Love Step

Step7 キスの代償 嫉妬の矛先 4




桜が咲き始めているとは言うものの、まだ風は肌寒く時折突風のように吹き付ける。
聖良の長い髪が突風で乱れるのを風上に立ち抱きしめるように庇うと、まるで髪が生き物のように俺の腕に絡みつく。
その髪のひと房が纏わり付く事すら俺に心が寄り添っているようで、愛しいと感じる…何て言ったら聖良は笑うだろうか。

柔らかな陽射しを受けてステンドグラスが幻想的な光を生み出す教会へと足を運んだのは、明日の模擬結婚式のリハーサルと写真撮りの為だ。

『ToyBox』と言えばこの近隣では大きな複合型アミューズメントパークで遊園地から映画館、宿泊施設などあらゆるレジャー施設が整っている為幅広い用途に利用されている。

その『ToyBox』が去年から新築していたチャペルでの模擬結婚式はかなり大きなプロジェクトらしい。
少々荷が重い気もするが、俺達にとっても思い出深いイベントになる事は間違いない。


この場所には何か縁があるような気がする。


ここは俺にとっていろんな意味で思い出深い場所だ。

母親との最後の楽しかった思い出の詰まった場所。

そして聖良に心を救われた場所でもある。

この場所で聖良と真似事とはいえ結婚式を挙げることができるのは俺にとってとても神聖な気持ちだった。



強く吹き付ける風にまだ新芽も僅かな木々が枝を揺らす。

チャペルの周りを囲む木々もあと少しすれば新緑が美しくなり、枝葉を風に鳴らしながら誓いを交わすカップルに祝福の歌を送るのだろう。

聖良を風から庇うように抱きしめたまま、教会の前に立ち頭上高く掲げられた十字架を見上げると、聖良も僅かに俺に体重をかけるようにして寄り添ってくる。

聖良も同じ気持ちでいてくれるんだろうか…。


明日、神の前で永遠の愛を誓う。


それが本当の結婚式でなくても構わない。

俺にとっては本当の誓いの場になるのは間違いないのだから…。







「まあまあ、可愛らしい花嫁さんね。細くて色が白くて…本当にお人形さんみたいだわ。」

幾つか用意されたウェディングドレスを選んで袖を通すと、佐藤さんと言う20代後半くらいの美容師のおねえさんが感嘆の溜息を付いた。

「肌もきめ細かくて綺麗だし、化粧ノリが良さそうね。…あら?」

佐藤さんがあたしの顔をマジマジと見つめてそれからクスクスと笑い始めた。

どうしたのかと不思議に思っていると、小さな声で「愛されてるのねぇ。」と呟いて、意味ありげな流し目を流してきたかと思うと、ツッ…と胸元に指を滑らせた。

「ひゃ…っ…なっ…何をするんですか?」

「キスマーク付いてるわね。何とかドレスで隠れそうだけど一応ファンデーションで隠しておかなくちゃね。」

「ええっ?付けないって言ったのに…っと…。」

思わず口から出た言葉に慌てて手で口元を押さえて見るけれど、佐藤さんはそんなあたしを見て思いっきり噴き出した。

「あはははっ!かわいい。気にすること無いわよ。あなたの彼を見ていると本当にベタ惚れなのがありありと分かるもの。大丈夫よ。チャ〜ンと分からないように隠してあげるから。心配しないでね。」

あたしが顔が真っ赤になっていくのを押さえられずにいると、佐藤さんはそんなあたしを無視してどんどん髪を纏めていった。
あっという間に綺麗に結い上げられた髪に、幼い頃美容師に憧れていたあたしは驚きの余り声も出ない。
ぼけっと見ていると、佐藤さんはあたしの選んだフワリとしたサテンのドレスに良く似合うティアラと長いベールを持ってきて窓辺でかざす様に見せてくれた。

「ほら、これ素敵でしょう?花嫁さんの涙って真珠みたいだなっていつも思うのよ。真珠にはね『無垢』って言う意味があるのよ。真に聖良ちゃんにピッタリだって思うの。あなたを初めて見たときに今日の模擬結婚式には、どうしても真珠を使って欲しいって思ったのよ。」

「あたしを初めて見たときって?今日が初めてじゃないんですか?」

「あのベストカップルコンテストの時あそこにいたのよ。スタッフとしてね。あの時既にこのチャペルでの模擬結婚式は計画にあったの。だからあたしも一緒に行っていたのよ。」

「あの時…あそこにいたんですか?」

「ええ、あなたたちがダントツに素敵だったわ。どうしてもあなたたちに最初にこのチャペルで結婚式を挙げて欲しいと思ったもの。そしたら見事にあなたたちが優勝したって訳。」

佐藤さんは何かを思い出すようにクスクス笑いながらあたしの頭にティアラを固定していった。

「彼ねぇ…龍也君だっけ。本当にあなたを愛しているのねぇ。あなたを見つめる時の彼の瞳って本当に優しいのよ。聖良ちゃんが彼をとても信頼して彼に愛情を返しているのも伝わってきてね、あたし達が見ていても微笑ましくて心が温かくなるの。
あたし達スタッフはこれから先、このチャペルで結婚式をあげて夫婦になっていくカップルにもそんな風にお互いを見つめ合って欲しいなって願っているのよ。」

佐藤さんの思いもかけない言葉に驚くとともに、自分たちがそんな風に見られていた事をとても嬉しく思った。
ベストカップルに選ばれた時はなぜか分からなかったけれど、あたしの先輩への気持ちや先輩があたしを想ってくれている愛情がみんなに伝わって心を動かしたのだと思うとなんだかとても幸せな気持ちになった。

「きっと素敵な模擬結婚式になるわ。今日のポスターも最高の出来になるわよ。何て言ったってこんなに素敵なカップルを今噂の新進気鋭のイケメンカメラマンが撮影するんですもの。」

「イケメンカメラマン?」

「そうよ。彼って凄く素敵なのよ。名前は…。」


コンコン☆


「新婦の仕上がりはどうだ?新郎を連れてきたぞ。」


佐藤さんが席を立ち控え室のドアを開けると、同時にわあっ!と言うスタッフ感嘆の声が上がった。
驚いて振り返ると、男性スタッフが数人龍也先輩をつれて控え室へやってきた所だった。

あっという間にスタッフに取り囲まれて、みんな口々に『かわいい』とか『綺麗』とか褒めてくれる。
それが照れくさくて龍也先輩に助けを求めるように視線を移すと、白に金糸の刺繍を施した新郎の衣装を着た、龍也先輩がドアに寄りかかるようにしてあたしを見つめていた。
思わず溜息を付いてしまうくらい龍也先輩は素敵だった。

流石、美男美女のベストカップルだとスタッフや佐藤さんに冷やかされて、頬が熱くなっていくのが分かる。龍也先輩はそんな冷やかしにもまったく動じず冷静で、ニコリともしないであたしを凝視していた。

ウエディングドレス姿を楽しみにしていた龍也先輩には誰よりも喜んで欲しかったのに、彼は言葉も無くただ入り口に立ったまま控え室へ入ってくる事もしない。
ドレスが気に入らなかったのかとか、似合わなかったんじゃないかとか、急激に不安になってなんだか泣きたくなってくる。

そんなあたしの表情をみて、佐藤さんは龍也先輩の元へツカツカと歩いていくと、彼の目の前でヒラヒラと手を振って見せた。
視界をさえぎられていると思うのに微動だにしないで視線を動かす事すらしない。完全に固まっている龍也先輩にもしかして具合でも悪いのではないかとどんどん不安が募ってきた。

「あ…の…龍也先輩?大丈夫ですか?」


あたしの声は震えていて、気を抜いたら瞳から涙が溢れてきてしまいそうだった。

佐藤さんが肘で龍也先輩を突付き、スタッフの数人が龍也先輩を無理やり引っ張ってあたしの元へと連れてくる。
先輩はまだ、あたしを見つめたまま、どこかぼうっとしていた。

不安に震える手で、そっと龍也先輩の腕に触れてみる。


ビクッ


電流が走ったように一瞬身体を震わせて、それから正気に返ったようにあたしを見つめ直した。


「せ…いら…?」

「あ…はい。大丈夫ですか、龍也先輩。体調でも悪――っ!」


言葉を最後まで言い終わらないうちに強く抱きしめられた。
突然の事に何が起きたか分からなくて目を白黒させていると、すぐに唇が降りてくる。

おおー!っと叫ぶスタッフの声がずっと遠い所で聞こえた気がした。

人前で抱きしめられたりキスをされたのは初めてじゃなかったけれど、こんなに深く口付けられた事は初めてで、腕の力の強さに加えて、息も付かせぬほどの熱いキスに目眩がしそうだった。
頭がぼうっとなり、驚きに見開いた筈の瞳はいつしか恍惚として、うっとりと瞳を閉じた時…。




パシャッ!!



カメラのフラッシュが光って眩しさに現実に引き戻された。
みんなの視線があたし達に集まっている事に気付いて顔が熱くなる。それでも龍也先輩は冷静にあたしをカメラから庇うようにして抱きしめたまま振り返った。

龍也先輩の腕の影から覗き込むように自分たちを狙った発光体の発信源へと視線を走らせる。
入り口付近に20代位の長身の男性が笑いながら私たちに向かってカメラを構えて立っているのが見えた。
さっき佐藤さんが言っていた新進気鋭のイケメンカメラマンとか言う人だろうか。


「綺麗な花嫁さんだな。こんなカワイイ花嫁を撮らせてもらえるなんて光栄だね。」

その人は構えていたカメラを下ろし微笑んだ。


「でも変だな。聖良は俺のお嫁さんになるって言っていなかったっけ?」


綺麗なマロンブラウンの髪をかきあげながら、ウィンクをしてみせるその男性をあたしは知っている。

「え…たける……武ちゃん?」


大きく目を見開いて大声をあげたあたしに龍也先輩が眉を寄せて思いっきり不機嫌になった。そのままギュウッと武ちゃんの視界からあたしを隠すように抱きしめる。

「ちょ…龍也先輩…苦しいですよっ。」

「何だよ、あいつのお嫁さんって。大体聖良が俺以外の男の名前を呼ぶのは許せないんだよ。そういう口は塞いでおこうか?」

「なにを…っ!んんっ…!!」

言葉の通り塞がれた口から、彼の事を龍也先輩に説明する有余は与えてもらえなかった。
激しい抱擁と口づけからようやく解放されたのは、流石にあたしをかわいそうだと思ったらしい佐藤さんが龍也先輩にストップをかけたときだった。

でもね、佐藤さん。あなたの止め方もどうかと思いますよ。

「続きは誰もいない時にしたら?それにやっと隠したキスマークが増えたらあたしが困るのよ。今日はこの程度にしておいてね。」

……それは無いんじゃないですか?


真っ白なドレスを着たあたしが、真っ赤なユデダコみたいになっている姿って、紅白で思いっきりおめでたいんじゃないかしら?

武ちゃんは笑いながらユデダコのあたしをカメラに収め、ツカツカッと歩み寄ってくると、龍也先輩の腕に抱かれたままのあたしの頬にキスをした。

こう言うのって、端から見たら宣戦布告って言うような気がするのですが…。


「なっ!何しやがるんだっ!!てめぇ、カメラマンか何か知らねぇが聖良にさわんじゃねぇ!」

案の定龍也先輩は烈火の如く怒り出した。
その顔…マジで切れた時の顔でしょ?こわいですよ。

「知り合いか何か知らねぇが聖良聖良と気安く呼ぶんじゃねぇよ。おまえ一体聖良のなんだって言うんだよ。」

心なしかあたしを抱きしめる手に力がこもっているんですけど…?

「あはははっ。聖から聞いていたけど、聖良の彼氏って本当におまえに惚れ込んでいるんだな。このくらいの挨拶でマジで切れてるし。」

その言葉にキッと武ちゃんを睨みつける龍也先輩。

「聖さんの…知り合いなのか?」

「俺は今日ポスター用の写真を撮る為に雇われたカメラマンだよ。佐々木龍也君。」

武ちゃんは龍也先輩にニヤッと笑いかけると『聖良は面食いだったんだ。』と呟いた。

武ちゃん…お願いだから龍也先輩が本気で怒る前にやめてよね。
マジで怖いんだから

「武ちゃん…なんだって日本にいるのよ?ヨーロッパにいたんじゃないの?この間お兄ちゃんからメール来た時に武ちゃんが遊びに来ているって書いてあったけど?」

あたしの問いに武ちゃんはおかしくてたまらないと言う風に笑いこけた。その様子を不機嫌が服を着ているような顔をして睨みつけている龍也先輩。

「あははっ、この仕事を受けていたから一時帰国だよ。聖良のウェディングドレス姿なんか聖に送りつけたらきっと泣くだろうな〜♪あぁ、楽しみだ。さっきのキスシーンもバッチシ送りつけてやろうっと。聖良、今日は俺が腕によりをかけて飛びっきり綺麗に撮影してやるからな。楽しみにしておけよ。」


ああもう、信じられない。


「まあ、そう言う訳で龍也君、今日はよろしく頼むよ。あ、それから今夜から俺聖良の家に暫く厄介になるから。」

「はあ?うちに?何でよ。実家に帰ればいいじゃない。」

「だって、家にいたってつまんねぇもん。聖良が遊んでくれよ。」

ニッコリ笑っているけど武ちゃん…龍也先輩がそれを聞いて平気でいると思っているの?お兄ちゃんからあたし達のこと色々聞いている様子だけど、彼が嫉妬深いって言う事は聞いてないんでしょうか?


「あんた…一体誰だよ。聖良んちに厄介にってどう言う事だよ。」

不機嫌モード全開の龍也先輩は、スッゴイ怖いオーラを出している。

「あ?俺、名乗らなかったっけ?」

武ちゃん…この殺気感じてないのかな?

「……聞いてねぇし。」

あ、やばい…。龍也先輩お願いだからキレないで。

「そっか、これは失礼。俺は今日ポスター撮影を担当するカメラマンで…ってのはさっき言ったな。名前は水谷武(みずたにたける)だ。」

龍也先輩の怒り全開オーラを吸収するような鮮やかな笑顔で自己紹介する武ちゃん…あなたって大物ですね。

「水谷…?あの新人賞を撮ったカメラマンか?」

え?龍也先輩武ちゃんの事知っているの?

「あれ?知っているんだ。ありがとう。さすが、聖良の彼氏だ。やっぱり、ちゃんと彼女の身内の事は知っててもらわないとなぁ。」

あ、なんだか武ちゃん嬉しそう。

「へ…?身内?」

凄く意外そうな龍也先輩の声に、怒りが含まれていないことにホッとした。
よかった、もう誤解は解けたのかな?

「そう、俺、若いのに聖良の叔父さんなんだよね。かわいそうだろ?」

「はあっ?聖良の叔父さん?」

龍也先輩が武ちゃんではなく、あたしを見て問い掛けた。

「武ちゃんはあたしのママの20才も年下の弟なの。」

そう説明すると龍也先輩は僅かに脱力したような顔をして大きな溜息を付いた。

「聖良の…叔父さん…ねぇ。」

「うん。」

「聖良の家に泊まるのか?」

「うん…なんかそうらしいですね。」

「聖良…あいつがいなくなるまで当分家に帰さねぇし…。」



……何となくそんな予感はしていました。



小さく溜息を付いたあたしに、龍也先輩は誰にも聞こえないように耳元で囁いた。


「さっき、あいつにキスされた代償は大きいぞ?今夜…それなりの覚悟はしてもらうからな。」



背筋を冷たい汗が流れて入ったのは言うまでも無くて…。



明日はキスマークを隠すのが今日以上に大変になっちゃうのかもしれないと考えると頭が痛くなった。



今夜の覚悟は決めておくけれど…。



龍也先輩。お願いだから明日のイベントの事忘れないでよね?









Next / NovelTop

引き続き拍手リクエストにお応えしました。
『聖良がモデルか何かでウエディングドレスを着る話が読んでみたいです』と下さったshimizu様ありがとうございました。
『いとこ、もしくは歳の近い叔父と聖良が同居、龍也に仲のいいところをみせつける。』と下さった方お名前をいただいておりません。よろしければご連絡ください。
模擬結婚式はまだまだ続きます。龍也のヤキモチはどこまで続くのか(笑)楽しんでください。
2006/05/09
朝美音柊花