Little Kiss Magic 3 第3話



僕は父の後継者として、14歳でこのプロジェクトの発案当初から関わってきた。
約3年がかりのリゾートプロジェクトがようやく実を結ぶ時が近付いている。
今回ばかりは浅井 克巳社長の息子としてではなく、このプロジェクトの中心人物として、公の場に出なければいけない。
今はこのプロジェクトに関する事だけで精一杯の僕だけど、 高校を卒業すると同時に、大学へ行きながら父の会社の経営にも携わっていく事になる。

それは、巨大企業泉原グループ率いる一族、泉原、春日、浅井、瀬名、水谷の家に生まれた男子ならば、避けられない事だしそれが特別だとか思った事は無い。
人付き合いが苦手な僕には向いていないとは思いながらも、それが運命なのだと何処かで諦めていたようにも思う。

だけど、香織と付き合い始めて、僕は変わった。
自分に自信が持てるようになったし、彼女に尊敬してもらえる男になりたいと、仕事に対しても前向きな気持ちを持てるようになった。

このプロジェクトに携わったのは14歳になったばかりの中2の夏休みだった。
最初は何も解らず、ただ言われることをこなしていたが、高校に入学してから僕への周囲の期待はどんどん高まっていった。
一族の男子は15歳から会社を任せられる習わしがある。
その会社が、偶然にも短期間で大きな成果を挙げたことから、周囲の僕を見る目が変わったのだ。

自分では予想もしない展開と、急激な環境の変化。
僕の高校生活はそんな不安定な環境の中、安らぎを求めていた。

そして、そんな中で僕は香織に恋をした。

彼女の笑顔を見るたびに、焦りや苛立ちが、まるで別世界の事のように遠のいていくのをいつも感じていた。

家業と立場の重荷に潰れてしまいそうだった僕が、彼女の眩しすぎるほどの笑顔にどんどん惹かれ、癒されていった。

その影響は仕事にまで見事に反映された。
まるで周囲の期待に応えるかのようなタイミングで、幾つかの案が採用され、プロジェクトの幹部にまで押し上げられることになったのは、彼女に毎朝勉強を教えていた頃だ。
毎朝、ほんの僅かの時間、彼女に勉強を教えるあの時間が、僕にとってはかけがえの無いものとなっていた。

そんなに前から、ずっと僕を支えてくれたのが香織の笑顔だった事を彼女はまだ知らない。
だってずっと片想いで、密かに香織をそんな風に見ていたなんて、何だかストーカーみたいで今更言い難いじゃないか?
だけど、彼女がそこにいて、その笑顔を僕に向けてくれるだけで、どれだけでも強くなれるのは揺ぎ無い事実だ。

彼女と付き合い始めてからの僕は、周囲が驚くほどの頭角を表した。
学校では相変わらずの僕だけど、仕事では見違えるように積極的になった。
これまでは周囲に押されるような形で取り繕っていた場を、自ら率先して動き、纏め上げていくまでに成長した。

それが彼女の笑顔を独占できる立場になったパワーのおかげだっていう自覚は十分過ぎるぐらいある。
僕の中の彼女を護りたいと思う気持ちが、いろんな面で眠っていた才能や自覚を促がしたのかもしれない。

今となっては香織は僕にとってなくてはならない存在だ。
彼女がいなかったら、僕はプロジェクトをここまで導くことは出来なかった。
そしてこれからの激務に耐えることもできないだろう。
香織の存在自体が、僕を強くもし、弱くもする。
それはある意味、浅井グループの将来にも関係してくることかもしれないのだ。

出逢ったばかりの頃には、彼女がこんなにも僕に影響を与える女性になるなど、考えてもみなかった。

僅か1カ月離れている事を考えると息が詰まりそうになるなんて…。

考えてみたら、去年の秋に付き合い始めてから、香織とこんなに長期に会えないことなんて無かった。
冬休みも春休みも、プロジェクトで飛び回ってはいたけれど、それでも週に2回ほどは必ず会っていたし、電話は毎日していた。
もちろんメールは日に10回くらいしていただろうか。

それなのに、今回は1カ月以上も会えないなんて、ストレスでどうにかなってしまうんじゃないかとさえ思う。
せめて僕の誕生日だけでも彼女に会いたいと思っていたのに、父が僕の誕生日に関係者を招いてのパーティをすると言い出した時には、流石にショックだった。
それは17歳の誕生日に、公に僕を後継者と宣言するという、父としては粋な計らいのつもりだったのかもしれない。
だけど、僕にしてみたらとんでもなく迷惑な話だった。

落ち込む僕を心配した母親の前で、必要以上に明るく振舞う僕に、流石に父も申し訳ないと思ったのだろう。
香織を別荘へ招き、更にパーティにも彼女を僕の恋人として招待しようと言い出したときには驚いたが、これはいい機会だと思った。
このリゾートプロジェクトはいわば僕の浅井グループ幹部としてのデビューとなる。
僕の初めての仕事。そしてこれから経営していくホテルを香織に見て欲しい。
そして僕のもう一つの顔を知って、受け入れて欲しいと思った。

彼女の全く知らない世界の僕を見て、それでも彼女が僕を好きでいてくれる保障などどこにも無い。
怖く無いといえば嘘になる。

だけど、僕は信じたい。

僕が理事長の息子だと知っても揺るぐ事の無い澄んだ瞳で僕を受け入れてくれた香織。
僕がどんな人間でも君は真っ直ぐに僕を見つめてくれる。

僕は君のその瞳を信じたい。

巨大企業浅井グループの後継者としての僕を見ても、きっと受け入れてくれる筈だと…。


彼女を別荘に招待すると決めた両親は、僕がまだ香織に話してもいない段階から、あれこれと、彼女の為にプランを考え始めているらしい。
香織に凄く会いたがっている母は、女の子を欲しがっていた。
その気持ちが解らないでも無いから、何も言わずに見ていたけれど、父の盛り上がり方には一抹の不安を感じる。
今すぐにでも嫁に来てもらえといわんばかりの勢いが凄く怖い。

あの父の事だ。会ったとたん、何かとんでもないことを言い出すのではないかと、どんどん不安になってくる。
香織が引くんじゃないかと、今から気が気じゃなかったりするのだ。

だけどその後も、僕は切欠を掴めなくて、中々香織を誘えなかった。
両親のテンションはどんどん高まっているのに対して、まったく話を切り出すことが出来ず、 このままでは夏休みが始まってしまうと、気持ちはかなり焦っていたかもしれない。
今日こそは勇気を出して香織を誘おうと、気合を入れて角を曲がったとき…

アノ光景が目の前にあったのだ。

僕の理性はハッキリ言って、ぶっ飛んでいたと思う。
従兄とは言え、目上の者に対しあの所業はいつもの僕ならありえない。
紀之さんも、それを知っているからこそ、僕の中に『本気』を見たのだろう。

ああ、気が滅入る。
やっと香織に告げることが出来、両親への挨拶も済ませ許可も貰い、肩の荷も下りたというのに、何故かスッキリしない。
たぶん、紀之さんのいう『噂』が何か気になっているからだろう。

一族でいわゆる『噂』が流れると必ずその影にはある人物の影がちらつく。

僕の考えに間違いがなければ、『あのこと』が深く関係しているのではないかと思う。

噂がどの程度、どんな形で広がっているのか判らないが、香織に火の粉が降りかかる前に、手を打たなければならない。

もしかしたら、父が香織を招待しろと言ったのは、こういうことを予想していたからなのかも知れない。


香織の笑顔は絶対に、僕が護ってみせる。


この恋を誰にも邪魔させはしない。


たとえそれが…


あの人を敵に回すことであっても。





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意外にも男らしい部分が出てきて、これまでのどこか頼りない廉も少し成長したようです。
廉の両親の話がチラリと出てきました。ここでリンクしている関連作品に、既に気付いた人はスゴイ!感謝感激です。
柊花ワールドを熟知度レベル☆☆☆☆☆(五つ星)認定書を差し上げます!(そんなものあったのか?)
さてさて、廉は試練を迎え撃つ体勢バッチリの様子。いよいよ波乱の夏休みが幕を開けます。

2007/07/04