Little Kiss Magic 3 第12話



寝室のドアの前で、廉君はあたしの肩を抱いて、「お休み」と額にキスをした。

「お休み廉君。…あのね、あたしお願いがあるんだけど」

「何?一人で寝るのが怖いとか?」

明らかにからかっている口調の廉君に、「違うわよ!」と肘でわき腹を突いてみる。

「あのね、今日も朝早くからお仕事に行っていたんでしょう?明日がお休みなら、ゆっくり休んで欲しいの」

「ゆっくりしてたらどこへも行けないよ?どうしたの?急に」

「だって…廉君疲れているでしょ?ここには長く滞在するんだし、 あたしがいるからどこかへ出かけようとか考えないで、いつも廉君が休日に過ごしているように、ゆっくりして欲しいの。
あたしがいる為に余計に疲れたり無理をさせることになったら、ここに来た意味が無いでしょう?」

廉君は驚いたように瞳を見開いてあたしを見た。

「明日はお昼まで寝てていいからね?」

「う〜ん。昼まで寝ていろって言われても…。だったら朝まで起きていなくちゃ無理かな」

「どうして?」

「僕の睡眠時間は、普段から4時間程だからね。12時まで寝るとして逆算すると…?」

「……えと…朝の8時?」

ああ、そうだ。廉君って、いつも夜遅くまで起きているんだっけ。
睡眠時間4時間ですって…?
できれば8時間、最低6時間は寝ないと死んじゃうあたしには絶対無理だわ。

「クスクス…。香織はお子様タイムだもんなあ。いつものお休みメールの時間からすると11時が限界って所だろう?」

廉君がそう言ったのと同時に、大きなあくびが出た。
絶妙のタイミングに思わず二人で笑い出す。

「ほらね?ゆっくり休むのは香織のほうだよ。僕の事は気にしないで?どんなにゆっくり寝ても、きっと香織のほうが起きるのは遅いと思うから」

「え〜?そんな事ないもん」

実際は本当だけど、素直に「そうです」なんて言いたくないじゃない?

「そう?じゃあ僕より先に目覚めたら、起こしに来てくれる?」

「え?…いいけど、何時に起こすの?」

「何時でもいいよ。僕は鍵を掛けないから…僕より早起きできたら部屋へおいで。いい?」

「……それって、絶対に廉君のほうが早起きだって言いたいのね?」

プウッと膨れっ面をして、怒ったフリをしても、本気じゃないことは廉君にはお見通しのようで、くすくす笑っているだけ。

完全にあたしには無理だと思われているのがチョット悔しい。
無理と言われると、ムキになってしまうのはあたしの性格。
だったら絶対に廉君より早く目覚めて、彼を起こしてあげようじゃない。


明日の朝、絶対に驚かせてやるんだからっ!



疲れていたからすぐにベッドに横になったけれど、廉君とあたしを隔てるものが薄い壁だけだと思うだけでドキドキして、なんだか落ち着かない。
ウトウトしてはフッと目が覚めて…。と、こんなことをもう、数回繰り返している。

「ああ、ダメ。明日廉君を起こすって決めたのに、これじゃ逆に起きれないじゃない」

高ぶった気持ちを落ち着ける為、思い切って起きることにした。

廉君は寝てるよね?

水を飲もうと、リビングへのドアをそっと開けると、真っ暗な室内に、廉君の部屋から漏れる明かりが見えた。

時刻は3時を過ぎている。

いつもこんな時間まで起きているの?
無理をしているんじゃないかしら?
まさか、本当にお昼まで眠るために、朝まで起きてるなんてこと、無いわよね?

心配で、気になって、何度か廉君の部屋の前を往復してみる。

廉君の部屋もリビングも、物音一つしない。
耳を澄ましてもシンとしていて、彼が起きているのか眠っているのかも判らない。


『…僕は鍵を掛けないから…僕より早起きできたら部屋へおいで』


廉君の言葉を思い出して、心拍数が急に早くなる。
『早起きできたら』とは言っても、ちょっと早すぎるとは思うけど…。

でも、なんだか心配なんだもの。

何時でも良いって言っていたし、ちょっと様子を見るくらい良いわよね?


自分を無理矢理納得させ、 軽くノックをする。
聞こえないのか眠っているのか、扉の向こうからは何の返答もない。

ドアノブに恐る恐る手を掛けて、ゆっくりと回すと…


ドアは静かに開いた。



「…廉君?まだ、起きているの?」



遠慮がちに声をかけると、廉君は部屋の中央付近のダブルベッドで眠っていた。

灯りも消さず、仕事の資料をベッドサイドに置いたまま、掛け布団も掛けずにピクリともせず眠っている。
きっと寝入る直前まで資料を見ていて、そのまま寝てしまったのだろう。

「廉君?ねぇ、お布団をきて寝ないと風邪を引くわよ?起きて?」

軽く揺すっても、まったく起きてくれる気配はない。

せめて彼が背中に敷いてしまっている掛け布団を何とか引き出せないかと試みた。

うーん。びくともしない。

疲れているんだろうなぁ。

余りにも深く眠っている彼を起こすのが可哀想になって、間接照明の灯りに陰影を深くする綺麗な横顔にそっと触れてみる。

いつもは寝癖でボサボサの髪も、優しく微笑む唇も、何も変わらないのに、眠っている廉君の唇は色もなく、表情も冷たくて、何だか別の人みたいだった。

急に一人になった気がして、心細くなる。

「ヤダ…。ばかね、あたしったら…。廉君は廉君なのに」

自分に言い聞かせるように呟くと、確かめるようにそっと唇を重ねた。

やわらかく触れる感触。

ほら、やっぱりいつもの廉君と何も変わらない。

何を不安になっているんだろう。


あたし…バカみたいだね。


廉君があたしに興味が無いみたいだから不安だなんて…

彼があたしを好きだって事は、良く解っているのに…

何もしないのは、大切にしてくれている証拠じゃない。

それを不安だなんて…


あたし…今日はなんだかおかしいの。

廉君に会って、いきなりキスをされて、とても驚いたけれど、今日のキスはずっと続けていたいくらい気持ち良くて…
自分を浸食するようにジワジワと包んでいく、初めての感覚が怖かった。

あたしに、もっと触れて欲しい。

あなたに、もっと触れたい。

誰よりも、あなたに近くなりたいの。

あたし、どうしちゃったのかしら?

女の子なのに、こんな風に思うなんて、恥ずかしいよね。

でも…廉君に抱きしめられるたびに

キスをされるたびに

どんどんこの気持ちは深くなっていく。

『朝までずっとこうしていたい』と言われたときも、『部屋へおいで』と言われたときも
一瞬そういう意味?って思ってドキドキした。

もしかして廉君もあたしと同じ気持ちでいてくれるのかも?
と、思ったのは、廉君の視線が時々とても熱いことや、いつもよりずっと大胆な所を見つけたからかもしれない。

触れ合う毎に、どんどん熱くなっていく身体。

あたしの中で何かが少しずつ変わっていく…

そんな風に感じている自分がすごく恥ずかしい。

こんなあたし、廉君に嫌われてしまうんじゃないかしら?

嫌よ。お願い。


あたしを嫌いにならないで…。


「廉君…好きよ」


無意識に呟いた声は擦れていて…


不安を表すように震えていた。




「…ん…?香織?」

あたしの声に反応したのか、それともキスをしたせいか、薄っすらと廉君が目を覚ました。

「あ、廉君?ちゃんとお布団を被って眠らないと風邪を引くわよ?」

「ん…もう朝?」

「ううん、まだ3時過ぎよ。灯りがついていたから様子を見に来たのよ。電気を消すわね?」

身体を起こそうとする彼を手で制して、掛け布団を掛ける。
子供をあやすように、トントンと何度か軽く叩いてから、「お休み」と軽くキスをして、ベッドサイドの灯りを消した。

闇に包まれ、カーテン越しの月明かりだけが、僅かに室内を見渡せるだけの明るさをくれる。

部屋を出ようと廉君に背を向けたとき…
いきなり腕を引かれバランスを崩した。
勢いでそのままベッドに倒れ込んだところを、布団に取り込まれる。

「きゃっ!廉君?」

「……離さないから…。絶対に」

何処か焦点の合わない目で、そう呟く廉君に、彼が寝ぼけているのだと解った。

「廉君。寝ぼけてるでしょ?起きて?」

「香織…欲しい…」

「え?」

今、何て言ったの?
聞き返す間もなく、あたしをギュッと抱きしめたまま、再び眠りに落ちてしまった廉君。

その寝顔が、さっきの冷たい表情とは違い、とても幸せそうに微笑んでいて…。

彼の為に少しだけ何か出来た気がして、なんだかとても嬉しくなった。

温かい腕

規則正しい寝息

いつの間にか、さっきまで五月蝿かった鼓動は静かになり…

廉君のそれと重なるようにリズムを打っていた。

なんだか、それがすごく幸せで…

不安になる必要なんて無いんだって、思えて…


彼の鼓動に誘われるまま、瞳を閉じた。





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香織ちゃんったら、ダ・イ・タ・ン♪ 夜這いですか(爆死)
うーん。あと一歩(なにがっ?)
香織を腕に取り込んで眠ってしまった廉。翌朝、目覚めて香織が一緒に寝ていたら、さぞ驚くでしょうね(笑)

2007/08/04