Never End 2章/wander 〜柔らかな時間〜
ふわふわ、ふわふわ。
柔らかくて、温かくて心地よい。
とろとろとまどろむ感覚に、こんな感覚も久しぶりであることを頭の片隅で考えた。
数年間ずっと眠っていなかったわけだし、身体を取り戻してからも興奮やらロイと対立したりやらで、こんなに心地よい眠りにはついていなかった。
ぬくもりを探して手を動かすと、温かいものに行き当たった。これのお陰で温かかったのか。
さわさわと撫でまわすと温かいものが逃げようとする。
逃がすものかと掴まえて、アルフォンスは温かいものに頭をぐりぐりと摺り寄せた。
「・・・っくすぐってぇっつのっ・・・」
笑いを孕んだ声が耳に届く。ああ、この声も心地よい。
ん?声・・・?
この温かいものって・・・?
ぼんやりと霞みがかっていた思考が急速に覚醒する。
アルフォンスはエドワードをがっちりとホールドして顔を摺り寄せていた。
「うわわわわわっ!?兄さんゴメン!!!!」
慌てて飛びのいたものの、エドワードは笑っている。
「別にいいけどよ。ゆっくり眠れたか?」
「う、うん・・・」
寝ぼけていたとは言えボクってばなんて美味しいことを、と内心考えているとエドワードの手がアルフォンスの頭を撫でた。
「具合はどうだ?」
「あ、うん。大分いいよ」
それならいい、と微笑んだエドワードの瞳は本当に優しくて。
愛されているなぁ、と嬉しい半分悲しい半分の複雑な気分になった。
愛されているのは事実。けれどその愛情はただ家族へ向けられるもので、アルフォンスがエドワードに向ける愛とは違うものなのだとこんなときはっきりと感じてしまう。
「嫌われるよりは、そりゃ断然いいんだけど・・・」
「ん?どうした?」
思わず口から零れ落ちたぼやきを聞きとがめられ、アルフォンスは慌てて手を振った。
「あっ、何でもない!気にしないで!!」
アルフォンスがそんな風に感じていることを知ったら、口は悪いが誰よりも性根が優しい兄はきっと気に病んでしまうだろう。
「兄さん、お腹すかない?夕飯まだだったし」
「そういえばそうだな。1階のレストランにでも行くか」
んーと伸びをしているエドワードのみつあみがほつれている。アルフォンスと一緒にベッドに横になっていたためだろう。
「そういえば兄さん、どうして一緒に寝てたの?」
「お前が抱きついてきて放さねーからだろ?」
「え。ウソ」
「ウソじゃねーよ」
確かに、エドワードは嘘をついている様子ではない。エドワードが嘘をついたときは、アルフォンスにはすぐに分かる。
「・・・あれ?でもボクベッドに寝てたのにどうやって兄さんに抱きついたの?起き上がったわけじゃないよね、夢遊病じゃあるまいし・・・」
エドワードの肩がピクリと揺れた。その辺は突っ込まれたくないらしい。
「ねえ兄さん、どうして?」
「うるさい!!」
ふいっと顔を背けてしまったエドワードのみつあみを優しく捕まえる。
「・・・アル?」
「解けかかってるよ」
髪を留めているゴムを外すと、エドワードの髪がさらりと肩に落ちた。
「そういえば兄さんがみつあみにしてるのって機械鎧のリハビリも兼ねて・・・だっけ」
「ああ。手先の細かい動作をトレーニングするにはちょうどいいって・・・」
最早おさげはエドワードのトレードマークといってもいい。アルフォンスはエドワード髪に指を絡ませた。
「でも、みつあみよりひとつに縛ってるほうが大人っぽく見えるよね」
「え!?」
エドワードの目下のところの悩みは第一は身長だが、第二によく年下に間違われること、子供だと思われることだと知っていてそんなことを言ってみる。
「ほ、ホントか?!」
予想通り食いつきはいい。
「うん。ボクはそう思うけど」
ついでに言えばポニーテールの方がアルフォンスの好みなのだ。それと、みつあみを止めてもらいたい理由もちょっとだけある。まぁ、どんな髪型をしていてもエドワードが可愛いのは変わらない事実ではあるが。とりあえずそのあたりは伏せておいて、にっこりと笑うとエドワードがむむ・・・と考え込んだ。
「じゃ、じゃあこれからはそうしようかな・・・」
ちょっと嬉しそうな顔をしながらもじもじと人差し指をあわせているエドワードに、アルフォンスはダメ押しを加えた。
「いいんじゃないかな。兄さん似合うし。ボク、結んであげるよ」
「おう」
ブラシを取りに行こうとベッドから立ち上がる。心地よいスプリングの高級ベッドが音もなく揺れるのを見て、アルフォンスはまどろんでいた時の柔らかさの正体はこのベッドであったことに気がついた。
・・・もしかすると、エドワードはこういうベッドに自分を休ませたかったんじゃないだろうか、とふと思い当たってアルフォンスは苦笑した。
兄さんは、本当にボクに甘いよね。
心の中で呟いて、アルフォンスは洗面所に向かう。
その背後で、エドワードがあれ?という表情をした。
「なぁ、アル」
嬉しそうに自分の髪をブラシで梳いている弟に、エドワードは思い当たった疑問をぶつけることにした。
「ん、何?兄さん」
アルフォンスは非常に上機嫌である。
「お前さ・・・昔大佐の奴がオレのみつあみ触るの好きだって言ってたの覚えて」
皆まで言うまでもなく、途中でアルフォンスの手がビクッと揺れたのがエドワードにははっきりと感じ取れた。
「おーーーーまーーーーえーーーーなーーーー・・・」
地を這うような声で咎めると、アルフォンスが慌ててエドワードの前に回りこんだ。
「あっ、あのねっ、確かにそれは覚えてたしそれでみつあみ止めてほしいな欲しいなって思ったのも事実だけど、兄さんがひとつ結びのほうが大人っぽく見えるのも似合うのも嘘じゃないからね?!別に」
「嘘をついたとかそういうことを怒ってるんじゃねぇっ!!」
「は、はいっ」
怒鳴るとアルフォンスはビクッと気をつけの姿勢になる。
「確かにそういう姑息な手を使ったのも腹は立つが!!それ以前にだ!!何でそういう気にする意味がないことを気にするんだお前は!!」
「き・・・気にするよ!!意味なくなんか無いよ!!気になるよ!!!」
「オレが意味ねーっつってんだから意味ねーんだよ!!」
「あ、あるよっ!!だってライバル・・・だもんっ・・・」
「ああ?」
しゅんとして俯いてしまったアルフォンスに、言葉の意味を逡巡する。そしてその意味に思い当たってエドワードは思いっきり赤面した。
「・・・お前な・・・」
その言葉は今度はため息混じりになった。
「大佐が諦めてないのは事実でしょ?ボク銀時計返しに行ったときはっきり感じたし、兄さんだって大佐のこと」
「あーーーーーーヤメヤメヤメ!!それは違う!!」
「違うって何が!?」
「アイツはお前のライバルにはならない」
その瞬間、アルフォンスの顔がくしゃりと歪んだ。
「ボクじゃ相手にならないってこと・・・?やっぱりボクのことは家族としか」
「バカ!!逆だ!!!」
「逆・・・って?」
「オレがアイツと寄りを戻すことだけは絶対にない!!ありえない!!だからアイツはお前のライバルではない!!」
以上!!と腕を組んで鼻を鳴らすと、アルフォンスが首をかしげた。
「だって兄さんは自分に好意を向けてくれる人にはすぐにほだされるじゃないか。今現在大佐に怒ってたってほだされる可能性高いと思うし、大佐だってそう思ってるから諦めないで追いかけてくるんじゃないの?」
アルフォンスの指摘に、エドワードは少し目を伏せた。
アルフォンスの指摘は、間違っている。だが、間違うのも無理は無い。根本的な情報が無いのだから。
けれどその情報を与える気も無いのだ。それは、この程度のことにまでこんなにも必死になるアルフォンスを傷つける。
・・・ロイのことを思うのならば、ロイからは離れなくてはならない、エドワードはロイと共に居てはならない。エドワードの存在は、いずれロイの目指す道の邪魔になる。だが逆にロイをなんとも思っていないのならば当然ヨリを戻す理由も無い。だから何があっても、エドワードの心境がロイに寄ろうとも離れようとも、ヨリを戻すことだけはありえないのだ。
だから、ほだされれば互いに辛くなるだけなことを知っていたから。こんな、逃げるなんて形でセントラルを離れることに決めたのだ。
ほだされる可能性は自分でも十分分かっていた。それを避けなければならなかった。
今現在ロイに対する恋愛感情が無かろうとも、彼の不幸を願おうとは思えなかったから。
・・・今現在恋愛感情は完全に失せているということだけは、とりあえず間違いない事実なのだが。それはともかくとしてとりあえず目の前に転がっている問題は、それをどうアルフォンスに納得させるかということだ。逃げようと思った理由については、アルフォンスに伝えることはきっと永遠に無いだろう。それを伏せたままで説得しなければ。
言葉を選んでエドワードが悩んでいると、アルフォンスが見る見るうちに目の前でしょげていった。
「やっぱり・・・」
「い、いや!!やっぱりじゃなくてだな!!」
「だって兄さん返答に困ってるじゃないか・・・」
「へ、返答に困るっつーかだな・・・だってお前、オレがただアイツに対するそう言う感情はもう欠片も残ってないからって言っても納得するか?!」
「しない」
「ほれ見ろ。だから困ってるんだっつの」
「だってそもそもそれボクの疑問に答えてないじゃないか」
ごもっとも。
「オレはほだされないってい」
「最初アレだけ反発してた相手に結局ほだされて付き合ったの誰だっけ」
仰る通りです。
「いや言っておくけどな、誰にでもほだされるとか言うわけではないんだぞ?」
「知ってます。でも大佐には既に一回ほだされてるわけだよね」
困ってううむ、と唸るとアルフォンスが苦笑した。
「・・・そんなにイヤなの?ボクが大佐をライバルだって思うことが」
「おう」
「どうして?」
「どうしてってお前・・・」
改めて問われて、ふとそう言えばどうしてだろう?と考え込んでしまった。
「・・・なんでだ?」
「いや、ボクに聞かれても困るんだけど・・・。ボク怒られるなら騙すみたいな言い方したことだと思ってたのに」
「いや、それもむかつくっちゃむかついたけどな・・・」
けれどそれより、アルフォンスがやたらとロイに対抗意識を燃やすことの方に腹が立ったのだ。
まるで、信用されていないかのようで。
信用?何に対する信用だそれは?
「・・・?」
思い当たる節がなくてエドワードが首をひねっていると、アルフォンスがこれ見よがしにため息をついた。
「自分の感情すら理解できてない人に絶対ほだされないなんて言われても説得力に欠けるよね・・・」
「なっ」
むっとしてアルフォンスを睨むとアルフォンスは肩をすくめた。
「妬くなって言われたって妬くよ。好きな人が他の人と仲がいいのを嫉妬して何が悪いの?」
「あ・・・あっさり言うなバカ野郎!!」
一気に顔に血が集まるのが自分でも分かってしまった。きっと真っ赤になっているだろう。
「だだだ大体だ!オレがみつあみするようになったのはそもそもあいつに言われたからとかじゃねぇだろ!別にアイツの為に続けてたことなわけでもねぇ!!」
「それはそうだとしても兄さんやっぱりそう言われた事覚えてたじゃないか!!そーゆー甘酸っぱい恋の思い出みたいなこと一々思い出されるのがいやなの!!」
「あまず・・・」
とんでもない表現をしたアルフォンスに、エドワードは絶句してがっくりと項垂れた。
「時々お前のボキャブラリーは一体どこで培われたのか調べてみたくなるよ・・・」
「殆ど兄さんと同じだろ。あとウィンリィ」
「あいつのせいか!!!」
キーーーッと地団太を踏む。弟に変なことばかり教えやがって!!
「言葉を知ってるかどうかじゃなくてどう使うのかだと思うけどね。それで兄さん、何で怒ってるのか結論は出たの?」
「お前が変なことばっかり言うからだ!!」
「そうじゃないでしょ」
もう、興奮するとすぐ論点がずれる、とぼやくとアルフォンスはエドワードの両肩をつかんで真剣な表情をした。
「ボクの気持ちは、兄さんにとって迷惑?」
「何言ってんだ。そんなことねーって、前も言ったじゃねーか」
「でも、考えてなかったんでしょ?ボクがそういう感情を、恋しい人に向けるべき感情を全部兄さんに向けるって言うのはどういうことなのか。触れたいとか、大切にしたいとかそれだけじゃないんだよ?嫉妬だってするし、独占欲だって全部兄さんに向いているんだよ?ボクが嫉妬するのを怒るっていうのは・・・そういう感情を向けられたくないってことじゃないの?」
そんなことを聞いて、もしも自分が頷いたらコイツはどうするのだろう、とエドワードはぼんやり考えた。拒絶されただけで諦められるような感情ならばいいのだろうが、そうではないことはエドワードにも分かっている。
アルフォンスの性格から言って、真剣に拒絶された相手を更に追うような真似をするとは思えない。相手を思って身を引くタイプだ。
ふと真剣な瞳に焦点を合わせると決意の色が見えた。
そうだったら身を引くつもりなのだ。コイツは。身を引いて、これまでのように弟の顔をして、消し去れない感情をずっと自分の中でかみ殺す気なのだ。
「・・・バカヤロウ」
そんなことをさせたいわけじゃ、ない。
「そういうことじゃねーよ・・・」
そう、大体において怒ったのはそういう意味じゃない。腹が立ったりのは、何でもっと・・・
ああ、そうか。
ようやく意味が分かってエドワードはアルフォンスの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「なんでいちいち他の人間と比較しなきゃならねーんだ?」
「え・・・?」
「お前はアレか、オレがいちいち『誰々がコレ好きだって言ってた、誰々はこっちが好きだって言ってた、オレは誰々のほうが好きだからこっちにしよう』なんて考えて行動してると思ってんのか?」
「え、あ・・・」
戸惑ったアルフォンスがエドワードの肩から手を放した。だがエドワードは止まらない。
「大佐とお前を比較して、お前のほうがいいからお前にしようなんてそんな考え方をするとでも思ってるのか!?」
言葉にしたら腹が立ってきて、エドワードはアルフォンスの鼻先に指をビシッと突きつけた。
「オレに惚れてるって言うんなら!!他の奴気にする暇があるんなら!!テメェ自身の魅力を磨いてオレを口説いて見やがれこのバカアルフォンス!!」
エドワードの啖呵に、アルフォンスはしばらく呆然とした後思いっきり噴出した。
「や、やだもう兄さんてばソレすごい殺し文句っ・・・・!」
身体を折り曲げて笑い転げているアルフォンスに、少々憮然としてエドワードはアルフォンスの脚を蹴った。
「痛いよっ、アハッ、アハハハハハハッ・・・」
アルフォンスは笑いすぎて涙まで浮かべている。
「いつまで笑ってやがる!!」
「だ、だて止まんなっ・・・アハハハハハハハ」
ひー、ひー、と涙を拭っているアルフォンスに、エドワードはだんだんいたたまれなくなってきた。
「くそ、やっぱり言わなきゃ良かった・・・」
「あ、違うよ?兄さんを笑ったんじゃなくて・・・ボクくだらない事で悩んでたんだなって思ったら可笑しくなっちゃって」
「ああ、全くもってくだらねー」
憮然としつつも照れ隠しに肯定すれば、アルフォンスは満面の笑みを浮かべた。
「うん。本当に兄さんには適わないよ。そんなこと言われちゃったらボクがんばるしかないじゃないか」
「だからがんばれっつってんだろ」
「はい。がんばります。約束するよ、誰よりいい男になってみせるって」
「おう、楽しみに待っててやらぁ」
なんだかどんどん恥ずかしくなってきて、ひらひらと振りながらアルフォンスに背を向けると背中から抱きすくめられた。
「大好きだよ、兄さん」
アル女々しい・・・。だからエドアルとか言われるんだorz
たまにはまったりラブラブなのでも書こうかと思ったら、途中で痴話喧嘩が始まってどうしようかと思いました。