授業が終わるまで後10分。ああ、なんだか落ち着かない。
「明日、学校の前まで車で迎えに来るから」
そう言った響先生の表情は少し照れたように、凄くやさしく笑っていた。
あたしが落ち込んでいる様子だったから元気付けようとしてくれたんだと思うけどそれでもその心遣いが凄く嬉しくて、先生はやっぱり優しい人なんだと改めて感じてしまう。
『大人のデートを教えてやるよ。』そう言った響先生。
どこへ行くつもりなんだろう?
大人のデートって言われてもデート自体初めてのあたしにとっては何をどうして良いのかわからなくて…とりあえず約束の時間に待ち合わせた校門前に来たんだけど。
ドキ…
響先生は凄く人目を惹いた。
仕立ての良いスーツに身を包みスラリと決めた響先生はサングラスをかけてスポーツカーの前に寄り掛かるようにして立っている。
いつもはツンツンに立てている金髪も今日は無造作に遊ばせていて…まるで雑誌から抜け出てきたモデルみたいで目を奪われる。
「……!」
誰が見てもかっこいいと思うだろう。…正直あたしはドギマギしてしまった。
いつもの憎まれ口ばかり言ってくる先生とはまるで別人だった。白衣と違ってスーツはいつもより落ち着いて見える。以前にホテルで偶然合った時もお見合いでスーツを着ていたけどあのときよりずっと素敵で大人に見えてしまう。
これって惚れた弱みで今までよりも素敵に見えているんだろうか。
どうしたらいいんだろう。これじゃ年の差を見せ付けられたようなものじゃない。
あたしなんかが一緒に歩いてたらアンバランスだよ。
大体着替えなんて持っていないから制服のままだし帰って着替えようにも先生とバランスの取れるような大人っぽいスーツなんて持っていない。
そこまで考えてふと思った。
あたしに行きたい所はあるかって聞いてた響先生がこんなにきちんとした格好をしてくるって言う事は何処か決まった場所にあたしを連れて行く気なんだろうか。
…先生は一体何処へ行くつもりなんだろう。
唖然と立ち尽くして動こうとしないあたしを不思議そうに見つめた響先生は、ツカツカと眉を潜め近寄ってきていきなり髪をかき回すように撫でてきた。
ようやくハッとして現実に引き戻される。
「なっ…。なにすんのよぉ!クシャクシャになっちゃうじゃない」
「お?正気に戻ったか。あんまりイイ男だからって俺に見とれてるんじゃねぇぞ」
「なっ…何を言ってるのよ。自惚れないで。いつもと感じが違うからビックリしただけじゃない」
「ふう…ん。そう言う事にしておいてやるよ。とりあえず車に乗れよ。さっきから視線が痛くて逃げ出したかったんだぞ」
そう言われてみれば、あたし達は下校する学生の注目を集めている。
特に女の子の視線を釘付けにしている響先生はとても居心地が悪そうだ。
「ホントね。明日色々聞かれちゃいそう」
クラスメイトが横目で意味ありげな視線を送りながら軽く手をあげて通り過ぎるのをみて小さく溜息を付く。
響先生が本当に彼だったら何を聞かれてもいいんだろうけどね。
響先生がさりげなく肩を抱いて車へとエスコートするようにあたしを促がした。
まるで催眠術にでもかかったように先生から視線をそらせなくなる。
切なくて…
うれしいのに泣き出してしまいそうで…
思いが溢れて言葉に出してしまいそうになる。
「響先生、あたし…」
…あなたが好きです。
思わずそう言ってしまいそうになった時、不意に背後から耳慣れた声が聞こえた。
「千茉莉。おまえ何処行くんだよ」
驚いて振り返ると怒ったように視線を投げかけている宙がいた。
肩で息をしているところを見ると走ってきたようだ。
驚いて何て言えば良いかわからず呆然とするあたしに宙はもう一度同じ質問をする。
「千茉莉、何処へ行くんだよ。おまえは俺の彼女なんだろ?相手が誰だろうが男の車になんか乗るんじゃねぇよ」
「――っ!そっ…宙。何をいきなり…」
自分勝手な言い分かもしれないけれど響先生の前で宙の彼女だなんて言って欲しくなかった。
あたしが思いっきり動揺していると、先生は一瞬複雑な表情をしてふわりとあたしの頭に手を置くとさっきより優しくクシャッと撫でた。
「彼氏なのか?良かったって言うべきなのかな。これで千茉莉もちょっとは大人になれるんじゃないか?」
「しっ…失礼よ。そんな言い方」
胸が抉られるような痛みに思わず響先生から顔を背けていつもの調子で言い返す。
上手く誤魔化せたかしら。
「千茉莉はあいつの事好きなのか?」
「それは…」
先生の問いかけに思わず涙が滲んできたのを気付かれなかったと思いたい。
本当はあなたが好きですなんて…言えるはずのない言葉を噛締めて、先生の視線から逃れるように顔を伏せた。辛くて少しでも先生から離れようと肩を抱いた手から逃れるように一歩後に下がろうと足を踏み出だす。
それなのに…
「…そう言う事」
先生は意味の分からない事をポツリと呟くと、むしろ引き寄せるようにあたしの肩を抱く手に力を入れて、真っ直ぐに宙へと視線を向けた。
一瞬ビリッと辺りの空気が張り詰めて痛いくらいの静寂があたしの胸に突き刺さってくる。
どの位時間が経ったんだろう。ほんの1分ほどだったのか、それとも10分のことだったのか…時間の感覚なんてわからなかった。
痛いくらいの冷たい空気。
先生の触れた肩だけが熱を持ったように異様に熱くて、あたしの心臓の音がこの静寂の中に響いているんじゃないかと思うくらいにドキドキしていた。
宙…ごめん。
あたしやっぱり響先生がこんなにも好きで…。
たとえ届かない想いでも、簡単に忘れる事なんて出来ない。
宙の想いに応える事は……宙の真剣な気持ちも自分の恋心も裏切る事になると思う。
先生がもう一度肩を抱く手に力を入れたのを感じる。
まるで『行くな。』と言われているようで…胸が痛いけれど、それでもうれしかった。
+++ 11月 2日 第2話へ続く +++
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