Little Kiss Magic 3 第7話



今日の廉君は何だか大胆だ。

何処ででも掠めるようにキスをするのは彼の悪戯みたいなものだからもう慣れてしまったけれど
お母さんの前であんなに堂々と…なんて。
しかも今までに無いほどに深いキスで、あたしは頭が真っ白になってしまった。

それでも理性のほうが僅かに勝っていたのは、廉君のお母さんの前だったからだと思う。
恥ずかしさにジタバタしたら何とか解放してもらえたけれど…
ドキドキと、いつまでも鳴り続ける心臓の音が、蝉の鳴き声よりも五月蝿く聞こえた。

お母さんは呆れたように笑って、あたしたちに気を使って席を外してしまわれて、それが余計に恥ずかしかった。
もう消えてしまいたいくらいの気持ちだったのに、廉君はまったく気にしていないみたいだ。

久しぶりに会ったせいか、ここが廉君の別荘のせいか
それともボサボサの寝癖もなく、コンタクトですっきりと身なりを整えているせいか
廉君がいつもより、ずっと男らしく堂々として見える。

それだけでもあたしの心臓はヒートアップしっぱなしで、傍目にもバクバクと胸が上下していることがわかってしまう。

ああもう、廉君の視線が痛いよ。

きっと少し困ったような複雑な顔をしているのは、あたしの心臓がすごい勢いで跳ね上がっているのを見て驚いているんだろうな。

胸元の開いたサンドレスなんて着なきゃ良かった。
普通に着ている時は気付かなかったけど、ギュッと抱きしめられると大きく谷間を作ってしまう。
生成りの柔らかな白に真っ白なレースの縁取りがとても綺麗で一目で気に入ったこのサンドレスは、おばあちゃんが買ってくれたものだ。
毎日のメールの中でそのことに触れた時、早く見てみたいと返事があったから、早速着てきたけれど…

……こうなってしまうとなんだかエッチ…っぽくない?

でも廉君って、 同級生の男の子たちみたいにエッチな話をしているのも聞いたこと無いし、余り興味が無いみたいなのよね。
キスはするけどそれ以上の素振りは見せたことが無いし…
普段の彼の生活は普通の高校生よりずっとハードだから、そんなこと考えているヒマもないのかもしれない。

だからかな?
この間は、紀之さんが触れそうな距離にいるだけで、鳥肌が立つほど怖かったけれど
廉君には、抱きしめられるとむしろホッとする。

きっと紳士…って言うんだよね、彼みたいな人のこと。

だけど今日の廉君は何だか大胆でいつもと少し違う気がする。
カワイイとか綺麗とか恥ずかしくなるような褒め言葉の数々に、頬が熱くてまともに彼を見る事もできない。

あたしが意識しすぎなのかしら?

あたしの知らない廉君をもっと知りたいと思っていたけれど…
再会と同時に見つけた新たな一面に、ドキドキが止まらない。

意外と大胆だったり、紀之さんのこととなると、凄く心配性になったり…
紀之さんのことを話すと、とたんに顔色を変えるのは、この間の事があったから神経質になっているのかもしれない。
だけど、お父さんにも警戒しろ…なんて、冗談には本当に驚いちゃった。

廉君って、もしかして嫉妬深かったりするのかなぁ?

お父さんは別としても、イライラさせてお仕事の邪魔になったら困るし、紀之さんには近づかないようにしよう。

それに、心配させると本当に所構わず『栄養補給』されちゃいそうだし…

廉君の『栄養補給』はあたしの『体力消耗』だって、よーく解ったし…

再会から10分にしてこの調子じゃ、この夏はダイエット計画なんて必要が無いかも知れない。

むしろ夏休みの間に激痩せしちゃうんじゃないかしら?


「廉…く…ん、苦しい…」

そう言えば、顔を見るなりキスの雨で、それからずっと唇を塞がれているのよね。
時々会話を交わすときもギュッと抱きしめられているから、流石に酸素が足りなくなってきたみたい。
眩暈がしそうと思ったとき、ようやく廉君は腕を緩めてくれた。

新鮮な空気が勢い良く肺に送り込まれてくる。

ホッとすると同時に、再会してからやっと普通に呼吸が出来た事に気がついた。

あたし…夏の間に肺活量も鍛えられるかも知れない。

「あ、ごめん。…これが今朝の夢の続きだったらどうしようと思ったらつい力が入ってしまって」

「ホント?あたしも凄く会いたくて、毎晩廉君の夢を見たわ」

「本当に?香織も同じ気持ちでいてくれた?…僕なんてもう、香織欠乏症で禁断症状が出ているんだから」

「何その香織欠乏症って…それに禁断症状なんて大げさね」

「大げさじゃないよ。どれだけキスしてもまだ足りない。君の唇は甘くてもっともっと欲しくなる。…できることなら食べてしまいたいくらいだ」

本当に食べてもいい?
彼の視線はまるでそう言っているように熱くて、視線が動くたび見つめられる部分が火をつけられたようにカッと熱くなった。

「もう…廉君今日は本当におかしいよ?」

「おかしい?だとしたら香織のせいだ。どんなに君が恋しかったか…」

『恋しい』という言葉に、『好き』だけでは表せない、切ないほどの思いが伝わってきて、ズキンと胸が痛くなった。

「どれだけ我慢していたと思う?…全然足りないよ。もっと補給しないと死にそう」

有無を言わさず奪われたキスは、付き合ってから今までの中で最長記録だったと思う。

呼吸困難も激痩せも、彼のためなら我慢しよう…

そう思ったあたしって、結構健気なのかもしれない。


ゆっくりと唇を離したあと、廉君は名残を惜しむように唇に指を滑らせて形をなぞると、小さく溜息をついた。

廉君も苦しかったのかしら?なんて思ったけれど、少し雰囲気が違う。
ジッと見つめてくる視線の熱さに恥ずかしくなって、照れ隠しに抗議するように唇を尖らせた。

「……なぁに?溜息なんて…あたしのせい?」

「いや、ちょっとパーティの事を考えていたんだ」

「パーティの事?」

「うん、ドレスアップして僕の隣りで花が咲くように笑う君は、きっと誰よりも綺麗だろうな、ってね。会場ではみんなが君に魅了されるよ」

「や…だ。廉君、真顔でそんな風に言わないで。恥ずかしいじゃない。それに、そんなことありえないよ」

「クス…そうかな?香織は気付いていないけど、君には華がある。どんなに人目を惹くかいずれ知るときが来るよ。君を武(たける)さんや聖(ひじり)さんに紹介するのが待ち遠しいよ。…不安もあるけどね」

「不安?あたしが何か失敗しないかって事?」

「クスクス…違うよ。君があんまり魅力的で、惚れちゃうんじゃないかって心配なんだよ。まぁ、大丈夫だとは思うけど…やっぱり心配は心配だな」

「あのねぇ、あたしが絶世の美女に見えるのは、廉君だけだもの。それって、『アバタもエクボ』って言うの。心配は無用だと思うわよ?」

「……むしろそうなら嬉しいけどね」

廉君は小さく笑うと、大切なものを扱うように優しい仕草で、あたしの頬へと手を添えた。
思ったより冷たい手の感覚が、ヒヤリと心地良くて瞳を閉じる。

「もう一度だけキスしたら、部屋へ案内するよ」

返事を待たずに、重ねられた唇は

廉君の想いを伝えるように激しくて…

でも彼そのもののように優しくて…

頭の芯が溶け出してしまいそうに熱かった。


廉君、あなたが大好き…。


だけどね、どうしてもこれだけはお願い。


恥ずかしいから、さっきみたいなキスは、二人だけの時にしてね?


またお母さんの前であんな事したら…


あたし、怒って帰っちゃうからね?




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香織は廉を紳士と思い込んで、自分が必要以上に意識していると考えているようです。
何故か大きな勘違いをしている彼女は、廉の気持ちには全く気付いていません(^▽^;
廉の本音を知ったらどうするんでしょうね?

2007/07/11