☆ホタルの住む森30000Hits REQUEST SPECIAL STORY☆〜Request from 部長さま〜
Step5 クリスマスの誓い 1
クリスマス・イヴに先輩と一緒に過ごそうと言われ、とりあえず頷いたものの、正直ママに何て切り出そうか迷っている。
先輩と出かけることには文句も言わないだろうけど外泊となると…やっぱり問題があるよね?
ママに嘘をついて出かけるのも気が引けちゃうし…って言うより、あたしは嘘をつくのが苦手だからきっとすぐにばれてしまうと思うの
だったら反対されてもちゃんと話して説得した方が良い様な気がする。
迷っている時間はない。イヴは明日なんだから。
決意を秘めて深呼吸を一つすると、リビングのドアを開いた。
「あ…。」
リビングのソファーに座っている人を見てあたしは驚きのあまり声を失った。
「おぅ、聖良久しぶりだな。帰って来たぞ。今度は正月明けまでいられるからな。」
あたしとよく似た面差しの色素の薄い茶色の瞳、癖毛のあたしとは対照的な明るい茶色のサラサラのストレート。
最後に会った時よりもずっと大人になった、9才年上の兄、蓮見 聖(はすみひじり)がそこに笑っていた。
「お…おにいちゃん?」
「なんだよ1年ぶりに会った兄にその挨拶は。もっと感動的に『おかえりなさい』とか『寂しかったよ』とか言えないのかよ。」
「わあっ!お兄ちゃんお帰りなさい。元気だった?」
うれしくて兄の首に抱きつくとギュッと抱きしめ返してくれる。
「うん、この感じ。やっぱりお兄ちゃんだ。」
同じ抱きしめるという行為なのに龍也先輩があたしを抱きしめるのとは何かが違う。
今まではわからなかったけれど、やっぱり彼氏と兄という存在の違いなんだろうな。
そんな風に龍也先輩の事を考えていたあたしに、お兄ちゃんは眉を寄せ不機嫌な顔をした。
「何?その『この感じ』って、誰かと比較されてるような言い方じゃないか?」
ギク!
一瞬固まったあたしの表情をお兄ちゃんが見逃すはずが無かった。
「へ〜ぇ。聖良には俺以外に抱きしめてくれる男が出来たんだ。」
室温が一気に10℃くらい下がったような気がするのは私だけでしょうか?
「……どんな奴?」
…なんか…すごくご機嫌が悪くなってしまわれたようなんですが…。
「まさか、愛しい兄が帰ってきたのにクリスマスはその男と過ごすなんて事言わないよな?」
ピクン!
反射的に体が反応してしまったあたしを絶対零度の視線で射抜くお兄ちゃん。
すごくコワイ…よぉ。
「何?お兄ちゃん、何か怒ってるの?」
必死に表情筋にエールを送り何とか笑顔を作って必死に平静を保とうとするけれど…。
そうよ、あたしはウソも誤魔化すのも苦手なの。
お兄ちゃんの獲物を捕らえる鷹みたいな瞳に睨まれたら、もう正直に言うしかないわよね?
「えと、その〜〜。彼が出来たの。学校で生徒会長やってる、佐々木龍也先輩。一つ年上でね、スッゴク優しいのよ。」
「かっこいいのか?」
「あ…うん。学校ではビケトリって言われてるひとりなの。」
「ビケトリ?」
「うん、龍也先輩の親友を含んだ3人は、学校でも有名な美形トリオなのよ。」
「ふうん、生徒会長って事は頭も良いんだ。」
室温が更に5℃は下がったんじゃないだろうか。
この部屋…暖房効いているよね?
寒いと感じるのはあたしだけなのかしら?
「……。」
「え?」
お兄ちゃんの低い呟くような声を聞き取る事はできなかった。感情を抑えるような低い押し殺したうめき声だったから。このまま聞き返さないほうがいいかもしれないと本能が叫んでいる。
だけど、聞き返さない訳にはいかなかった。だって、龍也先輩に関する事である事は間違いないんだろうから。
「そいつを連れて来いって言ったんだ。俺がどんな奴か見定めてやるから。」
ああ、ほらやっぱり龍也先輩のこと…えぇ?今なんて言った?
「…先輩をお兄ちゃんに会わせるの?」
「そうだ、明日我が家のクリスマスパーティに招待してやる。そいつがどんな優等生か知らんが聖良に手を出す奴は許さねぇからな。…って、おまえまさかそいつとどうかなってんじゃないだろうな?」
「どうかって何よ?」
「どうかっつたらあれだろうが?」
「あれって何よ?」
「男と女が付き合ってたら自然にそうなるだろうが。」
「なによ。キスのこと?」
「んあ?まぁそれもあるが…。」
一瞬気まずい間が流れる。
「コホン…。まあいい。とりあえず何も無いんだな?」
お兄ちゃんは何かを誤魔化すように咳払いして念を押すように聞いた。
…キスはありますが…。これって言わないほうが良いよね。
「聖良?オイ。何も無いんだろうな?」
黙り込んだあたしに不審を感じたのか更にしつこく念を押し始める。
これ以上詮索される前に逃げたほうがいいと判断したあたしは、とっととドアへと方向転換した。
お兄ちゃんの声があたしを追いかけてくる。
「もう!心配ないわよ。先輩に電話するから行くね!」
ばんっ!
大きな音を立ててドアを閉めるとどっと冷や汗が出てくる。
お兄ちゃんは過保護だ。
でも、だからって龍也先輩を責められるのは困る
クリスマス・パーティに先輩が来たくないって言ったらきっとお兄ちゃんは先輩とのお付き合いを許してはくれないだろう。
やっぱり先輩にきてもらってお兄ちゃんを説得するしかないのかな?
クリスマス・イヴに先輩とどこかに泊まりに行こうと誘われて一歩前に進もうと決心したばかりなのに…。
クリスマスパーティに招待か…。
なんだかひと波乱ありそうな予感がするのはあたしの考えすぎなんだと思いたい。
でもテストのヤマは当たんないのに、こう言うときの予感だけは当たるんだよね。
…龍也先輩に泊まりに行けなくなったって電話しなくちゃ。
ごめんね、先輩。
ああ、でも…お兄ちゃんの事、何て切り出そう…。
〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜
クリスマス・イヴには聖良とふたりで甘い夜を過ごせたら…とは思っていた。
だけど、クリスマス3日前から行動している俺達ってやっぱり遅いんだよな。
ちょっとした所は全部満室だし、高校生の俺達じゃ行動できる範囲なんて決まってる。
せめて車で移動が出来ればと思うがそれは来年まで我慢って所だな。
4月の誕生日が来たら速攻で免許を取ってやる。来年は遠出して…早めに良い所予約とって…。って、来年の事考えたってダメなんだよ。今年だ今年
今年の事を投げ出して来年のイベントに心が飛んじまうなんていい加減脳ミソが現実逃避をしたくなって来ているようだ。
ネットも雑誌も色々調べて、ココと思う所は片っ端から問い合わせしてみたけれど、今のところ全部空振り。
前日キャンセルを狙ってみたけど、今のところキャンセルの出る可能性もかなり低い。
上手くいかねぇな。せっかく聖良が決心してくれたって言うのに。
ふたりで何処かへ出かけて少ししゃれたペンションにでも泊まって…聖良の気持ちの準備さえできていれば流れで……何てことも少し期待してみたりしてたんだけどな。
まぁ、聖良の事だから過剰に期待して落ち込むのも嫌なので、僅かに30%くらいの期待としておこう。
俺達には身体より心のつながりのほうが大切なんだから…。
何ていうのは建前で、聖良の色っぽ可愛い仕草を見ていると抱きしめたくなったりキスしたくなるのは日常茶飯事で、実際は俺の強靭な理性もかなりヒビが入りつつある。
後どの位我慢できるだろうな。
聖良の前では得意のポーカーフェイスも何処へやら、すっかり腑抜けと化してしまう俺を親友の暁と響は笑うけど、しょうがねぇじゃん。
聖良のあの純粋な瞳を見ちまったら微笑む以外に何ができる?
俺がフッと薄く微笑むだけで満面の笑顔で嬉しそうに俺を見上げてくるんだぜ?
そりゃもう、天使の笑顔って奴で。
〜〜♪
聖良だ。
外泊の件OKもらえたかな。まあ、もしもダメといわれてもガッカリしないよう心の準備はしておこう。
そう考えつつ携帯を取り上げる。
「もしもし。」
『あ、先輩?聖良です。』
少し躊躇したような聖良の声にあまり良い返事をもらえなかった事を直感する。
「ダメだって?」
『え…なんで?』
「聖良の声の感じで分かるよ。」
ああ、ヤッパリか。どこかそんな予感はしていたんだよな。聖良が上手くウソをついて家を出てくるはずはないと思っていたし、きっと正直に言って反対されたんだろう。
『うん…。ごめんなさい。それで…。』
「気にしなくていいから。ほら、俺達行動遅かっただろ?色々捜してるんだけど、まだ良い所が見つかっていなかったんだ。」
『あ、そうなんですか。キャンセルしなくちゃいけないんじゃないかって思ってました。』
「不幸中の幸いかな。クスッ…気にしなくても良いよ。でも、デートは出来るんだろう?」
『それなんですけど…。』
「何?都合が悪い?」
デートまで出来ないとなるとちょっと凹んでしまいそうだな。
『いえ、あたしがと言うより…先輩のほうが都合が悪くなりそうで…。』
聖良の言っている意味が良くわからない。
「何?どう言う事?俺が都合悪いって。」
『クリスマス・イヴにあたしの家でのクリスマスパーティに招待したいって言うんです。…兄が。』
「お兄さん?聖良お兄さんがいたっけ。」
『うん、一緒には暮らしていなくて…海外赴任しているんですけどね、クリスマス休暇で帰ってきたんですよ。で、先輩とお付き合いしているのがわかっちゃって、どうしても連れて来いって。
あたし、すごく嫌な予感するんで、先輩もし、嫌なら断っちゃって良いですよ。』
イヴの夜を聖良と過ごせないならせめて日中ぐらいは一緒にいたいよな。聖良の家でのパーティでもいいじゃないか一緒に過ごせるのなら。お兄さんがいても別に構わないと思うけど…。聖良は何を不安がっているんだろう。
もしかして…。
「聖良のお兄さんって…シスコンなのか?」
『う〜〜ん。シスコンって言うか超過保護。兄はあたしより9才年上なんだけど、あたしが5才のとき父が亡くなってそれ以来父親代わりみたいなものだから…。』
「え?聖良のお父さんも亡くなっていたのか?」
『そうですよ。あれ?そう言えば話したこと無かったですね。…今、も、って言いましたよね。先輩のお父さんも亡くなっているんですか?』
「ああ、去年な。」
『ええ、そうなんですか?あたし何も知らなくて…。』
「うん、そうだな。俺も聖良のお父さんのことやお兄さんの事全然知らなかったし…。なあ、聖良。俺達もっと自分のこと話さないか?5ヶ月も付き合っているのにお互いの事知らない事が多すぎるよ。」
『そうですね。そう言えばいつも生徒会の仕事の事とか、他の役員さんたちと一緒であまり家の事とか話す機会無かったですよね。』
「聖良の家に行くのに何も知らないで行っちゃ、お兄さんにシバかれかねないからな。今から出られないか?」
『え?随分急ですね。』
「聖良の声を聞いたらすっげ〜会いたくなった。少しでもいいから会って話したい。」
『うふふっ…。なんだか嬉しい。あたしも会いたいなって思っていたから。』
「聖良の家はお兄さんがいるんだろう?今日は迎えに行くのはまずいかな。」
『うん、絶対に止めたほうがいいと思う。室温もかなり低下気味だし…。』
「室温?暖房でも壊れているのか?」
『え…?あっいえっ…。何でもないんです。ちょっと独り言…。あははっ、あたしが先輩の家の近くまで出て行きますから場所教えて下さい。」
そう言えば俺が住んでいるマンションの事も聖良には何も話してなかったな。
聖良に限らず暁と響しか知らない事実だし、誰にも話すつもりはなかったけど。
「じゃあさ悪いけど市立武道館まで、出てこられるか?俺の家から近いんだけど…。」
『今からだったら、30分位かかるけど…良いですか?』
「うん、良いよ。先に行って待ってるから。」
携帯を切って、暫し考え込む。
今まで言えなかった事を聖良に話そう。聖良のことももっと知りたい。
身体を求める前に俺達はもっと心を結ばなくちゃいけない。
聖良のこと何にも知らないで結ばれるなんて…やっぱり嫌だもんな。
〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜
待ち合わせの場所で聖良を待つ事5分。思ったよりもずっと早く彼女はやってきた。
「龍也先輩もう来ていたんですか?まだ、15分しか経っていないですよ?」
聖良は30分はかかると言ったのだからゆっくり来れば良かったのだが、何となく落ち着かなくて予定より随分早く着いてしまったんだ。あの電話の後ほとんどすぐに部屋を出たと言ってもいいかも知れない。
部屋にひとりでいるのは落ち着かなかったんだ。
「聖良こそ、随分早かったじゃないか。」
「お兄ちゃんに近くまで車で送ってもらったんです。一緒に来そうな勢いだったんですけど、ついて来たら絶交だって言ったらようやく諦めて帰ってくれましたよ。」
「本当に帰ったのかな?どっかそのへんで変装でもして隠れて見てるんじゃないか?俺がお兄さんだったらそうするかもな。」
冗談めかして言ってみるが実はかなり本気だったりする。
俺が聖良の兄貴なら絶対に相手の男がどんな奴か確かめたいと思うから…。
「ヤダ!そんなことしたらお兄ちゃんと本当に口聞いてあげないもん。」
ぷうっと膨れる聖良を見ると思わず笑みがこぼれてしまう。聖良の頬を人差し指でつつくとそれまでの膨れっ面は何処へやら、ふわっとした幸せそうな笑顔で俺に微笑みかけてくる。
この笑顔に俺はどれだけ救われてきたんだろう。
つられるように思わず微笑んでしまう自分はきっとこの上ないくらい幸せな顔をしているんだと思う。
ずっと忘れていた笑顔。誰かを愛しく思って微笑む事。こんな些細でとても大切な事を聖良は俺に思い出させてくれた。
この微笑をどんな事をしても俺の手で守ってやりたい。
俺がこれから話すことを聞いた後でも聖良は変わらずこの笑顔を俺に向けてくれるんだろうか。
不安がまったく無い訳ではない。
今まで暁と響しか知らなかった事。いや、あのふたりにでさえ話していない俺の胸の内をこれから聖良に話そうとしているのだから。
俺の話を聞いて聖良がどう思うか少し不安だったが、このまま何も語らずにお兄さんの前で堂々と恋人を名乗るというのはなんだか納得いかないんだ
ある意味俺の心の闇の部分を聖良の前に曝け出す事になる。俺には一種の賭けでもあるわけだ。
だけど、きっと聖良はわかってくれる。こんな俺を受け入れてくれる筈だと信じたい。
聖良は俺がただ一人心を許してもいいと信じた女なんだから。
聖良と指を絡め手を繋ぐ。それだけでまるで心まで繋いでいるような気持ちになる。
繋いだ手から伝わる体温が心の中まで温かく和ませてくれるのがわかる。
俺にとって聖良は心の大切な部分の一部なんだ。
聖良を失ったら俺の心は感情を失ってしまうだろう。
暁と響に出会う前の俺のように…。
ガチャッ…
マンションのドアを開けるとふわりと暖かい空気が俺達を包んだ。
「どうぞ、遠慮しないで。」
「ハイ、お邪魔します。」
ゆっくりと部屋を見回すようにして勧めたソファーに腰を降ろす聖良。
当たり前の何処にでもあるようなマンションの一室。
2LDKのリビングは12畳だがそれ以上の広さに感じるのは必要最小限のものしか置いてない殺風景な部屋のせいだろう。
聖良は戸惑った様子で不思議そうに部屋を見回しては俺のほうに問い掛けるような視線を送ってくる。
部屋の雰囲気で違和感を感じたんだろう。
俺は対面式のキッチンでコーヒーを入れながら聖良の様子を見つめていた。
もしかしたら気付いたのかもしれない。俺が聖良にこれから話そうとしている事の一つを。
「聖良、俺んちコーヒー用のミルクって無いんだ。牛乳でもいいか?」
「あ、はい。いいですよ。あたしがやりましょうか?」
「いや、いいよ。いつもやっているから。聖良は座ってて。」
聖良がこうして来てくれるなら聖良専用にミルクを用意しておかないといけないなと心で浮かれながら聖良の為に砂糖を一つ落とし牛乳を入れたコーヒーを作る。
「聖良のお父さんが亡くなっていたって言うのは知らなかったよ。5才の時だって?父親の記憶があんまり無いんじゃないか?」
「うん…少しはあるけど、まだ幼稚園だったからはっきりと覚えている記憶って少なくて。」
「そうか。お兄さんが父親代わりみたいな感じだった訳?」
「そうなの。兄は父が亡くなった時14才だったんですけど、あたしと年が離れていたせいか凄くあたしの事可愛がってくれて、父がいなくても淋しくないようにって、『お父さん』になってくれたんです。
3年前仕事で海外赴任が決まった時も、あたしの為に断るって言ったくらいで…。」
聖良は小さく溜息を付くとコーヒーを差し出す俺を見つめてカップを受け取った。
ふうっと息を吹きかけ立ち上る湯気を散らす聖良の仕草を見つめ次の言葉を待つ。
「でも、あたしイヤだったんです。お兄ちゃんが自分の仕事に誇りをもっているの知っていたから尚更。妹の為なんかに自分の大切な人生を犠牲にして欲しくなかったんです。でも、お兄ちゃんは迷っていたみたいで…。ただでさえ超過保護なのに、あの頃から更に過保護に拍車がかかったというか…。」
……ああ、なんかわかる気がする、聖良の兄の気持ち。
目を離すと何をするかわからない妹を置いて海外赴任なんてできないだろう。
特に相手が聖良なら尚更だ。心配で心配で仕方が無いんだろうな。
振り回される聖良の兄の事を想像してフッと笑みがこぼれてしまう。きっととても大切に護られていたんだろう。聖良の純粋さを見ればどれだけ大事にされてきたかが良くわかる。
彼がいたからこそ俺は今の聖良に出会えたんだと思うと超過保護にも感謝したいくらいだ。
でも…
「聖良はお兄さんに護られて大切にされていたんだな。聖良を見てたらわかるよ。でもさ…これからは俺が聖良を護っていくから…お兄さんにはここでバトンタッチをしてもらうかな。」
聖良の肩を抱き寄せて額にキスをしながら言うと聖良は俺を受け入れるように瞳を閉じてくれる。
この表情が凄く好きだ。俺の何もかもを受け入れてくれるような気がして心が落ち着いてくる。
今なら俺も素直に自分の心を聖良に見せられるだろう。
聖良にだけは知っていて欲しいと思う。俺の心に長い間重く深い晴れることの無い霧をめぐらしている元凶となった女の事を。
「俺、聖良の家の事改めて聞いた事無かったよな。何故かわかる?」
「今まできっかけが無かったからじゃないんですか?」
「まあ、それもあるけどね。あえて家族の事を聞かれないように避けていた部分もある。聖良の家族の事を聞くと俺の事も話さなければならなくなるだろう?俺の父親が死んで間もないから気を使われるのも嫌だったんだ。」
「そうですね…。あたしも隠すつもりは無かったんですけど、父がいない事を聞かれてもいないのにわざわざ自分から言う事も無いと思ったし…何となく言いそびれてましたから。」
そう言いながらもう一度部屋を見回す聖良。何か問いたそうに俺を見つめる。
「何?」
「随分物が少ないですね…まるで一人暮らししているみたい。」
言葉を選びながら話す聖良に優しく微笑んでみせる。そう、何でもない事なんだと言うように。
「ご名答。そうだよ。俺が一人暮らししてる事も言ってなかったよな。」
「ええ?本当に一人で住んでいるんですか?それこそ初耳でしたよ。」
「だよなぁ。言ってねぇもん。なんだか同情されるみたいで嫌でさ。」
「でもどうして?お母さんは?」
「母親は俺が小学生の頃蒸発した。理由なんか知らない。俺はずっと父親と二人暮しだったんだ。去年父親が亡くなるまではね。」
「龍也先輩…。」
「いわゆる天涯孤独の身って奴かな?特に付き合いをしてこなかった親戚なんて何処にいるかも知らないしな。」
聖良の隣りに座りそっと肩を抱き寄せる。
「ずっと、誰にも話した事は無かったよ。暁と響はこの事実を知っている。だけど自分から誰かに話したのはおまえが始めてだ。聖良にだけは本当の俺を知って欲しかったから。」
聖良の瞳を覗きこむと動揺が浮んでいて戸惑っているのが手に取るようにわかる。
「驚いた?今まで話せなくてごめんな。」
俺の胸にもたれるように額をつけた聖良はプルプルと頭を振り擦り寄ってくる。
まるで猫のような仕草が可愛くてそっと髪にキスをすると、聖良が小さな声で言った。
「あたしがいるから…先輩にはあたしがいるからね。ずっと傍にいるから。」
「聖良…。」
俺の腰に腕を回しギュッと抱きしめてくる聖良。
不安になる事なんて何も無かったじゃないか。聖良はちゃんと俺を見て全てを受け止めてくれる。
ルックスや頭がいいとかじゃなく佐々木龍也という人間の全てを認めてくれる唯一の女性だ。
この世にこんなに愛しい存在が他にあるだろうか。
「聖良…俺はずっと母親を憎んでいた。今でも許す気にはなれない。何故幼い俺を置いてある日突然姿を消したのか…理由は今でも分からない。だから俺はずっと女が嫌いだった。自分の血肉を分けた最愛の存在であるはずの息子でさえ自分の欲望の為に捨てる事の出来る女は愚かな生き物だと思っていた。」
聖良を抱きしめる腕の力を僅かに強くしてしっかりと抱きしめる。
自分の心の内を懺悔するように吐き出すには聖良の温もりがどうしても必要だった。
「俺が望まなくても何時だってバカな女は自分から俺を求めてきた。俺の苦しみとか悲しみとか何も知らないで、自分が擦り寄ってくる事が俺を傷つけるとも知らずに好きだとか抱いて欲しいとか自分勝手な欲求を言ってくる。付き合ったって俺の事なんて何も知らないくせに…。知ろうともしないくせに…。」
俺の言葉を黙って聞きながら腰に回した手をキュッと抱きしめてくれる聖良。
「女には嫌気がさしていたんだ。俺に群がってくる女は何時だって自己中心的で俺のルックスや頭がいいとかそんなことばかりを気にしている奴ばかりだった。連れて歩くにはいいって理由で誘ってくるような軽い奴もいたよ。女は愚かだと思っていたけど、…でも、聖良。おまえだけは違ったんだ。聖良は俺に安らぎを与えてくれた。微笑む事を教えてくれた。真っ直ぐな瞳で物事を見据える強い意志を教えてくれた。聖良には感謝しているんだ。」
「あたしも…同じです。先輩のこと何も知らない。他の女の人と同じですよ。」
聖良が瞳に涙をうっすらと滲ませて俺を見上げてきた。
「だけどそんなのイヤです。他の人と同じなんてイヤ。あたしは先輩の事を知りたい。あなたの支えになりたいの。あたしじゃ頼りないかもしれないけど…でもっ――。」
必死に言葉をくれようとする聖良が愛しくて有無を言わさず唇を塞いだ。
離れたくないというように何度も何度も触れながら話し続ける。
「違うよ聖良。俺にはおまえが必要なんだ。おまえは唯一俺の心を開いてくれた女だ。聖良がいなくなったら俺はだめになってしまう。おまえが笑顔で俺に語りかけてくれるだけで俺は強くなれるんだ。苦しくて眠れない夜もおまえの笑顔を思い出して眠ると悪夢を見なくて済む。」
聖良の目じりにたまった涙が頬を伝って一筋の道を作る。
その涙の後を追うように唇を這わせると聖良の涙の味が口にひろがって胸が熱くなる。
この胸に溢れる想いをどうおまえに伝えたらいいんだろう。
「聖良…愛してる。」
聖良を包み込むように抱きしめて涙を拭った唇を頬から瞼へ額へと移動してキスの雨を降らせていく。
どうしてこんなに愛しいんだろう。
触れるたびにもっと欲しいと思うのはどうしてなんだろう。
柔らかなキスを繰り返し聖良が甘い吐息を漏らし始めるとそっと聖良の首筋から胸元のボタンまで手を這わせた。途端にビクッと反応を示して体を硬くする。
「聖良…大切にするから…。俺のものになって。」
耳朶を噛むように囁くと聖良の身体から力が抜けてしまう事を俺は知っていて…。
「龍也先輩……すき…。」
聖良が俺の腰から腕を離し首に回してくる。互いに求め合うようにキスを深くしていく。
「聖良…もう待てない。今ここで抱いてもいい?」
うっすらと涙の滲む瞳で俺を見上げてくる聖良。その瞳の中に答えを見つけた俺は静かに聖良をソファーに横たえた。
視線が絡み聖良が静かに瞳を閉じる。
キスを繰り返しながら緊張をほぐすよう『好きだよ』と何度も囁いていく。
「怖がらないで…男と女が付き合ってたら自然にそうなるんだから。俺達が特別なわけじゃないんだよ。」
そう言って緊張に震える聖良の手を取りキスをしようと唇を寄せた。
その時だった。
「ああ〜っ!」
何かにやっと気付いたと言った表情の聖良。
「そう言う意味だったのね。お兄ちゃんったら。」
呆れたように溜息と共に唸る聖良。なにやらご立腹の様子だ。
突然の聖良のセリフと行動に訳が分からずついていけない。キスをしようとした聖良の手を握り締めたままポカンと聖良の様子を眺め、この手をどうするかなどと間抜けな事を考えていた。
俺のテンションはすっかりラブラブモードに入っているんだけどな、聖良。このままこの手にキスをして続き…って訳にいかないのかな?
いきなり素に戻らないでくれないか?
マジで凹みそうなんだけど…。
それでも何とか平静を保って普段どおりのポーカーフェイスで問いかける。
「なんだよ。急にどうしたんだ。」
「さっきお兄ちゃんがあたしに聞いたんです。あたしが先輩とどうにかなっているんじゃないかって。あたし意味がわからなくて…そしたらさっき先輩が言ったのと同じ事言ってた。『男と女が付き合ってたら自然にそうなるだろうが』って。それってお兄ちゃんあたしたちがそう言う関係なのかって聞いていたって事ですよね?」
…。聖良の兄は俺に圧力をかけているんだろうか
でも、明日聖良の兄に会うのならここで今どうにかなるのはやっぱりまずいよな。
せっかくここまで玉砕しそうな理性を必死に保って頑張ってきたんだ。あと少し我慢して聖良の兄にちゃんと貰い受けてからでも遅くない。
「聖良、そんなに怒るなよ。まだどうにかなった訳じゃないだろ?お兄さんには明日堂々と聖良を貰うって宣戦布告してやるよ。俺、もう聖良を手放せないし…。どうしても俺のものにしたいから、絶対にお兄さんに認めてもらってやるよ。」
聖良が安心するようにと満面の笑みで聖良に答える。
大丈夫、聖良のためならどれだけだって強くなってやるさ。
たとえ相手が聖良の兄でも、俺は聖良を失う訳にはいかないんだ。
握り締めたままの聖良の手に誓いのキスをして俺は心に刻んだ
絶対に…認めさせてやるから。
Next /
Novel Top
←ランキングに参加中です。押していただけるとウレシイです。