※微妙なシーンがありますので、小学生はご両親に確認してからにしてね。
素早くチェーンをかけ部屋へ入り込むと、紀之さんはあたしの腕を掴んでベッドへと投げ出した。
次にされることを想像して、戦慄が走る。
逃げ出そうとするあたしに覆いかぶさり、肩を押さえつける紀之さんを睨みつけた。
「もっと用心しろよ。安田にも言われてただろう?」
「ど…うして…?」
「安田を呼び出すように仕向けたのは俺だから。クスクス…廉も鈍いよな。搬入ミスが仕組まれた事だとも気付かないなんて。…所詮ガキだな」
「――! まさか、あなたが?」
「わざわざ香織姫と話をしたくてこんなに手の込んだことをしてやったんだ。感謝して欲しいね」
「あたしはあなたと話すことなんてありません」
「姫にはなくても俺にはあるんでね」
満身の力で暴れると、紀之さんは更に体重をかけた。
足をバタつかせ蹴り上げようとするあたしの足に自分の足を絡めて更に動きを封じる。
「クッ…何をするつもり?」
「さあ? お望みなら姫が想像している通りにしてもいいぜ?」
ニヤニヤと笑いながら首筋に顔を埋めると、わざと息を吹きかけながらネットリと話す仕草に肌が粟立った。
背筋を悪寒が走り、全身が不快感で小刻みに震える。
「ククッ…怖いか?」
悔しくて込み上げそうになる涙をグッと堪えて睨みつける。
絶対にこの人の前では泣くものかと思った。
「へぇ…すぐに泣くと思ったけど、結構気が強いんだな。素直に泣けば可愛いのに…」
「あなたに可愛いと思って頂かなくて結構です」
「クスクス…廉もその気の強さに惚れたのか? まあ俺はガキには興味がないし、抵抗されるのは余り好きじゃないから基本的に合意が良いんだが…大人しくするつもりはなさそうだな」
「あたりまえでしょ!思いっきり暴れてやるわ。嫌なら放してよ」
「それは出来ないね。…もうすぐ廉が来るんだろう? こんな姿見られたくないよなぁ? あのドアはチェーンが掛かっている。姫の悲鳴を聞いて慌てて鍵を開けても王子様は手が出せないんだ。ククッ…廉はどんな顔をするかな?」
「…それが目的?」
「廉の本気がどの程度か見せてもらうよ。自分の女が他の男に目の前でヤラれて、それでも好きだと言えると思うか?」
「……酷い…」
「酷い? お前の為でもあるんだぞ? 廉の本音を知る良い機会だ」
「あたしの為? 冗談じゃないわ。誤解させて廉君を傷つけたいだけじゃないの」
「傷つく? たかが女を寝取られたことで廉が?」
「…たかが? あなたにとっては『たかが』でも廉君はそんな人じゃないもの。傷つくに決まっているでしょう?」
「面白い奴だな。乱暴されて傷つくのは廉じゃなくてお前だろう?男は女を寝取られて腹を立てることはあっても傷ついたりしないさ」
「あたしが傷つけば廉君は傷つくわ」
「そんな風に信じているのか? 健気なのは結構だが、廉にしたら一時の遊びでしかないんだぞ。信じるだけ無駄だ」
「廉君は遊びで人を好きになったりする人じゃない!」
「今は初めての恋で逆上(のぼ)せているだけだ。冷静になればいずれ、お前は捨てられるんだぞ」
「……捨てるとか捨てないとか…何故そんなことを言うの? あたし達はお互いに好きなのよ?どうして捨てなきゃいけないの?」
「廉の意思なんて関係ないさ。これは一族の問題だ」
「え?」
「誰も逆らえねぇんだよ。あのジジイにはな。お前も自分の身が可愛かったらとっとと廉と別れろ。初恋なんて実らないもんだと諦めるんだ」
「何よそれ? あのジジイって誰? その人があたし達を別れさせたいの? 廉君を傷つけたいの? そんなの酷いわ。許せない!」
「あのジジイは目的のためならどんな事でもする。死んだほうがマシだと思う程に傷つけられるかもしれないぞ」
「冗談じゃないわよ。顔も知らない人に無理やり別れろとか、別れないなら傷つけるとか言われて『わかりました』なんて言うとでも思っているの?」
沸々と湧き上がってくる怒りを止める事なんて出来なかった。
何故、あたし達が他人の勝手で別れなければならないの?
廉君に逆らうことが許されないってどういうこと?
一族ってなによ。廉君の意思が関係ないなんて…そんな事ありえないじゃない!
「バッカじゃないの? 何のためにあたし達が別れなくちゃいけないのよ。あなたもそんな人の命令なんか聞いてないでシッカリしなさいよ。男でしょう?
常識のない人の言いなりになってる暇があったら自分の頭で考えて行動しなさいよ」
ギッと紀之さんを見据えると、それまでの余裕が一瞬消えるのを感じた。
まさかあたしがこんなにも激しく言い返すとは思っていなかったのか、彼は明らかに動揺したようだ。
「…お前、見かけよりキツイな。俺がいつでもお前を襲える状態だってのに、そんな風に逆らって悪態ついて、もし俺が逆上でもしたらこのまま乱暴されてもおかしくないんだぞ? 怖くないのか?」
「乱暴されるのは怖い。でもあなたは怖くない」
声が震えないようにと、全神経を集中させて言った台詞は、自分で思った以上に凛と響いた。
紀之さんは目を見開いて探るようにあたしを見つめる。
彼の瞳には迷いが浮かんでいて、とても暗くて哀しげだった。
あたしを見ているのに、まるであたしを映していない。
あたしを通して誰かを見ているようにも感じた。
「どうしてそんな哀しい瞳(め)をするの」
「…え?」
「あたし達を傷つけたいのかも知れないけど…むしろあなたが傷ついているみたい」
「な…に…?」
驚きに見開かれた目で痛いほどに見つめられる。
目を逸らしたくなる衝動に耐え、必死にその視線を受け止めて、彼が次にどう行動するか全神経を張り詰めて待った。
互いをじっと見つめあう時間がどのくらい続いただろうか。
それまで張り詰めていた部屋の空気がビリッと一瞬振動するほどに高まった後、弦が切れたようにふっと緩むと、紀之さんが弾かれたように笑い出した。
ひとしきり笑うと、押さえつけていた肩を外しあたしの上からどくと、腕を取ってベッドの上に座らせてくれた。
思いがけない行動に唖然とする。
「廉がお前に何も話さないで護ろうとする理由が解かった気がする。最後まで何も知らないまま護りきれるものなら…俺だってそうするかもしれないさ。でも…不可能だ」
護る? そういえば安田さんもあたしを護るって言っていた。
ここ暫くの廉君の心配の仕方も神経質なくらいだった。
「廉がお前を愛すれば愛するほど、お前は狙われる」
「…な…どういう…こと?」
「廉はいずれお前を護りきれなくなる。お前を手放す以外に護る方法がなくなる時がきっと来る」
紀之さんの言葉の冷たさに背筋を冷たい汗が伝う。
あたしを見つめる視線は暗く翳(かげ)り、瞳の奥に哀しげな光が揺らめいていた。
「…廉もいずれ気付くときが来る。お前に執着することは傷つけるだけだと。あいつを好きならそれなりの覚悟をしておけ。
二度と見られないような顔になろうが、立ち直れないほどに傷つけられようが、俺は知らない」
彼は嘘をついているわけでも、あたしを脅しているわけでもないのかもしれない。
「…忠告はしたぞ。ジジイは邪魔になるものには容赦がないんだ。気をつけろ」
―― 大切な君に何かあったら、僕は一生後悔する
昨夜の廉君の台詞が大げさだと思ったけれど…
今は彼が心配していた理由が解かる気がした。
それでもあたしは…
「…たとえ傷ついても、廉君を好きになったこと後悔することは無いわ」
「お前…」
紀之さんは信じられないというように、目を見開いた。
「あたしにとって今日まで廉君と過ごした時間は宝物なの。廉君のどんな表情も大切で、彼が必要だと思ってくれる限りどんなに傷ついても笑って傍にいる。それが彼の為に出来る唯一のことだから」
「バカだな。終わりが来ると解かっていても…それでも想い続けるっていうのか?」
「あたしは見返りを求めて廉君を好きになった訳じゃない。それに終わらせるつもりも無いわ」
紀之さんは向かい合うあたしの肩をグッと掴んで正面からあたしを見た。
肩に指が食い込むほどの力と、真剣な目。
彼がこれから告げようとしている事が真実で、決して良いことではないのだろうと悟ったけれど、逃げることは出来なかった。
「なら、教えてやるよ…」
長い間(ま)の後に、一つ深呼吸してから言葉を繋ぐ。
…ベッドがギシリと軋んだ音が、妙に耳障りだった。
「廉には婚約者がいる。……俺の妹だ」
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紀之の衝撃的な告白。廉が香織に知られることを恐れたことの一つは婚約者の存在でした。
香織に知られることなく婚約解消したかった廉ですが…敵のほうが一枚上手でした。
さて、この婚約者。実は既に別作品で登場しています。
時間軸は少し未来の話なのですが…もしかしてこの人?と解かった方。凄すぎます(笑)
うーん。絶対解からないと思うので、もう少ししたらネタバレOKの方にだけ教えてあげますね。
2007/10/24