茜が静かに部屋を出るのを気配で感じ取る。
追いかけようとは思わなかった。
今の茜を追いかけて無理矢理捕まえても、また逃げようとするのがわかっているから。
腕の中に残った感触とまだ温かいシーツを抱きしめて昨夜の事を振り返る。
細い身体をしならせ、桜色に上気した肌で僕を受け入れ全身で受け止めた茜。
―― 晃…あなたを…永遠に愛してる… ――
何度も何度も繰り返し響くその言葉を、柔らかな絹で包み込むように、大切に胸の奥で抱きしめる。
僕は追いかけないよ。
君が僕を恋しいと何度も思い出し、切なさにその身を焦がすまで。
苦しくて僕がいないと片時も生きていられなくなるまで。
君の心が僕を求めて止まなくなるその時まで僕は待つことにするよ。
それはそんなに遠い日ではないのを僕の心は確信しているから…
その時こそ待っていて。
必ず君を迎えに行く。
ベッドサイドテーブルの引き出しを開け、その中から小さな小箱を引っ張り出すと、中身を取り出し窓から差し込む朝日にその輝きをかざしてみる。
朝日を受けてキラリと光るそれは情熱を映す燃えるような赤い宝石(いし)。
君がこの指輪をはめる日はそんなに遠い日では無いと思う。
箱を引き出しに戻し、サイドテーブルの上に置き去りにされた昨日の名残の桜の枝を取り上げるとその場に茜がいるように語りかけた。
「君は僕の前でだけは泣き崩れていいんだよ。君の弱さも苦しみも悲しみも、僕に預けて楽になって欲しいんだ」
僕の声が茜に届くようにと願って小さな花に語り続ける。
桜の花が茜の笑顔に重った。
最後の時まで凛として毅然と散ろうとする桜のような君。
だけど…僕はそんな悲しい強さを持とうとする君を痛々しくて見ていられない
小さな花がゆれて花びらを散らした。
花はいつか散るものだ。
だがそれを恐れていては何も出来ない。
花をテーブルに放り投げると勢いをつけてベッドから降りた。
カーテンを開け放ち窓を開ける。
朝日をいっぱいに受け、僕たちの進むべき道へ光を引き込む。
世界は光で満ち溢れ、命を注ぎ込むように太陽が暖かな陽射しで包み込んでいた。
大地に命の芽吹く音が聞こえる。
風に命を運ぶ香りが混ざっている。
この世の全てが生きようと精一杯の努力をしている世界に今、君は生きている。
君だけが僕と生きることを諦めるなんて決して許さないよ。
恐れないで…僕を愛する事を。
僕は最後まで君のそばにいる。
君を迎えに行くその時こそ、君の全て抱きしめて未来永劫決して離さない。
例えどんなに短くても、ひと時確かに輝いて燃え尽きる事のできる真実の愛がそこにあるのなら、何を恐れる事があるというんだろう。
肉体は滅びても君の魂は永遠に僕と共にある。
ねぇ、茜。覚えておいて
桜はいつか散るものだけど…
その美しさは永遠に人の心に生き続けるんだよ。
君は永遠に散る事無く僕のために咲き続ける満開の桜なんだ。
僕の腕で咲いた桜をたった独りで散華させる気なんて…
僕には無いからね。
++ 桜散華 Fin++
2009/01/21 オリジナルより一部編集して追加しました。
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