その夜、廉君のご両親と4人でお食事をした。
ドラマなんかでよく見る、お金持ちの食事シーンを想像していたあたしは、実はとても不安だった。
テーブルマナーは一応知っているけれど、完璧だという自信はないし、魚料理は、どうしても上手に食べられなくて苦手だったりする。
マナーもなっていない娘と思われたら廉君に申し訳ないと思っていただけに、食卓に並んだ料理を見て、ホッとした。
テーブルにはナイフとフォークを使った堅苦しいものはなく、ごく普通の家庭料理が並んでいた。
すべてお母さんが作ったのだそうで、どのお料理もとても美味しかった。
お金持ちの奥様って、綺麗に着飾って何もしないのかと思っていたけれど、廉君のお母さんはあたしのママと何も変わらない。
むしろずっと家事が上手な印象を受けて、何だか凄くうれしかった。
お料理を和食中心の家庭料理にしたのも、きっと、お母さんがあたしを気遣ってくれたのだと思う。
お菓子だけじゃなく、お料理もとても上手で、優しい気遣いのできる素敵な女性。
あたしの中で、廉君のお母さんは、いつしか理想の女性になっていった。
廉君のお父さんは、眼鏡を取った時の彼とよく似ていて、涼しげな目元がとても素敵な優しい人だ。
うちの学校の理事長先生だから、学校に飾ってある写真で顔は知っていたけれど、こんなにも近くでお目にかかったのは初めてだった。
だから今まで気付かなかったのだと思う。
理事長先生は本当に廉君と良く似ていた。
何故、廉君から聞くまで気付かなかったのかと不思議に感じるくらいに。
「いやあ、本当にお人形みたいに可愛いね。廉がもったいぶって連れて来たがらない訳だ」
そう言って笑う理事長先生は、真面目で硬いイメージのある廉君とは対照的で、大らかな雰囲気の男性だ。
学校では話したことなんてモチロンないし、お目にかかったのも入学式の時だけだから、こんなにも気さくな方だとは思わなかった。
「香織ちゃんは廉のどこが気に入ったの?こいつ学校ではすっげーむさ苦しいし、クラスでも浮いてるだろ?
女の子にモテるタイプじゃないしね?本当に廉なんかでいいのかなあ?香織ちゃんくらい可愛かったらしょっちゅう告白とかされているんじゃない?廉には勿体無いよ」
本当に…気さく…なんだよね。
マシンガンのように質問攻めにする理事長先生に驚いて、あたしは返事をすることも出来ず固まってしまった。
廉君がお父さんにも警戒しろって言ったのは、質問攻めに合うぞって意味だったのかしら?
ニッコリ微笑む理事長先生は、まるで大人になった廉君のようで、
彼もこんな素敵な男性になるのかなって考えて、ドキドキしてしまう。
今日の午後別荘に着いてから、これまでに知らなかった廉君の一面を知ったせいもあって、余計に重ねてしまうのかもしれない。
「香織ちゃん廉と付き合ってて退屈しない?昔から勉強ばっかりしててさあ。俺が無理矢理誘って付き合わせないとキャッチボールもテニスもしてくれないんだよ?
まったく子供らしくないって言うか、可愛くないんだよね…」
「はいはい、可愛くなくて結構。それでも一応付き合ってるだろ?」
「その言い方が可愛くないっての。パパー遊んで〜とか言ってみろよ」
「死んでもヤダ。どうせ僕はむさ苦しくて可愛くないですからね。でも、滅多に学校に来ないくせに、どうしてクラスで浮いてるなんて分かるんだよ?」
「そりゃ、分かるさ。俺だって一応理事長だし?」
「答えになってないし…」
「だって、廉がなかなか香織ちゃんに会わせてくれないからさ、痺れ切らして…」
「痺れ切らして…って、まさか香織を見に学校に来たとか?」
「あはは、まあ、ね。遠目でだけど」
「――っ!この、ヘンタイ親父!ストーカーかよ?」
「ストーカーだなんて失礼な。大体、廉がいつまで経っても香織ちゃんを連れて来ないからだ。お前が悪い」
「はあっ?父さんに見せるなんて勿体無いこと簡単にできるわけないだろ?」
「勿体無いって…減る訳じゃあるまいし」
「減る!」
お父さんに声を荒げてバッサリと言い捨てる廉君に驚いた。
ここへ来てからまだ半日も経たないのに、別荘での廉君はまるで別人みたいに思える瞬間がある。
そんな一面を見つけるたびに、ズキンと痛いほどに心拍数が跳ね上がった。
「ははは…。廉のヤツベタ惚れだなあ。うーん、香織ちゃんは静かだね?あまり話さないほうなの?」
「いえ、理事長先生。そういう訳では…」
単に話をするタイミングが判らないだけなんです。
そう言えるはずも無く、曖昧に笑っていると、廉君が大きく溜息をついた。
どうやらあたしの呑みこんだ台詞を悟ったみたい。
「あー。理事長先生かあ…。それ止めようね?ここは学校じゃないし」
「えと…じゃあ、廉君のお父さん…」
「廉君の〜って付くんだ。クスクス…香織ちゃんみたいな可愛い娘なら、お父さんでもパパでも大歓迎。なんならお兄さんでも克己君でもいいよ♪」
ニッコリと笑う理事長先生に、本気か冗談か解らず、笑って言葉を捜していると、廉君がズバリと突っ込んだ。
「父さん、年を考えろよ。お兄さんって…言って良いことと悪いことがあるだろうが?
見てみろよ。香織が引きつってるだろ?」
「いいじゃないか。呼び方は香織ちゃんが好きなように自分で決めればいいんだから。
俺は選択肢を広げてあげただけだよ。…ねぇ?」
パチンと鮮やかなウィンクを投げて笑う、廉君とそっくりな顔に、頬が熱くなるのを感じた。
「じゃあ『お父さん』と呼ばせて頂きます」と言うと、
お父さんは「克己君がよかったのになあ」と少し残念そうに言い、
廉君はそれを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「廉のヤツさあ、香織ちゃんと付き合うようになってから、すごくやる気を出してね。積極的にアイディアを出したり、皆を統率するようになったんだ」
「あたしと付き合ったからじゃありません。それは廉君が頑張ったからですよ」
「クスクス…それは違うよ。なあ?廉」
お父さんが笑いながら廉君に視線を送ると、何も言わず視線を逸らし、黙々と食べ始めた。
何だか照れているようにも、怒っているようにも見えて、不安な気持になる。
「それまで嫌々手伝っていたのに、急にやる気を出したから、どうしたんだって何度も聞いたけど、ずっと教えてくれなくてね。聞き出すまでに苦労したんだよ」
何だか廉君を挑発しているみたいな視線が気になって、あたしは自然と廉君を窺うように見た。
廉君は相変わらず、黙々と食べるだけで、あたし達を見ようとしなかった。
「廉がやる気を出したのは香織ちゃんのおかげなんだよ。君には本当に感謝しているんだ。
どうにもやる気の無いぐうたら息子をこんな立派な跡継ぎにしてくれたんだからね」
「あたしのおかげだなんて、違います。それは廉君が毎晩遅くまで努力しているからで、あたしは何もしていません。
あたし、廉君って凄いなって、いつも尊敬しているんです」
「尊敬してる?廉の事を?……へぇ〜。良かったなあ、廉。頑張った甲斐あって少しは香織ちゃんに相応しい男になれたんじゃないか?」
「…っさいよ。父さん。黙って食べたら?香織が困ってるじゃないか。
ったく、久しぶりに家で食事をしたと思ったら、ずーっと喋りっぱなしでさ。せっかく母さんが腕によりをかけて沢山作ってくれんだから、ちゃんと食べなよ。冷めるだろ?」
「はいはい。分かってるよ。
ねぇ、香織ちゃん。こんなボンクラ息子だけど、これからもよろしく頼むね?
君に捨てられたら、きっとこいつボロ雑巾みたいになっちゃうからさ、見捨てないでやってくれるかい?」
「やだ、見捨てるなんて…そんなこと…」
「もーっ!うるさいよ、父さん。香織が困っているって言ってるだろ?そんな話、もうやめろよ」
あたしが真っ赤になってモジモジするのを見て、廉君はたまりかねたように立ち上がった。
「デザートは部屋で食べるから」と、言うと、二人分のデザートをトレイに乗せ、ほぼ食べ終えていたあたしの腕を取って、有無を言わさずダイニングを出た。
突然拉致されたのには驚いたけれど、そんな彼の強引さに、心臓がバクバクと五月蝿く鳴り響く。
新たに見つけた一面は、なんだか意外で…でもとても素敵だった。
あたしの知っている学校での目立たない彼とは違う
ここ(別荘)での彼は凛としていて、いつもよりずっと男らしい
いつもよりずっと激しい抱擁
いつもよりずっと熱い視線
いつもよりずっと大人びた仕草
いつもよりずっと荒っぽい物言い
それは本来廉君の中に眠る、企業家としての浅井 廉の姿なのかもしれない。
数千人、数万人の社員と家族の責任をその肩に背負う運命を受け入れ
その頂に立ち統率する熱いエネルギーを秘めた、若干17才の少年
彼が…あたしの好きになった人
あたしを好きでいてくれる人
未知の世界の前に立つ自分を感じて、不安が無いわけじゃない。
それでもあたしは、たとえあなたが誰であってもやっぱり好き。
ボサボサ頭でもなく、瓶底眼鏡もないけれど…
あたしの腕を引く力強さが、とても頼もしくて…
知らなかったあなたの姿を知って、もっと惹かれた。
彼の示す道ならば、恐れることなんてないのだと信じられる。
ここへ来て、本当の彼を知る事が出来て良かったと
心から思った。
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どんどん表面化する廉の意外な一面を、躊躇うことなく受け入れていく香織。
若さ故、未知の世界への恐怖より興味。不安より恋する気持ちのほうが強いようです。恋は盲目ですね。
おしゃべりなパパにからかわれ、香織を拉致してしまった廉。
さて、初めての二人の夜が始まります。ドキドキしながらお待ちくださいね(*´∇`*)"
2007/07/18