「…ったく、晃がいきなりデートだなんて言うから、空港からここまでの間で誰かに誘われたのかと思ったじゃねぇか」
沈みかけた雰囲気を払拭しようと、右京が明るい声でからかうように言った。
右京の気遣いを察しながらも、その内容に思わず苦笑する。
「失礼なヤツだな。僕が誘われてすぐに誰とでもホイホイと付き合う男だと思ってる?」
「うーん。モテるのは否定できねぇし、さっきまでのすっげー落ち込み方の晃なら、自棄(やけ)を起こして馬鹿なことをしないとも限らないだろう?」
「馬鹿なことねぇ? 見知らぬ女とデートするくらいなら、ベッドとデートしたいね。時差ぼけでフラフラなんだ」
「それでも俺の誘いを断らなかったってのは良い心がけだな」
「断ったら、どうせ家まで押しかけて来たくせに。どっちにしても寝かせてくれないだろ?だったら先に話を聞いてやったほうが賢いからな」
「わかってるじゃねぇか」
顔を見合わせクスクスとひとしきり笑ってから、呼吸を一つ整えて、ゆっくりと話し出した。
「ねぇ右京? 僕を呼び出した理由は、母さんの事だけじゃ無いんだろう?」
「ふぅん…。相変わらず察しがいいな」
「会うなりいきなり『今夜暇か?』だもんね。察しもよくなるよ。最初に言っとくけど、右京の惚気に付き合うほど暇じゃない。
さっき、『当たらずとも遠からず』って言っただろう? つまり、彼女絡みの話だって事だよね?」
「チッ。本当に嫌味なくらい察しの良いヤツだよな」
「右京がわかりやすいんだってば。僕は暇じゃない。…って事でお休み、帰って寝るよ」
とっとと話を終わらせて帰ろうとする僕に、右京は慌てて待ったを掛けた。
「ちょっと待てよ。後でちゃんと寝かせてやるから、最後まで聞けよ。聞かねぇっつったら力ずくを覚悟してもらうからな?」
バキッと指を鳴らす右京に、僕は溜息をついて腹を据えた。
右京の腕は良く知っている。
幼い頃は彼と同じ道場に通った時期もあったが、久しぶりに会う右京の腕は、あの頃の比ではないだろう。
互角に渡り合えるどころか、かわすことができるかすら怪しいかもしれない。
右京と無駄な体力を消耗するより、話を聞いて早々に帰宅することを選ぶまで、時間はかからなかった。
「わかったよ。で、何?」
「今夜夏祭りなんだ。覚えてるだろ?」
「ああ…そういえば…。8月最後の土曜日だね。懐かしいな」
「だろ? 花火もあるし一緒に行かないか?」
「右京と二人で? …彼女とでも行けばいいのに…もしかして振られたの?」
やはりそうかと、同情の色を滲ませた僕に、右京は「とんでもない」と目をむいた。
「別れるわけないだろ? そうじゃなくて…っと、その、俺は彼女と行く予定なんだけど…晃も一緒に行かないかなってさ。気晴らしになると思うし」
少々照れながら口ごもる右京の姿に、思わず口元が緩んだ。
女嫌いの右京に、こんな日は一生来ないだろうと思っていた。
それだけに、その彼女というのがどんな娘なのか興味が湧いてくる。
しかし、彼女とのデートに自分を誘う右京の心理は今ひとつ理解できなかった。
「ふーん。右京の彼女と出かけて気晴らしねぇ…」
「ああ? んな訳ねぇだろ?」
「え? でも、彼女と行くんだろう?」
「俺はな。お前には紹介したい娘がいるんだよ」
「女を紹介するって事? 別に必要ないよ。今の僕に必要なのは女より睡眠」
「だから、ちゃんと夜までは寝かせてやるって。とにかく話を聞けって。俺の彼女には双子の妹がいるんだよ。体が弱くてあまりイベントや祭りに出かけた事は無いらしくてさ。特に去年の暮れに両親を亡くしてからは塞ぎ込んでいて、家からも出たがらないんだ。でもさ、今回は珍しく一緒に行きたいって言い出して…。晃は一応、医大生なわけだろ? お前なら彼女を任せても大丈夫かなって思ったんだ」
「ああ、そういうこと…。一応って言うのは失礼だけど、まあいいよ。ダブルデートなわけね? 双子って、似てるの」
「ダブルデートね。そんなところかな? 顔は…そうだな、似ているよ。区別がつかないほどではないけど」
「ふうん、で、僕はその妹を連れ歩いて、右京達を二人きりにしてあげればいいんだろ? 高つくけど?」
右京は一瞬何を言われたのか理解できなかったらしい。
ぽかんと口を開け暫く考えた後、「あっ!」と叫んだと同時に顔を真っ赤に染めた。
「ばっ……ばか!何考えてるんだよ?」
純情な一面は相変わらずだ。
そういえば、再会前に右京をからかおうと思っていたんだっけ。
彼女の妹とやらを引き受ける代わりに、右京をからかって楽しむのも悪くないかもしれないな。
自分の背中に黒い羽が浮かび上がるのを感じた。
「え? べ〜つ〜に〜。何も考えてないよ。
ただ、二人きりになりたいのかなって思っただけで」
ちくちくと真綿で首を締めるように責めてみると、真っ赤な顔は苦虫を潰したような渋い表情へと変化する。
更に彼女への下心を疑う台詞で追い討ちを掛けると、赤くなったり青くなったりと忙しい。こめかみに血管が浮き出し、ゼエゼエと肩で息をするほど必死に否定する姿に満足して、ようやく攻撃を緩めてやることにした。
これ以上やったら、逆に自分の身が危ないことも解っている。
知り合って14年。右京いびりも年期が入っているだけに、からかうツボも引き際も心得ているつもりだ。
「ところでさ右京。その妹って可愛いの?」
「ああ、もちろん。すっげー可愛いぜ」
余りにも素直な返答に、僕は堪えきれなくなって噴き出した。
「なっ、なんだよ晃? 何、爆笑してるんだよ?」
「そっくりな双子で、すっげー可愛い…ねえ? 右京の彼女ってそんなに可愛いんだ」
馬鹿笑いしながら涙を流している僕に墓穴を掘らされたことに気付き、右京は益々赤くなった。
「よっぽど惚れてるんだね。右京の口からそんな言葉聞くことになるなんてさ。
アハハ、おかしい。信じられないよ。アーハハハ…」
憤死しそうな勢いで「笑い死ね!」と吐き捨てる右京を他所に、涙を流して息も絶え絶えで笑いを止めることができない僕は、酸欠寸前だった。
「ふん、笑ってろ。ボケ!
そういうお前だって、茜に会ったら惚れるかもしれないだろう?」
「あ…はははっ…あかね? あかねっていうんだ。妹ちゃん。どんな字を書くの?」
「茜色の茜」
「へえ、太陽の名前だね。僕と同じだ」
「ああ、晃は日の光だもんな。縁があるんじゃねぇか?」
「アハハ…。どうだろうね?
今日はデートだし、少しは縁があったのかもな。彼女いくつだっけ?」
「16歳だよ。高校1年生だ」
「…三つ年下かぁ。共通の話題あるかな? 僕、日本のテレビドラマとか歌手とか全然知らないんだけど」
「…たかが三歳の
年の差で会話に苦労しているようじゃ、おっさんだな」
「…っ、五月蝿いな。右京達は普段どんな会話してるんだよ。まさか空手の事ばかりじゃないだろ?」
「…えーと…………まぁ、俺達の事はいいだろ?」
「………マジかよ? よくまぁ、こんな空手馬鹿と付き合ってくれる彼女がいたもんだな」
二人の会話を想像して呆れる僕に、顔を赤くして「ほっとけ」と言い捨てる。
右京のそんな姿を見ていると悪戯心が騒ぎ出すのが僕だ。
あまりからかいすぎると自分の身が危ないって分かっている。
分かってはいるけれど……
…やっぱり我慢できなかった。
「…ところで右京の彼女は何て名前なの?」
「蒼(あおい)だよ」
「蒼ちゃんかぁ。僕が茜ちゃんじゃなくて蒼ちゃんを気に入ったら右京はどうする?」
わざとらしくニヤッと笑うと右京の顔色が変わった。
僕がまたからかっている事くらい右京なら百も承知だろうが、分かっていても感情を抑えられないらしい。
女の事でここまで熱くなる右京の姿など想像も出来なかっただけに、面白くてついつい弄りたくなってしまう。
恋とは人を変えるものだ。
右京の蹴りをかわしながらも、なんだか嬉しい気持ちになった。
この時僕は、数時間後に自分にも運命の出逢いが待っている事をまだ知らなかった。
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