十六の巻「赤い月」2
木立の中

(三郎視点)


by 戸田采女
 川岸から少し離れたあたりに、誠之進が大きめの樫の木を見つけた。
「あの根元なら二人で座れそうですぞ…」
普段落ち着いた低音の、誠之進の声が弾んでいる…。

 三郎は何と応えて良いかわからず、ただ羞恥に頬を染めてうつむいた。


***


 誠之進と初めて枕を交わしてから二ヶ月。以来、ふたりの逢瀬は二度あるかないかだった。

 健康な男子として身体はそれなりに成長していたが、去年の秋まで春画すら見た事がなかった三郎は、はっきりいって晩生だった。

 もっと以前からおぼろげな自覚はあったが、誠之進をはっきりと性の対象として意識し始めたのは、内藤邸で例の枕絵を見せられてからだ。

 藩校時代も念友など作らなかったという誠之進。初めは十一も年下の、弟のような自分など相手にしてもらえぬと思っていた。だが、早春のあの日、誠之進から想いを打ち明けられ、その後、少し時を要したが、ごく自然な流れでふたりは契りを交わした。

 男同士が何処を使って愛しあうか…。頭ではわかっていたつもりだったが、やはり三郎にとって初めての夜は衝撃だった。

 慈しむような暖かい鳶色の瞳が、情欲に濡れていた。

 幼い頃、肩車をしてくれたり、頭を撫でてくれた優しい手…。大好きな誠之進の手。

 あの夜は、同じ手が三郎の身体をくまなく這い回り、狂おしい熱を生んだ。三郎の腰を鷲掴みにして激しく揺さぶった。

 長い指は猥らなほどに優しく、三郎の秘処をまさぐった。

 三郎は戸惑い、驚愕しながらも、自ら望んで誠之進とともに激流に呑まれた。
 
 あの夜、三郎は自分から誠之進の居室へしのんでいったのだ。覚悟はできていたつもりだった。それでも誠之進との初めての夜は、三郎にとっては天地がひっくり返るような出来事だった。

 三郎の知らない誠之進がそこにいた。


***


 一足先に樫の木に辿り着いた誠之進は、せっせと石や枝を退けていた。
「これでよろしかろう…草も生えておりますゆえ、座っても痛くはありませぬ」
樫の木にもたれるようにして地面に腰を降ろし、具合を確かめていた。

 三郎は誠之進の傍まで歩みよったものの、はて、これからどうしていいのかわからない。

 誠之進は大小を腰から外して脇へ置くと、三郎に手招きした。

「若…こちらへ」

 優しく笑みを浮かべながらも、口調は有無を言わせぬものだった。

 三郎は磁石に吸い寄せられるように、胡座をかいた誠之進の眼前に立った。

 誠之進が膝立ちになり、三郎の脇差を鞘ごと抜き去った。脇差をそっと草の上に置くと、今度は袴の紐を解いて脱がせた。三郎は無言で誠之進の動作を見つめている。促されるままに後ろを向くと、今度は器用に帯を解かれる。今日は暑かったので、単衣の着物の下は下帯しかつけていない。

 誠之進は立ち上がると、三郎の背後から手を回して長着の襟に手をかけ、背中からするりと脱がせた。露になった肩や背中に誠之進の視線を感じる。着物が軽い音をたてて下草の上に落ちた。

 三郎は恥ずかしさから振り返ることもできず、身を固くしていると、背後で誠之進が着物を脱ぐ音が聞こえた。衣擦れの音が止んだ時、後ろからふわりと抱きしめられた。

 肌と肌の触れあう感触に、三郎の身体のあちこちにさざ波が起こった。項を誠之進の唇が這っている。胸が高鳴り身体中が脈打ち始めた。尻に押し当てられた誠之進の屹立は、早くも固く張り詰めていた。今日はさすがに余裕がなさそうである。

「誠之進…」

 最初の夜も、この前も、行為の最期は激しかったが、誠之進はいつも己の欲望を抑えに抑えて、三郎が蕩けきるのを待つ。三郎が痛みでなく快感に泣くまで、辛抱強くその時を待った。

 求められていると同時に、大切にされているのがわかった。誠之進以外の肌を知らない三郎だったが、如何に激しく攻められても、愛されていることが本能でわかった。

(ならば…今日は私が…)

 誠之進を気持よくしてやりたい…。口に出して言えることではなかったが、三郎は幼いながら自分も誠之進に何かしてやりたいと思った。

 三郎はごくりと唾を呑むと、意を決して誠之進と向き合った。

「誠之進…、そこへ座れ」

 いきなり命令口調の三郎に、誠之進は鳶色の瞳を見開いた。何が起こるのかと怪訝そうである。

「そこへ着物を敷いて座れ」
「はい…」

 いきなり主導権を握られて戸惑いながらも、誠之進は三郎の言葉に従った。下草の上に敷いた、自分の小袖の上に胡座をかく。

「これで、よろしゅうござりますか?」
と、問うような眼差しで三郎を見上げた。

 三郎は高鳴る心臓を持て余しながらも、胡座をかいた誠之進の前にひざまずいた。

 (誠之進がいつもしてくれていることだ…、怖気づいたりはしないぞ…)

 三郎は己を鼓舞しながら誠之進の下帯に手をかけた。しかし、自ら男の下帯をはぎとるのはあまりに猥りがわしい気がして、一瞬羞恥で手が止まった。

 誠之進は三郎の意図を察したようだ。初めはまさかという顔で目を剥いていたが、やがて目元を嬉しそうに和ませると、
「…どうなさいました? 解き方が分りませぬか?」
「た、たわけ…、存じておる」
誠之進の手にのせられたのは百も承知だったが、売り言葉に買い言葉。三郎は俯いたまま黙々と誠之進の下帯を解くと、白い布の下から目を見張るほど立派なものが現れた。

 木陰とはいえ、明るいところで他人のそれを見るのは初めてだった。思わずまじまじと見入ってしまう。雄々しく天を向くそれは、三郎の未熟なものとは似ても似つかない、大人の牡の象徴…。こんな凶器が己の身体の中に収まったとは、信じ難い思いでいっぱいだった。

 自分からしかけたくせに、三郎はここへきてすっかり戦意喪失していた。

「どうなされましたか…?」
誠之進の前にへたり込んでいると、やさしく頬を撫でられた。誠之進は三郎の心の揺れを読んだのか、くすりと笑みを洩らした。
「…若、ご無理をなさらずとも結構です…。なれど…」
三郎が思わず目で問い返すと、
「少しだけ…触っていただけませぬか?」
三郎の手をとっておのが股間に導いた。

 乞われるままに、恐る恐る誠之進の屹立に触れた。ゆっくり握り込むと、手の中でぴくりと震えた。反応があったのが嬉しくて、三郎は指をからめて上下に扱き始めた。

 自分でするのにも、そう慣れているわけではない。多分、目眩がするほど下手なのだろうな、と三郎は唇をかんだ。こわごわと誠之進の表情を伺う。

 すっきりとした鼻梁の端正な顔が、瞼を閉じ、わずかに仰のいている。形の良い唇からかすかに息が洩れていた。

(…心地よいのか、我慢しているのか、ようわからぬな…)

 迷った三郎の手が止まると、
「…どうなされました?」
誠之進が目を閉じたまま呟いた。
三郎が黙ったままでいると、誠之進の瞼が開き、鳶色の瞳が三郎の目の奥を覗き込んだ。
「…わからぬのだ」
「何が、でござりますか?」

 そなた、これで感じるのか、などと口に出して聞けるわけもなく、三郎は誠之進のものを握ったまま、ひたすら俯いて頬を染めた。

「…ではお手本を」

 三郎の考えていることなどお見通しなのだろう。誠之進はさも嬉しそうに微笑み、三郎の下帯に手を伸ばし素早く取り去った。
「ここへ、おいでなされ…」
言うと同時に三郎の腰を掴んで己の膝の上に引きあげた。
胡座をかいた誠之進の両足の上に、向かい合わせに座らされた。必然的に足は大きく開かされ、二人のものが触れあう形となった。

「誠之進!」
ふたつのものが寄り添う姿があまりに卑猥で、三郎は思わず頭を振った。
誠之進は有無を言わさず、三郎の背を片手で引き寄せると、
「や、ああっ…」
もう片方の手で三郎と己のものを重ね合わせるように包み込んだ。

 敏感な部分同士が触れあう、えも言われぬ感触に、半勃ち状態だった三郎のものが一気に張り詰めた。
先端から溢れる液が適度な滑りを提供し、誠之進が胡座をかいたまま腰を前後させると、三郎の身体中に震えが走った。たまらず誠之進に倣って自分も腰をうごめかせる。

「う…うんっ…あっ…」

 気持ちよすぎて、どうにかなりそうだった。
誠之進のものと自分のものが寄り添って動いている…。時々外れそうになると、誠之進が手を添えて元に戻そうとした。そのとき親指の腹で、三郎の先端をついでのように撫でていくのがたまらない。一瞬で指が離れていくのがもどかしく、つい懇願するように誠之進を見てしまった。

 誠之進は何も言わずに三郎を見つめ返してくる。三郎が言葉にするのを待っている。

「誠之進…っ」
たまらずに腰をすりつけると、
「どうなさいました…そんな目をして…」
自分も息があがってきているくせに、誠之進は片眉を上げてわざとらしく尋ねた。

「誠之進!」
ほとんど悲鳴のような声がでた。さっきのように触れてほしいのだ…。わかっているくせに…。

 これ以上知らぬふりをされたら、肩に噛みついてやろうと思っていた。

「ここが…よろしいのですか?」
誠之進は笑いを含んだ声で囁くと、三郎のものを握りしめ、先端のくびれを親指でゆっくりとこねまわした。

「あっ、ああ……んっ、んっ……」
人気のない木立の中。普段より歯止めがきかなくなっていた。誠之進の愛撫にも容赦がなく、三郎も堪えても堪えても甘い声が洩れてしまう。

「せ、誠之進っ…」
両足を開いて誠之進の腿の上に座らされたまま、三郎は腰をくねらせていた。不安定な姿勢が辛くて、誠之進の首に両腕を回してしがみつく。

 限界まで高められ、大腿が小刻みに震え始めたとき、すっと誠之進の手が三郎の屹立から離れた。
「やっ……、あ、ぁ……」
抗議の声をあげかけたところ、今度は誠之進の指が下から無防備な蕾を狙ってきた。ふたりの体液でぬめりを帯びていた指は、楽に奥まで侵入を果たした。敏感になった三郎の躯は、指の節目の微妙な太さの変化まで感じ取ってしまう。

「はっ…ううっ……っ」
すでに二度の逢瀬で三郎は後ろの快感を憶えつつあった。三郎の菊座はおののきながらも貪欲に誠之進の指をくわえこんでいた。直視できぬほどの浅ましさに、三郎は涙を滲ませながら頭を振った。

「い、いやだ…、こんなの…」
「これでは…足りませぬのか?」
「ちが…うっ、ああっ…」
耳元に熱い息がかかり、指がニ本に増やされた。三郎は膨れ上がる圧迫感に喘いだが、二本の指は三郎の内部でうごめき、早くもやわらかく蕩けた秘肉をかき回す。たまらなくなって誠之進の肩に頬をすり寄せると、長い指が狙いすましたように三郎の弱い箇所をじんわりと押した。

「そ…そこはっ…あ…」
内側から襲ってくる強烈な快感に、三郎の内股が痙攣した。
同じ場所を何度も指の腹でこすられ、
「誠之進っ、ひっ、あ、ああ──ッ」
急激に昂った三郎はあられもなく叫び、誠之進の腹に白濁した液を打ち付けた。

 躯が小刻みに痙攣し崩れそうになるのを誠之進の腕が支えた。
誠之進ももう限界なのか、三郎がまだ荒い息をしている間にも、今し方放ったものを菊座に塗り込めている。
「この上に…ゆっくり腰を降ろしてごらんなされ…」
誠之進の両手が三郎の腰を掴み、猛り立った先端の上に導いた。
三郎も放ったばかりだというのに、誠之進が屹立を擦り付けると、菊座はさらなる刺激を求めてはしたなく蠢いた。

 恥ずかしくて堪らないのに、躯は誠之進を貪欲に求めていた。三郎は涙をこぼしながら、促されるままに誠之進の屹立の上にゆっくりと腰を沈めていった。

 指とは比べ物にならない質量に、三郎は一瞬辛そうに顔を顰めた。
「誠之進っ…、くるし…い」
「…息を詰めてはなりませぬ…ゆっくりでよろしいの…です…」
「う、うん…」

 先端の太い部分が入るまで、引き裂かれそうな痛みに襲われる。なれど、その後は…。三郎の躯が憶えていた。

「っは……ぁっ……」
えらの張った部分が通過すると、三郎は大きく息を吐き出した。その間に誠之進が注意深く奥まで身体を進めた。
「ああっ…あん…」
「三郎…ぎみ…」
かすれた声で切なげに、誠之進が三郎の名を呼んだ。

 結合を果たし、鳶色の眸が歓喜に潤んでいた。相手も感じているのだと分り、三郎の胸がじんわりと熱くなる。これくらいの痛みは何でもないことのように思えた。はやく動きたいであろうに、誠之進は三郎の項や肩に唇を押しあて、躯が慣れるのを待ってくれている。

「誠之進…っ」
慕わしさに突き動かされ、誠之進の首にしがみつくと、反射的に菊座が打ち込まれた楔を締め付けた。己の内壁で感じた形の生々しさに、三郎は思わず背筋を震わせて喘いだ。

「うっ…三郎ぎみ…っ」
自制も限界を超えた誠之進が、胡座をかいた足を崩すと、精悍な腰使いで三郎を突き上げた。
「 ── っ!」
一瞬息がとまるかと思った。抱き縋って乾いた悲鳴をあげる。
誠之進は愛しさが暴走したかのように、両手で三郎の腰を掴み荒々しく上下に揺さぶった。
「ひっ、あ、ああ……ッ」
慣れない角度に悲鳴をあげ、三郎が何度も許しを乞うと、誠之進は腰の動きを加減しながら、再び勃ちあがった三郎を手で慰めた。ねっとりと前後から責められ、三郎は身を捩って洩れる声を堪えた。

「三郎ぎみ…」
誠之進が親指の腹で巧みに三郎の先端を愛撫する。痛いほどに張り詰めたそこは、涙を流してしなっている。

 こんな快感は知らない─。

 こんなことを憶えたら、自分はいったいどうなってしまうのだろう。

 恐い…。

 ふたたび誠之進の腰の動きが激しくなった。三郎は肩にしがみついて、激しい突き上げに耐えた。つい先程まで痛みに呻いていたはずが、いつしか快感との境目がわからなくなる。
「あっ、……うぅん……ああッ……」
甘えたような三郎の善がり声が、木立の中に吸い込まれていく。

 (誠之進っ……)

 頭の中が真っ白に灼きついていく。

 根元まで打ち込むように誠之進が腰を使った。

 繋がった部分から脊髄へと甘い震えが走る。

「誠之進っ、も、もうッ……あああ……っ」

 激しい絶頂感に襲われ、三郎は愉悦の悲鳴をあげて仰け反った。


つづく




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