Love Step

Step7 キスの代償 嫉妬の矛先 1




はあ…


俺は、バイト先を出るなり大きな溜息をついた。

溜息の原因は、塚田くるみ。俺の生徒だ。


彼女はとても熱心な娘だ。
だから年末もギリギリまで勉強に付き合ったし、年始も俺の生徒の中では一番にお呼びがかかった時も『ああ、やっぱり』と思ったくらいだった。

でもやっと、受験から解放されたのにもう勉強するのか?

受験を終えたばかりで、少し力を抜いて友達と羽を伸ばせばいいのにとは思ったが、彼女が余りに熱心に頼むので、今日のバイトを引き受けることにした。

彼女はレベルの高い俺の通っているS高校を受験した事もあって合格の自信は余り無かったようだ。そこで試験の答え合わせもかねて試験問題をもう一度やってみようと言う事になったんだ。

試験はまずまずの出来で、この分なら合格できるだろうと俺は彼女を褒めてやった。
すると、彼女は俺に思い出したようにバレンタインのチョコレートをくれた。
バレンタインは過ぎてしまっていたが、俺はそれを生徒から先生への義理チョコだと安易に受け取ってしまったんだ。
本来なら聖良以外の誰からも受け取らないところだが、やはり仕事と言う事もあって、断るのは失礼だと思ったからだ。

ところが、彼女はこう言ったんだ。

「先生。あたし本気なのよ。子ども扱いしないで。あたしは先生と同じ高校に行きたくて勉強をがんばったんです。受験に合格したら、あたしと付き合って下さい。」

真っ直ぐに俺を見つめてそう言う彼女。
まだ幼さを残す彼女の純粋な気持ちが伝わってくる。
よくあることだ。多分憧れを恋だと錯覚しているのだと思う。

「あのさ、気持ちは嬉しいけど、俺、彼女がいるんだよ。」

「うそよ!前に聞いたときは彼女なんていないって言ったじゃない。」

そんなこと聞かれたことがあったかどうかさえ覚えていないんだが、聞かれたとしたら聖良と付き合う前だろうな。

「そうだったか?彼女とは夏から付き合っているんだ。」

「そんな…あたし先生に振り向いて欲しくて必死で先生の為に頑張ってきたのに。」

「俺の為?」

彼女の言葉に俺は納得できなかった。もちろん受験後で不安定になっている彼女を追い詰める事は出来ないのはわかっている。でも、俺の為と言われるのは嫌だった。

「くるみさんは自分の将来の為に勉強してきたんだろう?それは自分の為じゃないのか?俺の為だなんて言っちゃダメだ。俺は自分の彼女としてくるみさんを受け入れる事は絶対にできないし、中途半端に期待させる事もするつもりは無いよ。」

「先生…彼女の事そんなに好きなんですか?」

彼女の言葉に、多分今ごろ俺の部屋で食事の用意をしているだろう、聖良の笑顔を思い出す。
聖良を思い浮かべるだけで自然に笑みがこぼれるんだから、俺も重症だよな。
以前だったら考えられない事だ。

「彼女のいない人生なんて考えられないよ。とても大切な人なんだ。」

俺の言葉に彼女はまだ何か言いたそうだったが、俺がこの話は終わりとばかりに帰り支度を始めたのを見て、それ以上何も言わずただ俯いていた。



「合格発表楽しみにしているよ。受かったらご褒美に何かやるからな。」


俺が別れ際に何気なく言った言葉が後にとんでもない不幸を連れてくるなんてこの時俺は思っても見なかった。

俺の心はすでに、部屋で待っている聖良の元へと飛んでしまっていたから。

あの日は聖良が泊まりに来る事で気持ちが浮ついていたのかもしれない。

仮にも俺にほのかな想いを寄せている女の子に『ご褒美をやる』なんて中途半端な優しさを見せてしまうなんて、いつもの冷静な俺なら決してする筈の無い失態をしてしまったんだから。









はあ…


今更あの言葉を取り消す事も出来ねぇしなぁ…。


あれから2週間余り、昨日彼女の合格発表があった。

結果はもちろん合格。

生徒が受験に合格して溜息をつくなんて、不思議な話だとは思う。
だけど、彼女がご褒美に欲しいと言ったものに問題があった。

「合格したらご褒美をくれるって言いましたよね。あたし、先生とデートがしたいの。ご褒美にあたしとデートして下さい。」

彼女の言葉になんて答えて良いかわからなかった。
約束したのは確かだが聖良以外の女とデートなんて出来る筈が無いじゃないか。

「それは出来ないな。彼女を裏切るような事は絶対にしたくないんだ。」

これが同じ学校の女だったら冷たくあしらう事も出来ただろうに、中学生と言う事もあって、そこまで強く言えなかった。

俺も以前より優しくなったんだろうか?…なんて言ってる場合じゃねぇよ。

今度の日曜日に遊園地へ連れて行けと言い張る彼女に、俺はほとほと困ってしまった。

それに日曜日って言えば…

これもまた溜息物のイベントが、この日は入っているんだった。

「絶対にダメだ。日曜日は用事があるんだ。」

「それって、彼女とデートですか?」

「彼女とって言うのは当たりだけど、デートとは少し違うかな。バイトって所だろうな。」

「バイト?どこで?」

「…言いたくない。」

「教えてよ。……そうだ、教えてくれたらデートしてって言うのは取り消すわ。」

日曜日の溜息物一大イベントを教えることで彼女が諦めてくれるなら…それもいいかもしれないと思った。

それが大きな間違いの元だったんだが…。

「…クリスマスにさ、『ToyBox』ってアミューズメントパークでベストカップルコンテストとやらに出るハメになって優勝したんだよ。その時の契約に1年間そこのイベント行事に二人で出なくちゃいけないって言うのがあってさ。で、今度の日曜は『ToyBox』のチャペルで、春の結婚シーズンにあわせての模擬結婚式をやらなくちゃいけなくなったんだ。」

「先生が彼女と一緒に模擬結婚式をするんですか?」

「まあ…そう言う事だな。気は乗らないけど、そう言う契約だからしょうがないよ。」

「あたしっ!見に行きます。絶対に。」

「はぁ?何を言っているんだよ。」

「一緒に行くって言ってる訳じゃないでしょう?あたし先生の彼女を見てみたいの。先生がそこまで惚れ込んでいる女の人ってどんな人なのか興味があるわ。」

「お…おい、冗談はやめろよ。」

「冗談なんかじゃありません。絶対に見に行きますからね。もし、その人があたしの納得できるような女の人じゃなかったら、あたし、先生を彼女から奪って見せます。」



……俺を聖良から奪う?

すげぇ無理な事を言ってるって彼女はわかっていないんだろうか?
俺が聖良から離れるなんて事天変地異が起こってもありえないんだぜ?

でも、彼女はすっかり自分の世界に入り込んで手が付けられなかった。
何をどう言っても日曜日の模擬結婚式にはついて来るつもりなんだろうな。


家路に向かう俺の背中は仕事に疲れたサラリーマン並みの哀愁が漂っていたに違いない。





はあぁぁぁぁぁぁ……





重い気持ちでマンションのドアを開ける。





「おかえりなさい龍也先輩。今日は遅かったんですね。」


俺を待ちかねたように飛びついてくる聖良。

その満面の笑顔に今まで重く塞いでいた心が途端にパアッと明るくなる。

全身を俺に預けるように胸に飛び込んでくる聖良をふわりと抱きとめると柔らかな香りが鼻腔を擽り心が癒されていくのがわかる。


俺って単純だよな。


まあいいか。


たとえ日曜日に何が起ころうと、聖良さえ傍にいてくれれば俺は幸せなんだから。









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久しぶりの『Love Step』本編です。春休み目前ちょっぴり波乱の予感?
二人がクリスマスにイベントパークのベストカップルに選ばれたのを覚えていらっしゃいますか?
プチウェディングとハネムーン代わりの優勝商品のハワイ旅行。二人はちゃんと行けるんでしょうかね?
今回も龍也の苦悩がしのばれますよ。かわいそうに…っておまえが書いてるんだよ。( ̄▽ ̄;)

今までよりちょっぴりのんびり更新かもしれませんがお付き合い下さいね。

2006/02/21

朝美音柊花