※小学生の方はご両親に確認してから読んで下さいね。
さて同じ頃、完全無欠のヒーローを翻弄するただ一人の女性、蓮見聖良は自分のロッカーの前で困り果てていた。
生徒一人に一つ与えられている整理用ロッカーには、貴重品も管理できるよう鍵がついているのだが、今朝確かにロッカーに入れたはずの水着が、この中から消えていたのだ。
龍也と付き合い始めてから物が消えることが多くなったが、鍵付きロッカーの中から物が無くなるのは初めてだ。
貴重品が残っているところをみると、目的は明らかだった。
「…うーん。これバレたら龍也先輩また大騒ぎするんだろうなぁ。水泳大会に出ちゃダメって言われちゃうかも…。こっそりお昼休みに代わりの水着を取りに帰る…なんて、時間的に無理よね。どうしようかなぁ」
「何か忘れたの、聖良ちゃん。あたしの持っているものなら貸してあげるわよ」
腕組みをして思案する聖良に気付き、偶然通りかかった龍也のクラスメイト、金森愛子が声をかけた。
事情を聞いた愛子は、悪質な嫌がらせだと声を荒げた。
「鍵は開いたままだったの?」
「いいえ、掛かっていました」
「水着を出してまた鍵を掛けたって事は合鍵を持っているのね。これは深刻よ。早めに学校に報告して鍵を変えてもらわなくちゃ」
「はぁ…そんなに悪気はないと思うんですけど」
「何言ってんの。聖良ちゃんは甘いんだから。いーい? 同情したり庇ったりしちゃ相手の思うツボなんだからね。絶対に甘い顔しちゃダメよ? もう、心配で放っておけないわ。学校が嫌ならとりあえず風紀委員長の安原君に相談しましょう?」
「うーん…水泳大会が終わってからじゃダメですか? 響先輩の耳に入ると必然的に龍也先輩の知るところとなるじゃないですか。余計な心配をかけたくないんですよね。水泳大会に出ちゃダメって言われちゃいそうだし…終わるまでは事を荒げたくないんですよ」
なるほど。
と、即座に納得する愛子。
心配性の龍也なら、事情を聞いたとたん聖良を早退させないとも限らない。それは本日最も注目を集めている、恋人の競泳を見逃すことになるのだ。聖良の気持ちが分かるだけに渋々ではあるが愛子も納得せざるを得なかった。
「しょうがないわね。とりあえずあたしの去年着た水着を貸してあげるわ。で、終わったらすぐに安原君に事情を話すのよ。あたしもついていくからね」
「わかりました。 ところで愛子先輩、貸してくれるって…水着を二着も持ってきたんですか?」
「あ〜…ううん。実は、さっき淳也から一着貰ったのよ」
「浦崎先輩から水着のプレゼントですか? うわあ、素敵ですね」
「プレゼントっていうか…その…淳也がね、去年の水着じゃちょっと問題があるっていうから」
頬を染め歯切れの悪い物言いをする愛子に疑問を抱えながら、「問題?」と小首を傾げる聖良。
問題がある水着を借りて果たして着れるのだろうか、と疑問が顔に書いてあったようで、愛子が慌てて訂正した。
「あのっ、問題があるって言うのは…その…隠れないってことで…。さっき試着してみたらやっぱり彼の選んだ水着のほうがよさそうだから…別に去年の水着に問題があるわけじゃないのよ」
真っ赤になって説明する愛子の様子に、同じ悩みを抱える者として普段は鈍い聖良もピンと来た。
「ああ、なるほど。…大変ですね、愛子先輩も」
「別に…その、あたしたちは…そっ、その…まだ最後までは…っ」
「まだ…って、あの浦崎先輩が?」
「うっ…淳也には悪いんだけど…まだ…そのっ…徐々にリハビリ中っていうか…」
プレイボーイで名の通っていた浦崎淳也が愛子に惚れてからというもの、彼女が大切すぎて手も出せないらしいという話は龍也から聞いていた。
男性恐怖症の彼女がトラウマを克服するまでは決して手を出さないと決め、まるでガラス細工を扱う慎重さで愛子との距離を縮めているのだという。
まさかあの淳也が?と、話半分に聞いていた聖良だったが、この様子から察するにどうやら本当らしい。
「あ、でも最近やっと急に肩を抱き寄せられても殴らなくなったし、目を瞑ってキスできるようにもなったのよ」
「殴らなくなった…ですか。…随分ハードですね」
二人の仲がとっくに進展していると思い込んでいた聖良は唖然としたが、ハタとある出来事を思い出した。
丁度バレンタインの翌日、生徒会室一杯に山積みされた『ビケトリ宛のバレンタインチョコレート』のダンボールと格闘していた聖良は、鼻血を出した淳也を伴って入って来た龍也に、また二人が喧嘩をしたのかと真っ青になった。
淳也に謝りながら二人について来た愛子に事情を訊くと、手を繋ごうとした淳也の行動に驚いて本能的に繰り出したストレートが見事に顔面にメリ込んだらしい。
男性恐怖症の彼女は突然男に触れられることに強い恐怖を感じるのだそうだ。
淳也にとっては一生封印しておきたい生涯最大の汚点だが、この放課後の出来事は多くの生徒に目撃され、プレイボーイとしての肩書きは粉々に砕けた。
更に学内で手を出そうとした為ではないかという不名誉な疑いをかけられ、そこに居合わせた龍也に風紀を乱したと連行され、生徒会室で尋問される羽目になったのだ。
もちろん尋問とは名ばかりでそれをネタに散々からかっただけの話だったりするのだが…。
もしも本当に尋問などしたら、聖良が放ってはおかなかっただろう。なぜなら、風紀を乱すという意味においては、龍也は人にどうこう言える立場では無い事を一番良く知っているからだ。
あれから4ヶ月余り。いまだ二人の交際は発展途上らしい。
真っ赤になる愛子に龍也と付き合い始めたばかりの頃の自分が重なり、少しずつ恋人を受け入れようと努力している一つ年上の先輩がやたら可愛らしく思えた。
互いを大切に想いあっている事がヒシヒシと伝わってきて、自然に微笑んでしまう。
この二人には幸せになって欲しいと心から思った。
ほんわりと幸せな気持ちになった聖良だったが、自分も人の恋事情を気にしている場合ではなかった。
昨日刻まれた所有欲の刻印は、とんでもない数で、かろうじて自分の水着で隠れる範囲に留めてくれたのが救いだったのだから。
時間は刻々と迫り、役員集合時間まではあと1時間も残されていない。
急いで試着する為愛子と共に更衣室へと向かった。
「…何これ?」
それを見た瞬間、愛子は絶句し開いた口を閉じることを忘れてしまった。
聖良の胸に咲いた華の数を見て、制服を脱ぐ前に「驚かないで下さいね」と言われた意味がようやく理解できた。
二つのふくらみに刻まれたのは、愛情という名の鎖。
想像を絶するその数に不安になって思わず呟いていた。
「半端じゃない数だけど…これ誰かに見られたら何かの病気と勘違いされちゃうんじゃない?」
「やっぱりそうですか? 絶対に人のいるところでは着替えられませんよ」
「凄い数。キスマークって一回でこんなに付けられるものなの?」
「一回? そんなんで済むわけ無いじゃないですか。ってか、普通の人は一回で満足するんですか? 龍也先輩が一回で済んだ例(ためし)なんてないんですけど」
言ってからハッとして赤面する聖良に釣られて、愛子も耳まで赤くなった。
「そっ…そうねぇ…あたしはまだ経験無いから良くわかんないけど…」
「龍也先輩はどうしてもあたしを水泳大会に参加させたくなかったみたいで休めって言っていたんです。でもあたし、どうしても龍也先輩が泳ぐところを観たくて、何でもするからってお願いしたら……その…大変なことになっちゃって…」
大変なことって?と訊きたかったが、真っ赤になりモジモジする聖良に未経験の自分が受け入れられる内容か不安になり口を噤んだ。
「うーん、相変わらずの独占欲ね。それでこのパンパじゃないキスマークの数になったわけね」
「一応あたしの水着で隠れる部分にしか付けないって約束だったんですけど、まさかこんなに付けられるとは思ってもいませんでしたよ。愛子先輩の水着でも上手く隠れてくれるといいんですけど…」
髪を一つに纏め、ホルターネックのブラを止める聖良の首筋には、明らかに彼女に気付かれない位置に意図的に残された華が一つ。
まるで龍也の嫉妬心そのもののようで、『俺の女を見てんじゃねぇよ!』と威嚇しているようにすら感じられるほどだ。
それを教えるべきか迷っていると、聖良が安心したように顔を上げた。
「何とかいい感じで隠れますね。少し微妙な部分はあるみたいですけど…」
心からホッとしたその表情を曇らせるのは忍びなく、愛子はこのことを胸の内に留めることを選んだ。
「大丈夫。ビキニのままだったら見えるかもしれないけど、その上からワンピを着て髪を下ろせばバッチリ隠れちゃうわ。あ、首筋を出していると凄く色っぽいから隠しておいたほうがいいわよ。佐々木君がまた嫉妬して虫除けに新しいのを付けに飛んで来るかも知れ無いでしょ?」
「ええーっ! それは困ります。分かりました、絶対に首は出さないようにしておきます」
焦って髪を下ろす聖良に龍也の満足気な顔が重なり、愛子はその確信犯的な犯行に初恋の男性の所有欲の強さを見て、つくづく愛されたのが自分でなくて良かったと胸を撫で下ろした。
首筋のキスマークは、明らかに警告として故意に付けられたものだ。
悪いことをしている自覚が無く、むしろ聖良の為だと思ってやっているから始末が悪い。
こんな風だから、聖良が嫌がらせを受けているのだと何故気付かないのか不思議に思う。
「佐々木君がこんなんじゃ、あたしと淳也が聖良ちゃんを護るしかないわね」
新たに決意を固める愛子の声は、鏡の前で入念に胸元チェックをする聖良の耳には届いていなかった。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
その日の午後…
龍也の願いはもちろん届かず、プール開きは滞りなく行われ、その後全校生徒の期待高まる水泳大会が開催された。
生徒会役員は体育委員と共に水泳大会の進行に携わっており、それぞれに役割を持っている。
必然的に聖良もプールサイドを駆け回っているのだが、腑抜けの龍也は本部で形だけ座っており、実際の指揮は暁にまかせっきりで、聖良に視線が釘付けのお話しにならない有様だった。
愛子は自分の水着であることも忘れ、雑誌から抜け出た水着モデルのような聖良に大満足だった。
露出を控える為のワンピのおかげで、聖良の抜群のプロポーションをビキニで披露できないのが残念だが、黒白のチェック柄のホルターネックブラは、胸元を縁取るの大き目のフリルが愛らしいデザインだ。
ブラとおそろいのフリルを裾に2段にあしらったワンピはボリュームがありラブリーな仕上げだが、華美ではなくむしろ清楚で、愛らしさの中にも何処か色気がある。
まさに聖良のイメージにぴったりだった。
心配していた胸元のキスマークは、なんとか誤魔化せたようで、思わず安堵の溜息と共に「よかった」と言葉が漏れた。
あの数を見たときは驚いたが、ブラが外れでもしない限りはまず、あの50を下らない数のキスマークが人目に触れることは無いだろうとホッと胸を撫で下ろす。
愛子の呟きを聞き逃さなかった淳也がすかさず「何が?」と問いかけたが愛子はそれには答えず、代わりに先ほどから疑問に思っていたことを訊いてみた。
「ねぇ淳也、キスマークって、一回のエッチで幾つくらい付くものなの?」
「へ?」
ポカンとする淳也に、愛子は先ほどの更衣室での話をした。
「はぁ〜、佐々木のヤツすげぇ…ってか、それって異常なまでの執着だなあ」
「普通じゃないの? やっぱり」
「僕はそこまで女に執着するタイプじゃなかったからね。キスマークで自分のものだと主張するなんて馬鹿らしいと思っていたし」
先ほどは龍也ほどの独占欲で愛されたのが自分でなくて良かったと思ったはずなのに、淳也の答えに何故か寂しさを感じて、「ふぅーん」とそっけない返事を返す。
すると淳也は愛子を引き寄せて、背中からギュッと抱きしめた。
「な…っ、淳也?」
「キスマークを付けたいと思うのは愛子だけだよ。佐々木みたいに無茶苦茶に付けようとは思わないけど…この痕が消える前に新しいものを付けたい。そんな風に誰かを独占したいと思うのは初めてだ。今までいろんな女と付き合ってきたけれど、多分僕の心はずっと
君を探していたんだと思うよ」
水着の胸元を僅かにずらし、自分のつけた痕を確認してから耳元で甘く囁いた。
「…やっと出逢えた大切に育てたい恋だから、今は一つで十分だよ」
指でその部分をなぞられると、触れた部分がカッと熱くなりゾクゾクと肌が粟立つ。
カクンと膝が折れ、広い胸に身体を預ける形になったことを確認すると、淳也は楽しげに笑って頬にキスをした。
「その色っぽい表情は僕の前だけにしてくれよ?」
「…っ、色っぽい顔って…淳也のせいじゃない」
「クスクス…だって愛子の反応がカワイイからついね。ようやく肘鉄を喰らわずにこういうコトが出来るようになったから嬉しいんだよ。これって愛子が僕を受け入れてくれているって事だろう? すっげー幸せだよ」
「幸せ? 本当に?」
「ああ。その胸に僕だけの華が咲いていると思うだけで嬉しいし、愛子は僕のモノだって安心できる部分があるんだ。佐々木も僕と同じ気持ちなのかもな。…僕等結構似ている所があるからなぁ。もしかしたら僕も余り長く待たされると佐々木みたいに嫉妬深くなるのかもしれないな」
「ええっ! ヤダ」
真っ赤になる愛子に、冗談だと言って笑うと、ちょうど二人の傍を噂の聖良が走っていった。
一瞬二人と視線が絡み、笑顔を返す聖良の水着に見覚えのあった淳也は、怪訝な顔で愛子と聖良を見比べた。
「気付いた? あれ、あたしが貸してあげた水着よ。似合っているでしょ?」
「え? やっぱりそうなのか。似ていると思ったけど…どういう事だ?」
愛子が水着盗難の一件を話して聞かせると、淳也は眉を顰め不快感を露わにした。
「佐々木には早く伝えたほうがいい。鍵が掛かったロッカーから水着を盗むなんて悪質だ。明らかに水泳大会に出られないように仕向けるつもりだったって事だろう? それなのに、聖良は何事も無かったように別の水着を着て平然としている。…相手を挑発しているようなものだ。これってやばくないか?」
愛子は背中が冷たくなるのを感じた。
「まさか、まだ何かを仕掛けてくるかもしれないって事?」
「その可能性はあるな。僕、ちょっと佐々木と話して来る。愛子は聖良から目を離さないで」
二人の間に緊張が走る。
不安な表情で見上げる愛子を安心させるように髪に指を滑らせた後、一房取り、それに口付けた。
「大丈夫、僕等が聖良を守らなくちゃ…だろ?」
コクリと頷く愛子に極上の笑みを贈り、淳也は龍也の元へと急いだ。
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『大人の為のお題』より【君を探していた】 お提配布元 : 女流管理人鏈接集
相変わらず嫌がらせもノホホンと受け流してしまう聖良。周囲が心配するのも頷けますね。
『True Love』の愛子と淳也の恋もチラッと垣間見てみました。二人の恋も着々と進行中です(笑)
『True Love』を知らないよ、と仰る方は、是非この機会に足を運んでみてくださると嬉しいです(*´∇`*)"
さて、水着盗難事件がついに龍也の知るところとなりそうな予感。彼の怒りが目に浮かぶようですねぇ。ああ怖い
2008/08/02
朝美音 柊花