Sweet  Dentist 11月26日(土曜日)



暖かい日中の名残を僅かに残す、心地良い秋の夕刻の風が頬を撫でる。
この季節独特の滲むような大きな夕陽がゆっくりと西の彼方へと還ろうとしていた。

まるで先ほどまでの幸せな時間の終わりを告げられているようで、ほんの少し寂しさを覚える。
楽しい時間も幸せな時間も、永遠には続かない。
だからこそ、素敵な思い出として残るのだということは解る。

解るけど…今日の素敵な時間をもう少しだけ噛み締めていたかった。

「ねぇ…聖良さん綺麗だったわねぇ」

今日の結婚式の幸せな花嫁を思い出し、あたしの肩を抱いて歩調を合わせてくれる、長身の恋人に視線を送ると、大好きなグレーの瞳が細められる。
夕陽に紅く染まる金髪が、初めて出逢った日の事を思い出させて、一瞬ドキッとした。

「ああ、綺麗だったな。本当にあの龍也には勿体無いと思うよ」

「龍也さんも凄く素敵じゃない。お似合いのカップルよ」

「あいつは顔は良いけどあの性格だからなぁ。聖良ちゃん以外の女には扱えないだろうな」

「…そんなに性格悪いようには見えないけど? 確かに響先生みたいにヘラヘラしていないし愛想は無いかもしれないけど…」

「おぃこら? 誰がヘラヘラしてるって? 俺は誰にでもヘラヘラするタイプじゃねぇぞ?」

ジロリと睨む響先生に冷たく視線を返して『そうかしら?』と呟いてみる。
ほんの少しの嫉妬。
披露宴に来ていた綺麗な女性達の視線が先生に集まっていたことへの…。

子供っぽい嫉妬を知られたくなくて話題を結婚式へと強引に戻した。

「聖也君のリングボーイも美桜(みお)ちゃんのフラワーガールもすっごく可愛くて素敵だったわよね。あんな結婚式憧れちゃうなぁ」

更に漏れる感嘆の溜息。
今日の聖良さんは一段と綺麗だった。

後ろに長く流れるレースが綺麗なマーメイドラインのエレガントなウエディングドレスに身を包んだ聖良さんはとても綺麗だった。
結婚式の始まる前に新婦の控え室へ挨拶に行くと、聖良さんは今日式を挙げる教会で、学生の頃に模擬結婚式のイベントをしたことがあるのだと話してくれた。
『あの時はAラインのフワフワしたドレスに足が絡まって本当に苦労したの。おかげで倒れるほどリハーサルをしたから、今日は絶対に転ばないと思うわ』と笑った聖良さんが本当に綺麗で、控え室の窓から差し込む朝の光がベールに反射して、それが天使の羽に見えた。

こんなにも初々しくて愛らしい聖良さんに子供がいるなんて、信じられない思いだったけれど、リングボーイの大役に緊張する6歳の聖也君を励ましたり、フラワーガールの可愛いドレスが嬉しくてはしゃぎ回るまだ3歳の美桜ちゃんを大人しくさせたりしている姿に、凄く 優しいお母さんの一面を見て、益々憧れてしまった。

結婚式の時、 教会のステンドグラスから零れる光の中に佇む龍也さんの元へ、聖良さんがお兄さんの聖さんと一緒にバージンロードを歩いてきた時には、涙が出るほど感動した。
いかにも緊張してます!って表情の聖也君と愛らしいフラワーガールの美桜ちゃんが、両親の結婚式のために一生懸命頑張っている姿がなんとも微笑ましくて、本当に感動的で温かなお式だった。

「ふぅん。千茉莉はああいうのがしたいんだ?」

まだ余韻が抜けず、夢見心地で溜息を漏らしていると、先生は突然グイッと顔を近づけてきた。
予告もなく迫って来た綺麗な顔に心臓がバックンと大きく跳ね上がる。

いくら恋人同士になったからと言っても、まだこの顔が突然至近距離に来るのは慣れない。
照れを隠そうと焦ったあたしは、早鐘を打ち大きく上下する胸を隠すようにブーケを胸元へ引き上げて視線を逸らした。

「あんな風に教会で式をしたい? 小さい子供に花を撒いてもらって、お祝いの米粒を投げつけられて、みんなの前でドレスの中に潜り込んでガーターベルトを抜いて欲しいんだ?」

「はっ? ドレスにって…いや、それはっ…」

ああそういえば、龍也さんそんなことしてたっけ。
でもそれはパスっ!
真っ赤になってブンブンと顔を横に振ると響先生は面白そうに笑って続けた。

「ん〜違うのか? じゃあ神父さんが困るくらい長いチューをして欲しいわけだ?」

「あっ…いや、それも違うっ」

そういえば、龍也さん式のときに誓いのキスが長すぎて神父さんに止められてたっけなぁ。

「じゃあお姫様抱っこで…」

「あーもうっ!! 先生あたしをからかっているでしょ? 本当はちゃんと分かっているくせにっ。そういう特別刺激的な部分はおいといて、純粋にあんな素敵なウェディングドレス着て、素敵なチャペルで結婚式とかしてみたいなぁって、あたしだって女の子だもん。そのくらい思うわよ。意地悪っ!」

「アハハッ、まぁそう拗ねるなって。千茉莉の反応が面白くてつい…」

「つい何よ?」

「俺たちの時には龍也を越える長い誓いのキスをしてやろうとか、色々考えて…」

「もう!まだからかって……って、え? 俺たちの時…って?」

勢いで言われた台詞に、ハタと思考がフリーズする。
……今の、冗談だよね?

「あー千茉莉、お前今、すげー不吉なこと考えただろ?」

「はっ? 不吉って…何が?」

「誰が誰と結婚するって? とか思わなかったか?」

「………って事は、今の『俺たち』は先生とあたしを示しているのかしら、やっぱり?」

「他に誰がいるっつーんだよ?」

いかにも『あったりめーだろ?何言ってんだよ今更』と顔に油性マジックで書かれたような表情であたしを見る響先生。

その視線…イタイよ?

「だって…っ、あたしまだ高校生で、そりゃいつかは結婚して子供だって欲しいし、聖良さんみたいな素敵な花嫁になりたいって憧れはあるけど…。
でもでもっ!高校だって卒業してないし、パティシェになる為の勉強だってしなくちゃいけないし、専門学校へ行って、それから修行もして…だから結婚なんてまだまだずっと先のことだし…」

「おまえ、俺のことそんなに待たせるつもり? ジジイになっちまうじゃねぇか」

「…え…っ?」

「4年も5年もお前が落ち着くまで待っていて、ある日突然、若い男と結婚するからって捨てられたら…俺死んじまうだろうなぁ」

シリアスな台詞とは裏腹なオーバーなリアクションで、嘆いてみる先生。
まるで劇団なんとかのミュージカルを見ているみたいよ?

笑っちゃいけないよね?

うん、ココ笑うとこじゃないよね?

でも…

でも…

おかしすぎるよっ先生!

耐え切れずにブハッと噴出すと、響先生は苦虫を噛み潰したような顔をして、いきなりあたしを引き寄せた。
ギュウッと抱きしめられて息が苦しい。

「せ…んせ?」

「いいか? 俺はそんなに待つつもりねぇぞ? 確かに千茉莉はまだ高校生だし結婚なんてずっと先のことに思えるかも知れねぇけどさ。一応こんな年の奴と付き合っちまった訳だし、ちょっとは頭の隅に置いておいて欲しい。 散々振り回された挙句、本当に修行先で知り合った将来有望なパティシェなんかに乗り換えられたりしたら…多分俺、そいつの事殺っちまうだろうな。俺を前科者にしたくなかったらちゃんと考えておけよ?」

思いがけない真剣な顔で、とんでもない台詞を聞かされて、あたしは軽くパニックになった。
いや、殺人者になってもらっちゃ困りますよ?
ってか、何であたしが先生を捨てなくちゃいけないのよ?
付き合い始めたばかりなのにどうして話が結婚とか未来の乗り換え話とかに飛躍するのよーっ?

「ま…イヤだって言ったって逃がすつもりは更々ねぇけど?」

ニヤッと笑って細められるグレーの瞳。
あたしはこの表情に本当に弱いと思う。
一瞬で魅入られて言葉を失うと、催眠術にかかったようにコクンと頷いてしまった。

ハッ!
これって結婚を考えますって意味に取られちゃったんじゃない?
それってちゃんと訂正しておいたほうがいいのかしら?

でも嬉しそうに笑う先生を見ていると、そんなつもりで頷いたんじゃないなんて、とても言い出せる雰囲気じゃなくて…
小心者のあたしは、何も言えなくなってしまった。

付き合い始めて3週間。
自然に肩を抱かれることも、唇を重ねることも、随分慣れたけれど、やっぱりあたしって子供なんだとこんな時シミジミと感じてしまう。

この人がずっと憧れていた初恋の男性で、今はあたしの恋人だなんて、ヤッパリまだ何処かで信じられない気持ちがあって、いつまでもドギマギしてしまう。
こうしていることすら時々夢かもしれないと思うのに、結婚なんて許容範囲を超えるもいいところ。

でも先生から結婚を意識していると言われて、本当は少し嬉しかった。
今日の結婚式に来ていた綺麗な大人の女性たちの視線が響先生に向けられていたのを感じて、凄く不安だったから。
本当なら彼女達のような大人の女性が、先生の隣にいるべきなんじゃないかって…
そう思う気持ちが止められなかった。

あたしでいいの?
先生の傍にいてもいいの?
結婚には憧れるけど、あたしなんてまだまだ子供で、結婚なんて実感が無い。
それでも、あなたを好きでいていいのかな?

「バーカ!なに黙り込んでんだよ? そんな真剣な顔すんなって、冗談だよ。俺が犯罪者向きの顔してるか?」

犯罪者向きの顔しているかと訊かれて、『うん、してる』なんて答えられるはずもなく、あたしは間の抜けた顔で『冗談?』と問うのがやっとだった。

「お前の反応が面白すぎるから、ちょっとからかっただけだよ。大体高校も卒業していないお前と結婚なんて、千茉莉の両親だって許すはずねぇだろ?」

「あ…はは…は…、そ…だよね? なぁんだビックリしたぁ」

そうだよね。
まだ早すぎるよね?

って…あれ?

ホッとすると同時に、湧き上がってくる気持ちは何?

あたし、何で寂しいって思うんだろう?


「まぁ、そのうち本当に俺と一緒になっても良いと思ってくれたら、そのときは絶対に離さないけどな? 今の千茉莉にはもっと成すべきことがあるだろ?」

「成すべきこと?」

「来月のなんとかって大会で優勝して留学するんだろう? 今日のウェディングケーキも凄く好評だったし、自信ついたんじゃないか?」

「あ…うん。皆が幸せそうに食べてくれていて凄く嬉しかった。この調子で大会も頑張らなくちゃね」

「そう言えば亜希がさ、今日のケーキを食って、やっぱり千茉莉は才能があるって言ってたぞ? おまえ…亜希からの留学の誘いを断ったんだって? すげぇ良い話らしいのに何でだ?」

「あ…うん。だって今のあたしじゃ…やっぱり行けないから」

「…どういう意味だ?」

「まだ自信がないの。自分のお菓子が人を幸せに出来るって…少し前までは絶対的な自信とパワーがあったの。でもそれはあたしの驕りだったって気がついたの」

「驕り?」

「うん…。人を幸せに出来る力はあたしにあるんじゃないって解ったの。
あたしはパパやママに愛されて、友達にも恵まれていたから、ずっとずっと幸せで、誰かを想う苦しい気持ちとか、妬みとか、醜い気持ちを知らなかったの。だから、今までは純粋に幸せな気持ちだけをお菓子に込めることが出来ていた。
だけど…やっと気付いたの。あたしはそんなに純粋でも、優しくもない。
人を羨んだり、嫉妬したりする自分の中の醜い部分を認めたら、これまでの自分は、ずっと人に支えられて、パワーを貰ってばかりだったんだって気付いたの。
あたしはバカだから、それを自分の力だと過信していた。
これまでお菓子に込めていた幸せな気持ちは、全部人から貰ったものであたし自身にはそんな力が無いんだって解ってしまったら、実力も無いのに留学なんて恥ずかしくて出来ないよ」

話しながらどんどん俯きがちになっていくあたしの顎に先生の指が掛かる。
クイと上を向かせられると、かなりの至近距離で瞳を覗き込まれた。

「千茉莉に実力が無いなんて、そんな事ないぞ。 人にパワーを貰ってばかりなら、あんなに人を幸せな気持ちにさせるウェディングケーキは作れないさ。お前が誰かの幸せを願う優しい気持ちがあるから、あれだけ人を幸せな気持ちにさせることが出来るんじゃないのか?」

「それは…響先生のおかげだよ。お付き合いを始めてから、大会の事で悩んでいたあたしをずっと支えてくれたでしょう? 不安だったあたしの気持ちを穏やかにしてくれた。
それにあたしの事を第一に考えてくれて、とても大事にしてくれるのが解るから、とても幸せで…その気持ちが今日のウェディングケーキに反映されただけだと思う。それは響先生から貰った幸せのパワーであって、本当のあたしの力じゃないもの」

「だから留学しないって?」

「うん…。でも大会で優勝できたら…きっと少しは自信が持てると思うの。そしたら…」

響先生はあたしの髪をクシャッといつもの様に撫でて『そうか』と言うと、それ以上留学の話はしなかった。

「で、その大会のお菓子ってのは美味くできそうなのか? えらく悩んでいたけど、お前らしいお菓子とやらは見つかったのか?」

「うん、それはもう大丈夫。んと…響先生はその日、お仕事…よね? 遅くなるかな? できれば会いたいんだけど…帰ってきたら連絡しても良い?」

「あぁ、その日は早く終わるから迎えに行ってやるよ。…流石に東京の会場までは応援に行けなくて…ごめんな」

「うん、いいよ。頑張ってくるから。きっと良いものが出来ると思うの。先生が沢山応援してくれて、パワーをいっぱい貰っているから」

「そっか。じゃあ緊張してヘマしないように魔法をかけてやろう。これでお前の優勝は絶対だ」

そう言ってまた、劇団なんとかもどきのオーバーな仕草をすると、あたしが噴き出す前に唇を塞いだ。
触れた唇はとても熱くて、なんだかとても切ない気持ちになった。

「響…せんせ」

「はぁ…おまえそれ、ペナルティだって何度言ったら解る? 今ので今日何度目の【先生】か知ってるか? いい加減カウントも疲れてきたんだけど」

「え? カウントしてたの?」

「あったりめーだろ? お前にどんなバツゲームをさせるか楽しみで楽しみで…」

「ええーっ? バツゲームって本気で言ってたのあれ!」

「本気も本気。100回を越えた時点で究極のバツゲームだからな? 覚悟しておけよ」

「今、何回目なのよ?」

「さあな、教えたら面白くねぇし。ナ・イ・ショ♪ 楽しみだなぁ究極のバツゲーム♪」

「うー…悪趣味…」

「そういうこと言う? 魔法までかけてやったのに」

「……本当に優勝できるの? 先…っと、響さんの魔法で」

「ブハッ!必死だな。その調子でちゃんと名前で呼べるように頑張れ。まぁ、俺の魔法の力は完璧だから大船に乗ったつもりで大会に臨めよ」

「凄い自信ね。その根拠は?」

魔法なんて気休めだとは思いつつ、余りにも自信たっぷりに先…っっ!響さんが言うから、そう訊いてみたくなった。

「俺が念じたからソレがお前のところまで届いたんだろ?」

響さんはそう言うと、あたしが持っていたブーケへ視線を落とした。

このブーケは聖良さんがブーケトスで投げたものだ。
確かに、このブーケがあたしの元へ飛んできたのは魔法でも使ったとしか思えないような奇跡だったかもしれないけど…。

まさかね?

独身女性の憧れである花嫁のブーケ。
花嫁の投げるそれを受け取った女性は、次の花嫁になれるというブーケトスは未婚女性にとって結婚式最大のイベントだと思う。
故に多くの女性は、花嫁の幸せにあやかろうと必死だったりする。

でも、あたしはまだ高校生だし、結婚なんてずっと先の事だから関係ないと思って、参加する輪の中にはいなかった。
ブーケは素敵だし欲しくないわけじゃないけど、慣れない高いヒールでブーケの争奪戦に参戦したら、絶対にこの間の二の舞で足を捻るのは確実だもの。
年齢的に、結婚式の参列者の中で結婚から一番ほど遠いあたしが、怪我をしてまでブーケを貰う必要は無いと思っていた。

だからトスを待つ一群が、聖良さんの手を離れたブーケに一斉に手を伸ばしたのを、少し離れた所から静観していた。

それなのに…

ブーケは奪い合う手に弾かれ、あたしの方へと大きく弧を描いて飛んできた。
それを追って来た女性の一人と衝突しそうになったところを、響さんが庇ってくれてあたしを護るように抱きしめた。

そしてブーケは…
響さんの腕の中に抱きしめられ、向かい合う形になったあたしの胸元に落ちてきた。

まるで最初からその場所に収まることが決まっていたかのように…

これには誰もが驚き、次の花嫁と花婿が同時に決まったとひとしきり盛り上がって、あたしはとても恥ずかしかった。

でもまさか…それが魔法?

まさかね?

「嘘でしょ?」

「まぁ、何とでも? 信じようが信じまいが、事実は一つだ。ブーケはお前を選んで飛んできた。俺の腕の中にいるお前の元にな? つまり俺がいればお前は無敵ってことだ。どんな強運でも引き寄せられる。解るか?」

凄く無茶苦茶で、俺様もここまで来ると究極じゃないかと思う。

「まぁ、俺がお前に惚れたって時点で、お前は相当の幸運の持ち主なんだから、絶対優勝は間違いないな」

まったく、どこまで自信過剰なんだろう?

だけど、彼の優しさや思いやりが凄く伝わってきて…

凄く愛されている気がして…

あたしはそれだけで、何でも出来そうな気がしてきた。

響先…いいえ、響さんと一緒だったら、きっとどんなことだって乗り越えられる。

大会での優勝だって夢じゃない。

ううん、きっと優勝できるはず。

だってあたしの恋人は無敵の魔法使いなんだもの。

単純かもしれないけれど…なんだかとても元気が出てきた。


冬の足音が近づき始めた秋の夕刻は、足早に闇を連れて来る。
秋の夕暮れを切なく感じるのは、昨日より今日、今日より明日と日増しに早くなる別れの時刻(とき)を名残惜しむ、太陽と空の切ない気持ちが伝わってくるからなのかもしれない。

綺麗な夕焼けに長く伸びる二人の影に哀愁を感じたせいか、ほんの少し胸の中に残った影がチクンと痛んだ。
亜希さんの留学の話を断った本当の理由。
それを響さんが知ったら、きっと凄く子供で我が侭だと思われてしまうかもしれない。

亜希さんからの誘いを断ったのは、自分に自信がなかったのもあるけれど、響さんと離れたらお菓子が作れなくなってしまいそうな弱い自分が怖かったからだ。
響さんと両思いになれて、幸せを知ってしまったあたしにとって、離れて過ごす数年間はきっと耐えられない程寂しくて、お菓子に幸せを込めるなんて二度とできなくなる気がしたから…。

だけどあなたはあたしをこんなにも応援してくれている。
恋をすると我が侭になって、好きな人を独占したくなるけれど、響さんはあたしにとって何が一番大切なことかを、いつだって考えて道を誤らないように教えてくれる。

本当に大人だなって思う。

だから、今はあなたの隣にいても恥ずかしくない女性にならなくちゃって思うようになった。

今度の大会では全力で優勝を狙ってみせる。
それで留学できることになったら…
そのときは、自分に自信を持って、胸を張って行ってくるよ。

あたしを心から応援してくれる、あなたの気持ちに応える為にも…

あたしが一日も早く、一人前になって、あなたの隣に相応しくなる為にも…



朱に染まった空に、響さんの金の髪が蜂蜜色に輝く。

楽しい時間も幸せな時間も、永遠には続かない。

ずっと同じ場所で留まっている事なんて出来ない。

歩き出さなくちゃ行けないときは、すぐ目の前まで来ている。

解っている。

だけど…

せめて今日だけは…

あと少し、幸せな余韻の中で、響さんと過ごしていたい。

あたしの思いを察したように、不意に目の前に落ちた影。

響さんは長身を屈め、あたしの耳元に唇を寄せるとそっと囁いた。


「何だかまだ帰したくないな。…このまま少しだけ遠回りしてあの公園へ行こうか?」


公園への道のりを、先ほどまでより遅い歩みで進みだす。

沈みゆく夕陽に二つの影が長く伸びる。

少しずつ近くなるそれは、やがて自然に重なっていった。



何も言わなくても解ってくれるあなたが好き。

今日の日が永遠に続かなくてもいい。

また明日もあなたの幸せな笑顔があれば、それでいいと思う。

あなたとなら、ずっと幸せな日が続いていく。

そんな風に信じられるのは

あなたがあたしの魔法使いだからかしら?




+++ 11月26日 Fin +++


12月5日 / Sweet Dentist Index へお戻り下さい