『大人の為のお題』より【taboo】

 Love Step
HAPPY CURRY 〜甘いカレーの作り方〜4

 **Side Seira**

待ち合わせのショッピングセンターに到着したとき、龍也先輩はもうそこに来ていた。
あたしのほうが早いと思っていたから、ちょっと驚く。
息を切らして走ってきたあたしに気付いた先輩は、怪訝な顔をした。

「聖良、遅かったな。今電話しようと思っていたんだ」

「すみません。龍也先輩がこんなに早いと思わなくて…待ちました?」

「…え… いや、はっ…早い事ないぞっ。俺も今来たところだし。ただその…聖良のほうが先に来ているとばかり思っていたから、ちょっと心配だっただけだ。…それより、お前髪が濡れているぞ」

どうしたんだろう。歯切れの悪い物言い…というか、うろたえている?
こんな先輩は珍しくて、なんだか違和感を感じた。だけどそれを追求するより先に、髪に話題を振られてしまって、今度はあたしが焦る番だった。

「あ…シャワー浴びたばかりだったから」

「ちゃんと乾かさないと風邪引くだろう? 乾かす時間も無いくらいなら、回覧板なんて後にして、俺が迎えに来るのを待てば良かったのに…」

「今日は温かいですから自然乾燥したかったんです。さあ、そんな事より買い物しちゃいましょう。ノンビリしてたらご飯が出来る前にお腹がすいて倒れちゃいますよ」

これ以上話をしていたらボロが出そうだと、突っ込まれないうちに話を変え、慌てて龍也先輩の腕を引っ張り歩き出す。
嘘や誤魔化しが苦手なあたしと、そう言ったものを瞬時に見抜く頭の良い龍也先輩とじゃ、どう考えてもこれ以上の会話はあたしの分が悪い。

「えーと…何を食べたいですか?」

「そうだな…デザートは聖良」

明らかに、からかう視線であたしの手から買い物カゴを取り上げる。
冗談だと分かっていても、頬が染まるのはいつもの事で、それを分かってやっているから始末が悪い。

「もぉ…意地悪なんだから。からかわないでくださ…」

ちょっと膨れて見上げた時、龍也先輩の顔が、すぐ間近にあった。



チュ…



ビックリしているあたしの唇を瞬時に奪ってから、何事も無かったかのように平然とする先輩。
人影のないところで唇を奪われるのはしょっちゅうだけど、明るいショッピングセンターの中、しかも一番買い物客の多い時間帯だから油断していた。

ここ、なにするんですか! って怒るトコ?
いや、なにするんですかぁ〜って照れるトコ?
うう…どっちの反応も龍也先輩の思惑通りって感じよね。ここは気付かなかった振りしてスルーすべきかも。

思考はフル回転中してるけど、身体はフリーズ中。
そんなあたしを正気に戻したのは、先ほどまでの明るさが嘘のような沈んだ声だった。


「……聖良…カレー食べた?」


反射的に口元を押さえる。

「何で? あ、さっき味見したから、もしかして香りが残って…っ!」

ああ、墓穴。
バレバレの行動に後で自己嫌悪に陥ったけど、この時は龍也先輩の機嫌が悪くなるんじゃないかとプチパニックだった。
あれほど哀しい顔をさせたくないって思っていたのに…馬鹿だ、あたし。

「聖良んち、もしかしてカレーだった?」

「ぅ…うん。そう…デス。ママが急にどうしても食べたいって言い出して…」

「…ああ、それで迎えに行くって電話した時の態度がおかしかった訳だ」

「……ごめんなさい」

何となく気まずくて視線を逸らすと、龍也先輩は暫く何か考え込むようにあたしを見つめ、突然買い物カゴを戻すと腕を取って何処かへ歩き始めた。
戸惑うあたしを引きずるように、エレベーターホールの横にある、非常階段の踊り場までやってきた。
ここはエレベーターホールからも、通路からも死角になる場所で、普段は従業員も滅多に利用しない。
ようやく腕を離すと、その手はそのままあたしの肩の上あたりで壁にペッタリと添えられた。必然的に壁に貼り付け状態になり動けなる。

「あ…の…龍也先輩? えと、怒っているんですか?」

「怒る? ああ怒ってるね。聖良が嘘なんてつくから」

「別に嘘なんて…」

龍也先輩はあたしの髪を一房握って、キリッと唇を噛んだ。

「さっき電話した時、本当はまだ家を出ていなかったんだろう? この髪の濡れ方を見ればシャワーを浴びた時間は察しがつく。俺が電話したとき、もう用事を済ませて歩いていたとは考えられないね。どうだ?」

「…う…それは…」

「俺に嘘を吐くなよ。慌てて出てきて髪まで濡らしたままで…何、変な気を遣ってるんだよ」

「そんなつもりは無いけど、龍也先輩はカレーの香りだけでも辛そうな顔をするでしょう? いつの頃からかあたしの中では、龍也先輩と会う日にカレーを作るのはタブーになってたの。だけど今日はちょっと訳ありで、特別に作ったからこんなことになっちゃって。変な気を遣っているとか、そんなんじゃないんです。ただ哀しい顔させたくなかっただけなの…。あたしの配慮が足りなくて不快な思いをさせてしまいましたね。ごめんな…」

あたしの言葉が終わらない内に、龍也先輩は唇を重ねてきた。
あたしはカレーの香りが気になって離れようとしたけれど、龍也先輩はそれを無視して更に深く求めてきた。

荒々しいのに、何故か恐怖は感じない。
むしろ、子供が駄々をこねているみたいで、愛おしさが膨らんでいく。

あたしは両手を伸ばすと、しっかりと彼を抱きしめた。

その行動が思いがけなかったのか、驚いたようにビクッとして唇を離すと、照れたように笑った。

あたしには彼の笑みが幼い子どものように見えた。


彼は時々こういう表情(かお)をする。


いつもの自信満々の彼からは想像もできないほど、危うげで幼い表情を…。








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