Love Step

〜☆〜Christmas Special Step 8〜☆〜





「さようなら…佐々木先輩。」



聖良がそう言って生徒会室を出て行くのを、俺は何も言えずに見つめているしかなかった。

言葉をかけることも追う事も出来ず、自分のした事を後悔するばかりだった。

瞳に涙を一杯に溜めて忘れると言った聖良。
こんなに好きなのに何故こんな事になったんだろう。

のろのろと重い体を引きずりカバンを取り上げ、生徒会室を出ると目の前に暁が立っていた。



「龍也。おまえ、何やってんだよ。聖良ちゃん泣いていたぞ。」

「おまえ、聖良に会ったのか?」

「ああ、さっきそこの角ですれ違った。なんだか様子がおかしかったから追いかけて声をかけたんだよ。そしたら…。」

暁の目つきが冷たく俺を射抜いた。


「聖良ちゃんの首筋にキスマークが付いていた。」

暁の目は俺を探るように見つめてくる。

「手首にもうっ血の後があった。あんなのさっきはなかったぞ。」

まるで俺の心を見透かすように冷たい声で問い詰める。

「聖良ちゃんは何も言わなかったけど…おまえだろう?自分が何をしたのかわかってんのかよ。今ショックを受けている彼女を泣かしてどうするんだよ。」

暁の言葉に返す言葉も無い。
自分が悪いのはわかっている。
だけど…暁の口から聖良の名前を聞きたくなかった。

背中を悪寒が走るような不快感が体を震わせる。

自分のものでは無いように、心も体も粉々に砕けていくような感覚が全身を蝕んでいく。



「おまえには関係ない。」



暁にだけは今は何も言われたくない。


暁が悪くない事はわかっていた。暁は聖良を気遣ってくれた。助けてさえくれた。本来なら感謝すべきだという事はわかっている。


でも、自分の中で湧き上がる嫉妬という不快感を止める事は出来なかった。

いつかの放課後、暁を見つめていた聖良の姿を思い出す

今日の午後、暁の腕の中で泣いていた聖良が瞼の裏に焼き付いて離れない。

逃げるように生徒会室から出て行った聖良。彼女があの後暁に声をかけられ話したと思うとそれだけで、胸が焼けるように痛んだ。
暁が聖良の手を取って、心配そうに顔を覗き込む姿が胸に迫ってくる。



嫉妬で狂ってしまいそうだった。俺はもう二度と聖良の手をとることさえも出来ないかもしれないんだ。


これは八つ当たりだってわかっている。


でも暴走してしまった行き場のない感情は、そのはけ口を求めて暁に牙をむいた。

「俺たちの問題だ。おまえは関係ない。俺たちの事に首をつっこむな。」

「おまえ、何を訳の分かんねぇ事言ってるんだよ。お前は聖良ちゃんを傷つけたんだろう?」

「……。」

「さっきのあの事で不安定になってる聖良ちゃんに何やってんだよ。おまえ自分のやってる事が分かっているのか。」

「うるさい!お前には言われたく無いんだよ。大体何で暁がそんなに聖良のこと気にするんだよ。この間の事だって暁の事が原因じゃないか。」

「…何のことだ?何で俺なんだよ。」

「おまえが杏ちゃんのことで悩んだりして、イジイジしてるから聖良がっ…。」

「聖良ちゃんが何だよ。俺と杏の事は聖良ちゃんと関係ねぇだろうが。いいかげんにしろよ。今日の事だってたまたま聖良ちゃんが連れて行かれるのを見かけたから追いかけただけで…別に特別に気にかけているとかじゃねぇよ。おまえの彼女だから心配しただけだろうが!」

「おまえは人の彼女のことなんて気にしてないで、とっとと杏ちゃんをモノにしちまえばいいんだよ。フラフラ他の女で気を紛らわしても満足なんてしてないくせに。逃げてないで杏ちゃんにぶつかっていけばいいんだよ。聖良にかまうな。」

「…っ、おまっ…まさか、俺と聖良ちゃんがどうとか思ってんじゃねぇだろうな。冗談じゃないぞ。それはおまえが一番知ってんだろうが?」

「暁。杏ちゃんに想いが届かないからって、聖良にまでちょっかいだすなよな。」

俺はもう、自分でも何を言っているのかわからなかった。



暁が聖良の手を取って顔を覗き込む。

聖良が涙を溜めた瞳で暁を見つめ返す。



そんな映像が頭を駆け巡って胸を押し潰すようだった。

自分の言っている事が暁をどれだけ傷つけているかなんて考える余裕も無かった。




―――――不意に、左の頬に衝撃が走り身体が吹き飛ばされた。




壁に打ち付けられた背中に鈍い痛みと衝撃を感じる。何が起こったのか理解できず、その場に座り込んだまま呆然として暁を見上げる。

暁は息を荒くして、俺を睨みつけていた。

右手の拳を怒りで震わせながら硬く握り締め、自分を抑えるかのように左手がそれを制している。

殴られたと気付くまで、僅かに時間がかかったのは、俺の中の理性がかなり粉砕していたからかもしれない。

ようやく粉々だった理性の欠片がもどってくると、そんな俺の様子を黙ってみていた暁は冷たい目で吐き捨てるように言った。

「おまえが俺を疑うなんて思っても見なかったけどな。嫉妬に狂って自分が何を言って何をしたか良く考えてみるんだな。今のおまえは人を傷つける事しか出来ない凶器みたいなもんだ。」


確かに嫉妬に狂っていたと思う。我を忘れて聖良と暁を疑うなんて、冷静なら絶対にありえないことだ。

「頭を冷やすんだな。今のおまえじゃ聖良ちゃんに謝っても許してもらえるとは思えないぜ。」



―― 暁の言葉が胸に痛かった。





暁が黙って立ち去る足音だけが静まり返った廊下に反響する。

聖良はまだ、この校舎のどこかに一人でいるのだろうか。

俺が傷つけてしまった心を抱えて、小さくうずくまり泣いている聖良の幻が薄暗い校舎の影の中に浮かび上がる。

抱きしめてその涙を拭ってやりたいと思う切ないまでの愛しさと共に、自分がわからなくなるほどの不安と怒りと絶望感が俺を襲ってくる。


俺は聖良の純白の羽を踏みにじり折ろうとしてしまった。


何よりも清らかで美しいものを…自分の欲望と怒りで汚してしまうところだったんだ。






聖良……ごめん……






冬の気配を帯びた風が俺の髪を弄るように吹き抜けていく。

どの位そうしていたんだろう。ようやく自分がまだ冷たい廊下に座り込んだままだった事に気付き、ノロノロと体を起こしカバンを拾うと一瞬背中に鋭い痛みが走る。

殴られたときに打ちつけた背中が軋むように痛んだ。口の中も切れたようで唇と頬が腫れているのを感じる。


暁のヤツ…本気で殴りやがった…。

痛む背中も頬も、俺が傷つけた暁の心の痛みのようで…苦しかった。


指の間から零れ落ちる砂のように、何かが俺の中からサラサラと零れ落ちてなくなっていくような不安感が俺を包んでいく。

孤独感に苛まれる俺をあざ笑うかのように、晩秋の夕日がその輪郭を滲ませ紅に空を染め始めていた。

冬の訪れを告げるような心を冷たくさせる秋風が吹き抜け、俺の心を乱した。



―――さようなら、佐々木先輩



聖良の悲しげな声が胸に響く。

さようなら…

永遠の別れの言葉のようにさえに聞こえた。

付き合い始めてからずっと、名前で呼ぶようになっていた聖良が、俺を名字で呼んだ…。


もう……だめなんだろうか


恋も


友情も








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救いようのないヤツだね、龍也。八つ当たりはだめでしょう?暁にまで嫉妬している場合じゃないよ?
何もかも失ったと思い凹みまくる龍也。ちょっといじめすぎたかな?
まだ、龍也に呆れずに二人の幸せを最後まで見届けてあげようと思ってくださる方は次のStepへどうぞ。