Little Kiss Magic 3 第28話



頭の中は混乱していた。

余りにも衝撃的な事実が次々と明らかになり、その内容の痛ましさに改めて自分の置かれた環境は異常だと思った。

全ては一族結婚を繰り返す古いしきたりが生んだ因縁。
いつの頃から何の為にそれが必要だったのだろう。
一族の頭首(とうしゅ)である泉原の当主様はその理由をご存知なのかもしれない。
もしかしたら春日のおじい様も…。

泉原を頭首とする一族5家の中でも、泉原に次ぐ権力を持つ春日家は、古(いにしえ)より闇の力と呼ばれる暗殺組織を代々受け継ぎ、一族の繁栄に仇となるものを抹殺してきた。

血塗られた仕事を任されてきた家系ゆえ、継承者は一族の中でも冷静かつ残忍であることが要求されるとも言われる。
それゆえ春日の血筋を繋ぐことは他家以上に難しい。
継承を拒むものも多く、その重圧に精神を病む者すらいたらしい。

おじい様の息子は優しい方で自ら相続の権利を放棄し、更に自分の子供達に家に縛られない幸せな結婚を望んだ為、闇の力に抹殺されたという噂は有名だ。
泉原家に嫁いだ砂姫様は兄の死を酷く嘆かれ、以来実家の春日家には一度も足を運んでいないと聞く。
残された三人の孫の内、男子の二人に期待が寄せられたが、長男の颯(はやて)さんが服毒自殺を図り、次男の篤さんが家を出て、春日は後継者を失った。
唯一残った娘である母さんは行方不明で、10年後に発見されたときには失踪中の記憶を一切失い、子供を望めない体になっていた。

母さんに息子がいることを誰も知らない今、春日の血筋は篤さんの二人の娘だけということになる。

もしも母さんの息子の事が明るみに出たら、おじい様はきっと、彼の意志など関係なく後継者として祀り上げるだろう。
そして紀之さんは必ず彼を味方につけようと動く。

なんて血生臭い話なんだろう。
これが自分を含むごく近い身内の話なのだ。

春日の後継者は死を操る者
浅井や瀬名など足元にも及ばない権力を有する春日の最大権力であるおじい様を敵に回すのは、死を意味するに等しい。

唯一春日を制御できるのは泉原だけだが、おじい様はそれすらも手中に収めんとしているのだ。
このままでは皆が春日の犠牲になるのは解っている。
紀之さんの計画は、確かに血を流さず最小限の犠牲で済むだろう。
だけど…

「百合子さんはそんな事望まないでしょう? 雅さんの事を知ったら絶対に彼女は深い罪悪感で傷つきますよ」

「…解っている。だが雅には義務がある。それから逃げることは俺が納得できないんだ」

「…義務?」

「春日家の直系としての義務だ。一番濃い血の雅が護られて、血筋の遠い百合子が犠牲になる必要などないんだ」

「血筋の遠い?」

「百合子は俺の妹じゃない」

「え…っ?」

「百合子は…俺の父親の姉が不倫の末、孕んだ子なんだ。伯母は男と逃げるつもりでいたらしい。だけど結局男に捨てられ絶望した伯母は、生まれたばかりの百合子と心中を図った。百合子だけが奇跡的に助かったんだが…瀬名家としては娘のスキャンダルを明るみに出来ない。だから父が自分の子として引き取ったんだ」

「そんな事が…」

「俺はずっと自分の妹だと信じていたからな。知ったときはショックだったよ。養女だって事実より、百合子が余りにも不憫でな。伯母が不貞など働かなければ、良家の娘として生まれ幸せに育つはずだったのに、一族の恥を隠すため瀬名の娘になったばかりに、お前と婚約する羽目になった」

紀之さんが怒りを叩きつけるように、ハンドルを拳で叩くと、銜えた煙草のフィルターがギリッと嫌な音を立てた。

「理不尽だと思わないか? 聖良や雅が家族に護られた中で幸せに生きている。それなのに、百合子だけが幼い頃から一族の鎖にがんじがらめになって抵抗も出来ずにいるんだ。 お前の母親のように逃げ出さないようにと幼い頃から監視され、口答えも許されず、ただお前と結婚する為に生かされている。
それなのにお前は初恋に現(うつつ)をぬかし百合子に見向きもしない。百合子には恋をする自由さえないのに、だ。余りにも可哀想だとは思わないか?
本来なら…一族結婚から一番遠い立場なのに…何故百合子が犠牲にならなければならなかったんだ?」

百合子さんの身の上と、紀之さんの苦悩。
凄惨な事実に、僕は言葉を失ってしまった。
紀之さんの気持ちは解らないではない。現時点では彼女が一番の犠牲者なのだ。
彼女を救いたい気持ちは痛いほど解る。
だが…

「……紀之さんには無理だ。あなたは優しすぎる。闇の力を継承するのは並みの精神力では無い。力に呑まれて使い方を誤れば、あなたはおじい様と同じになる。他の方法を考えたほうが良い」

「他の方法? そんなものこの数年ずっと考えてきたさ。考えに考えた一番犠牲が少ない確実な方法だ。お前だってそう思っているはずだ、廉」

「……リスクが大きすぎる。あなたが春日を継承しても、闇の力を統御(とうぎょ)出来るほど冷酷になれるとは思えない」

「力に呑まれ俺がジジイのようになったそのときは、お前が俺を殺してくれ」

「紀之さん!」

「百合子が瀬名家に引き取られず、自分の親も血筋も一族の事も何も知らずに何処かの施設ででも育っていれば…今頃誰かに恋をして普通の女の子として幸せに生きていたはずだ。俺は…あいつをこれ以上不幸にしたくないんだ」

「紀之さん…あなたは…」

この人は…
百合子さんを愛しているのだろう
多分、妹としてではなく、一人の女性として…

戸籍上は妹

決して結ばれることの無い哀しい恋

決して報われることの無い切ない想い

男として抱きしめることも、想いを告げることも叶わない

兄として見守り続け無償の愛を注ぐことしか出来ない

どれほど長い時間、彼はその想いを胸に秘めてきたのだろう

彼の気持ちが痛くて胸が苦しい

何故こんなにも哀しく不幸な出来事が繰り返されるのだろう


雅さんを犠牲にする事無く…

義兄を巻き込む事無く…

これ以上の悲劇を生む事無く…

この悪夢を終わらせることは出来ないのだろうか



ナビが示す香織の位置を目で追いながら、香織だけは決してこの悪夢に巻き込むまいと誓った。



「…廉、近いぞ」

紀之さんの声に頷きもう一度モニターを確認する。
香織の車の位置は渋滞で動けないのか、先ほどから暫く同じ場所に留まったままだった。

「この小路を抜けた先の交差点で足止めを喰らっているようだ。追いついたぞ」

「小路を出たら降りて走ります。紀之さんは渋滞に巻き込まれないよう…」

「もう遅い。後続の車がいて進むしかない。この道は一方通行だし、車を寄せてやり過ごすだけのスペースも無い。クソッ…このまま本線へ出たら俺は抜け出せなくなる。追跡を考えるとこの車に戻るのはマズイ。何とか一人で彼女を連れ帰れ」

同じ考えだった僕は彼が言い終わる前に頷き、いつでも降りられる体制を整えていた。
小路を出ると、まるで津波にでもさらわれた様に車の波に呑まれたポルシェは、たちまち身動きが取れなくなる。

車を飛び出すと、ムッとした大気と刺すような暑さが僕を包んだ。

無駄に排出される有害ガスと熱が、アスファルトを焼き体感温度を上昇させる。

夏の日差しを一層強くする車の照り返しが視界を遮った。

眩しさに目を細めながら周囲に素早く視線を送り、見覚えのある車を探した。


アスファルトからの熱が大気を歪ませる。


少し先の交差点に、蜃気楼のように浮かび上がる黒塗りのベンツ。


駆け寄ろうとした僕は、飛び込んできた光景に愕然とした。


全身の血が凍りつき、世界から音が消える…


香織を乗せ別荘を出た車は確かにそこにあった…




トラックに側面から追突され横たわる無残な形で…






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次々と明らかになる事実。
そして紀之の本当の気持ち。
廉は心を動かされますが、やはり雅の事が引っかかり頷くことはできません。
そして、ようやく追いついた廉が見たものは、無残な事故現場でした。
さて、香織の安否は…?次回までお待ちをっ!

2007/11/12