あたしの誕生日。
今日は響さんとデートの予定。
大会の夜以来だから5日ぶりに会える。
…だけど、あたしの気持ちは重かった。
理由は、あたしのパパだ。
響さんとは亜希さんのリサイタルにも出かけたし、先日の大会でも送ってもらったから、両親も一応あたしが杏先生繋がりの年上の男性と付き合っている事は知っている。
だけど実際に紹介して年の差が12歳だと知ったらどうするだろう?
まだその辺りの詳細を告げていないのに、響さんは家まで迎えに来るといった。
「付き合っているのだから、きちんと挨拶をして連れ出したいしな」
そう言って、見事に綺麗な笑顔であたしを悩殺してくれる。
それに対抗し頑として断る術をあたしは知る由も無く、必然的にYesと返事をする羽目になってしまったのだ。
ここ最近、パパのご機嫌はすこぶる悪い。
本当にこんな不機嫌な父親と12歳年上の恋人を、対面させて良いものなのかと不安になってくる。
故にあたしは誕生日でデートだというのに、こんなにもブルーな気持ちになっているのだ。
パパの不機嫌の理由その1。
それは、あたしが貰った素晴らしすぎる特別賞だった。
パパだって、大会で賞を貰ったこと自体は凄く喜んでくれた。
それはもう飛び跳ねちゃう勢いで喜んでくれた。
放っておいたら歌いだしかねない様子に、ご近所から騒音公害のクレームが来る前に必死に止めたくらいだった。
そんなに喜んでいるなら、何が気に入らないのかって思うでしょう?
問題は留学の期間…。
数ヶ月などというレベルではなく、半端無く長い。
パパはそれがどうしても受け入れられないらしい。
一人娘のあたしにとても甘いパパは、以前から留学には良い顔をしなかった。
だけど、大会で優勝したら、そのときはパパだって許してくれるだろうと思っていたし、パパもそれなりの覚悟はしていたようだ。
だけど、その期間はせいぜい数ヶ月だと思っていたらしい。
あたしだって優勝者がそんなに長く留学できるとは聞いていなかったのだから。
一人娘でたった一人の跡継ぎを遠くへ行かせたくないパパの気持ちはなんとなく解る。
だけど、こんなにもこじれるとは思ってもみなかった。
大体、タイミングも良くなかったのだと思う。
大会の日は帰ったのが遅かったので、朝の早いパパは既に就寝中。
賞については詳しいことを話せず翌朝を迎えてしまった。
ご機嫌で朝食を取りながら話しかけてきたパパに、あたしは大会の結果を報告した。
優勝は出来なかったけれど、特別賞を貰った事とその経緯を話すと、パパはとても喜んでくれて、ご機嫌の度合いは更にあがった。
そこへ、ここぞとばかりに賞の話をしたのだけど…
パパのテンションは一気に急降下。
かなりショックだったみたいだけど、この時は、まだ何とか平静を保っていた。
今思えば、ここであたしがそぉっと逃げておけば良かったのよね。
そうすれば、パパだってあそこまで意地にならなかったのに…。
ううん、それ以前にママの爆弾発言を防いで、もう少し穏便に事を運ぶことが出来たはずなのに…。
パパの不機嫌の理由その2。
それは、パパの勝手な思い込みによる誤解。
大会の夜、響さんに送って貰った事実をママが最悪の一言と共に漏らした為だった。
「昨夜送って貰ったのは、例のお付き合いしている年上の彼なんでしょ?
優しそうな人じゃない。しかも凄くカッコイイし。千茉莉ったら私に似て面食いねっ。
あんな素敵な息子が出来たらママ幸せだわぁ〜。
あ、今度から遅くなるなら泊まってきてもいいわよぉ?」
クラブ顧問の先生に送ってもらったと勝手に思い込んでいたパパは、年上の恋人に深夜送って貰ったという衝撃的な事実に顔色を変えた。
しかも思いっきりそーゆう関係と取れる発言により、しっかりと誤解を植えつけられたパパにとって、響さんは既に仇も同然の位置づけだ。
更に、娘の彼をカッコイイと褒め称え、息子にしたい発言をしたのだから、それはそれはショックだったらしい。
娘のあたしから見てもママにメロメロのパパが、あたしとママを魅了した響先生に対し、敵意を持たない筈が無かった。
パパの機嫌は見る見る悪くなっていく。
それなのに、全く気にする様子も無く、更にそれを煽るママ。
「お休みのキスしてたでしょ? も〜♪離れたくないって気持ちが見ているこっちまで伝わってきちゃって、切なくなっちゃったわよ。
パパとの恋人時代を思い出しちゃってドキドキしたわぁ〜」
ママ…覗いていたんですか?
ってか、今の台詞で嫉妬の炎に更に油を注いだのは確実じゃない?
パパのご機嫌は完全にレッドゾーンに突入。
あたしは留学の話はおろか、誕生日に響さんと出かける許可を貰うこともできずに、怒りが収まるまで、自室に引きこもることになった。
あの朝から4日目。
未だにパパの機嫌は治まらず、誕生日デート当日にもかかわらず、何も言い出せないでいるあたし。
こんな状況で響さんとデートだなんて、チラッとでも漏らしたら、それこそ部屋に監禁されちゃうかもしれない。
どうも響さんに送ってもらった事を、二人きりで帰ってきたと勘違いしている部分もあるみたい。
空宙コンビが一緒だったって、今更言っても聞く耳を持たず、プチ☆と逝ってしまっている。
この状態で響さんが来る事は、未だに収まらないパパの怒りの炎にガソリンを注ぐ結果になりかねない。
電話で連絡しようにも、ここ二日ばかり響さんの携帯の電源が入っていないようで、お手上げ状態だった。
年中無休で診療時間も長い【YASUHARA Dental Clinic】の勤務体系は2交代制で休みもシフト制で不定休だ。
誰かが休むとその穴埋めを別の誰かがしなければならない。
先日の大会にお休みを取って、更にあたしの誕生日、響さんの誕生日と、立て続けに休みを取るには、それなりに勤務や予約の調整をしなくてはいけない訳だ。
暫くは忙しいから連絡は取れにくいかもしれないとは聞いていた。
クリニック随一の腕の響さんにとって、自分の予定を優先させる休みを取ることは、そう簡単なことじゃないのかもしれない。
だけど、響さんの部屋には固定電話を引いていないし、連絡手段は携帯かクリニックの受付を通すしかない。
流石にクリニックに電話するのは抵抗がある。
それゆえ今日まで、我が家の恐ろしい状況を伝えることが出来なかった。
本当にこの状況の中、響さんがやってきたりしたら…
パパと響さんの間で大バトルが始まっちゃうんじゃないかしら?
思い余ったあたしは、午後からの約束の前に、コッソリと家を抜け出し彼に事情を話しに行くことにした。
響さんとの約束は2時。
今の時刻は11時に少し前。
かなり時間があるからまだマンションにいると思う。
いてくれるよね?
もしも午前中だけお仕事だったりしたらどうしよう…。
部屋に置手紙でもして家の状況だけでも伝えておこうかなぁ。
響さんから貰ったカードキーを手の中でギュッと握り締めて、バス停から入り口まで最短距離である、パーキングを横切った。
響さんの車を見つけ、部屋にいることを確信しホッとする。
―そのとき…
視界に信じられない光景が飛び込んできた。
信じられない。
信じたくない。
それは…
響さんが、真由美さんと腕を組んで歩いている姿だった。
+++ 12月10日 第2話へ続く +++
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