Love Step

Step6 Un? Happy New Year 〜12月31日23:00 〜




聖良の兄、聖さんから交際を認められて1週間。今日で今年も終わりだ。


あの日から本当ならラブラブで毎日でも一緒に過ごしたい所だが俺は家庭教師のバイトが忙しくゆっくり聖良と会う暇もなかった。

父親はマンションと、万が一の為と入っていた保険をそこそこの金額残してくれた。
ゆえに大学を卒業するくらいまでは金銭的には何とかなるのだが、俺は何もせずに父親の残してくれた財産を食いつぶして生きていくのはイヤだった。


父親が死んで身寄りの無くなった俺の後見人を名乗り出てくれた暁の父親の晃おじさんは、そんな俺に家庭教師のバイトを勧めてくれた。

家庭教師のバイトを始めてから暫くして、俺の教え方が分かり易く成績も上がったということで、最初の教え子の友達を紹介され今では4人の生徒を週2回教えている。

まだ増えそうな勢いだが、これ以上増やすと生活は楽になっても聖良と過ごす時間に支障が出そうなので抑えて様子を見ているところだ。

今回は冬休みの間、正月以外は毎日来て欲しいと言われた生徒が2人いる。高校受験を控えてクリスマスも正月も返上で頑張っている教え子を見捨てるわけにもいかず年末ギリギリまで最後の追い上げに付き合うことになった。
おまけに冬休み期間だけの家庭教師をして欲しいと頼まれた為、朝10時から夜の10時までの間に毎日約4人のペースで教えている。

移動と食事と僅かな休憩時間位しかなくて、もちろん聖良に会う余裕なんて皆無だ。
まさか俺の我が侭で次の生徒までの空き時間30分だけ会おうなんて中途半端なことも言えないしな。

冬休みの間だけと耐えているが、これ以上生徒が増えて今以上に聖良に会えなくなったりしたら、本当におかしくなりそうだ。



クリスマスの余韻が俺の中に残っていて、聖良を求める男としての本能の部分が日増しに大きくなって来ているのがわかる。

聖さんに交際を認めてもらった事と聖良が俺の心の重荷を軽くしてくれたおかげで、自分の感情を以前よりもストレートに出せるようになってきたような気がする。

良い面もあるが問題は理性を抑える箍が外れやすくなった事だ。もちろん聖良限定だけどな。

限界は日に日に近くなって来ている。

今だって聖良の顔を見たらすぐにキスしてしまいそうだ。


いや、それだけで済めば良いけど…。



……自信ねぇな。



会っていないせいもあるだろうが、最近は電話で聖良の声を聞くだけでも俺の中にイライラとした感情が湧きあがって来るようになった。

今すぐに聖良を抱きしめてキスをしたい。

その白い喉元に唇を這わせ甘い声を聞きたい。

聖良がいないと夜も明けないし朝も昼も無いようにすら思える。


この一年で俺の中に今までになかった新しい感情がたくさん芽生えた。


聖良に笑顔に惹かれつつも恋が何かすら分からなかった春。


階段から落ちてきた聖良を受け止め胸が潰れそうな想いを自覚した夏。


聖良のあまりの純粋さに振り回され戸惑った秋。


そして心の闇の全てを聖良の前に曝け出した冬。


一年で凍てついていた俺の心は大きく変化した。


全ては聖良のあの純粋な心と輝かんばかりの笑顔のおかげだ。


いつの間にか俺の中に入り込み、俺の一部となっていた聖良。

一人が不安とか心細いとか感じた事も無かったけれど、聖良を知ってからは一人でいる事がこんなにも不安定な事なのかと思うようにさえなった。

いつの間に聖良は俺にとってこんなにも大きな存在になったんだろう。



もうすぐ日付が変わる。



聖良と出会った一年が終わり、共に歩く新しい一年が始まる。



来年もその先もずっと聖良には俺の傍で笑っていて欲しい。



聖良…この世で何よりも清らかで愛しい女性





おまえがいなかったら俺の世界に光は二度と射さないだろう。













『正月はふたりで初詣に行って来い。大晦日の夜に迎えに来るんだぞ。』

聖さんから電話があったのは一昨日・・・いや、既に時刻は昨日に変わっている真夜中のことだった。

電話を取るなりいきなりそういわれた俺は、一瞬すぐには言われている事を理解できずに固まってしまった。

「聖さんがそんな風に俺を誘うなんて思いませんでしたよ。」

『聖良が淋しそうなんだよ。おまえがバイトで忙しいのはわかるんだけど、大晦日くらいは大丈夫なんだろう?俺が許可するから聖良を連れ出してちょっと明るく笑わせてやってくれ。どんよりして敵わないんだよ。』

聖さんのうんざりと言った声に思わず吹き出してしまう。…が、同時に心に僅かな不安がよぎる。

聖良を溺愛する兄がうんざりするくらいに俺のために聖良が塞ぎこんでいるのだと思うと、いても経ってもいられなくなる。今すぐにでも会いに行って抱きしめてやりたい。
こんな時間じゃなきゃ、すぐにでも聖良の家まで走っていただろう。

「聖良と毎日電話はしているんですけど声の感じからはそんな風には聞こえませんでした。…気付かなくてすみません。」

『ああ、あいつは妙に意地っ張りな所があるからな。おまえが心配すると思って我慢しているんだろうな。気にするな。おまえが気にすると聖良が余計に不安定になる。悪循環だ。
そんなことよりおまえが初詣に連れて行ってくれると聖良に伝えても良いのか?』

「あ、ハイ。もちろんです。俺も聖良と一緒に初詣には行こうと思っていました。ただ、夜中に連れ出すのは聖さんが許可してくれないと思っていたんで、元旦の朝にでも行こうと思っていました。」

『バカ。俺は寛大なんだ。よく覚えておけよ。大晦日11時頃に来れるか?』

「はい。その時間なら8時からのバイトを終えていけば大丈夫です。」

『大晦日もバイトなのか?』

「俺もそこまでしなくてもって思うんですけどね。そこの家は両親が凄く熱心なんですよ。頼まれると嫌とはいえないでしょう?一応仕事ですから。」

『まあ、そうだな。じゃあ、そこのバイトが終わったらすぐに来いよ。飯を食っていないなら何か聖良に用意させておくから。』

「大丈夫です。バイトに行く前に済ませておくんで。じゃあ、11時に伺います。聖良には俺からも言いましょうか?」

『あ、いや。俺から言う。驚かせてやりたいしな。お前からは何も言うなよ。』

「……わかりました。」

『じゃあな。待ってるぞ、お休み。』

「はい。お休みなさい。」

聖さんの最後の『お前は何も言うな』と言うのがやたらとひっかかる。
また、何か企んでいるんじゃないだろうな。





クリスマスの夜の試練を思い出して一抹の不安が胸を過ぎった。





年が明けるまで後約1時間になる頃、俺は蓮見家の前までやって来た。

よく晴れた星の綺麗な夜だが、寒さは今年一番になると先ほど天気予報で言っているのを聞いた。

クリスマスの朝、聖良に貰った手編みのセーターとマフラーを着て来て良かったと恥ずかしそうにプレゼントを渡してくれた聖良の顔を思い出しながら思う。。
プレゼントのセーターは、手編みの為か、気持ちが込められているからか本当に温かい。
まるで聖良に抱きしめられているようで着る度に気を付けていないと頬が緩んでしまいそうになる。
だめだな。ここまで重症だと。
でもこのセーターを着ていると、何処にいても何をしていても聖良の気配が俺の周りに纏わり付いている気がする。冬が終わる前にボロボロになってしまうんじゃないかと心配になってくるのは考えすぎでは無いと思う。

ふわりと首に纏うマフラーさえもまるで聖良の腕が絡んでいる錯覚にさえ陥りそうなのだから末期症状と言って良いだろう。


かなり重度の聖良禁断症状だ。


このドアの先に聖良がいる。

心が躍りだしそうなはやる気持ちを抑え、インターフォンを押そうとした瞬間。




バン!




いきなり開いたドアにぶつかりそうになって慌てて反射的に一歩下がる。


「おお、龍也。やっときたな。聖良がお待ちかねだぞ。」


あまりのタイミングのよさに驚きつつも何か引っ掛かるものを感じる。

聖さんのニヤニヤと嬉しそうな顔がその予感を確信に変えていく。


「聖さん…随分タイミングが良いですね。どこかで見てたんですか?…ま・さ・か・とは思いますけれど、また何か企んでるんじゃないでしょうねぇ?」

ちらりと皮肉を込めた視線を送ると一瞬ピクッと反応を見せる聖さん。


……やっぱり。


「何を企んでいるんです?また俺を困らせるような事考えて喜んでいるんじゃないでしょうね?」


そのときだった


「お兄ちゃん。どうしたの?こんな時間に誰と話して――…えぇ!龍也先輩?」


俺が待ち焦がれた聖良の声が響いた。



声のするほうを振り返って息を飲む



「―――っ!聖良。」




薄紫と白のグラデーションに鮮やかな藤をあしらった渋めの振袖を着て金糸に輝く華やかな刺繍を施した帯を締めた日本人形のような聖良が驚いたように目を見開いてそこに立っていた。


「龍也先輩。どうしてここに?…あ、もしかしてお兄ちゃんが呼んだんですか?」

聖良の驚いた顔にようやくこの間の電話での聖さんの言葉の意味を理解した。

『…驚かせてやりたいしな。お前は何も言うなよ。』

俺だけじゃなく、俺に口止めをして聖良も驚かすつもりだったんだこの人は。

改めてこの兄さんの悪戯心に笑ってしまう。

こんな企みばかりなら大歓迎なんだけどな。



「どうだ龍也、我が妹は美しいだろう。惚れ直したんじゃないのか?」

「うん…すっげぇ綺麗。人形みたいだ。」

驚きすぎてまともな褒め言葉も出てこない。聖さんに対しても無意識にタメで話していることすら気付いていなかった。

「ブハッ。龍也おまえ固まってんじゃん。そんなにビックリしたのか?はははっ。驚かし甲斐のある奴だな。」

してやったりと言わんばかりに嬉しそうな聖さんを見ていると何も言えなくなってしまう。

「聖良もう支度は出来たのか?龍也も来た事だし出かけてきても良いぞ。」

「お兄ちゃんと一緒に行くって言っていたから…まさか龍也先輩が来るなんて思っていなかったし、心の準備が出来ていないよ。何で教えてくれなかったの?」

「教えたらソワソワして大掃除どころじゃなくなるだろう。頑張ったご褒美だ。それにせっかくクリスマスにプレゼントしてやった振袖だ。一番に龍也に見せたいんじゃないかと思ってな。」

「お兄ちゃん…。ありがとう。ビックリしたけれど先輩に会えてすごくうれしい。」

「聖良…ごめん。俺ずっと忙しくてお前の事かまってやれなかったから淋しい思いさせたな。」

「ううん。仕事ですからしょうがないです。気にしないで下さい。淋しかったけど、こうして今夜会えたからいいんです。思っていたより一日早く会えたんですもの。」



パアッと輝かんばかりの笑顔でそう言う聖良に俺も頬が緩むのを感じる。

久しぶりに見る聖良がそれこそすんっげぇカワイイ笑顔で、しかも着物姿で笑ってみろ。

そりゃもう目眩がするくらいメガヒット級の炸裂スマイルだぜ。

理性なんて粉砕してどっかに吹っ飛んで行ってしまいそうだ。

なんだか聖さん、俺にまた我慢大会をさせたいんじゃないかと思えてきたよ。


「聖良、お年玉やるよ。ほら。」

「うわ、お兄ちゃんいいの?うれしい。ありがとう。」

「いいって、いつまでも龍也を待たせてるんじゃねぇよ。早く準備してこい。そのままじゃ寒いだろ?」

「あ、うん。龍也先輩、少し待っていて下さいね。」

いつもよりしとやかに階段を上がっていく聖良を見送ると、聖さんに視線を戻す。

ニヤニヤと俺を見るその意味ありげな視線が気になるんだって。

「龍也。おまえにもお年玉だ。」

「ええ?俺受け取れないですよ。」

「いいから持っていけ、今夜は色々と物入りになるかもだしな。」

聖さんが差し出す袋を押し戻そうとする俺の手を制して、聖さんはなにやら訳の分からないことを言い出した。

「おまえ、聖良の着物姿見て色っぽいとか思わねぇのかよ。」

「そりゃ、思いますよ。あんな色っぽい聖良を連れて歩くのはちょっと周りの視線がこわいですね。」

「だろうな。しっかり護ってくれよ。変なのに絡まれないようにな。」

「護りますよ。でもそれとお年玉は別です。受け取れないですよ。」

「バカ。おまえ今夜何もなく聖良を帰すつもりなのか?」

「へ?」

「正月はホテル料金だって高いんだ。着物だって脱いだら着せてもらうのに着付け料とか別料金で取られるんだぞ?普段以上にいろいろかかるんだから、とっておけ。」

「……それって、聖さん俺が今晩我慢できないと思っているんですか?」

「思ってる。」




即答かよ。




「せっかくの着物姿なのにわざわざ脱がす事考えたりしませんよ。」

「そうかぁ?俺だったらすぐに脱がせたくなると思うんだけどなあ。」

「ははっ…そうですか。」

あんなに縛ってあるのに脱がそうなんて面倒くさい事どうして考えられるんだろう。
俺だったらやっぱり片手で脱がせられるボタンとかが良いんだけど…って、オイオイ。何考えてるんだよ。

「ぜってぇ我慢なんて無理だと思うんだけどなあ。着物ってメチャクチャ色っぽいしさぁ。」

そりゃそうだろうけどサ。聖さん…なんだか俺の事煽っているよな。この間のクリスマスの時と別人みたいじゃねぇか。

「まあ、持っていけ。で、本当に我慢できて使わなかったらそのときは受け取ってやる。それならいいだろう?」

「……わかりました。じゃあ、とりあえず預かっていきます。後で必ず返しますから。」

「おまえの強靭な理性も今夜までだと俺は思うんだがな。明日を楽しみにしているよ。門限は無いからせいぜい好きなだけイチャイチャしてくるんだな。」

イチャイチャって…俺の理性が絶対に持たないと決め付けてるよこの人。
なんだか意地でも我慢してやりたくなってきた。


「何を話しているの?随分仲良くなったのねふたりとも。」

「まあな、龍也は俺が弟として認めてやった奴だからな。龍也とだったら許してやる。」

「……何を許すの?」

「何って…決まってるじゃな――ふがっ!!」

「ほら聖良。神社までの道が混んで来る前に行こうぜ。せっかくの着物を人ごみで汚されるのはいやだろう?」

俺は慌てて聖さんの口を塞いでそう言うと聖良に外へ出るように促した。

まだ何か言いたそうな聖さんをじろっと睨むと一言釘をさしてから手を離す。



「聖さんっ!聖良に余計な事吹き込まないで下さい。下手な知識で先入観を持たれると大変なのは俺なんですよっ!たとえ聖さんでも変なこと教えたら許しませんからね!!」





聖さんの苦笑いを流し見てから俺は玄関のドアを開けた。





パタンと閉まると同時に聞こえたドア越しの聖さんの声。






「俺に遠慮しなくて良いからな。頑張って来いよ龍也。お年玉使って来るんだぞぉ〜♪」







……この兄貴はどうしても俺にお年玉を受け取らせたいらしい。









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