「桜狩」1.5前編

by 戸田采女


 「誠之進、あの木か?!」
瑞々しく弾んだ声音で、三郎が山の中腹にある大樹を指差した。
「はい、あれに間違いござりませぬ」
三郎はこぼれるような笑みで、
「ならば、あそこまで競争じゃ!」
ひと声叫ぶと身を翻し、一気に斜面を駆け上がっていった。
「若!足下に気をつけなされ!」

 まるでどこぞの爺やのような台詞だな…。

 守役の誠之進は苦笑しながら、軽やかな足取りでやんちゃな主人の後を追った。




 「ほんに…見事な桜じゃ…」
「文吉の話では、樹齢はゆうに百年を超えるそうです」
折しも山桜の老木は満開で、ほんのわずか萌葱色の葉がのぞきはじめていた。
主従は大樹の下、天蓋のように四方に広がる枝を見上げた。
伸びやかな枝は薄紅色の花で被われ、暖かい春風が吹き抜けるたびに、はらはらと雪のごとく花弁が舞い落ちた。

 心がしっとりと洗われるような、春の情趣に溢れていた。




 藩主三男・三郎信尭の守役、誠之進は筆頭家老・溝口主膳の嫡男だ。この山林近くに溝口家の山屋敷がある。誠之進は子供の頃何度もここを訪れ、弟の慶次郎や下男の文吉と山に分け入って遊んだものだ。成人してからは誠之進が山屋敷を訪なうのは絶えて久しかったが、堂々たる桜の老木は当時と変らず、色とりどりの花が妍を競うなか、ひときわ存在感を際立たせていた。

 誠之進は三郎にもぜひ一目、この木を見せてやりたかった。

 溝口家の山屋敷では、本日から桜狩と称して、藩主・信輝公をはじめ、主だった重臣とその室を招いていた。昼前に到着した一行は屋敷でもてなしを受けているが、誠之進は早速三郎を連れて、ふたりだけで野駈けに出た。

 主従には秘め事があった。

 誠之進は三郎の側近だが、今回はもてなす側の溝口家の嫡男として、昨日から山屋敷に赴き、父や弟とともに準備に余念がなかった。

 昼前に一行が到着し中食を済ませると、誠之進は庭に出た三郎にそっと耳打ちした。
「この先の山に、見事な桜の大樹があります…ふたりで見に行きませぬか?」
これが何の合図かは、三郎も十分承知している。
人目を忍ぶ恋仲のふたりは、同じ屋敷に暮らしながらも、気の向くまま逢瀬を楽しめるわけではない。

 三郎は期待にほんのりと頬を染めて、無言でうなずいた。




 桜の幹に三郎の背を押し付けるようにして、誠之進は両手で三郎の頬をやさしく包んだ。すでにしっとりと潤んだ瞳で三郎は誠之進を見つめる。ふたりはどちらからともなく唇を寄せ、口を吸い合った。

 三郎は十六歳。元服を来年に控え、文武をよくする、涼し気な目もとの少年武士である。頬のあたりの丸みはとれ、子供子供した面影は薄れていたが、人恋し気な瞳と、ふっくらした桜色の唇が、今でも幼少のみぎりの愛らしさを残している。

 誠之進は三郎の柔らかい唇を、己が唇で愛おしむように味わった。三郎も誠之進の広い背中に、そっと両手を回してこたえる。誠之進が舌を差し入れると、初めはおずおずと迎え入れるのだが、覚えの速い弟子は、すぐに誠之進の真似をして大胆になる。

 いつの間にか三郎の腕が誠之進の首に絡み付いていた。納戸色の着物のそで口から白い腕が露になっている。決して柔弱ではない、しなやかで若々しい張りに満ちた腕に、誠之進は唇を押し当てたい衝動に駆られた。

 誠之進はいったん口を吸うのをやめ、右手で三郎の手首を軽くつかんだ。
「誠之進?」
問いかける瞳に笑いかけ、そっと前腕の内側に口づけた。柔らかく唇を押し当て、軽く肉を咬む。そのまま肘から二の腕の内側へと這い上がれば、三郎の身体がかすかにこわばった。半ば閉じた睫がかすかに震えている。

 「いかがされました?…そのように息を詰めて」

 聞かなくても本当はわかっている。腕の内側の柔らかい部分で、三郎は感じてしまうのだ。もう、三郎の躯はくまなく探索し、どこが弱いのか、誠之進は知り尽している。

 「誠之進…」
三郎のもう片方の手が、誠之進の肩をきゅっとつかんだ。先へ進んでほしいと黒目がちの瞳が訴えていた。




 「はっ…あうっ…」
襦袢ごと、三郎の着物の袷が大きくはだけられ、誠之進の頭が胸元で蠢いている。三郎は背中を幹に預けるようにして、桜の木の根元に座り込んでいた。誠之進はさきほどから丹念に胸の飾りを唇で愛撫している。三郎の息はあがり、象牙色の肌は花の色を映したごとく、ほんのりと染まっていた。

 誠之進が袴の上から触れると、そこは固く張り詰めていた。

 「若、袴をお脱ぎなされ」
誠之進は言いながら、すでに紐を解き始めていた。三郎もなすがままになっている。紐を解き、足から引き抜くように脱がせる。長着の帯はそのままに、誠之進は三郎の裾を大きく割った。

 窮屈そうに下帯を押し上げるものを、布越しに甘咬みする。三郎は唇をひき結び、鼻にかかった息を洩らした。三郎とて慎みはある。ぎりぎりまで声をあげまいと堪えているが、若い躯は誠之進の与える少しの刺激にも敏感すぎるほどに応えてしまう。


 三郎が、誠之進はずるいという。

 三郎をこんな風にしたのは誠之進だという。

 誠之進は反論しなかった。

 三郎が溺れるよう仕向けたのは自分だ。

 誠之進なしではいられなくなるよう、あらゆる手管を駆使して三郎を歓ばせた。

 三郎は、自分ばかりが際限なく誠之進を好きになっていくという。

 だが、このかわいらしい主人は知らない。

 虜になっているのは誠之進のほうだということを一。

 誠之進が三郎なしでは夜も日も明けぬことを。


 下帯を脇へずらし、露になった三郎の屹立を前に、誠之進はかしずくように跪いた。まだ大人になりきらぬ薄紅色の刀身が天を向いている。誠之進は唇を寄せると、裏筋をていねいに舌で行き来した。三郎は鼻にかかった喘ぎをもらしながら、両手を誠之進の肩にあずけ、時折強い木綿の着物ごとぎゅうと掴んだ。

 雪解けとともに領内で用水路の普請が始まり、視察に出た誠之進は、今月始め以来ほとんど西の丸にはいなかった。三郎との逢瀬もほぼ一月ぶりである。

 花見どきの陽気に誘われたのもあるだろう。今日はひたすら優しくしたい。激しく突きまくって泣かせるのもいいが、三郎を夢見心地のままいかせてやりたい気分になった。

 尖らせた舌先で先端をつつき、滲み出た密をすくいとる。
「っ、あん……っ」
焦らすような舌使いでなめあげると、三郎は耐えがたげに背を反らした。
ちらりと見上げて三郎の表情をうかがえば、半ば閉じた瞼の隙間から誠之進を見下ろしていた。黒目がちの瞳は膜がはったように熱く潤み、三郎は吐息を弾ませて、無言で行為の続きをねだった。

 誠之進は三郎の昂まりをすっぽりくわえ、きつく唇で挟んで幹を扱いた。
「あ、誠之進…っ」
急に強く吸われ、三郎は慄いて腰を引こうとする。
だが、後ろには桜の木があるのだから、逃げられはしない。
木と誠之進の間に挟まれて身悶えする三郎に、誠之進はひたすら奉仕し、追い上げた。
「や、あんっ……ん」
限界まで張り詰めたもに舌をからませ、口の中でさんざんに嬲ってやる。
三郎は快感のあまり涙を滲ませ、
「も、もう……っ」
誠之進と目を合わせながら、三郎は上ずった声で歓喜の嗚咽を洩らした。
泣き出しそうな蕩けきった顔を、今しばらく見ていたい気もしたが、

(…何度でもしてあげますよ)

 誠之進は放出を促すべく、屹立の敏感なところに優しく歯をあてた。

「ああっ一一一」
ひときわ高い叫びとともに、三郎の指が誠之進の肩に食い込んだ。
三郎はびくびくと細い腰を震わせながら、誠之進の口中にしたたかに精を放った。


つづく


「桜狩」1「桜狩」1.5後編
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写真は「noion」さんからお借りしています。


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