今夜から約ひと月滞在するお部屋へと案内されて驚いた。
そこは、一昨年に別荘を増築した際に作られたという真新しい離れにある、廉君の部屋の一室だった。
部屋の中央に20畳ほどの広さのリビングとその両側に二つの寝室があってリビングからは庭へ出る事も、隣接したプールへ出る事も容易に出来る。
普段は廉君しか使っていないそうだけど、友人が泊まりにきた時はいつもこの部屋の寝室を使ってもらうことにしているそうだ。
……
でも、今までに泊まったのはもちろん男の子で、あたしとは状況が違うのに…。
今までにお付き合いした女の子はいないと聞いているし、当然この部屋に女の子が泊まるのは初めてのことだと思う。
それなのに、廉君は何で平気なんだろう?
ドキドキして、変な風に考えてしまうのはあたしだけなのかな?
廉君とお付き合いを始めて8ヶ月。
キスはそれこそ毎日しているけれど、それ以上に進む気配はまったくないあたし達を、友達は不思議がっている。
あたしは今のままで十分幸せだから良いって思うけど、みんなして口を揃えておかしいって言うの。
…そんなものかしら?
でも、廉君はそれ以上求めてこないし、あたしからそんな事を口に出すのは恥ずかしいじゃない。
別に進まないからと言って廉君の気持ちを疑うわけじゃないけれど、おかしいとか言われると、チョット不安になってくる。
男の子は誰でも、好きな女の子を抱きたいと思っているのよ。って力説されても、廉君にはそんな素振りは欠片も無いんだもの。
『男の子は誰でも』って…違うんじゃないかなぁ?
だって、寝室が二つあるとはいっても、仮にも自分の部屋に彼女が泊まって平気だなんて…
少しでもそういう気持ちがあれば、こんなに平然と笑ったり出来ないと思うのよね。
……あれ?
それって、あたしに魅力無いって事なのかな?
……んー…。
何だか落ち込んできたかも?
あたし、廉君とそうなりたいって思っているのかな?
でも、やっぱり怖いよ…
初めてって、すご〜く痛くて出血だってするって言うし…
でもでも、もしも廉君がそうしたいって言ったら?
あたし…
どうしよう……
「香織?どうしたの?ボーッとして」
廉君の声に驚いて我に返る。
いつものようにニコニコと笑って、リビングのソファーに座るように勧めてくれている彼に、自分の考えが恥ずかしくなって、必要以上にブンブンと頭を振って言い訳してしまう。
「なっ、なんでもない。スッゴクお部屋が広いから、びっくりしすぎて声も出なかったのよ」
ごまかし笑いをしながら勧められたソファーに座ると、廉君も隣にかけてキュッと手を握る。
「そう?気に入ってくれた?寝室はどちらでも好きなほうを使ってくれていいよ」
「廉君が使っているお部屋があるんじゃないの?空いているほうでいいわよ」
「香織が好きなほうを使えるように、今朝掃除をしてもらったし、僕はその時の気分で両方を使っているから、どちらでもいいんだ」
「そうなの?すごいね。こんなに広いお部屋で寂しくない?」
「クスッ、香織に会えなくて寂しいなあって思った事はあるけどね。部屋が広くて寂しいとか考えたことも無いよ。
…もし僕が寂しくて眠れないって言ったら添い寝でもしてくれるの?」
「なっ…バカね。何言ってるのよ?」
「クスクス…冗談だよ。いつもは仕事でクタクタになってバタンキューだし、ほとんど寝室しか使っていないんだ。でもこれからは香織がいつもいてくれるからリビングにいる時間が長くなるだろうね」
いつもと変わらない笑顔からは、やっぱりあたしの事を特別に意識している様子なんて感じられなかった。
廉君は毎日お仕事を頑張っていて、そんな事考えている余裕さえ無いんだよね、きっと。
なんか…あたしって子供だなあ。
忙しい中、あたしの為に時間を割いてくれたり、気を使ってくれているのに
あたしは自分のことで精一杯で、つまんない事に一人で動揺して…。
…バカみたい。
あたしも、もっと頑張って廉君に相応しい女の子にならなくちゃ。
パーティで堂々と紹介できる娘でなきゃ、廉君が恥をかいてしまうもの。
ああ、…マナーとかもっと勉強したほうがいいかもしれないわね。
内緒でダンスなんかも…練習してみようかしら?
誰とも踊らなくていいって言われたけれど、彼が他の誰かと踊ったりするのは見たくないもの。
パーティまでに、あなたがビックリするような素敵なレディになってみせるね。
ねぇ、廉君。
あたしも大人になるよう努力するから
あなたに相応しい女の子になるから
お願い…
あたしを置いて一人で大人にならないで。
「そういえば、廉君はこの1週間、朝早くから遅くまで凄く頑張っているって、ここへ来る車の中で安田さんから聞いたわ。今朝も早かったんでしょう?」
「それは香織と過ごす時間が惜しくて、少しでも仕事を早めに片付けておきたかったからだよ」
「でも疲れているでしょう?あたしに気を使わないで少し横になったら?」
「まだこんなに日が高いのに寝ろっていうの?やっと香織に会えて、カサカサに乾いてた心が潤いを取り戻そうとしているのに、そんな暇あるわけ無いでしょ?出来れば明日まで24時間でもこうして話していたいよ」
「クスクス…24時間なんて無理に決まってるじゃない。明日もお仕事あるんでしょう?寝不足じゃダメじゃない。あたしに気を使わないでちゃんと夜は早く休んでね?」
「……せっかく香織に会えたのに、眠るのはもったいないよ。っていうか、今夜は嬉しくて眠れないねきっと」
「だぁめ!駄々っ子みたいなことを言わないで?あたしは明日すぐに帰っちゃうわけじゃないんだから。お仕事がお休みの時にゆっくりと過ごせば良いでしょう?」
「じゃあ今夜は一晩中香織を抱いて起きていられるね?明日は僕、休みを貰っているんだ」
ドキン…
それって…?
「え…っ?お休みなの?」
「そうだよ。だってようやく香織に会えたんだもの。これまで頑張った分1日くらい休まないとね?」
「一晩中って…あの…」
やっぱりそういうこと?
「一晩中香織を抱きしめて、会えなかった間の事を聞きたい。僕の知らない香織が一瞬でもないように…」
…ああ、なんだ。やだ、あたしったら考えすぎ。
「クスクス…いいわ。じゃあ、今夜はあたしにも沢山の事を聞かせてくれる?廉君のこと、もっと知りたいの」
「僕のことなんて、面白いことないよ?」
「そんなことないわ。小さい頃の写真とか見たいなぁ?…いいでしょ?」
あたしの言葉に複雑な顔をする廉君に、ダメ?と必死にお願いしてみると、彼は諦めたように苦笑した。
さっき廉君を待っている間に、お母さんが少し話してくれた、廉君の子供の頃の話。
何だか微笑ましくて、もっと彼を知りたくなった。
ねぇ…?廉君。
あなたはどんな子供だったの?
どんな風に育ったの?
どんな大人になりたかったの?
教えて。あたしの知らないあなたの事を…。
あなたはあたしをどのくらい好き?
あたしは…あなたが大好き
あなたにならあたしの全てを捧げてもいいと思うほどに…
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あら、香織ちゃん大胆♪(*/∇\*)
香織に相応しい男になりたいと努力する廉の気持ちも知らず、香織にも焦りに似た思いがあります。
学校とは違う廉の一面に惹かれると共に、廉だけが大人になってしまったように感じているのですね。
さあ、廉のママから指導を受け、香織はレディになれるでしょうか? 結果は10日後のパーティで…。
2007/07/12