Little Kiss Magic 3 第11話



ダイニングから香織を半ば強制的に連れ出し、勢いで部屋へ戻ってきたけれど、正直なところ、僕は戸惑っていた。

おしゃべりな父が余計なことをペラペラと喋るから、ホテルがオープンするまでは知られたく無いと思っていた僕の本心を、香織に知られてしまったからだ。

戸惑いはあったが、今更前言撤回という訳にもいかない。
だって、父に挑発されたとはいえ、どう考えても僕の取った行動は、全てを肯定していた。

僕がここまで成長できたのは確かに彼女のおかげだ。
だが、香織はどう思っただろう。
僕の気持ちや立場を重いと感じはしなかっただろうか?
学校での僕と、あまりに違う今日の行動に不快感を感じたりはしなかっただろうか?

僕を…嫌になったりしなかっただろうか

頭の中では、そんな考えがフルスピードで、駆け巡っている。
だけど、表向きにはいつもと変わりない笑顔で、持ってきたデザートを香織に勧めていた。

「シャーベットが溶けるよ。早く食べたほうがいい。そのシャーベットも母さんが作ったものだと思うよ」

母の自慢のブルーベリーパイに添えられた、ラズベリーのシャーベットが形を崩し、皿の上を滑り始めていた。
僕から離れていく香織を連想させる気がして、嫌な感覚を振り切ろうと、勢い良くインスタントのコーヒーにお湯を注いだ。

目だけで砂糖の有無を問いかけると、彼女はピッと指を一本立てて、それに答える。

言葉がなくても伝わる…

この感覚がとても心地よかった。

数秒前心に浮かんだ不安など、何処かに吹き飛んでしまう。

どうして、彼女に嫌われたかもしれないなんて、ほんの僅かにでも考えたりしたのだろう。

ちゃんと解っていたはずなのに。

彼女はいつだって、本当の僕を見つめてくれていた。

隠した容姿でも、頭の良さでも無い。

学校での冴えない僕でもなければ、企業家としての僕でも無い。

ただの、浅井 廉を…



それから僕らは、一晩中離れていた1週間を埋めるように互いの事を話した。
毎日送られてきたメールの内容を補足するように時間を追って語る香織に、激務の中、メールの内容にひと時心和んだ日々を思い出す。

僕のアルバムは自宅にあるため、幼い頃の写真を見たいという彼女の願いを叶えることは出来なかったが、以前別荘でパーティをした時に撮った写真でも香織は十分楽しんだようだ。
そこに映る僕の友人や親類の話に瞳を輝かせていたが、特に一枚の写真が気に入ったようだ。
兄と慕っている水谷 武と蓮見 聖の二人の間に僕が立ち、3人で撮った珍しくカメラ目線のもので、質問も主にその二人に集中していた。
二人をとても尊敬している事や、パーティでは一番に彼らに紹介したいと思っていると告げると、嬉しそうに「廉君がお兄さんみたいに思っている人なら、きっとすごく素敵な人なのね」と笑った。

嬉しい反面、やっぱり僕以外の男性に瞳を輝かせるのはチョット悔しい。

「今度は絶対にアルバムを見せてね?」と身を乗り出す彼女をそのまま引き寄せると、驚いて見上げた隙を逃さずそのまま唇を重ねた。

僕を嫉妬させちゃダメだって、あれだけ言っただろう?と、無言で伝える。
唇を離したとき、彼女は聞こえないほど小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。

窓から吹き込む風に長い髪が揺らぎ、フワリと甘い香りが部屋を満たす。
避暑地の夜風は涼しく、森から吹く風が心地よく頬を撫でてゆく。
僕にはちょうど良い風だが、サンドレスの彼女には、少し冷たく当たる気がして、風から庇うように抱きしめた。

「風が冷たくなってきた。寒くない?」

「少し…。夜は随分涼しくなるのね」

「そうだね。身体を冷やすといけないから、そろそろ窓を閉めようか?」

「ううん、廉君が温かいから、もう少しこのままがいい」

コトンと僕の肩に頭を乗せて、甘えるように寄り添う香織の柔らかな髪が頬に触れた。
少し速い二人の鼓動が、一つのリズムを刻む。
寄り添う僕らの周りだけ、時の流れが違うかのようにゆっくりと時間が流れていく。

このまま時間が止まってしまえばいいのに…。


「朝までずっとこうしていたいな…」

「……え?…朝まで?」

「そう。ずっと話して過ごして、朝食を食べてから寝ようか?」

「ええ〜っ?無理よ。朝までなんて、絶対起きていられないわ」

何故、朝までなんて言ってしまったのだろう。
このまま二人で朝まで過ごしたら、自制できる可能性は10%未満といったところかもしれない。
自分の首を絞めるような発言をしてしまうのは、無意識に彼女を誘っているんだろうか?
『無理』と言われ、少し残念だったが、ほっとしている部分も大きい。
抱きたいと思う気持ちより、まだ大切にしたいと思う気持ちが勝(まさ)っている理性にホッとした。



そのとき、壁掛け時計が10時を告げる音楽が鳴り、同時に香織があくびをした。

「クスクス…。もう眠い?今日は疲れただろう?」

「うん。緊張しているとは思っていなかったけど、やっぱり廉君と二人きりだとホッとする。急に疲れが出てきたみたい」

考えてみたら、香織にとって、今日は大変な一日だっただろう。
初めての土地、初めての家に来て、おまけに僕の両親に質問攻めされ、気を張っていたに違いない。

部屋にある僕専用のシャワーブースでシャワーを浴びる事を勧めると、香織は素直にそれに従った。
その素直すぎる様子にも、全く僕を意識している気配は感じられない。

はぁ…。警戒されても困るんだけど、やっぱりもう少し男として意識してほしいなあ?

程なくして、リビングまで届いた水音に、家族と共有する母屋の風呂を勧めなかったことを心底後悔した。
たかがシャワーを浴びる音で、こんなにも心が乱れるなんて…。

君を招待したときは、自分の理性がこんなにも脆いとは思ってもみなかった。
同じ部屋の同じベッドで寝ても、君に手を出さず、紳士的に過ごす事だって出来ると確信していたのに…。

甘かったな……。

今夜は早々に寝室に引き上げたほうが無難だと判断した僕は、湯上りの色っぽい彼女から逃げるように 交代でシャワーブースへ飛び込んだ。

だけどブース内は彼女の香りで満ちていて…
とてもではないが冷静になどなれるはずも無く…
マジで理性が玉砕しそうになった。

おかげで僕の顔が、茹でタコのように赤かったことを、逆上(のぼ)せたと勘違いして心配する香織に言い訳するのが大変だった。

シャワーを浴びるといつも赤くなるんだ…なんて、白々しい嘘で、いつまで誤魔化し通せるだろうか。

毎回これでは、言い訳のレパートリーが必要になりそうだな。

……明日からシャワーは絶対に香織より先に浴びる事にしよう。



それぞれの寝室に別れ、ベッドに横になってからも、彼女の寝姿が浮かんできて、とても眠れそうになかった。
仕事の資料に目を通しながら、暴走しそうになる自分自身を鎮めていく。
2時間ほど仕事をしているうちに冷静にはなったが、今後の課題を考えると頭が痛い。

まさか、自分の欲求がここまでのものとは思わなかった。

もしもあの時、香織が朝まで付き合ってくれると言っていたら、僕は迷いを捨てていたかもしれない。

1週間会えなかった時間が、更に想いを募らせたせいだろうか。
これ以上香織に触れて、紳士の仮面をつけていられる自信は、どんどん薄れていく。

理性の砕ける音がビシビシと脳天を刺激して、後どのくらいで本能に喰われてしまうか自分でも判らない。

二人で過ごす夏休みは、まだひと月もある。

僕、こんなんで本当に彼女を襲わずにいられるんだろうか?






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廉君…地獄ですね(笑)
部屋でシャワーを浴びるより、家族と共有のお風呂へ行くことをオススメしますよ。もちろん別々に(あたりまえ)
初めての夜、ドキドキしながら過ごした二人はどんな夢を見たのでしょうね?

2007/07/29