Step6 Un? Happy New Year
〜1月1日1:00〜
神社の鳥居をくぐり境内に一歩足を踏み込んだ時に何故か凄く嫌な予感がした。
それはこれから起こる事への警告だったのかもしれない。
俺達は人の波にしたがって参拝の列についていた。聖良の着物を汚されないように胸に抱きかかえるように腕の中にすっぽりと包み込んで列に並んでゆっくりと進んでいると、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
瞬時にさっきの嫌な予感が頭を過ぎる。
予感を振り切るように空耳だと自分に言い聞かせてそのまま無視を決め込む事にした俺の耳にもう一度飛び込んできた甲高い女の声。
「聖良ちゃ〜〜ん。佐々木く〜〜〜ん。いい所で会ったわぁ。」
……最悪。
「あ!美奈子先輩。どうしたんですか?そんな格好で。」
巫女姿の美奈子がお守りの販売所で手を振っている。意外なところで意外な格好の美奈子を見て思わず動揺してしまう。
「ここはあたしの親戚の神社なの。毎年正月にはバイトで手伝っているのよ。」
「へぇ。似合わねぇな。美奈子が巫女かあ。」
「ちょうど良かったわ。バイトが急にふたりもやめて困っていたのよ。二人ともバイトに入ってくれたらうれしいんだけど。」
マジかよ。せっかく久しぶりに聖良と会えたのに新年早々こいつに邪魔されんのか?冗談じゃない。
「あ〜悪いけど俺たちはパスな。」
冷たく美奈子を突き放す。…が、あいつは一筋縄ではいかなかった。
「いいわ。じゃあ聖良ちゃんだけでも…ね?聖良ちゃんなら手伝ってくれるわよね。あたしを助けてよぉ。佐々木君みたいな冷たい事言わないでぇ。」
ウルウルと聖良を見つめる美奈子に同情するように瞳が揺らぐ聖良。
クソ、美奈子の奴聖良から攻めてきやがった。
「龍也先輩。あたし…。」
聖良の言葉を最後まで聞かずに俺が両手を揚げて大きな溜息を吐いたのは言うまでも無い。
…だけど、すぐに無理やりでも聖良を連れて帰るべきだったと後悔した。
いや鳥居をくぐった時の嫌な予感を無視せずにそこで神社を変えれば良かったんだ。
今年は正月からトコトン付いていないような気がしてきた。
聖良の巫女姿と言ったら可愛いのなんのって、他のバイトの子と比較しても群を抜いて可愛かった。
美奈子なんて『聖良ちゃんかわいいわぁ。もうギュ〜〜ってしたくなっちゃう』とか何とか言いながらホッペにチュウとかしてやがる。
「ぶわあかっ!美奈子さわんなよ。」
慌てて聖良を美奈子の毒牙から引離し抱きしめると、おかしくて仕方が無いとゲラゲラ笑いやがる。
「あははははっ。佐々木君が壊れてる。あははっ聖良ちゃんにメロメロじゃない。おっかし〜〜。」
「知っててやってるくせに今更何言ってんだよ。」
「クスクス…だって、学校での佐々木君は一応仮面を被っているって言うかここまで人前で動揺する事無いじゃない。聖良ちゃんの事だって確かに夢中なのはみんなが知っている事だけど、もっとクールに見せているでしょう?間違っても『ぶわあかっ!』なんて嫉妬丸出しで言ったりしないわよねぇ。」
……むかつく。
「大体美奈子のせいじゃないか。聖良に必要以上にちょっかい出しやがって、おまえノーマルだろうが?彼氏にかまってもらえばいいだろう。聖良にちょっかい出すなって。」
「だって聖良ちゃんカワイイんだもん。それに佐々木君がいちいち反応してくれて凄く楽しいし。」
……俺はおまえのオモチャか?
見てろよ。絶対にこの礼はしてやるからな。
俺は密かに復讐を誓わずにはいられなかった。
バイト中は気が気じゃ無かった。
なんてったって聖良が可愛すぎるんだ。
心配でしょうがない俺は結局男性用の着物と袴を借りて一緒に手伝う事になってしまった。
こんな所まで美奈子の策にはまった様で悔しくて、どう復讐してやろうかとそればかり考えてしまう。
担当したお守り売り場でも聖良はダントツに人気があった。
何処のどいつかわかんねぇような男が聖良を指名してお守りを買いやがる。
他にもバイトはたくさんいるだろうが?何でわざわざ聖良に声をかけるんだよ。
しつこい男には俺が横から出て行って睨みをきかせているから何とか事なきを得ているが、これが聖良一人だったらと思うとゾッとする。
それでもニコニコと誰にでもその天使のような笑顔を振りまいているから俺としては面白くない。
嫉妬してるって言うのは自分でもわかっていたけれど、今までに無いほど感情が表に出ているらしいと美奈子に指摘されてようやく気付いた。
誰の目にも聖良を触れさせたくないし、その笑顔を向けるのは俺だけで良いと叫びたくなる。
そんな俺の気持ちも知らずに老若男女問わず優しく微笑んでいる聖良。
ほんっとに目の離せないお嬢さんだ。
2時間くらい手伝った頃だったろうか。美奈子が休憩を取るように勧めてくれた。
足元に小さなストーブがあるとはいえ、一番冷え込みの厳しい夜中の時間帯に屋外のテントでの販売だ。しかも薄い着物と袴だけの姿で長時間いると体が芯から冷えてくる。
交代で休憩所で温まってくるのだが他のバイトは順番に休憩を取り、いつの間にか俺達が最後になっていた。
地元でもかなり有名なこの神社は、この辺りではかなり大きく格式があるらしい。規模をみても拝殿が一つの小さな神社とは違い、いくつもの社がある。
美奈子の言っていた休憩所は母屋と隣接しており少し距離があるらしい。
日中なら大して危険な事も無いが月明かりだけが頼りの夜のことだ。滑りやすい枯葉や木々で鬱蒼とした中を歩いて神社の裏手の薄暗い休憩所に向かうのは一人では危険と言う事で、必ずふたりペアで行動する事になっているようだ。
美奈子に教えてもらった道程を聖良の手を引いて歩く。
鬱蒼とした神社の人気の無い場所は何だか不気味で幽霊とかそう言ったものを信じない俺でも何か出そうな気がしてくる。
そんな風に考えるのは美奈子がテントを出る前に耳打ちした話が何処かに引っ掛かっていたからかもしれない。
『聖良ちゃん。この先の沼には幽霊が出るのよ。その霊を見た人は沼に引き込まれて戻ってこないんですって…なあんてね。実際に引き込まれた人はいないわよ。随分昔にはいたみたいだけど本当のところどうなのかしらね。』
そう、そんな話を聞いたからだったのだと思う。
聖良は風の音や枯葉を踏みしめる音にさえも敏感に反応して俺にぴったりとくっついて離れなかった。
一つの懐中電灯で足元を照らしながら聖良の肩を抱いて歩くが聖良がこわがってしがみついて来るので歩きにくくて仕方が無い。
「聖良、歩き難いって。大丈夫だからそんな風にムチャクチャに縋りつくのは止めろよ。本当にこけちまうだろう?」
「だあってぇ。こわいんだもん。あたし苦手なんですよ。お化けとかホラーとか。」
「わかったよ。じゃあ、俺がお姫様抱っこでもしてやろうか?」
「やっ…やだ。何を言ってるんですか?平気です。ちゃんと歩けますってば。」
「そう?遠慮しなくてもいいよ。いつでも抱いてあげるから。」
抱いてあげるから…その言葉に含みを持たせているのを聖良は気付いているだろうか。
「…えっ…遠慮しておきます。」
恥ずかしそうにしがみついていた手を離し俺から数歩離れると、先にスタスタの歩き始めた。
その様子に含みまでわかっっちゃいないだろうな。そう思いつつも真っ赤になって俺から視線を反らす聖良を見ているとやっぱり可愛くて愛しくてもっとからかいたくなってしまう。
「せ〜い〜ら。待てよ。暗いからちゃんと俺と一緒にいないと…」
聖良の腕を取ろうとして手を伸ばした時だった。
俺達のすぐ傍の木で何かが大きくゆれた
それに反応して聖良がビクッと後ずさりしたと同時にバランスを崩し足を滑らせたのがわかった。
慌てて聖良を抱きとめようと手を伸ばすがあと少しのところで届かなかった。
「きゃあああああああああああああっ!」
ザバーン!!
俺の手をすり抜けて足を滑らせた聖良が沼に落ちた。
反射的に聖良の後を追って闇の中に飛び込む。
真っ暗な視界の無い沼の中をどう聖良を捜したのかは記憶が無い。
心で聖良を呼びながら闇の中に手を伸ばし、指に触れた聖良の手を思い切り掴んで引き上げたのだけは覚えている。
俺達の落ちた水音を聞いてやってきた美奈子の叔父にあたる人が俺達を引き上げる為に人を集めてくれたおかげでようやく闇の中、岸を見つけて上がる事が出来た。
グッタリとした聖良をギュッと抱きしめて無事を確かめると、寒さに震える唇でごめんなさいと呟いてくる。
寒さからか、それとも恐怖からか震える聖良の手を握りしっかりと体温を伝えるように抱きしめた
「いいんだ。無事でいてくれてよかった。おまえに何かあったらと思うとそっちのほうが余程怖い。」
心からの思いだった。
『遠慮しなくてもいいよ。いつでも抱いてあげるから。』
先輩のその言葉が恥ずかしくて、頬が熱くなるのを見られたくなくて先輩の静止も聞かずに数歩歩いた時だった。
突然すぐ傍の木の陰で起こった大きな物音に驚いて振り返ろうとしたとき、視界が回った。
何が起こったのかわからなかった。
身体に凄い衝撃が走って心臓を鷲掴みにされる程の冷たさが全身を襲う。
ようやく自分が沼に落ちたのだと気付き水を掻いて泳ごうとしても水の冷たさと着物の重さで思うようには動けなかった。
気持ちが焦り始める。
段々息が苦しくなって来てパニックになってくるのがわかる。
落ち着かなければと思う気持ちとは裏腹に闇の中では、既に方向すらわからない。
息が苦しくてもがくけれど着物や袴が水を吸って膨らんで思うように動けない。
目の前がスパークし始めて自分の限界が近いのを感じる。
苦しい
龍也先輩助けて!
意識が遠のきかけた時腕を強く引かれるのを感じた。
それから広い腕に抱きとめられて一気に水面まで引き上がられた。
冷たい外気が肌に触れ、刺さる位の痛みを感じた時一気に肺に空気が流れ込んできた。
ようやく助かったのだと気付くまでどの位時間がかかったんだろう。
龍也先輩があたしを強く抱きしめて無事を確かめてくる。
笑って大丈夫と答えたいのに寒さと恐怖に震える唇からは擦れた声しか出てこなかった。
その後の事は良く覚えていない。
多分暫くの間気を失っていたのではないかと思う。
ふと気が付くと龍也先輩があたしを抱きあげて何処かへ運んでいる所だった。
ああ、本当に抱いて運んでもらう事になっちゃった。
先輩の腕はあたしを心ごと包んでくれるくらい温かくてこんな時なのに何故か幸せだと感じてしまう自分がいた。
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