きみの瞳に映るもの 〜目覚めのとき〜



いつも見る夢がある。なだらかな丘を登った先にある赤い屋根の家。

私の大好きな人が住んでいる。

その丘はいつも四季折々の花々に囲まれ、いつも美しい。

春には桜の並木が家までのスロープを彩り、夏には向日葵が咲き乱れる。

夏の夜空の宝石たちは今にも降り出しそうでいつも私を魅了する。

金色の草木が丘を黄金に染め上げる秋は、夕日に染まるその景色の中に揺れるコスモスがとても儚げで幻想的だ。

そして、やがて来る一面の銀世界。

私はこの季節が一番好きだった。

窓から覗く白銀に染まる丘が、朝日を受けて輝くのを見るのが大好きだった。


愛しい人がいる。


振り返ると笑ってくれる。


とてもとても愛している。


切ないくらいに愛している。



――――あなたは、だれ?




+++


朝の光が射し込む眩しさに、陽歌は目を覚ました。


あぁ、またいつもの夢だ。


ゆっくりと体を起こし、窓を開けると、街は街路樹が新緑に色付き始めていた。
緑が風にゆれ、太陽の煌きを受けるのを見つめながら、陽歌は夢の内容を思い出していた。

いつの頃からか良く夢に見るようになった風景には、いつも決まって一人の男性が微笑んでいるのだ。


あの夢の丘は一体、どこにあるんだろう?


夢の中の出来事を思い起こしてみるが、いつもの如く目覚めると彼の顔はハッキリと覚えていない。
思い出そうとすればするほど、霞が掛かったように、記憶に残った僅かな面影すら薄らいでいく。
唇は「あいしている」と動いているのに…彼の声はいつも風に掻き消えてしまうのだ。

それでも決して忘れることが無いのは、彼がいつも太陽のように優しく微笑んでいる事だった。


夢の中では何度も唇を交わし肌も合わせているのに

その温もりも腕の強さも、確かに体が覚えているのに

毎晩夢に見ながらも、陽歌にはそれが誰だかどうしても解らなかった。


あなたは、だれ?


いつの間にか真剣に思い悩んでいる自分に思わず苦笑が漏れる。
夢の中の男性に恋をして、現実の恋が出来ないなんて、誰が聞いてもおかしいと言うだろう。
「いいかげんにケジメを付けなくちゃ」と、心に思ったことを無意識に言葉に出した自分に驚き、大きな溜息が出た。

誕生日の今日、29歳を迎えるというのに、夢に恋をして結婚はおろか恋をする事すら躊躇っている。
いい加減自分にケジメをつけなければいけないと、理性ではそう思っているのに、気持ちとは裏腹に、夢への想いを捨てきれないでいる。

18歳を迎えた頃から時々同じ風景を夢に見るようになり、今では殆ど毎晩のように彼と夢で会っている。
最初は単なる夢だと思っていた陽歌も、いつしかその場所が何処かにあるのだと思い始めていた。

美しい丘。

愛しい人。

まるで誰かが自分を呼んでいるように感じる。

だが、それがどこであるのか、彼が誰なのか、これまでの夢の中で手がかりになるものを得ることは出来ていない。
20代最後の年を迎え、陽歌は現実と夢との狭間で葛藤していた。



前に進みたいのに、彼を忘れられない。

だけど、このままじゃいけない

知りたい

あの夢が何なのか…

どうして夢を見るようになったのか…

その理由を知らなければ、私は前に進む事が出来ない。

窓から吹き込む風の唄が、夢の中の丘を吹きぬけたそれと重なり切ない思いが込み上げてくる。

何故…

こんなにも彼に惹かれるのだろう…




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