その日あたしがそのホテルにいたのは本当に偶然だった。
パパの友達のパティシェさんのいるそのホテルはこの辺りでも一流で、特に一階にあるカフェのケーキバイキングは一日限定100組と制限されているほどの人気ぶりなの。
あたしはパパのコネで、友達と一緒にその、ケーキバイキングにやってきた。
もちろん美味しいケーキを食べたいのもあるけど、今度の大会のための勉強のためでもある。
味はもちろん、配色や飾りつけなんかも、すごく参考になる。
12月5日の大会まで2ヶ月を切った。
そろそろ本腰を入れて、どんなお菓子を作るか考えていかなくちゃいけない。
今までにもいろいろ作っては試食してきたけれど、今ひとつあたしの特徴を出せるコレといったものに出会えないでいる。
あたしらしいお菓子ってどんなんだろう?
あたしはまだその答えを見けられずにいて、こうしてわざわざ話題のケーキを参考にするために、高校生には敷居の高いホテルまで足を運んできたんだけど…
別に気配を感じたわけでもなかった。
ただなんとなく、本当になんとなく引き寄せられるように振り返っただけだったのに…
そこに信じられない人を見た。
金髪の短い髪ツンと立てて、耳にはあのオニキスのピアスをした嫌味な男。
今日は先日とは雰囲気が違って、ちゃんとスーツを着こなしている。
大人の魅力とまでは悔しいから言わないけど、すごく人目を惹いてかっこいいかもしれない。
…って、何考えてるのよ。あいつは確かに顔はいいけど性格はサイテーじゃない。
見とれるなんて、冗談じゃない。そんなことあいつにバレたらまた、何を言われるもんか分かったもんじゃない。
『俺にほれたの?』
くわ〜〜〜!!今思い出しても腹が立つ。あの自信過剰男。
一週間後の再診で会わなくちゃいけないのを恨めしく思っていたのに、こんなに早く会うことになるなんて今日の気分は最低だわ。
ああ、冗談じゃない。願わくばあいつがあたしに気づきませんように…。
「ねえ、千茉莉。どうしたの?なんだか一人で百面相してるけど?」
あたしと一緒に来ていた、家庭科部の友達、川本空(かわもと そら)があたしに声をかけた。
げっ!!そんなに大きな声で名前を呼ばないで欲しい。あいつに聞こえちゃうじゃないの。
そう思って、恐る恐るあいつのほうに視線を移すと…
最悪……
あいつはしっかりあたしを見ていた。少し驚いたような顔をして、それから何かを企む様な顔で(あたしにはそう見えたのよ)にやっと笑った。
一瞬背筋が寒くなってあわてて視線をそらす。
ひえ〜〜〜見つかったよ。また何か言ってくるんじゃないでしょうね?
無視よ無視!!あいつにかかわったらロクな事…
「あれ?千茉莉じゃないか?何してんだこんなところで?」
…声かけないでよ。
「え?あの人千茉莉のお知り合いなの?すごく素敵な人じゃない。私さっきから気になっていたのよ。モデルみたいに綺麗な人だなあって」
空…そういえばあんたって、無類の美形好きだったわね。
「こんにちわ。千茉莉のお友達?かわいいコだね」
愛想のいい顔でにっこりと微笑んであたしには死んでも言わないような台詞を吐く。
鳥肌がたちそうだよ…。
空はあいつの嘘の顔にノックアウトされてしまったらしい。真っ赤になってモジモジしている。
目がハートになってるよ、空。
「ちょっと、あたしの友達にまで手を出さないでよね?このヘンタイ」
「ヘンタイっておまえ失礼だな。カワイイ子をカワイイって言っただけだろう?妬いてんのか?」
「はああああ?じょうだんでしょう?何であなたなんかに妬かなくちゃいけないのよ?」
「千茉莉もこんなにかわいい友達がいるのなら見習ったら?何でそんなに口が悪いんだよ」
「なんですって。失礼なのはあなたでしょう?それに、口が悪くなるのはあなたが怒らせるからでしょう?大体なんで、こんなところにいるのよ」
「それは俺の台詞だ。千茉莉にはこういうところはまだ早いんじゃないか?俺みたいなかっこいい彼氏が出来てから連れて来てもらうんだな。まあ、当分は無理だろうけど」
そう言ってあいつはまた、あたしの地雷を踏んでケラケラ笑う。
だれがかっこいいって?自惚れんじゃないわよ。
むかつくっ!!
「はあ?誰がかっこいいんでしょうかね?ここにはオジサンしかいないんですけど。大体なんであなたがこんな所にスーツなんかで来ているの?お見合いでもするんですか?」
あてずっぽうで嫌味を言ってみた、そう、本当にあてずっぽうで。
「ああ、まあそんなとこ。見合いって言っても会うだけだけどね。結婚するわけじゃない」
「はあ?結婚するためにお見合いするんじゃないの?あなたって訳わかんない」
あたしがあきれたように言うと、あいつは眉間にしわを寄せてあたしのおでこを人差し指でつついた。
何すんのよ?痛いじゃないの。
「あなたあなたって…さっきから。この間も言っただろ?あなたじゃなくて先生って呼べよ」
「尊敬できる人ならとっくに呼んでます」
「…っ、なんだよそれ。俺が尊敬できないって言うことかよ。おまえガキの癖にマジで生意気だよな」
「あなたになんと思われようとかまいません。そんなに尊敬して欲しかったらそれなりに思いやりのある言動をして欲しいですね。大人らしくッ!」
「ったく、おまえに付き合ってると、いちいちムカツクな。俺はおまえにかまってるほどヒマじゃないんだよ。おまえもいい加減に帰れよ。おまえみたいなガキがいたら、ホテルも営業妨害だぞ」
「あたしは、勉強に来たんです」
「ふふん、モノは言い様だよな。千茉莉は営業妨害が得意らしいからなあ」
嫌味満載の言葉を次々とよくもまあ…本当に大人げ無いったら。だいたい、営業妨害って何よ。昨日だってちょっと躊躇していただけで営業妨害なんて…。
「ああ、昨日の事ですか?あのくらいで営業妨害になるなんて、Yasuhara Dental Clinicも大した事無いみたいですね」
目には目を、嫌味には嫌味を!ふふん、どうよ?
ムッとして何かを言い返してくると思ったのに、あいつは、あたしの言葉を無視して、自動ドアから入ってきた綺麗な女の人を見ていた。
ああいう人が好みなのかな?
「おまえの相手はおしまいだ。バカな事ばっかりやってないで、しっかり勉強しろよ?じゃあな」
急いでそれだけ言うと、足早に先ほどの女性の元へと歩いていく。
きっと言い返してくるだろうと思っていたのに、アッサリと、交わされて肩透かしを食った気分だ。
あいつは、先ほどの女の人に話し掛けている。さっき言っていたお見合いの相手なのかもしれない。
あたしに見せた事の無いような優しい顔で、その人に微笑んでいる。
へえ、あんな顔できるんだ…
ふわっと、その女性に向かって笑いかけた表情がすごく優しくて、思わずドキッとしてしまった。
ヤダ…なんであんな奴意識してるのよ。
だめだめ。あんないい加減なヤツのこと気にかけちゃ。
何を話しているのかは確かに気になるけれど、でもあたしには関係ないことじゃない。
そう、ちょっと驚いただけよ。
何を動揺しているのよ
〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜*〜〜〜
今日の分の不快感は十分に味わった。もう、あんなヤツには会いたくない。
そう思っていたのに…。
悪魔が戻ってきたのは、あたしたちが数種類のケーキを選んで、大会の参考にと吟味をしているときだった。
「オイ、まだいたのか?いくつケーキ食ってんだよ」
…またこいつか。
「何ですか?お見合いに行ったんじゃなかったんですか?随分早いですね。まさか早速断られたとかじゃないでしょうね」
「まさか…。さっきも言ったろう?結婚するつもりで会うわけじゃないって」
「じゃあ、断って来たとか…。それってもっとサイテーじゃない」
「違うって。勝手に勘違いするなよ。おまえ、俺のこと相当ひどい奴だと思っていないか?」
「思っています」
「………」
「何ですか?その沈黙は」
「おまえ…すげぇムカツクわ。あの女性(ひと)はなあ、俺の高校時代の先輩の彼女なんだよ」
「先輩の彼女と見合いって…それもサイテーじゃない」
「ちがうよ!!なんて説明したらわかるんだよ。おまえの皺の無いツルツルの脳みそにわかるように説明するほうが難解だよ。まったく」
そう言うと、ドッカとあたしの横に座り込んで紅茶をオーダーし始める。
なんで座るのよ。あっちいってよ。
「あなたの言葉が足りないんです。ちゃんとした説明にもなっていないですし…。だいたい同席を許した覚えは無いんですけどね」
「おまえのその、クソ生意気な口を塞いでやろうか。えぇ?千茉莉ちゃん」
そういうと、あいつは。いきなりあたしの肩を引き寄せて、唇が触れそうなギリギリの距離まで近付いた。
身動きしたら触れてしまいそうなくらいの距離に、一気に顔が赤くなる。
「なっ…なにすんのよ…はな…して…」
動揺と緊張の為に声が震える。
あたしのファーストキス…こんなヤツに奪われるなんて絶対にイヤだ。
「大人はこわいって事、知っておくべきだな」
低い声で脅すようにそう言うと…
チュッ…
唇の端、ぎりぎりにあいつは…
「今日はこれで許してやる。いいかげんに大人に対する言葉づかい覚えとけよ…って、え?おまえキスもしたこと無いとか?」
「……ないわよ。悪かったわね」
あたしの瞳にはいつの間にか涙がたまっていて、あいつの顔が滲んで見えていた。
「このっ…プレイボーイ。ひどい、あたしのキス…」
「唇にはしてないだろうが、ホッペだろ?ほんの挨拶だよ」
「ばかっ、あなたなんか大嫌い。ホッペだって大事なファーストキスだもん。例えホッペにするキスでもはじめてだったら好きな人にしてもらいたいじゃない。何でそんなこともわかんないのよ。このヘンタイ」
「あなたとかヘンタイとか、随分な呼び方ばっかりしやがって…。おまえが天使だと思った俺がバカだったよ」
「…は、天使?」
「こっちの話だ。なんでもない」
そう言いながらあいつは運ばれてきた紅茶を飲みだした。
そんな仕草まで決まっているから余計に悔しい。
あたしを無視して空と楽しそうに話す様子を見ていると、ますます腹立たしくなってくる。
「空、帰ろう。こんな人と食べたらせっかくのケーキもまずくなっちゃう。
センセここのお支払よろしくお願いしますね?」
センセというところにワザと力を入れて呼んでやる。
「なっ…何で俺なんだよ」
「当たり前です。あたしのファーストキス奪っておいて、隣りにまで座らせてあげたんです。安すぎるくらいですよ」
まだ、うっすらと涙の滲む瞳でギッと睨み付けると、あいつは、「ファーストキスじゃないだろう?」とか何とか言いながら、はあっと溜息を一つついた。
あんたにとってはそうかもしれないけど、あたしにとってはファーストキスなのよ!!
「じゃ、失礼します。再診の日まで絶対にあたしの前に顔を出さないで下さいよ。さよならっ!」
フン!と鼻息が聞こえそうな勢いでそういい捨てて、あたしは空とその場を後にした。
あいつが何か言っていた事なんて気付きもしないで・・・。
「あいつ…本当にあのときの天使なのか?」
+++ 10月7日 Fin +++
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10月11日 /
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