Sweet  Dentist 10月11日(火曜日)第2話



千茉莉の事が気になるのは…あの日の情景が余りにも鮮やかに蘇ってくるからだ。

実らなかった切ない初恋の思い出。その傷を偶然にも癒す言葉をくれた千茉莉。



俺の中の大切な思い出の中にあいつは何かを残していった。



純粋で、とても綺麗なものを…。



ああ、そうだ。だから…やたらと気になるんだ。

でないとこんなにも千茉莉が気になるなんておかしすぎる。



どうする?

もし今日こなかったら電話でもして無理にでも来るように言うべきだろうか。

でも、アレを根に持ってたら何を言っても来ないだろうな。


はあっ…


また一つ小さな溜息


クスクスとスタッフの笑い声が聞こえて来る。
俺が溜息をつくのがそんなにおかしいのか?

「先生、溜息ばかりついて…まるで恋煩いみたいですよ?」




―――恋?




「何を馬鹿な事を言ってるんだよ。ありえないってあんなガキに」

「あら?あたしは誰に恋煩いしているなんて一言だって言っていませんよ?先生は誰か心に想っている人がいるんですか?」

からかうような視線を試すように送ってくる女性スタッフたち…。



―――やられた。



「ねぇ、先生。私たちこの間千茉莉ちゃんが来た時、初めて先生のあんな楽しそうな顔見ましたよ」

「楽しそう…俺が?」

「そうですよ。口調はけんか腰で、どちらかと言うと優しくは聞こえなかったけれど、あんなに素直に自分の思っている事を誰かにぶつけるなんて、私たちが知っている限りでは初めてのことですよ」



あ…



「自分では気付いていないんですね?ふたりの会話聞いてるとこちらまで微笑ましくなりましたよ。意地っ張り同士がじゃれあっているみたいでね」

確かに…千茉莉の前では女に対する警戒って言うのは無いけれど…そんな風に見えていたのか?

俺が千茉莉に恋煩い?

冗談だろう?ちゃんと来るかちょっと心配だっただけで…。

それに年だって12才も違うんだぜ?話も合う訳無いだろう。



そんな風に言われると何だか意識してしまうじゃないか。



時計をちらりと見る…


ああ、もう20分も遅れているぞ


やっぱり…電話してみたほうがいいのかもしれない。


この間の事も…すまないと一言謝っておいたほうがいいのかも…





謝るのかぁ…何だか納得がいかないような気もするんだがなあ。



とりあえず後5分待って来なかったら電話をかけてみよう。
そう決めて、カルテの電話番号を確認する。

一応…携帯に登録だけしておいたほうがいいよな?まあ、かける事は無いだろうケドさ。


動揺する自分の心を静めるように携帯を開く…。



あと…3分…


やっぱり来ないのか


あと…2分…


携帯を開き番号を表示する


あと…1分…


発信ボタンに指をかける…
心臓がバクバクと騒ぎ出した。

胸が締め付けられるように痛くなる。

―――?何で千茉莉に電話するだけでこんなに胸が騒ぐんだ…?



早鐘を打つ心臓…。迫ってくる切ない気持ち…

何年も忘れていたような感覚が久しぶりに俺を包む…。


何で――?




そう思ったとき…









ガチャッ…




開け放たれたドアから、無数の真っ白の羽が風に舞い流れ込んでくるイメージが俺を包んだ。


驚きに目を見開き、瞬きをする間にそのイメージは消えてしまったけれど…確かにその光景は俺の眼に焼きついた。


風に舞い踊る純白の天使の羽




ドアの前には綿飴みたいな髪をした千茉莉が呼吸を乱して立っていた。


「ハアッ…ハァ…すみま…せん。遅くなって。学校でちょっと先生に呼び出されて…」



一気に俺を包む安堵感。


一瞬確かに見えた白い羽の幻が千茉莉に重なる。


「呼び出し?赤点でも取ったのか?」

「なっ…違います!!今度の大会の事で呼ばれたんですよっ。ああもう。会うなりいきなり…
もうっ、むかつく!!」

千茉莉がぷうっと頬をふくらませて怒り出す。

そんな仕草に安堵して、また次の言葉で追い討ちをかける。

「まあ、そう言う事にしておいてやるよ。遅れたんだからそれなりの覚悟は出来ているんだろうな?さあ、バツに何をしてもらおうか・・・」

「何でよっ?理由がちゃんとあるのに…この横暴ヘンタイ医者!!」

千茉莉の言葉に苦笑しながらも、この時間が俺を癒している事に初めて気付く。



随分と捻くれた天使だがこんな時間もいいのかもしれないと思っている自分がいる



もう、信じられない!!とか何とか怒りながら診療台に乗る千茉莉。

そんな千茉莉をもう少しかまってしまいたくなる自分はやはり今までとは少し違うのかもしれない。

「ヘンタイって…それは止めろって言ってんだろ?先生って呼べよ」

「この間呼びましたよ。アレでもう1年分は言いましたから当分呼びません」

…ったく誰が恋煩いだって?

こんなクソ生意気な天使、誰が何て言ったってそれは絶対無いだろうな。

俺はそんなことを憮然と思いながら治療を始めた。





白い羽が舞う





そのイメージが俺の心をとらえて離さなくなっていく。





そのことに俺はまだこの時気付いていなかった。




+++ 10月11日 Fin +++


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