香織を部屋に案内してから、母が用意したクッキーとハーブティーで、久しぶりに二人きりで過ごす。
今朝までの殺人的な忙しさが嘘のように、時間の流れがとてもゆっくり進んでいる。
ここ暫く、香織に会えない苛立ちを、仕事にぶつけて突っ走っていたから、余計にそう感じるのか
それとも香織がいる事で、焦りや苛立ちが消えてしまったからなのか
どちらにしても、それが香織の存在のおかげだということだけは明らかだった。
「僕を待っている間も楽しかったみたいだね。よかった。随分待たせたし寂しい思いをさせたんじゃないかと不安だったんだ。
ねぇ、母さんと何を話していたの?僕の名前が聞こえてたよ?」
二人が話していた事は大体想像がつく。
たぶん僕の何処が好きなのかとか、普段の二人の様子などを、母が一方的に質問していたのだろう。
香織が何と答えたのか気になるのは当然で、探りを入れたくなるのは必然だった。
だが、香織の口から出てくるのは、手作りのお菓子が美味しかったとか、作り方を教えてもらう約束をしたとか、パーティのドレスは母が選んでくれるのだとか…
とにかく母の事ばかりだった。
どうやら二人は相当気が合ったらしい。
余りに楽しそうな彼女の様子にちょっと嫉妬した僕は、香織の肩を引き寄せ額をコツンとつけると瞳を覗きこんで問い詰めた。
「母さんの事はいいよ。僕のこと、何を話していたのか教えて?母さんに色々聞かれたんだろう?香織は何て答えたの?」
「な・い・しょ。お母さんとの秘密だもん」
「ずるいな。二人で隠し事?」
ギュッと腕に力をこめて折れてしまいそうな細い肩を引き寄せる。
柔らかいソファーのせいでバランスを崩した香織は、不安定な体勢で僕に身を預ける形になった。
香織の胸が僕の鳩尾辺りにフワンと当たって、フワリと揺れる髪の甘い香りが鼻腔を擽る。
独占欲が理性をねじ伏せ、僕の中に眠る男が、彼女を求め急激に目覚めようとする。
無意識に彼女を抱きしめる腕にも力が入り、欲望に視線が熱くなっていった。
無防備にさらされるうなじに唇を寄せたくなる。
所有の刻印を刻みたいと、本能が訴えてくる。
理性が軋んで悲鳴を上げた。
「香織…僕にだって…」
「…れ…んくん?」
僕の変化を感じたのか、不安げな表情を浮かべ、戸惑う香織にハッとして、必死で理性をかき集める。
なんとか安心させるように、いつもの微笑を作ったつもりだけれど、上手くできた自信は全く無かった。
「あ…いや…僕だって久しぶりに会った香織が僕以外の誰かとあんまり楽しそうだったら嫉妬くらいするよ。母さんの話ばかりしないで僕を見つめて?」
暴走をぐっと堪えて、紳士的に何とか搾り出した言葉に香織は頬を染めて小さく頷いた。
戸惑いは消え、いつもの笑顔になった彼女にホッとして、何気ない素振りで明るく話題を切り替えた。
「そうだ、寝室を見てみる?プールの見える中庭に面した部屋と、山側の緑がきれいな部屋とどちらがいいかな?見てご覧よ」
「いいの?うれしい♪実は凄く気になっていたの。荷物も少し片付けたいし」
「ああ、そうだね。夕食の前に片づけを済ませたほうがいいね。どちらの寝室にも僕の服が残っているから、香織が選んだ部屋のクローゼットを空けるよ。まずは部屋を選んでからだね」
僕の言葉が終わり切らないうちに、パアッと弾けるような笑みで嬉しそうに立ち上がると、山側の部屋の扉に手を掛け振り返る香織。
僕を信じきっている彼女は、一緒に寝室のドアを空ける事にも、全く躊躇がない。
早く早く、と手招きして僕を呼ぶ、その愛らしい仕草に思わずヘラッと頬が緩む。
凄く情けない顔をしているだろう自分を想像し、それを映す鏡がこの部屋に無かった事に感謝した。
こんなにも純粋に僕を信じている香織を、穢したり傷つけたりなんて…
やっぱりしちゃダメだよなぁ。
さっきまでの暴走を振り返り、余裕の無い自分がつくづく情けなくなった。
散々迷った挙句、山側を選んだ香織に部屋を譲ると、クローゼットの中身を取り出し、反対側の部屋へとひとり移動する。
香織が荷物を解くのを待つ間、ソファーで仕事の資料に目を通しながらも、
気がつけば、再会してからの僅かな時間で、心の中をいっぱいに占めてしまった彼女の表情を
何度も反芻するように思い返していた。
桜色に染まる肌
無防備に預けられた柔らかな身体
鼻腔を擽る甘い香り
浮かんでは消えていく香織の姿が僕の心を掻き乱し、思いは苦しいほどに募っていく。
一向に頭に入らない資料を見ることを諦めテーブルに投げ出すと、ソファーに寝そべり窓の外へ視線を流した。
濃い緑の間から零れる太陽の欠片が風に揺れている。
木漏れ日が煌く光景に、ボンヤリと香織の笑顔を重ねながら、窓から吹き込む緑の風に身を委ねる。
涼やかな風は、瞳を閉じた僕を瞬く間に浅い眠りへと誘っていった。
夢の中では人は無防備になる。
どんなに強靭な理性の持ち主でも、無意識の領域では無力だ。
『…僕にだって…君の全てを欲しいと思う欲望があるんだよ。』
あの時僕が言いたかった本当の言葉が無意識の空間に響き渡る。
君の全てが欲しい
永遠に消えない僕の印をその胸に刻みたい
僕の心に渦巻く邪な思い…
自分でも止めることが出来ないほどに激しいこの気持ちを…
君は恐れずに受け入れることなど出来るのだろうか?
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廉君の暴走はどこまで続くのでしょうか?
あのー?お願いだから本館止まりでお願いしますね?( ̄▽ ̄;)
2007/07/17