Love Step

Step6 Un? Happy New Year 〜1月1日7:00〜



龍也先輩は着てきた自分の洋服に着替えて、自分で着物を着れないあたしは美奈子先輩の用意してくれた洋服を借りた。

この冬一番の冷え込みの今夜、お風呂に入ったとはいえ油断は出来ないと言うことで風邪をひかないよう、朝まで少しでも体を休めるように言われたあたし達。
とりあえず龍也先輩より先にお風呂から出ると、美奈子先輩が暖房をつけて用意しておいてくれた隣りの和室へ移動した。
美奈子先輩の従妹が振袖の着付けをしてくれるというので神社の仕事が一段落するまでここで仮眠を取って待つ事になっている。


…でも、立派なふすまを開けて一歩お座敷に入ってあたしは固まってしまったの。

だってお布団が一組だけ用意されていて…枕が二つ。

これって美奈子先輩が用意したんだよね?…ってことは龍也先輩と一緒のお布団で休みなさいって言う事かしら。

無理だよ美奈子先輩。ただでさえこんな格好で恥ずかしいのに先輩とふたりでくっついて寝るなんて。
美奈子先輩が貸してくれた洋服は普段あたしが着たこと無いような大胆なデザインで大きく肩が開いて胸元もギリギリの体のラインを強調するようなワンピースだった。スカート丈だって短くて変な格好をしたら見えてしまいそうでモジモジしてしまう。

下着も全部濡れてしまったので美奈子先輩の用意してくれた下着を着けているんだけど、あたしにとってこのデザインは恥ずかしすぎるものがある。
赤に黒のレースのついたカットの深い大胆なショーツに胸を強調するようなデザインのおそろいのブラ。
サイズはピッタリなんだけど、そう言えば以前、胸を触られた時にサイズを聞かれて答えたら、美奈子先輩とあたしって一緒だったっけ。

この下着の入っていた袋についていたメッセージを思い出して益々頬が熱くなる。

『ちょっと大胆な下着だけど新しいから聖良ちゃんにプレゼントしちゃうね。お年玉だと思って受け取っておいて。あ、サイズはあたしと一緒のハズだから合うと思うわよ。がんばってね♪』

がんばってね♪…って、どんな顔をして先輩を見ていいのかわからないよ。

どうしよう。ドキドキして頬が赤くなっているのがわかる。先輩がお風呂から上がってくるまでに落ち着かないといけない。

ジタバタと一人で焦っているうちに龍也先輩がお風呂から上がってきてしまって、あたしはもう何だかまともに先輩の顔が見れなかった。
きっと耳まで真っ赤で先輩だって気まずい思いをするんじゃないかと気が気じゃ無かった。


でも…先輩はいたって冷静であたしに布団を使うように勧めてくれた。


なんだ、あたしったら考え過ぎちゃって何だか恥ずかしい。


そう思ったら何だか気分が楽になって来て喉が渇いていることに気が付いた。

「こんな服着たこと無いから凄く恥ずかしいんですよ。あんまり見ないで下さいね。もうっ美奈子先輩ったら困りますよね。あたしにこんなの似合わないって分かってるのに…他に着替えなかったのかな?でもでも、これでもありがたいんですけどっ…でもやっぱり似合わないですよね、スカート丈も短いから下手に動けないですよ。ここにじっとしていないといけないですね。あははっ。やだ、あたし何を言っているのかしら。」

照れくさくて自分でも訳の分からないことを口走りながらテーブルの上に用意してあった水差しからコップに水を入れて一気に飲んだ。


瞬間!喉が焼けるように熱くなった。



先輩が何か言ったのが聞こえたけど、喉を水が通り抜け身体の中に流れ込んでいくのを熱で感じるくらいどんどん体が熱くなって…。


ふらつくあたしを心配そうに抱きとめてくれる龍也先輩の顔が歪んで見えて…。


その後の事は…良く覚えていない。











美奈子が用意した部屋のふすまを開けて驚いた。

いきなり一組の布団に枕が二つ!?

美奈子の奴ここまでするか?
究極の後輩いじめじゃねぇかよ。本気で俺と聖良を何とかしないと気がすまないらしい。

部屋の隅で聖良が気まずそうに小さくなって座っている。

しかもその格好ときたら…。


理性がマイナス40度の中で凍り付いてハンマーで割られるような感覚って説明がピッタリだろうと思う。
マジでその位、脆くバラバラになりそうだった。

胸元と背中も大きく開いた体のラインを強調したデザインの黒のワンピース、おまけにそれが超ミニスカートときたら…普段の聖良とは想像も付かない格好だけど、それがまたやたらと似合っていてメチャクチャ色っぽい。
胸元が少し透ける素材を使っているのかブラのレースらしいものがまるで模様のように浮き上がっている。
しかも…赤と黒のブラ!?見間違いじゃなければ透けている部分から誘うように見えるセクシーなレースは多分そうなのだろう。

マジかよ!!目のやり場に困るじゃねぇかよ。美奈子!コラてめぇ!!今すぐ戻ってこい!!!

俺の心の叫びに応えてやってくる美奈子のはずも無く、聖良になんて声をかけて良いか正直困ってしまった。
とりあえず聖良にはその刺激的過ぎる服に身を包んだ身体を布団の中に隠して視界から遠ざけてもらおうと決めた。

「聖良布団使えよ。俺はいいからさ。こんな狭い布団でふたりでなんて狭くて眠れないだろう?美奈子の奴二つ布団を敷くのが面倒だったみたいだな。」

そう言って聖良に布団を譲り恥ずかしそうにしている聖良の気持ちを解そうと試みる。

全くの他人の家で、いつ家の人が戻ってきてもおかしくない場所。

こんな所で初めての、しかも知識の無い聖良とどうにかなろうなんてとんでもない話だ。

やっぱりここはとりあえず俺の家にでも連れて行って…。いや、着物のこともあるし一度聖良を家に帰して着替えさせて…。そしたら聖さんがまた根掘り葉掘り聞いてくるんだろうな。
…って事は、やっぱりホテルに行くのが無難なんだろうか。
あ〜どうするかなぁ。聖さんのお年玉使いたくねぇよなあ。


一人で悶々と考えていると聖良が紅くなりながら机の上の水差しと一緒においてあったお神酒と書かれた陶器の入れ物の中身をコップにあけているところだった。

瞬時に俺の脳が過去の記憶をはじき出す。

聖良=酒=キス魔に変身=理性がぶっ飛ぶ=×××…

血の気が引いていくのを感じる。

…冗談じゃねぇ…今聖良がキス魔になったら…。

「やばっ、聖良ダメだ飲むなっ!!それ酒だぞ。」

「え?」



ごっくん



「わあっ!!聖良ぁ。」



思いっきり顔をしかめた聖良だったが結局一気に流し込まれた酒をどうすることも出来ずに俺は呆然とするしかなかった。

ふらつく聖良を支え様子を見ていると徐々に頬が染まり目がトロンとうつろになってくる。
そして10分後。案の定俺の心配した事はそのまんま起こってしまった。


「せんぱぁい。大好きぃvv」

きた!酔っ払い聖良のキスタイム。

クリスマスの時同様、酔っ払った聖良は俺にキスをするといきなり布団に引きずり込んだ。

あの時とパターンが一緒じゃねぇかよっ!!

いや、あのときよりも格好が色っぽくて俺を組み伏せ跨るようにしてキスをしてくるそのポーズはチラリと見えそうで見えないギリギリなところで…もう視線がそらせなくて困る。

今ふすまが開いたらどう見ても聖良が俺を襲っているようにしか見えないって。

ここでどうにかなってしまうのはどうしても避けたい。頼むから俺の理性に入ったヒビがこれ以上広がりませんように。
一体新年早々何度目の理性と本能の戦いなんだろう。俺って本当に今年はついていないような気がする。

本能を押し込める為聖良の色っぽい姿を見ない様にギュッと目を瞑って耐えると、ふわりと頭を抱きしめて聖良の胸元に引き寄せられた。まるで子どもをあやすようなその仕草…何だか記憶に新しいシチュエーションにもあった気がする。

「龍也先輩…あたしが子守唄歌ってあげますからね。ネンネしましょうねぇ。」


またか…

俺は聖良の鼓動を聞きながらその色っぽい姿を視界から追いやるように全神経を理性に集中し目を瞑った。

聖良の歌う子守唄が優しく耳に心地良く響く。

聖良の胸の鼓動が俺に安堵を与えてくれる。

不思議と波立った心が静まっていく。



それまでの猛った欲望や邪まな思いがどんどん消えていき、聖良の鼓動に俺の鼓動が重なっていくのを感じると徐々に心も身体も満たされる感覚が俺を包んでいった。





空を…海を漂うような浮遊感が俺を包み込む。





聖良の鼓動が温かい安心できる世界へと俺の意識を運んでいくのがわかる。





懐かしい幸せな世界へと…。










ふわりと優しい香りに包まれて幼い頃の思い出に包まれる。
母さんが優しく俺の髪をなで幼い俺の額にそっとキスをした。

母さんが俺を愛していた幼い頃の幸せな記憶。

何もかもを忘れて心地いい空間に漂う安らぎの時。


ああ、俺はまた夢を見ているんだ。


いつもの悪夢とは違う、幸せな温かい夢。

俺を幸福にしてくれるただ一人の女性が見せる夢。




聖良…。



おまえがこの夢を見せているのか…。






聖良を求めて手を伸ばす。



触れたのは聖良の手ではなく柔らかな小さなもみじの手だった。

頬に柔らかく触れる小さな唇と子ども独特の甘い香り。

…誰だろう。


『パパ。』


パパ?俺はまだ父親になんてなっていないぞ?


『あなた起きて。』


聞き覚えのある声と頬に触れる柔らかなキス。


…聖良?


あれ?俺達って結婚したんだっけ?


うっすらとまぶしい光に目を細めると俺を覗き込む聖良が微笑んでいる。
腕には小さな赤ちゃんを抱え『ママ〜』と抱きついてくる2才くらいの男の子を抱きとめ頬ににキスをする。


『パパはお寝坊さんね。起きて頂戴。聖也が待ちくたびれているわよ。』


…せいや?


『パパおきて、どーぶつえんいくよ。』


飛びついてくる小さなぬくもりを反射的に抱きしめる。


俺に良く似た顔立ちの子ども・・・その瞳は聖良の色だ。





俺の…子ども?



『ほらパパが起きたわよ。良かったわね聖也。お出かけの準備をしていらっしゃい。』


パタパタと駆け出す小さな後姿をぼんやり見ていると不思議そうに聖良が俺を覗き込んでくる。


『あなた?龍也さんどうしたの?ぼんやりして…。』


ああ、これも夢なんだ。なんて幸せな夢なんだろう。

聖良が優しく俺にキスをする。


『おはよう。疲れていたの?だったら昨夜は無理しなければ良かったのに。』


…無理って?


聖良の恥ずかしそうに頬を染める姿と首筋の痕で言いたい事を悟り苦笑する。夢の中でも俺は聖良に溺れっぱなしなんだな。


聖良が差し出す小さな命を受け取る。


フニャリとした不確かなその温かさが何故かとても愛しくて心の底から満たされたものが溢れてくる。


言葉で言い尽くせない幸せを感じて気が付けば涙が頬を伝っていた。


聖良と子ども達に囲まれた幸せな生活がこの夢の中にある。


ここには俺が望んでも得る事の出来なかった幸せな家庭がある。


夢でもいい。


この満ち足りた空間をひと時この手にできるのなら。


聖良を引き寄せキスをする。



甘い優しい時間が流れる。




陽だまりの中まどろむ様な幸福な時間に包まれる。





いつか本当に手に入れる事が出来るのだろうか…。




この夢のようなあたたかな幸福に満ちた時間を…。

















気が付いたら先輩の腕枕で一緒の布団で眠っていてビックリしてしまった。

自分が何をしたのかはっきりとは覚えていないけど何となく薄っすらとは覚えている。
あれ、お酒だったんだ。クリスマスに引き続き2回目の失態。
龍也先輩もいい加減呆れていたんじゃないかな?

あれから2時間近く眠っていたらしく外はうっすらと明るくなり始めていた。


小さな声であたしの名前を呼ぶ龍也先輩の顔をそっと覗き込むと幸せそうに微笑みながら眠る目から綺麗な涙が一筋零れて頬を濡らしていった。

胸がぎゅぅっと掴まれた様に痛くて傍に座り込んだまま顔にかかった髪を剥いてあげていたら、先輩は何かを抱きしめるように腕を伸ばした。あたしは抱きしめてあげなくちゃいけないような気がしてそっと龍也先輩を抱き寄せてそのまま膝に彼の頭を乗せた。

安心したように再び眠りに付く龍也先輩を見つめながらあたしはずっと考えていた。

彼を毎日安らかな眠りにつかせてあげるにはどうしたらいいんだろうって。
たった独り悪夢を見続ける先輩にあたしは何をしてあげればいいんだろう。

『聖良が傍にいてくれればぐっすり眠れるかもしれない。聖良は俺の抱き枕になってくれるのか?』

あの言葉は冗談なんかじゃなく心からの言葉だったのかもしれない。


だったら彼が求めているのは…。


あたしのするべき事は…。










意識がゆっくりと浮上してくる。

ああ、目が覚めてしまう。もう少しこのままで幸せに包まれていたいのに…。

幸せな夢の名残求めるように手を伸ばすと柔らかな手が握り返してくれた。

優しく包むように握られる手に安堵し目を開く。



夢の中と同じように微笑んで俺を覗き込んでいる聖良がそこにいた。


「おはようございます。疲れていたんでしょ?だったら昨夜は無理しなければ良かったのに。」

夢と同じ事を言う聖良に現実と夢の区別がつかなくなり思わず首筋を見つめてしまう。

白い首筋には痕なんて無くてようやく現実が見えてきた。

今度こそ本物の聖良だ。俺の髪に梳くように触れる細い指、俺だけに向けられるその微笑、俺の頬に触れる柔らかな腿の温かさは現実だ。



…ん?腿って…まてよ。俺、今どんな体制で寝ているんだ?もしかして膝枕とかしてもらっていないか?

でもって、ちょっと待て!俺さっきの夢で寝言なんて言ってなかっただろうな。いや、それより涙とか流してたんじゃないだろうか?


慌てて体を起こし聖良から離れると頭を冷やすべく深呼吸する。


何で俺が聖良の膝枕で寝る事になっちまったんだ?



「ええっと、聖良。俺寝ている時何か言っていたか?」

「先輩凄く幸せそうに微笑んでいましたよ。良い夢見ていたんですか?」

「ん?…ああ、まあな。」


すっげぇいい夢見てたよ。
年が明けて最初に見た夢が、聖良と結婚して幸せな家庭を築いた夢だなんて最高だよな。

こんな事聖良に話したらどんな顔をするんだろう。
聖良の照れる顔を想像してふっと微笑む。

「そうですか。良かったですね。初夢ですから本当になるかもしれないですね。」


――本当になるかもしれないですね。――


聖良の言葉が胸に染み込んでいく。


いつか本当にあの夢みたいな家庭が俺にも築けるんだろうか。


そのとき聖良はあんな風に俺の隣りで微笑んでくれているんだろうか。


ずっとその笑顔を独占していたい。


ずっと俺だけの聖良でいて欲しい


そんな俺の我が侭をおまえは受け止めてくれるんだろうか。



「聖良、初日の出だ。」


徐々に空が明るくなり始め、今年初めての太陽が昇り始める。


聖良の手をとり窓辺に移り、空を朱に染め始めた太陽が徐々に世界を黄金で包み込んでいくのを二人で見つめる。
身を切るような冷たい空気の中、神々しい光を放ち大地を照らす太陽の前に、俺達は神聖な気持ちで抱きしめあった。


言葉など無くとも聖良の気持ちが伝わってくる。
多分聖良にも俺の気持ちが伝わっているのだろう。



――愛している――



言葉が無くても伝わる確かな気持ち。


どちらからとも無く静かに唇を寄せる。


初日の前に永遠の愛を誓うよ。


聖良。俺の心は生涯ただ一人おまえだけのものだ。


光を失った俺の心に再び光を差し込んでくれた聖良。


おまえだけが俺の生きる糧であり道標だ。


今日おまえと見たこの太陽を、俺の中に永遠に焼きつけておこう。


たとえこの太陽が明日昇らなくなっても、お前とだったら生きていけるよ。



俺の心の中には聖良という永遠の太陽が輝いているから。







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※『初夢』について※
読者様からのご意見で「初夢はふつう元日または2日(大抵2日)の夜に見る夢の事で、大晦日の夜は初夢とは言いません」と頂きました。
読者様の認識と一部違う部分があり、誤解を招く描写があったようですので、補足説明をいたします。

龍也と聖良が寝入ってしまったのは、年が明けて沼に落ちた後、1日の朝方の設定となっていますので、大晦日ではありません。
また『初夢』については辞書によってその表記が様々で「元旦から2日にかけて見る夢」「年が明けて最初に見る夢」とされています。
この物語の場合は「年が明けて最初に見る夢」としていますので、そのようにご理解くださいませ。