Love Step

Step6 Un? Happy New Year〜1月1日10:00〜




美奈子先輩の従妹さんに着付けてもらって再び振袖を着たあたしは先輩に送ってもらって家の前まで来た。

「先輩お腹がすきませんか?昨夜から何も口にしていないでしょう。お雑煮か何か作りますから食べていって下さい。」

神社を出る前に勧められた朝食も先輩は丁寧に断って口にしなかった。
あたしも何となくお酒の名残もあって欲しくなかったからお断りさせてもらっていたからもう12時間以上何も食べていない事になる。

「いや。いいよ。あまり食欲が無いんだ。」

先ほどからずっと気になっていた。先輩は何だか顔色が良くなくていつもの様に笑っていてもどこか無理をしているようにあたしには思えてならなかった。

「龍也先輩。どこか具合が悪いんですか?顔色もあまり良くないです。あたしの前で無理はしないで下さい。」

「え、ああごめん。ちょっと頭痛がするんだ。さっき風呂から上がるときに目眩がしたんだけどあれから少し頭痛がしていたんだ。時間が立つに連れて段々酷くなってきたみたいだ。」

「大丈夫ですか。頭痛薬飲みますか?」

「いや、薬はあまり好きじゃないんだ。休めば治るよ。」

「じゃあ、少し休んでいって下さい。頭痛が治まるまででいいですから。もしかして風邪をひいちゃったんじゃないんですか?」

「大丈夫だよ。帰って眠ればすぐに治るさ。」

どうしても帰ると言い張る先輩に無理に休んでいけとも言えずに途方にくれていたときだった。

「おまえら何そんな所でいつまでも話しこんでいるんだよ。早く入って来いよ。」

不意に上から降ってきた声。

お兄ちゃんが2階の自分の部屋からあたしたちを覗き込むように見て呆れたように言った。

困っていたあたしにお兄ちゃんの声は天の助けにすら聞こえた。

「お兄ちゃん。龍也先輩が頭痛がするって言うの。休んでいくように勧めているんだけど…。」

「頭痛?大丈夫なのか龍也。休んでいけよ。少し落ち着いたら送ってやるから。」

「いや、大丈夫です。本当に…」

先輩がそう言ってお兄ちゃんのほうを振り返ったときだった。



まるで目眩を起こしたかのように龍也先輩の体が大きく揺れてあたしにもたれるように倒れてきた。

「―――!龍也先輩?」


抱きとめた龍也先輩は苦しげで息づかいも荒くて、一目で具合の悪い事が分かる。
触れた頬は凄く熱くて熱が高い事がすぐに分かった。


「お兄ちゃん。龍也先輩が!」

お兄ちゃんの行動は早かった。龍也先輩が倒れた瞬間2階から駆け降りてきてすぐに龍也先輩を抱えて室内で休ませてくれた。

熱を測ると39度もあってお兄ちゃんは良くこれで歩いて帰るなんて意地を張ったもんだと呆れていた。

龍也先輩はいつから我慢していたんだろう。

きっと沼に落ちた時に風邪をひいてしまったんだと思う。
ただでさえ年末はずっとバイトで忙しくて充分に休んでいなかった先輩が無理をすればどうなるか位最初から分かっていた筈なのに、あたしは自分のことで精一杯で先輩の体調まで気遣ってあげる事ができなかったと思う。

ごめんなさい龍也先輩。

あのことが原因で風邪をひいたりしたらあたしが気にすると思ってきっと無理をしたのね。

先輩は優しい人だから…。

あたしに心配かけまいとして最後まで無理を通すつもりでいたのだと思う。



龍也先輩…。どうして?



あたしには遠慮なんてしないで欲しいのに。



あたしはあなたの苦しみも悲しみも受け止めてあげたいのに



あなたはあたしの手を必要とはしてくれないの?









聖良の着付けを待つ間から体がおかしくなり始めていた。

滅多に風邪など引かない俺だが今回ばかりは年末からの無理がたたっていたようだ。
おまけにあの寒空に沼に落ちてしまったのだから体調を崩さないほうが奇跡といって良いのかもしれない。
風呂から上がるときに感じた軽い目眩と嫌な予感が体調の異変の始まりだった。

聖良の膝枕で目覚めた時凄く気分が良かったが、同時に頭の奥に鈍い痛みを感じ始めていた。
自分でもヤバイなとは感じていたがこんなにも早く熱が上がってくるとは思わなかった。

寒気が走り体が震え出すのを必死に聖良に気づかれないようにいつも通りに振る舞って見せていたが聖良の家の前まで送って来るのが限界だった。

頭痛はどんどん酷くなり聖良の声すらワンワンと耳に響いて、聞かれていることにまともに答えているのかさえ分からない。

休んで行くように勧める聖良を振り切ってでも、早くここを離れなければ倒れてしまいそうだった。

聖さんが送ってくれるという声に断ろうと上を見たとき、目の前が真っ暗になった。
瞬時に倒れないように何かにしがみつこうとした時に聖良が俺を支えてくれた。

ひやりと冷たい聖良の手が俺の熱い頬に触れる。

しまった。今聖良に触れられたら熱のあることに気づかれてしまう。

案の定聖良が息を飲み聖さんを呼ぶのが聞こえたが、もう限界だった。
意識が朦朧として寒気がどんどん酷くなる。
酷い頭痛に聖良の呼びかけも聖さんの話している事も意味を持たない音にしか聞こえない。



俺はそのまま意識を手放し真っ暗な闇の中に落ちていった。







病院で点滴をしてもらった先輩は幾分か落ち着いたようだった。
それでもまだ熱は高くて、先生の仰るには2日くらいは熱が続くだろうという事だった。

温かくしてとにかく栄養のあるものを食べてゆっくりと休む事。

当たり前の事だけど一人暮らしでこの熱ではとても無理な話だと思う。

「あたし、このまま龍也先輩のマンションに暫くいてもいい?」

お兄ちゃんの運転で龍也先輩を病院から家まで送る車の中であたしは思い切って切り出した。
龍也先輩はあたしの膝枕でグッタリとしている。あたしの腕の中で気を失ってからずっと意識が戻らない。こんな先輩を一人でマンションに帰すなんて出来る筈が無い。

「好きにすればいい。どっちにしても今夜は付いていないといけないだろうし、家へ連れてきても良いが自分の部屋のほうが龍也もゆっくりと休めるだろうな。おまえがそう思うなら気が済むまで龍也に付いていてやるといいさ。母さんには俺からちゃんと話しておいてやるよ。」

反対されるかもしれないと思っていたあたしにとってお兄ちゃんの言葉は意外だったけれど、お兄ちゃんも龍也先輩のこと気に入ってくれてあたしたちを認めてくれていると思うと凄くうれしかった。

「聖良。龍也の心に抱えているものが俺は何か知らないが、あいつは何もかも一人で耐えて抱え込む所がある。人に頼らないのは立派な心がけだが人は一人では生きられないんだって事をおまえが教えてやるんだ。あのままじゃ龍也はいつか潰れてしまう。」

お兄ちゃんは何も知らない筈なのに龍也先輩に何かを感じていたみたい。突然の言葉に驚きはしたけれどその言葉は胸に染みた。
お兄ちゃんはいつもあたしに的確なアドバイスをくれる。迷ったり不安になったりしたときにちゃんと正しい道を自分で気付く様にさりげなく教えてくれる。

今だってあたしが龍也先輩の支えになりたいのに必要とされていないんじゃないかと僅かに不安を感じていたのを敏感に感じ取ったに違いない。

「うん。あたしもそう思う。先輩は何もかも一人で抱え込みすぎる。」

「本当に強い事と強がる事は違うんだってちゃんと教えてやるんだ。おまえなら出来るよ。」

お兄ちゃんが龍也先輩を本当に心配してくれているのが凄くうれしかった。
あたしの膝に頭を乗せて苦しげに力なく眠り続ける龍也先輩の髪を弄りながらきっとこの人を救って見せると心に誓った。

きっとあたしがあなたの心を開いてみせるよ。

きっとあたしがあなたの苦しみを取り除いてあげる。

あたしじゃ頼りないかもしれないけれどあなたが唯一弱みを見せれるのがあたしだというのならあなたを救えるのはあたししかいないと思う。

あたしはいつだってあなたの傍にいる

いつだってあなたを抱きしめてあげる

ずっとずっとあなたを愛していくから…。

お願いあたしを求めて…。





〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜




先輩が倒れてから半日以上が過ぎた。もうすぐ日付が変わろうとしている。

でも彼は未だに意識を取り戻すことなくずっと眠り続けている。
時々口移しで飲ませる水さえも無意識で飲み込む僅かな量しか受け付けなくて殆ど唇の端から零れ落ちている。

このまま意識が戻らないのでは無いかと徐々に不安にさえなってくる。

時折苦しげに唸って救いを求める様に手を伸ばす龍也先輩。

あたしはそのたびに傍によって手を握り、額に浮ぶ汗を拭いてあげるけれど彼の夢の中まで入って助けてあげる事なんて出来なくて…ただ見つめている事しか出来ないのがとても悲しかった。


熱が高い為悪寒がするのか身体はとても熱いのにずっと寒がって震えている龍也先輩。
マンションにある毛布や布団は先輩のものしかなくて、本当にこの部屋に誰かが尋ねて来る事も無ければ泊まる事もないのだと現実を突きつけられた。

『いわゆる天涯孤独の身って奴かな?特に付き合いをしてこなかった親戚なんて何処にいるかも知らないしな。』

まるで何でもないことのようにそう言った先輩を思い出して胸が痛くなる。
その言葉を何でも無い事のように言えるようになるまでに彼はどれほどの涙を流したんだろう。
彼の心の孤独を少しでもあたしに埋めることが出来ているんだろうか。

これ以上布団をかけてあげる事も出来ないくて温めてあげる事も出来ないのならあたしに出来る事は一つだけしかないと思った。

身につけているものを全て取り去り龍也先輩の隣りに滑り込むと彼の素肌に自分を重ねる。


熱で火照る肌を抱きしめてただひたすら祈る。
少しでもあたしの体温であなたが温かくなってくれるようにと。
少しでも悪夢からあなたを救い出してあげられるようにと。

あたしの身体を無意識に抱きしめて安堵するように溜息を付く龍也先輩。
その微笑みを見た時、こんなあたしでもあなたの心を少しでも癒してあげられるのだと涙が溢れてきて止まらなかった。

龍也先輩。どうしてあなたはそんなに強いの?

どうしてあなたはそんなに幸せそうにあたしを抱きしめるの?
ただ傍にいるだけでどうしてそんなにうれしそうに微笑んでくれるの?

あなたに幸せになってもらいたい。

あたしの全てであなたを幸せにしてあげたいの。

苦しみはあたしに預けて。

悲しみはあたしに分けて。

あたしの全てをあげるから

あたしの喜びも幸せも全部あなたにあげるから

お願いその心の中に重く抱え込むものをあたしにだけは分けて欲しいの。

あなたを心から愛しているわ










暗い闇の中はとても冷たくて寒くて俺はいつのまにか一人で心の奥深くにしまいこんだ情景の中を歩いていた。

母さんがいなくなって町の中を駆け回って一日中捜した。
子どもの俺では捜せる範囲なんてたかが知れていたけれどそれでも俺は必死だった。

辺りが暗くなっても俺はずっと走り回り捜し続け、いつの間にか小さい時から母さんと一緒に足を運んだ公園に来ていた。気が付くと母さんに背中を押してもらったブランコに座り込んで声をあげて泣いていたあの日。
忘れようとしていた悲しい記憶が蘇ってくる。


何故俺を捨てたんだ。

何故何も言わずに行ってしまったんだ。

母さんがいなくなったのは俺のせいなのか。

母さんは俺が嫌いでいなくなってしまったのか。



どうして―――?



その答えはずっと俺が探し求めていたものだった。



俺を必要としてくれる人間なんているんだろうか。

母にさえ見捨てられてしまったこんな俺を必要とする人間なんているんだろうか。

俺は何のために生きなければならないんだろう

母に必要とされず見捨てられた俺の生きる意味とは何なのだろうか



絶望と悲しみが俺を襲ってくる。



いつも見る悪夢が俺を闇へと包み込んで心を絡め取っていく。



寒い…



心が凍り付いていく…



…凍りつくような冷たい闇の中、冷たい水を切り裂いて一筋の光を見出すように小さな手を掴んだ感覚を思い出す。



その時、ふわりと温かい柔らかなものに心ごと抱きしめられるように包まれた。

優しい香りが鼻腔を擽り思わず安堵の溜息が漏れる。

そのぬくもりを失いたくなくてしっかりと抱きしめてもっと温かさを感じたいと引き寄せる。



心が温かくなり満たされていく。



春の日差しの様な優しい声が俺の凍りついた心を溶かしていく。



『あなたを心から愛しているわ。』



あぁ、聖良の声だ。このぬくもりは聖良なのか…。



俺の心の扉を開くただ一人の愛する女性



聖良…。



愛しているよ




闇を切り裂いて辺りに光が溢れる。

意識が少しずつ光に引き寄せられていく。

色の洪水に翻弄されるような感覚が俺を襲い一瞬めまいを起こしたような錯覚に包まれたかと思うと徐々に覚醒するように意識がハッキリしていくのが分かった。

ゆっくりと目を覚ますと見慣れた部屋の天井が飛び込んできた。

熱に犯された身体は思うように動かすことが出来ず、すぐには身動きが取れなかったが、腕に絡みつくように広がる髪が視界に入った時、動けないのは熱だけが原因では無いことに気付いた。

俺の胸に聖良が頭を乗せるようにして眠っている。

何故聖良が俺と一緒に寝ているのかと不思議に思い、声をかけようとして息を飲んだ。

聖良は真っ白な裸体で両手をいっぱいに広げて俺を抱きしめて眠っていた。


夢の中で俺を心ごと抱きしめて悪夢から救い出してくれたぬくもりを思い出す。


あれは…聖良だったんだ。


柔らかな髪に触れ白い肌を抱きしめぬくもりを感じる。




あの暗く冷たい悪夢からさえも俺を引き上げ救ってくれる聖良。




おまえの存在がどんなに俺を癒してくれているかおまえは分かっているんだろうか。




今の俺はおまえを失う事が何よりも怖い。




聖良…おまえがいなかったら俺は生きていく意味すら失ってしまうんだ。








Next / Novel Top