Sweet  Dentist 12月10日(土曜日) 第2話

※微妙な台詞があります。小中学生はご両親に許可をもらってから読んでね?

二人が車のほうへと近づいてくる。

とっさに近くのワゴンの陰に隠れ、会話に耳を澄ました。

「真由美、いい加減にしてくれ。俺はもうお前とは付き合えねぇって言ってんだろ?」

響さんの声に、迷惑そうなニュアンスが滲んでいるのを察知し、少しホッとする。
腕を組んでいるように見えたのも、近くで良く見ると、どうやら真由美さんが半ば無理やり引っ張るようにして腕に縋り付いていたようだ。

この間の出来事の後、真由美さんとの婚約話はハッキリ意志がないことを伝えたと聞いている。
響さんのお父さんには、本気で付き合っている女性がいると告げ、これ以上の見合い話も受けないように頼んだそうだ。
真由美さんからは、それ以来連絡がないと聞いていた。

…それなのに…

真由美さんはネットリと纏わりつくように響さんに腕を絡め、官能的な仕草で胸を押し付けている。
プチ☆と頭のどこかで嫌な音がした。

「ねぇ?最近やってないんでしょ? だったら付き合ってくれてもいいじゃない。あの娘とはまだしたこと無いんでしょ?」

…は? 何を最近やってないんですか?
あたしとまだしたことないって…
えと。まさか…それってもしかして……?
そっ、そりゃまだキスまでの関係だけど…
まっ、まだ、ししししっ…シタ…ことは無いけどっ…。
一応響さんのお誕生日までにココロの準備をすることになっていて…って、きゃー☆なに考えてるのよあたしっ?

ハッ!でも、これって…もしかして真由美さんが響さんを誘っているのよね?
ええーっ? 響さんったら、あたしの目の前で誘惑されてるって事?


「最後はいつだったかしら? そろそろストレスも溜まっていると思うけど」

「…別に」

冷たく突き放す響さんにホッと胸を撫で下ろす。
ここで頷いたりしたら、絶対にギッタギタにしてやるんだからっ!

「そんな事言わないで。せっかくの休みなのに一人なんてつまらないでしょ?」

「午後から千茉莉と会う約束だ」

「じゃあ時間があるし少しだけいいじゃない。一回だけならそんなに時間も掛からないし…。まぁ、響が一度で満足すればの話だけど?」

何よそれーっ?マジムカツクこの会話。
腕を振り払おうとする響さんに、真由美さんは更に食い下がった。

「響、忘れていないでしょうね?あたし達は元々[そういう関係]だったんじゃない。
あたしの気持ちを知ったパパが、適齢期を心配してドンドン結婚話を進めちゃったから、あたしもその気になっていたけど。
元々は[そのためだけの関係]だったのよ。つまり、あたしがあなたの代わりを見つけるまでは、拒否権は無いの。責任を持って付き合ってよね」

えっと…[そういう関係]って何?
[そのためだけの関係]って、どーゆう関係よっ?
それって…二人がいわゆる、そーゆう関係だったって事なの?

そんな…
そりゃ響さんだって大人の男の人だから、今までいろいろあったとは思うけど…
真由美さんは婚約者じゃないって言ってたじゃない。
それなのに…
愛情が無くても[そういう関係]になれちゃう人なの?

「婚約の事はもう言わないわ。パパにも響の事はもう飽きたって言ったし。
この間あの娘に叩かれて思ったのよ。…多分あたしは[そういう関係]以上になれない響の気持ちを振り向かせたかっただけなのかもしれないって…。
そう思ったら何だかスッキリしちゃった」

「解ったのなら今更波風立てるように誘うなよ」

苦笑しながらもホッとした表情を浮かべる響さん。
だけど真由美さんは更に言葉を続けた。

「それとこれとは別。たとえ響が結婚しても、この関係だけは崩すつもりは無いわよ?」

はぁっ? 真由美さん不倫宣言ですかっ?
響さんがそんな事、OKするはずが無いじゃないっ!

「…あのなぁ…確かにお前とやってる時は楽しいし、気持ちも晴れたさ。だから結婚するつもりは無くても、ダラダラと関係を続けてきたんだ」

…やってる時は楽しいって…
凄くショッキングな台詞ですけど…
しかも、結婚するつもりが無くても関係を続けてきたって…
やっぱり愛情が無くても、そーゆう事ができちゃうの?

……何だか泣きたくなって来た。

「…だけどさ、千茉莉と付き合いながらそんな事できねぇだろ?」

あったりまえだーっ!
したら殺すっ!!

「できないこと無いと思うけど? だって響がいないとあたし出来なくなっちゃうし困るもの。
最初から割り切った大人の関係だったんだから、響も割り切ってよね。
直ぐに他の相手を見つけるなんて出来ないんだから、せめて代わりの男が出来るまでは付き合ってもらうわよ?
でないとあたし、おかしくなっちゃうわ」

うわぁ…大人の女の人って、こんな凄い事言えちゃうの?

「あたしが新しいパートナーを見つけるまでの間だと思って付き合いなさいよね。響だって適度なストレス発散になっていいんじゃない? 彼女に相手は無理なんでしょ? 経験だってなさそうだし」

「……」

経験なさそうって…悪かったわねっ!
どうせあたしはネンネで乳臭くて相手なんて出来ませんよーっ!

「最初は結構辛いものねぇ。痛いし。大切な彼女なら無理はさせたくないんでしょ?」

「……うるせぇな。だから?」

「クスクス…それだけ我慢すればストレスも溜まるわよね? 最後から1ヶ月以上経つし、そろそろ辛いんじゃない?」

「……」

「だから、いいでしょ? バレなきゃいいんだから」

「……しょうがねぇなあ。一回だけだぞ? 今日が最後だからな? どんなに泣きついても次は無いぞ?」

う…そ…?

「本当?嬉しい」

「くっそー、千茉莉にバレて嫌われたら俺、立ち直れねぇぞ? 一生怨むからな」

ガシガシと半ばやけくそで髪を掻き回す響さんは、決して全身で彼女を拒絶していなかった。

もう何を信じて良いか解らなくて、頭が真っ白になる。

手にしたバックが滑り落ちて、鈍い音を立てた事にも気付かなかった。

響さんが驚いた顔で振り返りこちらを見つめる。

あたしは呆然と彼を見つめたままその場に立ち尽くしていた。

明らかに不味いものを見られたと思ったらしい、ギョッとした顔。

怒りなのか悲しみなのか解らない感情が突き上げてきて、訳が解らなくなった。

この場にいたくなくて、二人に背を向けると全速力で駆け出した。

パーキングを通り抜け、マンションの外へと出たところで、強く腕を捕まれ引き止められる。

「ちっ、千茉莉?お前どうして?」

「…さぁ、どうしてでしょうね? 何よその驚き方。二人で何をするの? あたしに内緒にしなくちゃいけないような大人なことをするの?
ふーん…解りました。お邪魔はしません。どうぞごゆっくり」

「ごゆっくりって…おまえ」

「響さんなんて大嫌い! あたしに触れないでっ!」

腕を振り切ろうともがいていると、あたしの行く手を遮るように一台のセダンが停まった。
妖艶に笑いながら車から降りてきた真由美さんは、いつにも増して綺麗で圧倒される。
長い髪をかき上げ、ブランドのスーツに身を包み、相変わらず派手だったけれど…
ほのかに香る香水も―…
綺麗に手入れされたネイルも―…
何もかもが大人の女性に見えた。
こんな女性に誘われたら、響さんだってヤッパリ心が揺らいでしまうのかもしれないと思った。

「あたし、ストレスが溜まっているのよね。響を借りてもいいかしら?」

「……なんであたしに訊くんですか? 響さんが行きたいならあたしは止められません。…あたしとは出来ないんでしょ?」

「ちっ…千茉莉? あのな…」

「いいわよ、響さんを信じたあたしがバカだったのね。そういう人だったんだ? あたしと付き合っていても他の女の人とそういうこと出来ちゃう人なんだ?」

「は?千茉莉、お前何を言って…」

「あたしに経験がないから? だからストレスが溜まって他の女の人とするの?」

「はぁっ? 誰が何をするって?」

「だからっ!響さんが真由美さんと…っ…」

「俺が真由美と?」

「……ぅ…その…そーゆーコト…」

具体的に口にするのも恥ずかしいし、何よりも悔しくて涙が込み上げそうになるのを堪えるのが精一杯だった。
視線を逸らし、再び逃げ出そうとするあたしを真由美さんが遮った。

「そーゆーコトって何をすると思ったのかしら、お嬢さん?」

「…何って…大人の関係なんでしょう?」

「………」

あたしの返答に真由美さんは一瞬目が点になり―…
次の瞬間、ブハーッと笑い出した。

響さんも苦々しい顔であたしを見ている。

何? あたし、何かおかしなこと言った?
だって、さっき二人でそんな会話をしていたじゃない。

「千茉莉、あのなぁ、お前すげー俺に対して失礼な誤解をしていないか?」

「え…っ?」

「アハハハハッ、響…この娘、カワイイッ☆ そっか、そういう会話に聴こえたんだ? アハハハハッ」

そういう会話に聴こえたんだって…?


―― 違うの?






+++ 12月10日 第3話へ続く +++


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