* * *
「本当に、ご迷惑おかけしました。もう、脱走しちゃメって言ったでしょ!」
上品な婦人が、自身の身の丈より大きな、厳ついトカゲに対し怒る姿はなんとも滑稽だった。
一同呆気に取られている中、ウェルスは一つ咳払いをし、硬質な笑みを浮かべた。
「とりあえず、今回は幸いにも怪我人も出ずにすみました。今後の管理体制に対して、どのようになさるのかは存じませんが、同じような事がある場合、鎧トカゲの飼育、繁殖の禁止、下手をすれば討伐対象になりかねません」
ウェルスの口から、討伐という言葉が出てきた途端、夫人は、顔を憤怒で真っ赤にさせた。
「まあ、討伐だなんて……! なぜうちのロレーヌちゃんを、そんな野蛮な目にあわせるんですか!」
「あくまで推測での話です。ですが、万が一。ということもありますので、そのお話をしたまでです」
「そんな……でしたら、騎士団から何人か寄越してくださらないかしら。そうすれば――」
「騎士団は、貴女個人の私兵ではありませんので」
苛立ちを極力抑えながらの笑みは、今までのウェルスの表情からは想像できないほど最上級に黒かった――と、それを間近で見ていたロストンとトールが後に語った。
その後、何かと文句をぶつけてくる夫人に対し、何とか村の修繕費の問題や、飼育場所の柵の補強、躾の徹底を約束させた。
それでも、数時間をかけての説得だった為、精神的に疲労した彼らは早々に屋敷を後にした。
気がつけば、ここに来たときには高かった日が山に落ち、あたりは橙の光に満ちていた。
「ウェルス様、最近言葉に毒が多くないですか?」
「そうか?」
帰り道、ふとアイナがそう呟いた。
ウェルスが首を傾げると、他の三人が頷きながら次々に彼女に同調した。
「そうだな」
「そうですね」
「そーだね」
「まあ、だとしたらロマ協会長か、ユラにでも影響されたかな」
「そんな所は、影響受けないでください」
「そうそう、いじりがい無くなるじゃん」
さすがにここまで言われてしまえば、ウェルスは笑うしかない。
そのまま他愛のない話を続ける彼らが城に戻った時には、すっかり日が暮れていた。
翌日。
十の刻を迎えた頃、ウェルス達は昨日の騒動の顛末をスエンに報告した。
すると、彼から苦笑交じりの労いの後、少し長めの休暇をもらえることになった。どうやらそれには、帰還直後に出動命令を出した詫びも込められていた模様で。
「鷹にも羽休めは必要だろう?」
なんて、茶目っ気たっぷりに言われてしまえば、断るわけにもいかない。断る理由もない。
「三日か……何しようかな」
「どうせウェルスさまの事だから、剣の手入れで三日終わるんじゃないっすか?」
「さすがにそれは三日もいらないよ」
「いや、お前の事だ。他の防具の手入れも始めて、結局最後には部屋の大掃除を始めるんじゃないのか?」
ウェルスは、ロストンの言葉にはすぐさま反論したが、トールの指摘はあながち間違っては居ないので、言葉を詰まらせた。特に、ウェルスの部下の中でも一番の年長者のトールは、今は亡きウェルスの父親と同期で、親友だった。
なので、幼い頃から交流のある彼には、ウェルスの行動など手に取るように分かってしまうのだ。
「トールの言う通りにならない様、気をつけるよ」
肩を竦めて笑うウェルスにつられ、他の四人も一緒に笑った。そんな彼らが医務室の前を通ると、中から一人の男性が出てきた。
「お、今日は鷹が勢ぞろいしてるのか。ちょうどいいな」
無精ひげを生やし、頭を掻きながら現れた彼は、ウェルスたちの姿を見るなり、親しげに笑いながら声を掛けてきた。
それを見た瞬間、彼らの中で嫌な予感が駆け巡った。
「セルスト団長、お使いですか?」
「察しがいいな。じゃあ、このリスト頼むよ」
仕方なく、ウェルスが先陣を切って話しかければ、セルストと呼ばれた男は、ニコニコと愛想のいい笑みを浮かべたまま、一枚の紙切れを差し出した。手渡されたものには、一瞬真っ黒な紙を渡されたのかと見間違うほど、紙面一杯にギッシリと文字が敷き詰められている。
しかも、目を凝らしてようやく見つけた商品名の後ろには、かなりの数のゼロが並べられている。ざっと見ただけで、ほぼ全ての商品に、だ。
それを見て、がっくりと肩を落としたウェルスに、四人は顔を見合わせてその手元を覗き込んだ。
「これは、荷馬車が必要だな」
「小さなお店が開けそうですね」
「うひゃー。酒樽十個分も何に使うんだろー」
「そもそも、そんなに空なのか? 備品倉庫は」
彼らの呟きに答えたのは、無茶な依頼主、セルストだった。
「しょうがないんだよ。消耗品は近衛隊があっという間に使い切るし、薬品類は、何かとすぐぶっ倒れる繊細なご夫人達の為に、貴重な薬品から大量に使っちまう。こっちが必要なときには空っぽ。ったく、やになるぜー、ほんと」
彼らの言う備品倉庫では、騎士団と近衛隊が共同で使用し、管理している。そのため、消耗品の類――特に香料や石鹸など、身だしなみに関する物は、女性隊員の多い近衛隊がすぐに使い切ってしまう。
更に薬品の類も、王属医師団と分け合って使っている。
主に貴族たちを相手にする彼らは、目が飛び出そうなほどの高級な薬材を惜しげもなく使ってしまうため、どちらも騎士団が使用したいと思った時は、すでに底を尽きている、ということが度々あった。
「もういっそ、倉庫分けたらどうだ?」
「前から言ってるんだけどね、場所が無いんだと。まあ、そんだけのものを突っ込んで置いとける場所なんて、そうそう無いんだよな。確かに」
苦笑するセルストに、ウェルスはメモを持つ手を振った。
「わかった。とりあえず行って来るよ」
「よろしく、軍団長。ちなみにそれ、全部協会に用意してもらってるからな。協会長によろしく言っといてくれ」
言うなりそのまま立ち去っていた彼に、ウェルスは狐につままれたような表情で立ち尽くしていた。
あの後、仲間の呼びかけで我に返ったウェルスは、仕方なく馬を連れ、城から程近い魔法使用者協会を訪れた。
「もう、来る事無いと思ってたんだけどなあ」
そんな彼の呟きは、誰にも聞こえなかったようだ。
チラリと見た四人の顔が、多少の差異あれ好奇心で満ち満ちていたからだ。
「あれ、お前たちはここに来たこと無いのか?」
「そういえば無いですね」
「確かに無いです」
「ねーっすよ」
「そう言われると久方ぶりだな」
皆の意外な答えに、ウェルスは困ったように頬を掻く。
不意に、己が騎士団見習いのとき、ここが『度胸試しの館』と言われていたのを思い出した。
協会に行って、生きて帰った者は居ない。だの、秘密の実験を繰り返しており、その姿を見てしまえば口封じの為に人体実験させられる。だの。思えば、先輩騎士たちが見習いをからかっているのが丸分かりなのだが、今の協会長に代替わりしてから、本気で協会に行くのを拒否する者が増えた。
実際に、協会長に会った事のあるウェルスにしてみれば、彼らが嫌がる理由が何となく想像できて苦笑する。
「とりあえず、とっとと終わらせようか」
そう言って、ウェルス達は協会の中に足を踏み入れた。
そこは以前訪れたときと変わらず、一種の懐かしさを感じた。
彼の後ろに続いた四人は、物珍しそうに辺りを見回している。
「さて、どこに行けばいいのか……」
「普通に、その辺歩いてる連中に聞けば早いんじゃないんすか?」
「それもそうか」
「あら、騎士団の皆様。何かご用ですか?」
ロストンの言葉にウェルスが答えていると、前方から一人の若い女性が声を掛けてきた。
彼らは一瞬対応に遅れたが、最初に我に返ったのはエダだった。
「リコ?」
「あら、エダじゃない。久しぶり、元気そうね」
「あなたこそ」
「知り合いなのか?」
「ええ、昔馴染みです」
親しげな二人の様子に、ウェルスが尋ねると、エダは少し照れくさそうに答えた。
そんな二人の様子を、リコは楽しそうに眺めていた。
「ほんと、エダったら昔から好み変わらないわね」
「な、何を言い出すの!?」
「あら、本当のことじゃない。白馬の似合いそうな騎士様に出会うのが夢だって――」
「リコ!」
さも当たり前のように話すリコに、悪気は全く無い。
それは分かっているのだが、思いもよらない場所で己のことを暴露されたエダは、羞恥で顔を真っ赤にしながら慌てて彼女に詰め寄った。
一方、二人のやり取りに取り残された四人は、顔を見合わせて溜息をついていた。
「んにしても、意外っすよね。あのエダさんに魔術師の知り合いが居たなんて」
「あまりそういう話、しないですもんね」
「それよりどうする。このままと言うわけにもいかないだろう」
面白いものを見ているようなロストンと、少し羨ましそうなアイナに対し、トールは極真面目にウェルスに問いかけた。確かに、このままここで突っ立っているわけにもいかない。
実は彼らが来た時点で、魔術師達の注目をかなり浴びていたのだ。いつぞやここに来たときの事を思い出し、ウェルスは思わず渋い顔になった。
嫌な事も同時に思い出してしまったからだ。
「あれ、ウェルス君じゃない。こんなところで何をしているんだい?」
不意に名を呼ばれ、ウェルスが振り返ると、よく見知った顔があった。
それは、この協会の長、ロマ=ウェンデルだった。
「お久しぶりです、ロマ協会長」
「そうだね、久しぶり。ところで大所帯でどうしたの? またシュルドが何かした?」
「いえ、陛下は関係ないです。セルスト団長から、ここにこれがあると聞いて」
そう言って、ウェルスは懐から取り出したメモをロマに手渡した。彼はそれを受け取ると、しばらく眺めた後、ウェルス達に合図をした。
「ああ、これね。全部揃ってるからこっちに来て確認してもらっていいかな」
「分かりました。エダ、行くぞ」
ウェルスは頷いた後、まだ話しこんでいたエダに声をかけてから、ロマの後を追った。
連れて来られた倉庫には、確かに頼まれた物が山積みになっており、思わず五人は、呆然とそれを見詰めていた。
「予想以上にありますね」
「あの馬で足りるっすかね?」
「荷車を持ってきたほうが、確実だったな」
「本当に、お店開けそうですね」
小瓶に入った薬品に植物の種、苗、枝を束ねたもの、そして何故か時々暴れる箱。
大きさも様々で、手のひら大のものから、ウェルスが背伸びして丁度いいくらいの物まである。
「誰か連れてく? さすがに君たちだけじゃ難しいのもあるし」
「お願いしていいですかね。特にこの一番でかい香木」
「了解」
さすがに無理があると思ったのか、ロマが助け舟を出してくれた。ありがたく申し出を受け入れ、ウェルスは自分達で持ち運べそうなものの選別を始めた。
五人で手分けをして作業していると、ふとウェルスは、ここに居るはずの人物に会っていない事に気付いた。
自分より年下のはずなのに、階級の所為か態度が大きくて小生意気な魔術師。
多分、また本に埋もれているんだろうと思いつつ、彼は尋ねた。
「あの、ロマ協会長。そういえば今日、ユラは居ないんですか?」
ウェルスの問いに、ロマは僅かに逡巡した。
「居ない……というか、ひと月前からユラと連絡取れなくなっちゃったんだけど、ウェルス君何か知らない?」
思っても見なかった回答に、ウェルスも驚きで言葉が出てこなかった。
「……もしかして、行方不明なんですか?」
「平たく言えば、そうなるね」
珍しく、本当に困った表情でロマが溜息をついた。
それでもどこか冷静なのは、そう簡単にあの人物が死んだりしないという信頼があるからなのかも知れない。
「まあ、連絡があったら報告もらえないかな。あの子のことだから何も無いとは思うけど、ただ待ってても手紙の一つもよこさないからね」
その言葉と同時に、ウェルスは左耳のピアスに触れていた。
だがそれは、まるで氷のように冷たいだけだった。
「心に留めておきます」
ウェルスは、不安で心を塗りつぶされていくのを感じながらも、ぎこちない笑みで答えた。
* * *
休暇をもらって二日目の朝を迎えた。
習慣からか、一番の鐘が鳴る前に目を覚ましたウェルスは、演習場でしばらく汗を流した後、一度浴場に寄り道してから食堂に向かっていた。
昨日、ロマよりユラが行方不明と聞かされ、普段から吐きがちな溜息を、今日はより多めに吐き出していた。
稽古に付き合ってくれた仲間からは、辛気臭いと文句を言われたが、どうにもおさまりそうに無い。ピアスで問いかけたところで、応答が無ければ意味が無い。
思考が、どんどん悪い方に傾きそうになり、ウェルスは慌てて頭を振った。
よくよく考えてみれば、ユラは魔術師の中でも最高クラスの階級を持っているのだ。ウェルスが考えているほど、悪い状況ではないのかもしれない。そもそも、性格からして面倒臭がりなところがあるから、どこかで寄り道して、それで連絡を怠っているだけかもしれない。
と、ウェルスが考え事をしていると。
「ウェルス様、今日はお暇ですか?」
唐突に声をかけられた。
彼が目を丸くしながら振り返えると、そこには、何やら三枚の短冊状の紙切れを握り締めて笑うアイナが居た。
思わず首をかしげながら、ウェルスは尋ねた。
「一応、空いてはいるけど……アイナ、その手に持っているのは?」
「チケットです。実はですね、私の友達がこの舞台に出てて、しかも初舞台なんです! だから、皆で行きませんか?」
ウェルスは、アイナの申し出に目を瞬かせた。
「皆?」
「はい。私と、エダと、ウェルス様です」
「他は?」
「父さんも、ロストンも興味ないって言ってたんで、二人の分は別の人にあげちゃいました」
そこで、ウェルスは少し悩んだ。
正直彼は、演劇や歌劇と言った芸術鑑賞、所謂『貴族が嗜む格式高いもの』が苦手だった。
それだったら、場末の飲み屋で賭け事に興じていた方が、まだ気分がいい。
だが、折角こうして部下が誘ってくれたものを、無下に断るのも気が引けた。
そんな彼の悩みを見抜いたのか、アイナが困ったように笑った。
「無理に、とは言いませんが、ダメですか?」
「いや。まあ、構わないけど。こういうのは、折角だしアイナとエダの二人で楽しんできた方が――」
「いえ、ウェルス様がいないとダメなんです!」
急に勢い込んだ彼女に、ウェルスは思わずたじろいでしまった。
それを見て、アイナは慌てて小さく咳払いをし、ウェルスの胸にチケットを一枚押し付けた。
「明日の十八と半刻です。噴水前で待ってますから!」
ウェルスは、押し当てられたチケットと、走って行ってしまった彼女の背を交互に見送りながら、苦笑混じりに溜息をこぼした。
そんな二人のやり取りを、影で見ていた者たちが居た。
「ちょっとルーちゃん、恥ずかしがってる場合!? あんなちんまいのに負けてどうすんのよ!」
「キャ、キャロちゃん、声大きい――」
「せっかく手に入れたんだから、堂々と行ってきなさいよ!」
そう言うなり、小柄な少女、キャロンは背の高い女性、ルシェラの背を強く押した。
勢いで、そのままたたらを踏んだルシェラは、涙目になりながらキャロンの方を振り返るが、彼女は腰に手を当てて鼻を鳴らした。
「大体、ルーちゃんは押しが足りないのよ! いい? 好きな人に遠慮してたら、折角のチャンスも消えちゃうわ。シュルドさま程じゃないけど、意外にあれ、人気あるのよ。ぼやぼやしてたら、ルーちゃん絶対後悔するんだから!」
彼女の勢いに押され、ルシェラは祈るように、手に持っていたチケットを胸元で握り締めた。
一方、小さいとはいえ、何やら揉めている雰囲気を感じたウェルスは、二人の側に近づいた。
「何してるんだ?」
「ひゃっ、う、ウェルスさま!」
唐突に声を掛けられたルシェラは、驚きのあまり金魚のように顔を真っ赤にさせ、口をぱくぱくと動かした。
横で、キャロンが彼女を肘で突付くが、緊張しすぎて気付いていない。
ウェルスはウェルスで、ルシェラの様子がおかしい事に気付き、首を傾げながらそっと彼女の額に手を伸ばした。
「顔が赤いけど、熱でもあるのか?」
少し冷やりとした彼の手が触れた瞬間、ルシェラの中で限界が来た。
「す、すみません、失礼します!」
「あ、おい……!」
ウェルスの静止も振り切り、ルシェラは手に持っていたチケットを彼に押し付け、猛スピードで駆けて行ってしまった。
残された二人は、呆然とそれを見送るしか出来なかった。
キャロンは、彼女の行動に呆れたような溜息をついて、頭を振った。
「もう。何してんのよ、ルーちゃんってば」
彼女の独り言を聞きながら、ウェルスはルシェラに押し付けられたそれを見て、はっと目を見開いた。
「あれ、これって同じチケット……」
「ちょっと見せなさい」
彼の呟きに、キャロンは有無を言わさずにチケットを掠め取った。
確かに、ルシェラの持ってきたチケットも、アイナから手渡された物も、日にちから演目まで全く一緒のものだった。
「で、どうするの? どっちのチケットでこれ、見に行くのよ?」
じとっとした瞳で見つめられ、ウェルスは思わずたじろいだ。
正直なところ、彼としては部下にもらった方を優先したい気持ちが強い。
とはいえ、それを素直に伝えたときの、キャロンの反応を考えると、胃が痛くなる。
ふと、彼はルシェラからもらった方の、しわの寄ったチケットを見つめた。
「なあ、これ二枚もらったんだが、本当に俺宛なのか?」
「は? 何言ってんのあんた。ルーちゃんが間違えて二枚渡しちゃっただけじゃない!」
「いや、そうじゃなくて。他に誘う人が居たんじゃないかって――」
「あーもう、女の子が緊張して間違えた事を、いちいちねちねち言うような男は嫌われるわよ!」
苛立たしげに足を踏み鳴らす彼女に、ウェルスは困ったような顔で溜息をついた。
「お前は行かないのか?」
「何よ。デートの邪魔するほど、私暇じゃないわよ」
「いや、デート……なのか?」
「デートじゃない。それ、私達の間でも、恋人同士で見たい舞台で有名なんだから!」
彼女の説明に、ウェルスは余計に頭の中が混乱した。
アイナからは、友人が出るからと言う事で、エダと自分と彼女の三人で一緒に見に行こうと誘われた。
だが、ルシェラからのそれは、キャロンの言葉を借りるならば、自分と二人で行こうという意思表示らしい。
さすがに、色々無視できない状況が揃い、彼は助けを求めるようにキャロンを見つめた。
「あの、せめて劇の内容だけでも教えてくれないか?」
これには、キャロンも僅かに言葉につまり、溜息と共に肩を落とした。
「ちょっとそこで待ってなさい」
そう言って、この場を後にした彼女を待って数分後。
「これよ」
キャロンが差し出したのは、一冊の本だった。
淡い桃色の表紙に、『ロゼリアの悲劇』と豪華な文字で書かれていた。
「いい? それ貸してあげるから、明日の十八の刻までに内容頭に叩き込んでおきなさい、分かった?」
キャロンはウェルスに向かって本を投げつけると、その鼻先に人差し指を突きつけ、胸を反らした。
そして、踵を返して立ち去る彼女の背を見送ったウェルスは、手の中におさまった本を見つめた。
・
・
・
・
・
・
・
<その後の5行あらすじ>
・休暇は何処?
・一面の銀世界
・王子様とお姫様
・魔女はなんでも知っている
・立つ鳥、後を濁さず
__この続きは、本でどうぞ。
戻る ・ ←