう反応を返しただろうか?喜ぶか、それとも怒りを深めるか。あるいはその両方を同時に感じるのか。
いずれにせよ、彼のためにはならない選択肢であることは確かだ。
「ん・・・」
身じろいだアルフォンスにはっとして、虚空をさまよっていた視線をアルフォンスに向ける。
目を覚ましたのかと思ったが、寝返りを打っただけだった。
「ん・・・にいさ・・・」
寝言で呼ばれて、目を丸くする。起きているわけではないようだが。
「兄さ・・・置いて・・・かない、で・・・」
「アル・・・」
「にい・・・」
閉じられたままのアルフォンスの瞳から涙が零れ落ちる。どんな夢を見ているのかは、直ぐに分かった。
「ここに居る。置いて行ったりしないよ、アル」
身を乗り出して、アルフォンスの顔を覗き込むようにして頭を撫でると、アルフォンスはうっすらと目を開けた。
「アル・・・?」
「兄・・・さん」
ゆっくりと伸ばされたアルフォンスの腕が、エドワードの首に絡みつく。
「兄さ・・・ん・・・・に・・・・」
しがみつかせたまま、ゆっくりと頭を撫でてやっていると、そのうちにアルフォンスは再び寝息を立て始めた。どうも寝ぼけただけだったらしい。
「・・・そう言えばこいつ、結構寝ぼけるんだっけ・・・」
アルフォンスはずっと眠らなかったから、そんなこと忘れていた。いや、どんな風に眠ったかなんて思い出さないようにしていた。思い出してしまうと、耐えられなくなってしまうから。
こどもの頃は、夜中にトイレに起きたアルフォンスが、寝ぼけてエドワードのベッドに潜り込んでくるなんてしょっちゅうあったのに。
苦笑して体を起こそうとすると、首が絞まった。
「ぐえっ」
完全に夢の中に居るくせに、アルフォンスの腕ががっちりとホールドしているのだ。
「お、おいコラ。放せよ」
無理矢理手を外そうとしても、がっちり掴みすぎていてどうにも外れない。
「お前ホントは起きてるんじゃねーだろうな?!」
「う・・・ん・・・・・・・・・すぅ・・・・・・」
文句を言っても目覚める気配も無い。ついさっき少し目を覚ましたのにどうやったらこの短時間でそんな深い眠りに入れるのかと、エドワードは半ばあきれた。
「・・・しょうがねぇなぁ。ま、いいか」
どうせキングサイズのベッドだ、狭くて転がり落ちると言うことも無いだろう。そう判断して、エドワードはアルフォンスにしがみつかれたままアルフォンスの隣に潜り込んだ。
「おやすみ、アル」
今度こそアルフォンスがいい夢を見れるといい。そう思いながらエドワードも瞳を閉じた。
久しぶりのNeverEndシリーズの更新になりました。
どうにもロイロイが動かしづらく・・・
今回は珍しくロイの心境が語られました。序章以来?
ハボさんはロイに引っ掛けられすぎですね。
エドの心境は語られそうなのにいつも途中で違う話に切り替わります。
出てくるキャラのなかで、一番自分の感情に素直なのは今のところアルです。