Sweet  Dentist 11月 2日(水曜日)第8話



リサイタル会場へ行くと杏先生と暁さんがいてあたし達を迎えてくれた。

杏先生はあたしのドレスにとても驚いていたみたいだった。

「千茉莉ちゃん…素敵ねぇ。スタイルがいいから何を着ても似合うのね。こんなに大人っぽくなって、高校生にはとても見えないわよ」

そう言って微笑む杏先生はおなか周りをゆったりと余裕をもたせたふんわりした白いドレスを身に纏っている。

春には初めての赤ちゃんが生まれる杏先生は安定期に入ってようやく悪阻も治まったそうだ。それでも締め付けるとまだ気分が悪くなるらしい。
今日は随分顔色もいいみたいで体調が良いことが窺われる。

暁さんがすごく機嫌がいいのはそのせいかもしれない。
暁さんはお医者様だからだろうか、杏先生の体調にはことのほか神経を使っているらしい。
特に妊娠が判ってからは、何をするにも付いてくる程心配性で困ると、杏先生がノロケている位だ。

本当に仲のいい夫婦だと思う。

その暁さんが相変わらず綺麗な顔でニッコリとあたしに笑いかけ、とても優雅な仕草でスッと耳元まで屈みこむと、あたしにだけ聞こえる小さな声で囁いた。

「響とは上手くやってるの?あいつ告白した?」

予想もしなかったその言葉に、顔が熱くなり耳まで真っ赤になりながら、プルプルと顔を振って否定する。
どうして聖良さんといい暁さんといい、響先生があたしを好きだなんて言うんだろう。

そんなの考えすぎなのに…。

頬を染めながらも暗く沈む気持ちに顔がどんどん俯いてしまう。

そんなあたしの変化に不審を抱いたのか、響先生が眉間に皺を寄せて暁さんとあたしの間に割って入ってきた。

「何をコソコソ話してるんだよ暁。千茉莉が真っ赤になってるぞ。セクハラか?」

「ちっ…違うわよ。何考えてるのよ。ヘンタイ!」

「ヘンタイって言うな。心配してやったんだろうが」

「暁さんにそう言う発想をする響先生がおかしいんです」

そんなあたし達の会話をクスクス笑いながら見ている暁さんと杏先生。何がおかしいんだろう?

「何がおかしいんだよ暁」

「何がって…お前自覚無いんだなぁ。龍也が言ってた事本当なんだ」

「…?何のことだ?」

「いや、おまえが珍しくおまえらしいって言うか気取ってないって言うか。
女の前で素を曝すおまえってハッキリ言って見たことねぇよな。
…おまえ龍也にこの間千茉莉ちゃんの事話しただろ?」

「結婚式の事で頼まれごとをしただけだよ。その時ちょっと話しただけだ」

「ふうん…。それにしちゃ色々気にかけているような話だったぜ?
そう言えば歯の治療頼んだ時も、千茉莉ちゃんの名前聞いていきなり態度変えたもんな」

暁さんの言葉を聞いてドキッとした。あたしの治療をしようと思ったきっかけ…。
亜希さんと別れた日に出会ったあたし。

『千茉莉は亜希に似ているな』

あの言葉が胸を抉って傷口を広げる。

先生があたしを気にしてくれるのは亜希さんに似ているからなのよ。

「龍也が言ってたぜ。電話で顔が見れないのが残念なくらい楽しそうに千茉莉ちゃんのこと話してたってな。女の事であんなに嬉しそうな響は初めてだってさ」

「龍也のヤツ仕事が忙しすぎて頭がおかしくなったんじゃないか?幻聴でも聞いたんだろうよ」


「その言葉。すっげぇ聞き捨てならねぇな。響」


背後から聞こえた冷たい低い声にビックリして振り返ると、そこには聖良さんと共に長身の眼鏡をかけた、これまた綺麗な男性が立っていた。

…この長身の美形3人がいるだけですごい迫力だ。
リサイタル会場のロビーの視線を一手に集めている。

あたし、ここにいていいのかしら?すごく場違いな気がするんだけど。

「千茉莉ちゃん主人を紹介するわね」

「今晩は、佐々木龍也です。響から色々聞いているよ」

「初めまして佐々木さん。何を聞いているんですか?どうせ生意気とかウルサイとか、ろくな事じゃないと思うんですけど」

「龍也でいいよ。…俺にしたらあれはノロケだと思うんだが…。響が女の子のこと自分からあんなに楽しそうに話すなんてありえねぇ事だからな」

ノロケ?龍也さんが聖良さんや暁さんに響先生があたしを好きだって誤解するような事を教えたのかしら?
訳のわからないといった顔をしているあたしに響先生が眉間の皺を益々深くして苦々しい顔で割り込んできた。

「龍也の言う事は気にするな。社長業って言うのは精神的に疲れるから幻聴を聴くんだよ」

「そんなに大変なお仕事なの?」

「ああ、おまえも知ってるくらいのでかい会社だからな。ワイドショーなんかでも騒がれた事あるからおまえでも知ってるんじゃないか?正体不明の春日グループ総裁ってな」

「あ!知ってる。確か傾きかけていた幾つかの会社を短期間で立て直して春日グループの総裁に抜擢された凄腕の人ですよね。どんな行事でも絶対に表に出ないから名前も顔も誰も知らない…って、まさか龍也さんが?」

「そう、こいつ絶対表には出ないからさ。誰もこんなに若いヤツが総裁だなんて思わないよな」

驚いて龍也さんを見ると、何でもないことのようにフンと鼻を鳴らして、冷たい流し目を響先生に送っている。

「響。俺を見損なうな。春日の名前でおかしくなるような俺じゃねぇって。俺の事に話を振って誤魔化してんじゃねぇよ。おまえこそ自分の気持ちを認めろよな」

「バカ言ってんじゃねぇよ。何でみんなして俺を犯罪者にしたいんだよ。千茉莉は高校生だろう?」

…聞くに堪えなかった。

みんなが響先生とあたしを何とかくっつけようとして、響先生が困っている。

そんな先生を見たくなかった。

「あのっ…響先生には好きな人がいるんです。あたしはその人に似ているって言うだけで…そんなんじゃないんです。あんまり先生を困らせないで下さい」

みんなの視線があたしに集まった。
ここで泣き顔なんて見せられない。
最近はすっかりお得意になりつつある精一杯のポーカーフェイスで笑ってみせる。

「それに…あたし彼がいるんです。同じ学校の同級生で…まだ付き合い始めたばかりなんですけど。ね?響先生」

「あ…あぁ」

響先生は擦れた声で少しつらそうな顔をした。
多分宙の事を彼だとあたしが口走ったせいだと思う。
先生の前で宙の事で取り乱した事を改めて後悔した。

こんな時でもあたしを心配してくれる先生の優しさに胸が締め付けられて、苦しくて…。


心配そうに覗き込むその瞳があたしを捉えて離さない。


あなたのその瞳に益々囚われてしまう。


お願い、あたしを見つめないで。


あなたの優しさは余りにも残酷すぎるから…。





+++ 11月 2日第9話へ続く +++


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