〜しょせん、協会の内輪事情〜

 

 第一朱色(しゅしき)の日、六と半刻。

 アルスバルトの首都、トルアロンにある魔術使用者協会。

そこに身を置く者たちの朝は早い。

特に、週の初めの日となると、太陽が昇りきらないうちに彼らは協会に向かう。

今まさに街を早足で駆け抜ける少女も、その一人だった。

 彼女は、途中見知った少年の背中を見つけると、更に足を速めてその背を軽く叩いた。

「おはよう、セイカ」

「ん〜〜、早いなレム」

「だって、今日は当番表が変わる日でしょ。セイカだってそのつもりで早く出てきたんじゃないの?」

「あ〜、そうだな」

 やる気の無い返事のセイカに、レムラシードは少し頬を膨らませながらも、早足で協会に向かった。

 魔術使用者協会には、人や物を遠方に送り届けられるよう、物質転送陣がある。

それは、アルスバルト国内に点在する協会同士をつなぐパイプの役割を果たしている。

 そのため、山にある村で新鮮な魚が食べる事が出来たり、港町で山菜料理を楽しむ事が出来たりと利点が多い。

 だが、結局は人力で動かしているため、協会内で欠員がおこれば穴埋めが難しく、規定の時間に間に合わないことがある事が難点だ。

 それをカバーするために、アルスバルトでは転送陣を当番制で一週間ごとに交代で行っている。

 今日はその、週に一度の交代日。

これによって今週の忙しさが変わるのだから、二人はもちろん、他の魔術師たちも毎回この日は早めに協会に集まるのだ。

 余談になるが、この当番に関しては毎回、協会長による適当かつ均等で平等になるように配置してある、らしい。

 二人が協会に着く頃には、中はすでに多くの魔術師で溢れていた。

 その全員が見つめているのが、入って直ぐの掲示板に張られている『物質転送陣当番表』である。

「どう、見える? セイカ」

「なんとか。ああ、今回レムは当番外れてるみたいだぞ」

「お、ラッキー。セイカは?」

「えーっと……うわ、キャルバントに大当たりだ」

嫌そうなセイカの声に、レムラシードは思わず苦笑した。

キャルバントは、アルスバルトの中でも三番目に大きな街で、海に面した土地柄、様々な国の船が行きかい貿易も盛んなのだ。

よって、この街をつなぐ転送陣の担当は、毎回えらい量の荷物を(さば)きながら、協会への依頼もこなさなければならないのだ。

「まあ、頑張れ。でも、セイカって最近階級上がったでしょ? なら、ちょっとくらい無理できるようになったんじゃない?」

「簡単に言うなよ、相手によってはえらい気ぃ使うじゃん」

 肩をすくめるように溜息をついたセイカに、レムラシードはなんとか当番表を見ようと、飛び跳ねたり、つま先立ちで伸び上がってみたりするが、何人かの頭一つ分抜きん出ている人の後ろ頭しか見えない。

「で、結局セイカの相手って?」

「ロマ=ウェンデル、協会長様のお名前が真横にありましてございました」

「――――ご愁傷さま」

 

 今週一週間、協会内一番の権力者と組まざる終えなくなった従兄弟(セイカ)に、レムラシードは精一杯の哀れみの視線を送った。

 

* * *

 

同日、十の刻。

「注目! 今暇な人は手を挙げて」

 唐突なロマの声に、執務室にいた魔術師たちは戸惑いながらも手をあげていった。その中には、当番を外れたレムラシードもいた。

 ロマは、手をあげていった面子を数え、見回しながら、手に持っている何枚かの紙を見比べた。

「う〜ん、よし。一斑のアウセディス君たちは、二班のメンバーの誰かしらが戻り次第、共同でこの依頼を。四班のリギスさんたちは、この細かい依頼を三つ同時にお願いします。そして五班のレムラシードさんたち――ってそうだ、五班は君以外手が空いてないんだった……じゃあ、セイカ君が戻り次第この依頼をよろしく。えーっと、これで全部だね。よし、今日もよろしく」

 手際よく依頼書と、魔術使用許可申請書を手渡していったロマは、にこやかに笑いながら使用許可証を背後の棚から取り出した。

そして、それを受け取った瞬間の皆の顔は様々だった。

ある者は落胆に肩を落とし、ある者は苦笑しながら依頼書を見つめる。レムラシードは、前者だった。

協会長であるロマが皆に与える仕事は、三通りある。

一つ目は、重要性があり、尚且つ緊急を要するもの。

 二つ目は、重要性はさほど無く、魔法が使えれば解決が早いもの。

 三つ目は、一定の顧客により頼まれるものだ。

 もちろん例外もいくつかあるが、そういったものは大概ロマ自身か、手の空いている階級の高い魔術師が請け負うようになっている。

そもそも例外自体が珍しいので、大体は協会にいる魔術師たちの階級と、ロマの気分と諸々によって振り分けられていくのだ。

 ふと、依頼書を読んでいたレムラシードの目が、ある部分で止まった。

「あの、協会長……?」

「なんだい?」

「私とセイカへの依頼って、鳥の玉子を、取りに行くだけなんですよね?」

「そうだね」

「何で、『要・鎧等の防具』なんて記載があるんですか?」

 嫌な予感で、背中に冷や汗が流れるレムラシードに、ロマはさも当たり前のように笑いながら言った。

「だって、取ってきて欲しい玉子が、岩風見鶏の金の玉子だからね」

 

 

 

「岩風見鶏の金の玉子!?

「そう」

 レムラシードは、セイカが転送陣の当番から執務室に戻ってくると、すぐに依頼の内容を話した。そして、彼は先ほどの反応の後、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。

「岩風見鶏、ってあの?」

「そ、あの」

「羽がものっすごく固くて、そのくせ肉は美味くない、あの?」

「そう」

「くちばしがむちゃくちゃ尖ってて、岩とか軽く貫通してくるあの?」

「そう。セイカがよく蹴られて泣かされてた、あの岩風見鶏だよ」

 セイカの追求に、レムラシードがニヤニヤしながら返すと、彼は真っ赤になってそっぽを向いた。

 岩風見鶏は、その名の通り岩場に住む鶏のような鳥で、風が吹くとその場でくるくる回っている事から名を付けられた。

 なぜ風が吹くと回りだすのかは分かっていないが、彼らの硬い羽と、三年に一度産む金の玉子はこの国ではあまりにも有名だった。

 ちなみに、金の玉子は味も最高級ながら、殻の金も鉱脈から取れる普通の金より高価だとされ、代々王族の装束品に使われているのだ。

 よって、様々な冒険者がそれを狙って岩山に挑みに行くのだが、大抵の人は意外に凶暴なあの鳥から様々な反撃を食らい、逃げ帰ってくる。

 それを知っている街の人々は、金の玉子を産む頃合いを見計らい、協会に依頼を出すのだ。

 今年は、運悪くレムラシードがそれを引き当ててしまい、セイカは、半ば強制でそれに巻き込まれる事になったのだ。

「んで、金の玉子をどうしろって?」

「取れるだけ取って来いって」

「――――協会長は、時々鬼だな」

「何言ってんの、あの人はほぼ毎回鬼だよ」

 そう言いながら、大机に突っ伏したセイカに、レムラシードは溜息と共にそう吐き出した。







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