Step6 Un? Happy New Year
〜1月1日0:00〜
聖さんの言っていた事はあながち間違いではなかったかも知れないと思い始めたのは聖良と歩き出して暫くした頃だった。
いつもより小さめの歩幅を気遣ってゆっくりと歩くと聖良がうれしそうに見上げてくる。
アップにした後れ毛が首筋の艶かしさを強調しているようでどこか落ち着かない。
いつもと違う大人っぽい雰囲気が俺を戸惑わせているのだろうか。それとも久しぶりに会った聖良があまりにも綺麗で動揺しているんだろうか。
「聖良寒くない?」
「少し…今日は冷えますね。」
聖良の肩をそっと抱き寄せて少しでも風から守るように風上に立つと聖良がうれしそうに俺にもたれかかってくる。
「うふふっ。あったかいです。なんだか凄く久しぶりですね、こうして寄り添うのも。先輩の香りが懐かしく感じちゃいますよ。」
聖良の言葉に胸が痛くなる。
「そうだな。ごめん聖良。俺バイトばっかりで…。」
「あ、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないんです。気にしないで下さい。ごめんなさい、なんだか愚痴みたいな事…。」
「愚痴ならもっと言ってくれて良いよ。何でもっと会えないのかって我が侭言ってくれればいい。そしたら夜中だって構わずに会いに行ってやるよ。聖良はイイコになりすぎる。もっと我が侭になっていいんだ。」
「ダメですよ。そんな我が侭言ったら先輩は本当に夜中でも来ちゃいそう。ただでさえ忙しくて充分睡眠も取っていないんじゃないんですか?」
「…いいんだ。どうせ眠れないんだから。」
「不眠症なんですか?」
「この間は聖良の腕の中で凄く良く眠れたよ。あんなに寝たのは久しぶりだった。ダメなんだよ。一人で寝ようとしても見るのはいつも悪い夢で…。だからいっそ眠らないほうが良いんだ。短時間で深く眠れば夢もみない。そのほうが俺には幸せなんだよ。」
いつの間にか俺の表情が固く強張っていたようで聖良が心配そうに俺を見上げてくるのを感じた。慌てて笑顔を作って明るく振る舞ってみせる。
「じゃあ、あたしが傍にいたら眠れますか?」
「…え?」
「あたしが先輩の傍にいたら悪夢を見ないでちゃんと眠れますか?」
「…クスッ、そうだな。聖良が傍にいたくれればぐっすり眠れるかもしれない。聖良は俺の抱き枕になってくれるのか?」
からかうように冗談めかして言ってみると聖良は真っ赤になって俺の腕の中に顔を埋めるようにして顔を伏せた。
目の前に聖良の白いうなじが飛び込んできて心臓が一気に心拍数を上げて動き始めた。
そのとき
夜空に年明けを告げる花火が上がった
「年が明けたな」
「そうですね」
聖良の顎をそっと上向け優しく今年初めてのキスをする。
久しぶりのキスはいつも以上に柔らかくて甘くて離したくなくて…何度も何度も啄みやがて深いものに変わっていった。
歯列をなぞり舌を絡め、何度も吸い上げると聖良が鼻を抜けるような甘い声を漏らし始める。
頭の中が痺れるような感覚が俺を支配してもっと聖良が欲しいと暴れ始める。
想いを込めて強く抱きしめると、それに答えるかのように聖良が俺に手を回してきた。
細い小さな手で俺のコートをぎゅっと掴み全てを受け入れようと必死に与えられる愛情を受け止める。
どうして俺のためにこんなに一生懸命になってくれるんだろう。
どうしてこんなに愛しいんだろう
心の奥から聖良を求める気持ちが爆発しそうなくらいに溢れてくる。
聖さんの思い通りになりそうでくやしいな…。
腕の力を緩め、キスを優しいものに変えてからようやくゆっくりと唇を離し見つめ合った。
「あけましておめでとう聖良 今年もヨロシク。」
「あけましておめでとうございます。龍也先輩。今年もよろしくお願いします。」
「来年も再来年もずっと聖良とこうして迎えような。ずっと俺の傍にいるんだぞ。」
「ハイ。ずっと龍也先輩の傍にいます。」
「好きだよ…聖良。愛してる。」
「あたしも龍也先輩のこと大好きです。…
心から愛しています。」
「え…何?聞こえなかった。」
「いいんです。聞こえなくて。恥ずかしいですからっ。」
そう言って俺の腕からスルッと逃げ出し小走りに先を歩き出す聖良。
ほんっとかわいいのな。おまえって。
かすかに聞こえた聖良の囁くような声。
『心から愛しています。』
聖良…おまえの言葉が俺をどれだけ救ってくれるかおまえは知っているんだろうか。
久しぶりに交わした先輩とのキス。凄くドキドキして先輩のことを好きって思う気持ちが止められなくて思わず口から出てしまった言葉。
『心から愛しています。』
『愛している』なんて重い言葉だと思っていたけれど、こんなにも自分の中から自然に出てきた事に正直驚いてしまって、先輩の顔がまともに見ることが出来ない。
龍也先輩が好きで好きでどうしようもない自分がいる。
会えなかった日々があたしの中で先輩の存在を益々大きくして切ないくらいに想いを掻きたててくる。
もっともっと抱きしめていて欲しい。
もっともっとキスをして欲しい。
もっともっと…あなたが欲しい。
あたしの持っているもの全てを捧げてもあなたが欲しい。
こんなに想われているってわかっていて何が欲しいって言うんだろう。
でもあたしの中の何かが先輩を欲しいって求めている。
クリスマスの後、先輩はバイトが忙しくて会えなくなった。
会えない時間が続くと溢れる想いや不安が普段思っても見ないような感情を暴走させてしまう。
家庭教師のバイトは1回に2時間くらいだし、次の生徒さんまでの時間が空いた30分でもいいから会えたらいいのに、とか先輩はあたしに会いたいとは思ってくれないのかな?とか…
そんな風に考えてしまう自分が凄く我が侭でイヤだった。
会いたくて会いたくて眠れなかった。
それでも先輩との電話ではいつもの通りに話して必死に気持ちが出ないようにセーブした。
あなたがいないと淋しくて心細くてすぐにでも会いに行きたくなる。
今がどんな時とか何時だとかそんなこと何も考えられなくて夜中であっても声が聞きたくて会いたくて何度も携帯を開いては番号を見つめて閉じるって行動を繰り返して…。
あたしがこんなに我が侭だって龍也先輩には気付かれたくない。
いつの間にこんなにも先輩に依存してしまったんだろう。
まるで彼がいないと何も出来ない子どものようにいつだって彼の腕を求めている。
龍也先輩は立派だ。
お父さんが亡くなってから一人で生きてきた。
ちゃんとバイトして生活費を稼いで一人で自立して生きている。
あたしは…?
あたしは大切に守られて育ったと思う。
ママやお兄ちゃんに布で包まれるように温かい場所を与えてもらって育ってきた。
だから、先輩みたいに強くは無いし、自立もしていないかもしれない。
この1週間あたしの中に色々な葛藤があった。
先輩があまりにも大人に見えて、自分がこのままでいいのかなって凄く不安になった。
あたしもバイトをしたいとか、自立しなきゃとか思ったりもしたけれどお兄ちゃんにそれは違うと諭(さと)された。
お兄ちゃんの言った言葉がずっとあたしの心の中にリフレインしている。
『龍也はおまえに心の救いを求めているんだ。あいつを愛しているならただ傍にいて抱きしめてやればいいんだよ。あいつはおまえに何かをして欲しいわけじゃない。おまえという存在が必要なだけなんだ。』
目が覚める思いだった。
先輩の隣りを歩くのに相応しい女性としてどうしたらいいかなんて最初から視点が違っていたってことにようやく気付いた。
あたしには最初からできる事がたった一つしかないって言う事。
先輩の心を癒す存在になること。
あなたを支えたい。癒してあげたい。あなたを傷つける全てから護ってあげたいの。
ずっとずっとあなたの傍であなたと共に生きていきたい。
重い言葉だと思っていたけれど今は素直に認めることが出来る。
あなたを心から愛しています…龍也先輩
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