久しぶりに見た香織は周囲の新緑が色あせてしまうほどに綺麗だった。
「お帰りなさい。廉君」
真っ直ぐに僕の元へと駆け寄ってくる香織に両手を差し伸べると思い切り抱き締めた。
「香織、良く来てくれたね。遅くなってごめん。…会いたかったよ。早くその笑顔を補給しないと死にそう。もっと良く顔を見せて?」
「廉君ったら、恥ずかしいよ。廉君のお母さんが見て…っ…」
いきなり抱きしめられるとは思っていなかったらしく、慌てて僕から逃げようとする香織を無視して素早く唇を奪う。
早く香織を補給しないと本当に死んでしまいそうだった。
彼女の甘い香りが僕の心を癒していくのがわかる。
もっともっと…と、砂漠で水を求める旅人のように彼女を求めて唇を重ねた。
母親が見ていようと、誰がそこにいようと構わない。
今すぐに香織を補給しないと僕は倒れてしまいそうなんだから。
「…んぅっ…れ…ん…」
無駄とわかっていて抵抗する香織がちょっと可哀想になってようやく唇を離す。
彼女の顔は真っ赤で、首筋も、白い腕も、広く開いた胸元も、全部桜色に染まるほどに上気していた。
僕に押し付けられる形で、大きく上下している胸。
その動きからも、まだ鼓動が速い事が窺え、彼女がいかに驚いたかを物語っていた。
自然に釘付けになる視線。
さりげなく外すくらい、いつもはスマートに出来る僕なのに、何故か今日に限って上手く出来ない。
触れ合う胸に伝わる香織の鼓動が、心拍数を更に上げていく。
甘い香りが僕を誘う…
桜色に色付く首筋へと口づけたい…
本能が頭を擡げた。
「もうビックリするじゃない。いきなりどうしたの?」
僕を見上げる香織の声にハッとして、慌ててゴクリと理性を飲み込んだ。
…っ、僕は何をしようとしたんだ?
久しぶりに会ったせいか、いつもと違う環境からか、今日は驚くほど大胆な自分がいる。
所構わず掠めるようにキスしてしまうのはいつもの事。
だけど、あんなにも濃厚なキスをしたのは初めてだった。
さらに、彼女を求めて暴走しそうになるなんて…今までではありえないことだ。
しかも母親の前で、だ。
待ち焦がれ、ようやく愛しい彼女を腕に抱いたせいだろうか?
今日はどうも理性と本能のバランスが崩れているらしい。
こんな事で夏の間、香織に手を出さずに過ごせるんだろうか。
付き合って8ヶ月、まだキスしかした事はないけど、僕は焦ってはいなかった。
それは香織の気持ちを大切にしたいからだとずっと自分に言い聞かせていた。
でも本当は違う。
僕だって男だからキス以上に進みたい気持ちはある。
だけどそんな自分の気持ちからずっと目を逸らしてきたのは、自分自身に自信が無かった言い訳に過ぎなかった。
紳士の顔をしているけど、本当は僕だって…
だけど、香織に嫌われそうで…怖くて…
ホテルが無事オープンして自分に自信が持てたら、その時は…
自分の中でいつしかそう思っていたことに、今日ようやく気付いた。
以前とは違い、今は自分が会社に必要な存在であるとの自覚もあり、それなりの行動もしている僕。
だからこそ、香織に対する自分の中の気持ちにも、少し変化が現れたのだろう。
だけど、香織を目の前にして、ようやく自分の本音に気付くなんて…
自分自身のことなのに、鈍感にもほどがあると、思わず苦笑してしまった。
母がここにいなかったら、暴走した自分を抑えることなど出来なかったかもしれない。
彼女は自分がどんなに魅力的で、僕を翻弄しているか解っていない。
どうして男なら誰もが目を奪われる美しさを隠す事もせず、それどころか全身からその光を滲ませて微笑むのかと、僕にとっては不安要素だらけだ。
君をパーティに連れて行ったら、きっとその美しさは注目の的になる。
特に紀之さんは、絶対に本気で何かを仕掛けてくるだろう。
紀之さんは僕らの邪魔をしたいだけだって事くらい知っている。
だけど、ミイラ取りがミイラって事になりかねないんじゃないかと、不安を感じている部分があって、それを笑い飛ばせない自分がいる。
僕よりもずっと華があり、いい加減に見えるけど、仕事もきっちりと出来る紀之さんは凄く大人だ。
僕なんかと違い、女性を楽しませる術も知っている。
プレイボーイではあるけれど、確かに人間としての魅力があることも事実だ。
もしも、紀之さんが香織に本気になったりしたら、僕に勝ち目はあるんだろうか。
学校の男子生徒に感じる嫉妬心とは比べ物にならないほどの感情が押し寄せて来る。
紀之さんが香織に触れる事を考えただけで…
いや、香織の視線が僕以外の誰かに向けられるだけで…
僕は嫉妬でおかしくなってしまいそうだ。
「廉…くん?どうしたの?」
苦しいほどに襲ってくる感情にいつの間にか抱きしめる腕に力が入っていたらしい。
僕を見つめる純粋な瞳が、不安げに揺れている。
痛いほどに胸が高鳴って、彼女を強く抱きしめずにいられなかった。
「香織…好きだよ」
香織を傷つけたくない。
だけど僕だけのものにして、誰にも渡したくない。
その白い肌に僕だけのものだと、所有の印をつけて心ごと僕に縛り付けたい。
僕の本音を知っても、君は僕を好きでいてくれるだろうか…
「香織…僕は…」
―― 君の全てが欲しいんだ ――
僕の中に芽生えた、小さな欲望の種。
真夏の太陽が、その種を揺り起こす。
小さな芽が目覚めの時を迎え始めていた。
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きゃーっ!廉君暴走中です。
いつもはシャイな彼ですが、今回は紀之の挑発でかなり煽られています。
さてさて、彼は冷静になれるのでしょうか?
2007/07/09