☆ホタルの住む森30000Hits REQUEST SPECIAL STORY☆〜Request from 部長さま〜
Step5 クリスマスの誓い 2
昨日先輩のマンションで聞いた話が胸を抉って痛みが止まらない。
あたしはパパを亡くしても温かい家庭に包まれて育った。パパの代わりはお兄ちゃんが務めてくれたしママもあたしたちをパパの分まで愛してくれた。
だから想像も付かない。
龍也先輩を捨ててお母さんが蒸発したなんて…。
先輩はどんな思いでお母さんを待っていたんだろう。
どんな理由がお母さんをそうさせたんだろう。
何故愛する息子を置いて出て行かなければならなかったんだろう。
幼かった龍也先輩の心の傷はとても大きかったと思う。
心を閉じていた龍也先輩を救ってくれたのは同じように母親のいない暁先輩と響先輩だったと龍也先輩は教えてくれた。ふたりは母親を失った龍也先輩の大きな支えだったそうだ。
あたしは何も知らなかった。先輩の心の傷を何も知らずに何を好きだと思っていたのだろう。
…でも、この気持ちに偽りはない。
龍也先輩が好き。誰よりも好き。
あなたを護ってあげたい。
あなたを悲しみや苦しみから護ってあげたい。
今でも悪夢にうなされて眠れない時はあたしを思い出して眠ると先輩は言ってくれた。
あたしで少しでも先輩を癒してあげられるのならずっと傍についていてあげたいと思う。
あなたの胸の暗黒の霧をあたしが払ってあげたいの。
あなたの心を明るく照らす一筋の光になりたい。
神様がクリスマスの願いを一つ叶えて貰えるなら
龍也先輩の心の傷を癒す事が出来る力をどうぞ私に与えて下さい。
とりあえず深呼吸。
それから…心の準備はいいな。
元来余り物事に執着しない俺は、緊張なるものをする事が滅多に無い。
だけど、今日ばかりはそんなことも言っていられない。
マジで胃が痛む位緊張している。
でも、ここでしっかりしなきゃ聖良を手に入れることは出来ないんだ。
俺は意を決してインターフォンを押した。
ピンポーン♪
「こんにちは佐々木です。」
『先輩。いらっしゃいませ。今開けますね。』
軽やかな聖良の声。まるで鈴を転がすというのが相応しい心を癒す声だ。
カチャ☆
ドアを開けて満面の笑みで微笑む聖良が目に飛び込んできた。
どっきぃぃぃぃんっ!!!
襟ぐりと袖にファーのついた真っ白なワンピースを着た聖良がそこに立っているのを見たとき。心臓が飛び出すのではないかと思うほどに胸が大きく高鳴った。
一瞬本当に天使のように見えて…
その背に純白の羽を見た気がして眩しくて思わず目を細めた。
いつも眩しい笑顔でいつも可愛い聖良だけど今日の聖良はなんだか特別に見えた。
「すげ〜かわいい。聖良。惚れ直した。」
「…っ、ヤダ、先輩。恥ずかしいじゃないですか。お世辞なんていいですよ」
「お世辞なんかじゃないよ。あんまりかわいくてビックリした。心臓がドキドキいってる。聖良俺に心臓発作起こさせるの得意だもんなぁ。…最近心臓弱り気味なんだぜ。早死にするなぁきっと。」
「ヒド〜イ先輩。あたしそんなに先輩の心臓に負担かけてます?」
ぷうっと頬を膨らますその仕草が俺の心を鷲掴みにする。
ギュッと胸が痛くなってまた心臓が早鐘を打ち始める。
「聖良のそう言う顔、それがダメなんだって。かわいくてドキドキする。」
膨れた頬を人差し指でつつくと照れたように笑ってくれる。この仕草がまた悶絶するほどかわいい。殺人的天然スマイル炸裂だな。
「…かわいくなんて…。」
「聖良はかわいいよ。そこにいるだけで癒されるし笑ってくれるだけで俺は救われる。俺の天使だよ。」
聖良の瞳を真っ直ぐに見つめて心からの言葉を聖良に向ける。
こんな歯の浮くようなセリフを真顔で恥ずかしげもなく言えるなんて少し前の俺だったら考えられない事だ。
いや、それ以前にひとりの女性にここまで溺れているなんて事がまず奇跡だ。
聖良のためにならどれだけでも変わっていける俺がいる事を感じる。
好きだよ聖良。必ずおまえとの事認めてもらうからな。
「へえ、今時の優等生はそんな気障な台詞を知ってるんだ。そうやって聖良を落としたのか?」
俺を射抜くような視線と言葉を投げつける長身の男が部屋の奥から玄関先へとやってきた。
じろじろと全体を嘗め回すように見てくる視線に不快感を感じる。
挑戦的な視線を投げてくる聖良の兄に表面上はにこやかにポーカーフェイスを作って見せる。
「初めまして、聖良さんとお付き合いさせて頂いてます佐々木龍也といいます。」
「許可した覚えはないけどね。」
サラサラの茶色の髪をかき上げながら壁にもたれた姿勢のままでその人は鼻で笑うように言った。
薄い琥珀色の瞳は聖良のそれとよく似ている。
「龍也か…。随分早く来たんだな。夕方に来るように言わなかったか?」
「聖良さんを少しお借りしたくて早くきました。いいですか?」
「連れ出すつもりか?」
「ダメでしょうか?昨夜になって聖良が行きたがっていたクリスマスイベントのチケットが手に入ったんですよ。友達が急に行けなくなって譲ってくれたんです。」
今日のデートは無理だと思っていた俺にとって昨夜の響からの電話は俺にとって天の助けだった。
『亜希を誘おうとコッソリ買っていたチケットがあるんだけどあいつが留学しちまって一緒に行く相手もいないしおまえにやるよ。もっと早く教えてやれば良かったんだけどすっかり忘れていたんだ。』
その言葉を聞いて少し胸が痛んだが、響はもう大丈夫だと笑っていた。
何にしろこれで聖良を堂々と誘うきっかけが出来たと言う訳だ。響には感謝だな。
問題はこの兄上様のご機嫌だけだ。
昨夜のうちに聖良には電話しておいたんだがまだ聞いていなかったようだ。
機嫌を損ねるとまずいから話さなくてもいいと俺は言ったけど、聖良はタイミングを見て機嫌が良さそうなら話してみると言っていた。
聞いていないと言う事は昨夜はあまり機嫌が良く無かったって事だよな。
今夜は荒れ模様になりそうだと覚悟を決める。
不安そうに俺を見上げる聖良に、心配するなと目で語りかけるように微笑む。
そんな俺達を聖良の兄はじっと睨むように見つめていた。
「ダメですか?売り出しと同時に完売したなかなか手に入らないチケットなんですよ。」
「お兄ちゃん。行ってきてもいいでしょう?」
「…なんで昨夜のうちに話さなかったんだよ。」
「先輩から電話があったのは10時過ぎだったしお兄ちゃんお酒飲んでたじゃない。そんなお兄ちゃんにデートに行きたい何て言ったらどうなるかわかってるもん。」
…酒癖が悪いのか?厄介な兄さんだな。
「…っ、そりゃおまえ、大切な聖良に彼氏が出来てクリスマスを一緒に過ごしたい何ていわれたら俺だって凹むにきまってんだろうが。娘を嫁にやるような心境なんだぜ?」
「お兄ちゃん気が早すぎ。」
「心境の問題だ。誰ももう嫁に出すなんて言ってねぇ。…って言うか嫁になんか行かなくていいから。」
俺をギロッと睨んでくる。
なんだかこの兄さんの気持ちが手に取るように分かってしまって何もいう気になれない。
わかっちまうんだよなぁ。聖良がかわいくて心配で仕方が無いんだろうな。本当に。
なんだか、笑いがこみ上げてきて、優しい気持ちになれる俺がいた。
聖良の兄さんに認めてもらわなきゃとかそう言う肩肘張った考えがすうっと引いていくのがわかる。
聖良を同じように大切に思っている兄さんが誰よりも身近な人に感じられる。
何よりも誰よりも聖良が大切で、だからこそ五月蝿くなってしまう気持ちも良くわかる。
そう思ったら、一つの提案を自然に口に出していた。
それが一つ間違えれば自分の首をしめる事になる事もわかっていたのに…それでも兄さんの気持ちが俺の中の何かとリンクして気付いたら口が勝手に動いていた。
俺達の望みはただ一つ
聖良が幸せに笑ってくれている事だから。
「どうしても無理にとは言わないですよ。本当に偶然手に入っただけで、本来なら行く事の無かった場所です。ただ、聖良が以前行きたがっていたのを知ってますし昨夜話して楽しみにしていたので…良かったらお兄さんが聖良と行ってきますか?俺としては聖良と一緒に行けるのが一番嬉しいけど、許可してもらえないなら、せめて聖良だけでも行かせてやりたいんですよね。」
俺の提案に暫し呆然とする兄さん。…さあ、どうする?
聖良が隣りで『ええ?お兄ちゃんと?』と叫んでいるのが聞こえる。
そんなに騒ぐなよ聖良。俺だって本当はおまえと行きたいさ。だけど、今はこの兄さんの気持ちを考えたら自分のことだけを押し通せないと思ったんだ。
それにこれはある意味賭けだった。
聖良の前では良い兄でいたいだろうこの兄さんが自分のエゴを通すか、それとも諦めて俺に譲ってくれるか…。少し策を含んでいる所もある。
譲ってくれよな。頼むよ。俺だって本当は聖良とデートしたいもんな。
「わかった、行って来い。ただし、夜はパーティをするからな。遅くても7時には戻って来いよ。」
苦虫を噛み潰したような表情で言い捨てる兄さん。
「ありがとうございます。ええっと、お兄さんとお呼びすればいいんですか?」
「いやだね。聖(ひじり)だ。蓮見 聖。お兄さんなんて絶対に呼ぶな。俺はおまえを認めた訳じゃないから。」
ぶっきらぼうに言う聖さんに頭を一つ下げて聖良に笑顔を見せる。
ほら、大丈夫だっただろう?
神様がきっと俺達に味方してくれるよ。
今夜はクリスマス・イヴだからきっと願いは叶うよ。
どうか聖良が何時までも天使の笑顔で幸せに微笑んでいてくれますように…。
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