2005.バレンタイン企画
+結城夫妻のバレンタイン+


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by 戸田采女

1 たーちゃんの人生相談

 二月の初旬。惣一郎@バー帯刀

「はあぁぁぁぁ…」
「いや〜ね、惣ちゃんたら。さっきから何回め?」
「なにがぁ?」
私は磨き抜かれたカウンターに突っ伏し、空になったグラスをカラカラと揺すった。
「特大のため息よ」
「まま〜、おかわり〜」
「いやだわあ、このひとったら。場末のスナックで酔いつぶれる、オ・ヤ・ジって感じ」
「おまえこそなあ、語尾に花を散らすようなしゃべり方、やめたほうがいいぞ。他の客が逃げる…」
「ふん、今さらよ。そんな情けない顔して、何ひとに説教してんのよ。ほら、薄めに作っといたわよ」
「お、さんきゅ」
何のかんの言っても幼稚園時代からの竹馬の友。
憎まれ口をタタキながらも、たーちゃんはおかわりを作ってくれた。
「それ飲んだら、さっさと帰りなさい。右近ちゃん心配してるわよ」

「はあぁぁぁ」
今一度、とどめのように溜息を洩らし、私は両手で頭を抱えた。




 こちらへ通いなれた読者の皆様には、私のため息の理由は大体察しがつくだろう。言わずと知れた、私の麗しき新妻、右近のことだ。

 六年越しの片思いをやっと実らせ、昨秋ついに『結婚』にこぎつけた。春に告白して半年後の快挙だ。それも周囲の(特に右近の親族)反対を押しきり、まさか年内に右近との新生活が始まるとは、美味しすぎて眉に唾する思いだった。

 この正月は夫婦水入らずの元旦で盛り上がり、身体も心も日に日にしっかりと結ばれて…と、喜びを噛みしめる毎日だったのだが。

 ほら、私たちが恋人として『付き合っていた』期間は去年の春から秋まで。

 考えてみれば、クリスマスもバレンタインも、恋人同士のらぶらぶイベントは一切通過しないまま、結婚してしまったわけだ。ちょっと悔しいと思いませんか?

 そりゃあ、知り合ったのは右近が18歳の時だが、右近は院を終了するまでずっと私の生徒だったわけで…ふん、そういえば義理チョコすらくれたことがなかったな。

 おまけに和風な家で育った右近は、私とはイベント感覚が相当ずれている。迎春準備は健気なくらいせっせとしていたものの、去年のクリスマスは悲惨だった。

 12月の半ば、特大のツリー(本物)と飾りを買って帰ったら、リビングで右近がTVを見て泣いていた。何事かと画面を見れば、ずらりと居並ぶ白小袖に浅葱の裃。『太夫っ』とくれば、忠臣蔵のラストシーンのようだ。

『あら楽し思ひははるる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし』

 大石蔵之助の辞世の句を右近も一緒に呟いている。

 余韻に浸る間、邪魔しちゃいかんと私は遠慮していた。ツリーを抱えて立っているのも辛かったが、音楽とクレジットが消えるのを待っておずおずと声をかけた。

「た…ただいま」
ようやく私の帰宅に気付いた右近は、慌てて涙をぬぐってリビングの入口を振り返った。
「あ…おかえりなさい」
私はただいまのキスをしようと、ツリーをごとごとひきずって右近に近付いた。
「…それは?」
「何って…クリスマスツリーだよ。そろそろ時期だから飾ろうと思って」
「…うちはデパートじゃないですけど」
まじで小首をかしげる右近。

 何か噛み合っていないおかしさはこの時点で感じていた。

「デパートぢゃなくたって…一般家庭でもツリーくらい飾るだろう?」
我が家はずっとそうだった。
家政婦の富士子が腕を振るった、チキンの丸焼きに色とりどりのオードブル、シャンパン、ブッシュドノエル。ツリーの下にはプレゼントの山。

 それがあたりまえの風景だと思っていたが。

「うちはね、そういう西洋かぶれな祝い事は一切しないんです」
さっきまで忠臣蔵でうるうるしていたくせに。
右近は唇の端でクールに笑うと、あっさり言い捨てた。
「日本人なんだから。何でもかんでも西洋の真似をするのは如何なものかと」
「い、いや、何でもかんでもというわけでは…」

 お、おまえはほんとに戦後生まれの二十四歳か?!

 まるで鹿鳴館に眉をひそめる、明治の年寄りのような台詞をはかれ、私はただただ呆気にとられていた。

 それなら何でおまえは英語が話せるんだ、それも私より上手に?!と突っ込みを入れたくなったが、それなら右近が三回生のとき、答えはもらっている。敵を知るには敵の思考回路を知ること。言語と文化がわからにゃ話にならないそうだ。さすが褌も自分で締められる、あっぱれな日本男子ぶりだ。(「初春や…」裏参照)

 それはそれで賞賛に値することではあるが…。

 何もそんなにカタイこといわなくても…クリスマスはもはや日本に定着したお祭りだよ。楽しいことは取り入れたっていいじゃないか? おまえももっと広い心をお持ちよ、と包容攻めぶりを発揮しようとしたが、あえなく空振り。

 あくまでもイヤそうな表情を崩さない右近に負け、私は哀れなツリーをごとごとと『バー帯刀』に運んでいった…。

 それが去年のクリスマス。

 年が明けて一月も下旬となれば、そろそろバレンタインのディスプレイが目につき始める。街を歩けば、ふとお菓子屋のウインドウの前で足を止めてしまうのだ。

『欲しいなあ…右近ちゃんからのチョコレート』

 ウインドウ越しに物欲しそうに眺めていると、店員たちが怪訝な顔でこちらを見て囁き交わしている。慌てて極上の笑みを浮かべ、私はさっとコートの衿をたてて行き過ぎた。

 愛するふたりの最大のイベント。

 バレンタインを一度も経験しないまま、右近とふたり、まったり爺になっていくなんて。

 そ…それはあまりに寂しいではないか。

 今夜もこうして、幼馴染みの「たーちゃん」のもとで、つい愚痴のひとつも言いたくなってしまうのだった。




「そうちゃんも小さい男ね!」
「なにい?!」
「右近ちゃんからチョコレートが欲しいとか何とか…女々しいこと言ってんじゃないわよ!」

 他の客が引き上げたのをいいことに、帯刀はいよいよ本音をぶちかまし始めた。
「男同士なんだから、チョコなんかどっちからあげたっていいじゃない」
「え〜でも、そういうのは普通、受けのほうから…『こ、これ…』っておずおずと差し出すのがいいんじゃないか…」
「げえ〜、砂を吐くようなこと、言わないでちょうだいっ!」
帯刀はぺっぺっと唾を吐く真似をしながら、大きなガタイを震わせた。
「じゃあ、おまえならバレンタインはどんな風に過ごすんだよ」
「あたし?」
「おう」
言ってみな、とばかりに私が顎をしゃくると、
「そうね。あたしがそうちゃんの立場だったら、金に糸目をつけず高級ホテルのスイート借り切って、朝までばっちり御奉仕よ!」
「食事はどうするんだ?!」
「そんなの、たらふく飲んで食べたら、後で身体が重くってかなわないでしょ。一回戦終わってから軽くルームサービスでいいじゃない」
「かぁぁぁぁ…」
帯刀のあまりの現実主義者ぶりに、私はふたたびカウンターに突っ伏した。ベッドインまでのムードもへったくれもないじゃないか。
それを見透かしたか、
「ふふん…ムードで盛り上げようなんて、ナニに自信のない男の言う台詞ね」
「た”ーちゃん……」
何だい、そのこれみよがしな腕組みは。
斜上から見下ろすのはやめてくれ。
「そうちゃんもね、グチャグチャ言わずに、一回右近ちゃんが昇天するほどやりまくればいいのよ。そうすれば、来年からは黙ってても『おずおずと』チョコレートが出てくるわよ、おほほほほ…」
「…おのれはケダモノか」
右近が聞いたら憤死するぞ、と言いかけたところ、
「そうちゃんね、右近ちゃんの顔色伺いすぎ」
「…さ、さいでございますか」
私は完全に脱力してカウンターに突っ伏した。

 ああ、さっきから痛い所にぐさぐさと、これでもかと五寸釘を打ち込んでくれるわ。

「何だったらあたしが今からホテル、予約してあげましょうか?」
これ見よがしに携帯を取り上げるたーちゃんに、
「いいよ…あとで自分でやるから」
投げやりに呟くと、ポケットを探って財布を取り出した。
カードを取り出してぽいと渡すと、
「いいわよ。今夜はあたしのおごり」
たーちゃんはでっかい目でウインクをしてよこした。
よく考えれば自分のボトルで飲んだだけなんだけど…。
「じゃまたな」
礼を言うのもしゃくな気がして、私はコートを羽織ると黙って店をあとにした。

つづく






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