三十二の巻
『無題』1

(右近の妄想が炸裂しています。G注意報)

by 戸田采女

1 右近

 
 中屋敷を訪なった日の夜、右近は寒気がすると偽り早々に床についた。それはいけませぬなと、老僕が火鉢に新しい炭を入れ、粥などこしらえていった後、ようやくひとりになった右近は深い溜息を洩らした。

 右近はかい巻きの下、胎児のごとく身体を丸めて横たわっている。有明行灯の火影を見つめながら、誠之進の表情や言葉のひとつひとつを思い出していた。

 惣一郎との関係がとうとう誠之進の知るところとなった。

『まさか…まことではあるまいな?!』

『男同士で契るなど鳥肌がたつといった‥あれは偽りか?!』

『貴公が涙ながらにそう言うから…私はっ』

『触れなんだのは何のためじゃ。私は…ずっとおまえのことをっ一一』

 右近の脳裡には、熱く潤んで迫ってきた鳶色の眸の残像が。

 誠之進にきつく掴まれた肩には、温もりと甘い痛みが残っている。

 誠之進…。

 もしや、もしや十代の頃、三郎に出会う前、おまえは私のことを…。

 愛しく思うていたのか?

 私に言い寄る若侍を片端から退けたのは、

 誰にも触れさせまいとしたのは一一。


 右近は己が肩を両手で抱きしめた。胸底からわき上がる嗚咽を懸命にこらえる。誰に聞かれるわけでもなかったが、ここで泣いてしまえば、今の自分が根底から崩れてしまいそうだった。

 三郎への紅蓮のごとき嫉妬から、ようやく解き放されたかと思っていた。

 江戸へ戻り、惣一郎の手で癒された自分は、もはや誠之進への未練に揺れることはない。誠之進とは金蘭の友として生涯を終えるのだと、つい数刻前までは心静かに決めていたはずなのに一一。

 それが一一。

『触れなんだのは何のためじゃ。私は…ずっとおまえのことをっ一一』

 端正な顔を歪め激情をぶつけてくる誠之進の中に、惣一郎への嫉妬が垣間見えたとき、右近の胸は恐ろしいほどに震えた。
 
 何と言う裏切りだ。

 一方的に愛を受けていた昔とは違う。主従という垣根は決して越えられぬが、惣一郎と自分の間にも、心と心の契りは確かに存在するのだ。それを自分は一一。

 身を切られるような惣一郎への申し訳なさの裏で、熱く潤んだ鳶色の眸を思うだけで、右近は甘い息苦しさに喘いだ。

 『鳥肌がたつ』といった私のひとことで…まさか、己の気持ちを抑えたのか?

 あの十五歳の夏の日から、幾年。

 供に過ごした月日の間、私を…抱きたいと思うた瞬間はあったのか?

 誠之進一一!

 おまえに求められれば…決して拒むことなどなかったのに。


「私も、ずっとおまえのことを…っ」

 好きだった。

 広い肩や背中に触れたかった。

 暖かい胸に抱き込まれたかった。

 長い年月、どれほど焦がれていたか。

 誠之進が男など抱けぬと信じていた頃は、叶わぬことと諦めつつも、胸の中で大切に暖め続けた恋だった。

 されど、あの秋の日。三郎と誠之進、ふたりの花心亭での逢瀬を目撃してからは一一。

                     * 

 右近は奥歯を噛みしめながら、左手で寝巻の裾を割った。下帯を緩め、右手を忍びこませる。

(殿…。お許しくださいっ)

 右近は目に涙を滲ませながら、己が手をそっと幹に絡めた。

                    *

 右近の項にためらいがちに触れ、優しく撫でさすっていった誠之進の手。

 忘れまいと、懸命に記憶にとどめた熱い指先の感覚を、右近はゆるゆると己のものを扱きながら反芻した。大業物の剛剣を握ってびくともしない、がっしりした男の手。

 十四のときから、竹刀を握る誠之進の手をずっと見てきたのだ。目をつぶれば、誠之進の掌、甲、指の節の形までも思い出すことができた。

 その手が自分の肌に触れたなら一一。

 愛おしむように柔らかく触れていくだろうか。それとも…。

(誠之進…っ)

 右近は瞼を閉じ浅く息をつきながら、淫らな夢想に身をゆだねた。

 乾いた大きな手が右近の幹をすっぽりと包みこみ、親指の腹がくびれのあたりを刺激する。焦らすような動きに、右近の先端からまたたく間に蜜が溢れ出た。それを塗り広げるように誠之進の親指は巧みに円を描く。

「あっ…んん…」

 こぼれるように溢れた声を、誠之進の唇が優しく吸いとった。啄むように右近の唇に触れたかと思えば、次ぎの瞬間には唐突に舌が口内に潜り込んでくる。その間にも幹を握った手は休むことなく上下する。速く、緩く、右近の快感を自由自在に操っていく。誠之進のもう片方の手は右近の袷から忍び入り、既に固さを増していた胸の突起を捉えた。

 軽く先のほうを捏ねられるだけで、股間の疼きが耐え難いほど高まっていく。何もかも心得たかのように、右近の幹を擦る誠之進の手は激しさを増し一一。

『右近…』
深く、幅のある誠之進の声が右近の耳の奥で鳴った。

『私は…ずっとおまえのことを』

「誠之進!」

 誠之進を求めて躯が暴走する。

 全てのしがらみを捨て、ふたりで生きることなど叶わぬにせよ、せめて一度だけでも一一。



 かい巻を脇へはね除け、乱れた寝巻を身体にまといつかせたまま、右近は切なく身悶えていた。
「あっ…ん…誠之進…っ」
掠れる声でうわ言のように友の名を呼んだ。
夢中になって己を慰めている右近は、天井の羽目板がわずかにずれた音にも気付かない。

 熱に浮かされ、肌をまさぐりながら股間のものを扱く姿を、天井裏から凝視する影があった。
『ほう…斯様なものを拝めるとは』
眼下で繰り広げられる光景に影は狂喜した。

「はっ…ん…ううっ」
夜具の上、甘い呻き声をあげながら、右近の腰が物欲しげに揺れた。
『たまらぬな…くくっ』
喉の奥で忍び笑いを洩らしつつ、艶やかに乱れる右近を肴に、影もまたひとときの悦楽を貪った。



2 誠之進


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背景は「薫風館」さんからお借りしています。


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