「あんた誰だよ。千茉莉を何処へ連れて行こうって言うんだ?」
先に静寂を破ったのは、この間千茉莉とキスをしていた奴だった。
『行かせたくない。』
湧き上がってくるその想いに肩を抱く手に思わず力が入ったのを千茉莉は感じていただろうか。
「君には悪いけどちょっと千茉莉を借りるよ。今日は約束があるんでね」
出来るだけ温厚な仮面をつけて千茉莉を車へとエスコートしようとしたが案の定あいつはそんなに甘くは無かった。
「何を勝手なこと言っているんだよ。千茉莉は俺の彼女なんだ。あんたにそんな事言う権利はねぇよ」
『俺の彼女なんだよ』その言葉にぞわっと鳥肌が立つような不快感が背中から首元へと駆け抜けた。
嫌な感じだ。…こいつ気に入らねぇな。
「権利ね。確かに俺にはそんなこと言う権利は無いよな。だけどおまえにも千茉莉を束縛する権利なんて無い。千茉莉が俺と行くのを嫌がっているんだったら話は別だが…。でも違うだろ?」
俺は冷たい射抜くような視線で奴を見た。
あいつも俺を睨み返すようにして見つめ返してくる。もう『君』なんて格好付けた話し方をするだけの余裕なんてなかった。
嫉妬だって言われても構わない。こいつは俺の気持ちに気付いているようだ。だったら本気で俺に向かってくるだろう。
…逃げる事はできそうにねぇな。
俺は小さく息を継いでから奴を舐めるように見て冷たく言った。
「千茉莉は俺が連れて行く、悪く思うな」
「千茉莉!おまえそいつと行くのかよ。俺と付き合うつもりでキスしたんじゃなかったのか?」
先日のキスシーンが胸を過ぎって更に不快感がせり上がって来る。こいつにだけは譲りたくないと俺の中の何かが牙をむいた。
「千茉莉がおまえの彼女だったら許可がないと誰とも出かけられないのか?おまえが千茉莉を束縛する権利を持っているって言うのか?」
俺の言葉に悔しそうに言葉を詰まらせる奴に俺は追い討ちをかけるようにたたみ掛ける。
「千茉莉はおまえに恋しているわけじゃない。キスしたくらいで千茉莉の気持ちを無視して自分の彼女だなんて簡単に言うんじゃねぇよ」
そう言って千茉莉を引き寄せるとこの間と同じように唇に触れないギリギリのところにキスを落とす。多分奴から見れば俺達がキスしたように見えただろう。
千茉莉が怒り出すかとも思ったが、意外にも真っ赤になって俯いただけだったので気をよくしてそのまま腕の中に閉じ込め、奴の視線から庇うように抱きしめた。
「これで俺とおまえの立場は対等なわけだ。彼女がどちらを選んでも文句は言えないってことだな」
俺を睨みつけ唇を噛締める奴に俺は意味ありげな流し目で挑戦的な笑みをニヤッと投げかけた。
世間一般では綺麗といわれるこの顔がどんな時にどんな表情を作るのが効果的か俺は知っている。
多分高校生のガキには俺は圧倒的な迫力で妖艶に微笑んだように見えるんだろう。余り喜ばしくない経験もこんな時ばかりは役に立ってくれる。
媚びてくる女たちを蹴散らしてきた他を威圧するオーラ。自慢じゃないがこの迫力だけはかなりのモンだと自分でも思う。
「千茉莉が誰を選ぼうと彼女の意志だ。だが心の弱みに付け込んで付き合おうなんて男として卑怯なんじゃないか?男なら本当に千茉莉が何を望んでいるのかを考えてやるべきなんじゃないか」
俺の言葉に反応するように奴は顔を上げて俺を睨み付けた。
「千茉莉はあんたには渡さない。俺は中学の頃からずっと千茉莉を見てきた。簡単に諦めたりするつもりは無い。あんたこそ自分の気持ちを誤魔化しているくせに俺に卑怯だなんて言えると思っているのかよ。あんたなんかには絶対に負けない。千茉莉はきっと振り向かせてみせる。あんたこそ覚悟しておくんだな」
――あんたこそ自分の気持ちを誤魔化しているくせに――その言葉は真っ直ぐで俺の胸にグサリと突き刺さった。
動揺を悟られないように千茉莉を促がして車に乗せるともう一度奴と瞳が合った。
「負けねぇから。千茉莉を傷つけて気付かない奴なんかに。おまえなんか千茉莉に相応しくない。絶対に認めないからな」
「…それは千茉莉が決める事だ」
まだ何か言いたそうにしているあいつを振り切るようにして俺は車を発進させた。
負け惜しみのように言い捨てたあいつの言葉が妙に引っ掛かって胸が騒いだ。
―― 千茉莉を傷つけて気付かない奴なんかに ――
単なる負け惜しみだ。俺は千茉莉を傷つけるなんて…そんなことしたこと無いだろう?
千茉莉が…傷ついている?
あいつの言葉が気になって仕方が無い。
…なんだろう。この苛立つような胸騒ぎは。
+++ 11月 2日 第3話へ続く +++
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