Step7 キスの代償 嫉妬の矛先 3
形勢はすっかり逆転してしまったようだ。
「もう、あたしだってヤキモチぐらい妬きますよ?先輩のほうがずっとあたしを不安にさせているんですからアッシュの事くらいで妬かないでくださいね。」
拗ねていたのは俺のはずなのにチョコレートから流れが少し変わってしまったようで、今度は聖良が拗ね始めた。
聖良が嫉妬していることが素直に嬉しいと思ってしまったら怒られるだろうか。
「不安に?聖良が不安になることなんて何もないだろう?俺は聖良しか見えないんだから。あのチョコレートは生徒から先生へのものだし、受け取ったのは今後の仕事に差し支えると思ったからだ。そんなに気にすることじゃないだろう?」
「わかっているけど…」
俺から視線を逸らして何か考え込む聖良。その手が無意識に俺の髪を撫でるように弄っている。剥くように髪の間を聖良の指が通り抜けるのがなんとも心地いい。
瞳を閉じて聖良にされるままにその心地良さに身を委ねる。
…そんなに不安になることなんて何もないのに。
聖良が俺のことで嫉妬してくれるのは嬉しい。
聖良はどちらかと言うと寛大で、生徒会室いっぱいの段ボールでバレンタインのチョコレートが届いた時も、捨てないであげてと優しい事を言って俺を感動させたくらいだ。
その聖良が教え子のたった一つのチョコレートでこんなにも不安な表情をするなんて、俺にしたら嬉しい事この上なくて…
「そんなに不安なら、さっきの続きしようか?聖良が不安にならないようにその肌に俺の気持ちを焼き付けてやるよ。」
「…なっ…やだ、明日模擬結婚式ですよ。」
「あ、そうか。今日の午後からリハーサルだっけ?」
「うん…リハーサルとポスター用の写真撮り。」
「はあ…それがあった。ポスターになるんだっけ?」
「うん。何だか恥ずかしいですよね。結婚式のポスターなんて。」
「すげぇ照れるかも…でも聖良のドレス姿を見られるのは嬉しいな。」
明日は例の模擬結婚式の日だ。今日も午後から打ち合わせに行く事になっている。
人前で結婚式の真似事なんてバイトでもなければ絶対にしないところだが、クリスマスイベントのベストカップルに選ばれて1年間は行事のたびに協力しなくてはいけない契約だ。その代わりバイト代は通常の倍近くあってかなり嬉しいものがある。
しかも、何をするにも聖良と一緒なのだから俺としては申し分の無いバイトだと言える訳だ。
家庭教師のバイトが休みに入ったせいもあり、あれからくるみには会っていなかった。
彼女は本当に明日のイベントを見に来るつもりなのだろうか?
聖良を見たいとか言っていたよな。確か俺を奪うとか何とか?
ありえねぇ…
っていうか、ウエディングドレスを着た聖良を見たら、あんまり綺麗で自分には到底敵わないって納得するかもしれないな。
「聖良に早く俺だけのために本物のウエディングドレスを着てもらいたいよ。」
「龍也先輩…」
頬を染めて俺を覗き込む聖良の頬に手を添え引寄せてそっと唇を重ねる。いつもは俺が聖良を抱きしめる形になるけど、膝枕の状態だと、必然的に聖良が俺に覆い被さる形になる。
こう言うのもたまには良いよな。
「聖良…たまには聖良から欲しがって…。」
唇が離れる刹那、心で思ったことが溜息と共に言葉に出てしまった。
それはとても小さな声だったけれど多分聞こえていたと思う。聖良はどんな顔をするだろうか?
「欲しがるって…?」
意味が良くわからなかったようだ。
「聖良からキスしたり、それ以上をしたいって言ってくれたことないだろう?」
「えと…そんなこと無いですよ。キスだったらあたしからしたことありますよ。」
「酔っている時はキスしてくれるけどな。素面の時は俺がキスしてって言ったときだけだろう?」
「そうでしたっけ?そんなこと無いと思うけど…。」
「そうか?記憶に無いなあ。記憶に残るくらい濃厚な誘うようなキスをして欲しいよな、聖良からさぁ。」
「誘いません。」
「なんで?」
「…なんでそんな事聞くんですか?」
「言って欲しいから」
「何を?」
「聖良に俺を欲しいって言って欲しいから。」
「…そんなの」
「恥ずかしい?」
頬を染めて視線を逸らそうとする聖良の顔を両手を伸ばして捕まえる。
俺を見つめる聖良の瞳は僅かに潤んでいるように見えるのは、誘っているんじゃないかと思ってしまうのは俺の願望がそう見せているんだろうか?
「俺はいつだって聖良が欲しいんだけど…。聖良は違うのか?」
「キスならいいですよ。でもそれ以上はダメです。」
「なんで?」
「明日・・・模擬結婚式だから。キスマーク付けて行く訳にいかないでしょう?」
ああ、そう言う事ね。そんなことを気にしていたのか。
見えなきゃいいだけじゃないか。
「大丈夫。キスマークをつけなきゃいいんだろ?」
「え?それは…」
聖良の言葉が終わらないうちに唇を塞ぐ
「ん…んぅ…」
唇を割って舌をスルリと入れるとすぐに反応して小さな舌を絡めてくる。
本当に素直だよ。ついこの間まで何も知らなかったのに、どんどん俺の色に染まって望むとおりに反応するようになってきた。
キスを繰り返すうちに聖良の表情が酔いしれるような恍惚としたものになっていくのがわかる。
この表情が煽っていなかったら何だって言うんだろう。
絶対に他の誰にもこんな聖良を見せたくないよな。
「聖良…キスマークつけないから…いい?」
聖良の返事を待つのももどかしくて、聖良を引寄せていた手を首筋から胸元へと滑らせる。
優しく触れるたびに聖良の唇が何かに耐えるように震えるのが伝わってきた。
今度は胸に触れた手も叩かれる様子は無さそうだ。
何度も舌を絡める深いキスを交わした後、徐々に軽いタッチのキスに変えていく。キスの終わりを告げるように唇を軽く甘噛みした後、チロリと舌を出して誘うように唇の輪郭をなぞってから視線を合わせられるだけの距離をとる。
聖良の瞳の中に先ほどまで影を潜めていた女の色気が誘っているのを感じる。
胸元で優しく刺激を与えている手を拒む様子も無い事からも聖良が徐々にその気になって来ているのがわかる。
聖良が頷くまであと少し…
「聖良…愛しているよ。」
こう言うときの目ってウルウルしておねだりしているって言うんだろうか?
俺にしたら考えられないくらいの甘えた声で母性本能に訴えてみる。
プライドも何もあったもんじゃねぇな。
でもこうすると聖良は弱いっていうのが最近わかった。
「…もう…しょうがないんだから。」
ほらね。聖良は俺が甘えてくるのが嬉しいらしい。
酒に酔った時の事を思い出して苦笑する。
ああいうときに必ず俺の母親になりたがるところを見ても、聖良には母性本能の塊みたいな所があるのがわかる。
だから俺は結婚したら絶対に大家族になろうと心に決めた。
子どもは少なくとも3人以上だ。
それはまだまだ先の事だけど…でも、そんなに遠い未来ではないように努力したいと思う。
少しでも早く聖良と結婚する為に・・・。
春休みが終われば俺は3年生だ。
これから進むべき道を選択する時期も迫ってきている。
聖良にはまだ話していないが俺はある決意をしていた。
近いうちに聖良にはそれを話す必要があるだろう。
……聖良は何と言うだろうか。
「聖良、早く俺のために本当のウエディングドレスを着てくれよな。子どももたくさん欲しい。」
「先輩…どうしちゃったの?まだまだ先の事なのに…。」
不思議そうに見下ろしてくる聖良が愛しくてたまらなくて身体を捻って半分だけ身を起すと聖良の胸の顔を埋めるように抱きついた。
抱きしめたというよりまさに抱きついたと言う感じだろう。
聖良は抵抗もせずに微笑んで俺の髪を剥いていてくれた。
聖良の頬が胸に顔を寄せている俺の額に柔らかく触れたかと思うと、小さな声で「幸せになろうね」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
ギュッと縋りつくように聖良を抱きしめると、聖良はフワリと包み込むように俺を抱きしめてくれる。
温かく甘く優しい香りに包まれる。
聖良が全身で俺を包み愛していると言っているのがわかる。
特別でも何でもないこんな休日のひと時がこんなにも幸せに感じられるなんて、聖良に出逢わなかったら絶対に無かったことだ。
このまま
時間が止まってこの幸せな時間ががずっと続いてくれたらいいのに…。
「子どもは3人くらいが良いですか?」
聖良の呟きにコクリと頷いて「出来ればもっと欲しい。」と言って更に胸に顔を埋めた。
「クス…大家族のパパですね。その時はがんばってくださいね。」
一度手にした幸せは簡単には手放せないから…聖良と過ごすこの幸せな空間を俺は全身全霊で守ってみせる。
どんな事があっても、決して手放すもんか。
「ああ、がんばるさ。だから…早く結婚できるようにしないとな。」
聖良は微笑んで目を閉じた。顔を寄せそっと唇を重ねる。
俺はキスを繰り返しながら聖良を抱えあげると寝室へと移動しドアを開けた。
うっとりして力の抜けた聖良をそっとベッドに横たえて耳元でそっと囁く。
約束どおりキスマークはつけないよ。
……見えるところにはね
ニャ〜ニャ〜
寝室のドアの前でアッシュが何か抗議しているらしい泣き声を上げるが冷たく無視だ。
悪いな、聖良にはもうおまえの声なんて聞こえていないぜ。
ああ、そうだ覚悟しておけよアッシュ。
おまえは絶対に今晩家に入れてやらねぇからな。
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第2話に引き続き、拍手にリクエストお応えしました。
たけと様より拍手にリクエストを頂いた『二人で部屋で過ごす、なんてことない幸せな一日をみてみたいです。』にお応えした話です。
龍也と聖良の幸せな休日を感じていただけると嬉しいです。もちろんこの後二人は…(笑)ご想像にお任せします。キスマーク大丈夫だったんでしょうかね?
リクエストを下さったたけと様ありがとうございました。
次回はいよいよ模擬結婚式!さて、何が起こるのでしょうか?
2006/03/03
朝美音柊花