Little Kiss Magic 3 第19話

※暴力的なシーンを含みます。痛々しいのが苦手な方はご遠慮ください。小学生はご両親に確認してからにしてね。

いつもなら心を和ませてくれる窓の外を流れる緑の美しさも、今日は何気ない光景にしか映らない。

紀之さんとの会話が頭の中でガンガンと痛みを伴いあたしを侵食する。
ふさぎこむあたしに安田さんが心配そうに体調を尋ねてくる。
車に弱いあたしを、酔ったと思ったらしい。
少し頭痛がするのだと言うと、別荘まではあと10分ほどだから横になっていくようにと言われた。

身体を横たえると、革張りのシートの冷たさがひんやりと心地良い。

出かけるときにはこんな風に落ち込んで帰ることになるなんて思ってもみなかった。
目を瞑ると今日の出来事が浮かんでは消えてゆき、心が乱される。
でも目を開けると眩暈と吐き気がし、頭痛が更に酷くなった。

体調の悪さは精神的なものなのか、それとも単に車に酔ったのか…
そんな事も自分で解らなくなっていた。


カーブをくねりながら山道を登りきると、そこにはやがて高級別荘地が見えてくる。
後10分ほどということは、その少し手前の分岐点辺りに差し掛かっているのだろう。
その辺りまでは廉君のお母さんと毎朝畑へ行くときに、良く通る道だ。
自分の生活圏内に、帰ってきた。と、ホッとする自分に、別荘が既に我が家のように感じていることに気付いた

あたしを温かく迎えてくれた廉君のご両親も、婚約者の事を知っているはずなのに、どうしてあんなに歓迎してくれたんだろう。

『ねぇ、香織ちゃん。こんなボンクラ息子だけど、これからもよろしく頼むね? 君に捨てられたら、きっとこいつボロ雑巾みたいになっちゃうからさ、見捨てないでやってくれるかい?』

ニッコリと笑ってそう言った、理事長先生の顔を思い出す。
あれは社交辞令だったんだろうか。
いずれは別れなければならない恋人に、せめてひと夏楽しい思い出を作ってあげようという配慮だったのだろうか。

ねぇ…廉君。

本当の事を教えて。

あたしたち…いつか別れなくちゃいけないの?

あなたはいつか遠い人になってしまうの?

あたしの知っている廉君は、いつかいなくなってしまうの?


溢れそうになる涙を、キュッと強く瞑った目の奥に押し戻した。




そのとき…


突然、急ブレーキの耳障りの音が周囲に響いて車が止まった。

横になっていたあたしは軽くドアに頭をぶつけたけれど、たいした怪我も無く、あわてて身体を起こして安田さんを見た。


安田さんは硬い表情で外を見据えている。
その視線の先には、二十歳(はたち)前後の派手な格好をした男の人たちが数人立っていた。
あたし達のベンツの周囲を取り囲むように停められた、数台のバイクと改造が施されていると一目でわかる派手な車。
暴走族というには歳をとっているようだけれど、どうやらそういう類にも似た集まりのようだ。
なにやら怒鳴りながら、ドアを叩いて騒いでいる。あたしの位置からは良くわからないが、どうやら金を出せと強要しているようだ。
良く見ると手には鉄パイプやナイフのようなものを持っている人もいる。

いかにもお金持ちの車だから、強盗にあったのだろうか。

安田さんはあたしを振り返ると、安心させるように笑って『待っていてください』と言って車から降りた。
何を話しているのかは良くわからなかったけれど、相手を説得しているらしい。
そのうちいきり立った相手が、突然安田さんに襲い掛かってきた。

あたしは安田さんが殴られると思って、思わずギュッと目を瞑って…

そうっと目を開けた時、安田さんは涼しい顔で、足元に倒れている殴りかかった相手を見下ろしていた。
それを切欠に次々と襲い掛かってくる若者達を、安田さんは難なくあしらっていく。


安田さんて強い。ボディガードって本当だったんだ。と、こんな時にとは思うけれど、改めて凄いと思った。


そのとき、安田さんの背後に一人の男が回りこんだ。
安田さんを羽交い絞めにし、もう一人の男が正面から殴り始めるのを見て、あたしは黙って見ていることが出来なくなった。

車から飛び降り、安田さんを羽交い絞めにしている男の腕に噛み付くと、逆上した男は安田さんを解放し、矛先をあたしに向けてきた。

首を掴まれ凄い勢いで車のボンネットに押し付けられる。
男はボンネットの上にあたしを引き上げ馬乗りになるとナイフをチラつかせた。

「やめろっ!香織さんに手を出すなーっ!」

安田さんが男に背後から飛び掛る。

男がボンネットから転げ落ちた隙に素早く身を起こしたけれど、首を絞められていた為か、それまでの頭痛のせいか、眩暈がしてすぐには動くことが出来なかった。

助けを呼ばなければ…
車の中へ行けば携帯がある。解っているのに、身体が言うことを利かない。
その間にも安田さんは4人の男と同時に格闘しているのが見えた。

早く助けを呼ばなければと、必死にボンネットから降りようと身体を動かしたとき、誰かに大きく後ろに引っ張られた。
先ほどより更に強く押し付けられた勢いで、強く背中を打って、激しい痛みに思わず呻いてしまう。
車に寄りかかりあたしを押さえつけているのは、最初に安田さんと話をして殴りかかった男だった。

「ふうん…なかなかの上玉じゃないか。これは楽しめそうだな」

「…お金が目的なら持っていないわ。安田さんを放してよ」

「金?おまえ達から金を貰おうなんて期待はしてないさ。おまえを二度と人前に出られない身体にするだけで、俺達には大金が入るんだ。いい仕事だろ?」

「な…っ!」

「方法はどんな形でもいいんだと。とりあえず殺すなとは言われているけどさ」

「…誰に頼まれたの?」

一瞬紀之さんが浮かんで、忌々しげに『ジジイ』と呼んでいた人の名前が浮かんだ。

「さあ、名前なんて知らねぇよ。俺も直接会ったわけじゃない。アニキの連れが持ってきた話だからな。俺達はおまえで存分に楽しませてもらった後、その顔に傷でも付けてやればそれでいいんだ。…ククッ、震えてるな。怖いか?」

男はナイフをチラつかせながらあたしの頬に押し付けた。
全身の血が凍るような冷たさが、頬から喉元を伝って、胸元へと移動する。

胸のボタンが一つ、二つとナイフで弾かれて飛んでいった。

「泣かねぇのかぁ? ふーん…面白くねぇなあ。おまえさ、今ここに何人いると思う?」

「……そんな事、知るもんですか」

「少なくとも、10人はいるんだぜ。順番に楽しませてもらうから覚悟しておけよ」

「そんなことしたら訴えてやるわ」

「訴える?そんなこと出来るわけ無いだろ? ああ、記念に撮影しておいてやるからな。クククッ…自分がどんな顔で男達に弄られたのか後で見てみるといい。もちろんおまえが大人しくしていれば、これは内輪で楽しむだけのなんてこと無いタダのビデオだ」

ペロリとナイフを舐めてから、更にボタンを弾いていく。
飛んだボタンが一つ、頬を掠めていった。

「だが…おまえが何処かに訴え出ようとしたら、それを無修正でネット上で公開してやる。顔もしっかりと判るようにな。クククッ…どうだ? おまえは俺達に一生逆らうことなんてできねぇよなぁ?」

痛む頭と込み上げる怒りに、目の前が赤く染まるようだった。
あまりにもショッキングな内容に思考が麻痺し、男の言葉がフィルター越しのようにどこか遠くで聞こえる。

「まあ、おまえは美人だし顔は傷つけないでおいてやる。俺達の為にその身体で一生稼いでもらうのも良いかもしれないな。なんたって、おまえは俺達に一生逆らえねぇんだからなぁ。今回は随分イイ仕事が舞い込んできたもんだ。俺もまだまだ運に見捨てられちゃいねぇってことだよなぁ」

ブラウスのボタンを全て取り払うと、男は大声で仲間にデジカメを持って来いと叫んだ。


ニヤリといやらしい笑いを浮かべてわざと耳元へ顔を近づけて言った。



「さあ…始めようか?」



本気だ…



全身から血の気が引いていく。
必死に抵抗しようとしても、いつの間にかやってきた男二人に押さえつけられ身体を動かすことも出来ない。
安田さんが必死に『やめろ』と言うのが、呻き声の合間から聞き取れた。

「安田さ…んっ!」

「あいつならさっき脇腹を刺されたから、もうおまえを助ける力なんて残ってねぇよ。ほっときゃ出血多量で死んじまうかもなあ。おまえが抵抗すればするほど時間もかかるし、おっさんの死ぬ確率が高くなるってわかってる?」

ニヤリと笑った顔は、口元が耳まで裂け眼球が飛び出した悪魔のように見えた。

抵抗のできない安田さんをまだ殴るか蹴るかをしているらしく、男達の笑い声と安田さんの呻き声が聞こえる。
このままでは、本当に安田さんが死んでしまう。

こんな男達の慰み者になるなんて絶対に嫌だ。
でも、安田さんを見捨てることなんて出来ない。

どうしたらいいの?

助けて…

助けて廉君…


「俺から行くぜ、さあ、しっかり撮れよ。ショーの始まりだ」

その言葉を合図に、男の体重がずしりと身体に掛かる。
ボンネットに当たって痛めた背中に激痛が走り、思わず呻き声があがった。
顔に掛かる酒の匂いを帯びた息に思わず顔を背けると、唇を噛み締めギュッと目を閉じた。


目の前の恐怖と現実が消える。

浮かんできたのは廉君の優しい微笑だった。


廉君…ごめんね。あたしもうあなたに会えない。


たとえ二度とあなたに会えなくても

あなたに触れる事も叶わない穢れた身体になっても

お願い。あなたを想い続けることだけは許して欲しい

こんな事になったのは悔しいけれど

あなたを好きになったことだけは

絶対に後悔しないよ、あたし



廉君…



大好きだったよ…






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うわわっ!香織、あきらめるなよっ!! 安田さーんっ。死ぬなよっ!今助けるからーっ
廉は香織のピンチに間に合うのかっ? 次回思わぬ人物が助っ人に登場です。
必死こいて書いてます。早く助けねばっ(滝汗)

2007/10/26